無欠の刃
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アカデミー編
赤い鞘
カトナの刀には二つの鞘がある。
一つは青い鞘。
これに刀を入れた状態でチャクラを籠め、それをコントロールすると、刀の形状が変わるのだ。
ただ同時に特殊な術式が刻まれているので、それがカトナにとっては明確な弱点となる。短刀の時は有利になるのだが、大太刀の時にはものすごく不利になる。
もう一つは赤い鞘。
こちらに入れた状態でチャクラをある程度籠めると、カトナ以外のチャクラに反応してとりもちのようにくっつく。といっても、接着したところで何かを吸収するわけではない。
カトナが赤い鞘にチャクラをある程度込めた状態で吸い付けば、その籠められたチャクラの分、相手の生命エネルギーを吸収し、カトナに還元する能力を持つには持つ。
……のだが、大変残念なことに、カトナのチャクラはそんなに多くないので、この赤い鞘の性能は殆ど使いこなせない。
また、こちらにも発動条件が不明な術式が描かれている。ただ、こちらが発動されたことはないので効果は不明だ。
そしてこのふたつの鞘には共通点がある。
カトナのチャクラでなければ反応しないところだ。
実験の一環として、サスケ、ネジにもチャクラを流してもらったが、鞘は全く反応しなかった。
ナルトのチャクラは双子のカトナと類似点が多かったから、少し反応はしたが、それだけだった。
最終的にカトナからサスケにチャクラを渡して実験もしてみたが、反応は見られなかった。
カトナのチャクラの質をまねることが出来る。あるいはカトナのチャクラと同調できるタイプの人間がそばにはいれば、実験結果も変わったかもしれないが、まぁとりあえず、カトナ以外のチャクラでは反応しないとみていいだろう。
「完全に、お前の為に作られたオーダーメイドの様だな」
ネジはそう言っていたが、一体誰が彼女の為に刀を作ってくれるのだとは、カトナ自身不思議に思った。
カトナの為に作ろうなんて、思うはずないだろう。カトナの為に贈ろうなんて、思う人がいるわけがないのに。
いたとすればイタチやサスケくらいだが、彼らと出会った時期とカトナがこの刀をもらった時期がそぐわないので違うだろう。三代目も、こんな贈り物をするはずがない。
間違えて贈られたのではないかと思って。けれど、カトナのチャクラに適応するようにこの刀が作られているわけで。
この刀はカトナのために作られたもので、間違いないのだ。
その事実を直視するたびに嬉しくなって、けれど同時にカトナはその事実を目の当たりにするたびに、少しだけ苛まれる。
自分の胸がなぜ、こんなにも痛くなるのかを彼女は分かっていないが、それは彼女が知っているうえで知らないふりをしているからだ。
彼女は、知っている。
この刀の真の形態と。そしてそれが、一体、何を意味するのかを。
それでも彼女は、知らないふりをしている
目をそらして、耳を塞いで、うずくまって。
何も見なくて済むように、何も聞かなくて済むように、何も知らなくて済むように。何もかも捨ててしまえるように、何もかも忘れられるように。
彼女はあの日に壊れて以来、壊れたままで治らなくなってしまった。
――うずまきカトナはいつだって、目をそらしている。
・・・
ばっと突然跳ね起きたカトナは、枕元に置いていた短刀を手に取った。
周囲を見回し、全身に力を入れて警戒する。
真っ暗な世界。誰もいない、人影も見えない。
ただ、カトナの荒い息だけが部屋の中に木霊する。
「…だれも、いない?」
カトナはずるずると足を引きずるようにして移動すると、隣の障子を開ける。
しばらくの間の後、カトナの荒い息の隙間を縫うように、すーすーと穏やかな寝息が立てられているのを確認する。
カトナはほっと息を吐いた。
ナルトは大丈夫。
暗闇の中でも鮮やかに見える金髪を目にして安心した後、ふらりと、千鳥足の様な足取りでカトナは歩き出す。
と、今度は違う障子を横に動かし、縁側に立つ。
空は綺麗な月が輝いていた。満月だ。
うっすらと雲がかかっているので、その輪郭はぼやけている。
けれども、カトナの目にはそれさえも眩しく見えた。
月は、好きだ。
この場にナルトがいないことを残念に思いながらも、カトナはふらふらと何かに導かれるように縁側に飛び降りた。
うちは家の庭はよく整えられている。
昔はサスケの母が整えていたのだが、今はサスケ自身が整えている。最近、サスケがここにプチトマトの種を植えていたことを思い出して、カトナは微笑んだ。
ナルトもああ見えて植物に水をやることが好きなので、この庭にはたくさんの花が咲いている。
自分が植えた花がどこにあるのか探そうとしたカトナの目は、しかし彼女の意思に反して、地面ではなく空に向いていく。
それに、彼女は違和感を覚えない。
彼女は吸い寄せられるように月を見て、ああと目を伏せた。
月は、好きだ。
だって月は、ナルトや父と同じ色をしている。
ナルトは月であって太陽だと、カトナはそう思っている。
一つの、それだけで完成されているそんな存在。
その言葉では、自分はいらないのだと認めているようなものなのに、カトナはあえてその言葉を使う。
自分がやっていることは、何の見返りもない。ただのおせっかいなのだと、自分自身にそう突きつける。
ナルトに助けはいる。
でも、それは今ではない。
自分がやっている行為は単なるおせっかい。ナルトの為になったとしても、ナルトが何を返してくれることはない。
ハイリスク、ローリターン。
それでいい。……それでいいはずだ。
胸のあたりが酷く重たくなって、カトナが知らず知らずのうちに俯いたとき、
「カトナ?」
その呼びかけに、ゆるゆると顔を上げる。
見れば、サスケが縁側にいた。
カトナは少しだけ嬉しそうに微笑んだ。
「おこした…?」
「いや、明日と明後日、当たる相手のこと考えてたから、おきてた」
「サスケは、まじめ」
「お前の相手は確か…」
「油女シノ、だった筈」
無意識の内に握りしめていた赤い鞘と、そこに入っている短刀を目をやった。
…油女シノは、蟲使いだ。
遠距離攻撃の使い手で、一番の目立つ要素としてはやはり、彼が使役する蟲がチャクラを吸う事だろうか。しかもこの蟲ときたら、小さく素早いので、刀では当てにくい。
広範囲の火遁を使うものがいたならば、楽勝だったかもしれないが、カトナはそれを打てる技術はあってもチャクラはない。
「勝てるか?」
サスケのその問いに、カトナはくすりと微笑した。
「決まってる」
赤い鞘を外し、青い鞘を刀に装着させたカトナは、サスケをまっすぐ睨み付ける。
意志の強い瞳。
「勝つ、よ」
そう断言して、カトナはするりと大太刀を抜いた。
銀の刃が、月の光を浴びて鈍く光る。
その姿は、一枚の絵のように美しい。
現在のカトナは、変化を解いていた。
カトナの腰まで届く長い赤い髪は、一つくくりにして結い上げられており、俗にいうポニーテールになっている。
服装は、白く細い足を惜しげもなくさらす、淡い水色のハーフパンツ。覗いている腕の色と、それほど変わらないようにも思える、真っ白な半そでのパーカー。
アカデミーでは絶対に見られない姿だ。
サスケの場合は特例だからと、カトナは彼の前では変化をせず、素の自分をそのまま押し出しているからこそみられる姿。
サスケは目を細める。
今現在のカトナの恰好は、女の様でもあり、男の様でもある。
一度ナルトに着せて、ナルトが似合っていたら。……というか男っぽいと判断したら、カトナは服を着るため、カトナがこのような服を着るのは珍しい。
あの日に、彼女はこういった服をすべて燃やして捨てたはずだ。
新しく買ったのだろうか。あるいは。
そんなことを思いながら、カトナの手を取って立ち上がらせる。
とりあえず寝させようとしたサスケの腕をカトナが掴み、小首をかしげた。
「一緒にねよ」
「は」
思考停止したサスケに、カトナは少しばかり手を震わせながら言う。
「…また、見ちゃった」
「悪夢か?」
「うん」
カトナはたまに悪夢を見る。
その悪夢には統一性が無いように思えて、たった一つだけ共通点がある。
いつだって、金髪が真っ赤に染まるシーンが映るのである。
悪夢を見た日は、数日近く眠りが浅くなる。
そのため、カトナが幼いころにはいつも、悪夢を見ないようにとサスケとイタチが一緒に傍で寝ていた。
そうすると、悪夢を見たことを忘れられるからと、悪夢を見なくて済むからと言っていた。
だからってこれはないだろうと思いながらも、サスケはカトナを見つめ、カトナもまたサスケを見つめ返す。
数十秒の間の後、降参するかのようにサスケは両手を上げた。
カトナは嬉しそうにサスケの手を引っ張って、自分の部屋へと戻っていった。
・・・
睡眠不足で、今にも寝落ちてしまいそうなサスケとは対照的に、元気が有り余ってるカトナは、しっかりと青い鞘に入った刀を持ち、目の前にたたずむ油女シノを睨み付ける。
シノもまたカトナを睨み付け、両者の視線が交差しあう。
ばちばちと火花が散った後、審判が両手を上げた
「油女シノVSうずまきカトナ、はじめ!」
すらりと、赤い髪の毛を靡かせたカトナが瞬きの間に刀を抜き放ったと思うと、流れるような動作で、その刀を前に突き出す
しかし、一呼吸早く、最初から後ろに行くと決めていたシノの体が下がった。
刀の先端は、シノの目の前を掠める。
ちっ、と軽く舌を打ったカトナは、鞘を背中に背負いなおし、大太刀を持ちかえて構える。
シノはカトナから離れながら、蟲を動かす。
カトナのチャクラの総量が少ないのは、アカデミー内でも有名だ。
授業で、チャクラがどれくらいの総量があるのかを確認する為、変化の術、分身の術を交互にする試験が行われたとき、カトナが真っ先に脱落した。
変化の術、分身の術を繰り返せた回数は、なんと6回。
スタミナ自体が少ないわけではなく、持久力を測るシャトルランではサスケと共に120を記録していたのだが、カトナのチャクラは少ない。
実のところ、カトナのチャクラが少ないのには、それなりのそれなりらしい理由があるのだが、知らないシノにとって重要なのは、この戦いを長引かせるのは、自分に不利だという一点である。
なるべく早く、カトナを倒す。
体術では確実に自分が不利。
蟲によるチャクラ吸収での、短期決戦を目指す。
そう決めたシノの服の袖から、蟲が流れ出す。
まるで墨がこぼれ出したかのように、大量の虫が流れ出す光景は、あまり見ていて気分がいいものではない。女子などは特にキャーキャーと騒いで、観客席の中で大騒ぎしだす。
同じく女子でありながらも男子だと偽るカトナは、その光景に少しばかり眉を寄せた後、いきなり、蟲の中に突っ込んだ。
自殺行為にも思える、予想外の行動をしでかしたカトナに、シノは僅かに反応を鈍らせた。
されどここで退いては押し負ける。
逃がさせてはなるものかと、シノは蟲を一斉にカトナの周りに集める。
その瞬間を逃してなるものかと、カトナは大太刀を勢いよく地面につき刺した。その反動で彼女の身体が宙に浮く。
器用に刀の上で逆立ちをした彼女は、その体勢を維持したまま、チャクラを操る。
蟲たちはシノの命令に反応するが、同時に自らの餌であるチャクラに集中する性質がある。
大太刀にチャクラを流し込み、蟲を誘導。その隙にシノを襲う。
それがカトナの考えた作戦であった。
うまくいくかどうかわからない、一か八かの作戦であったが、それでもやらないよりはやった方がいいはずだ。
活を入れるべく、彼女は高らかと刀の名前を呼ぶ。
「黄昏」
ぐしゅりという音が弾ける。
瞬間、ざわざわと風が流れた。
蟲たちの動きが止まる。困惑したシノがサングラスの下で目を細めた。
その瞬間。
「…な?!」
近くの木にあったらしい蜂の巣から一斉に蜂が飛び出した。
シノが目をむき、カトナも驚愕する。
慌てて距離を取ろうとした彼女の前を猛スピードで駆け抜けた雀蜂たちは、あろうことかシノの蟲にとびかかる。
ぎょっとしたカトナが大太刀から離れた場所に飛び降りる。シノもまた雀蜂に刺されぬように一定の距離を取る。
人間たちが警戒していることなどつゆ知らず。
蟲と雀蜂は互いに何か思うところがあったのか。衝突したその瞬間から、互いに食らい、食べ、殺し合う。
なんだこれと困惑したカトナは、まぁいいかとそこで思考を割り切った。
とりあえずシノを襲う絶好のチャンスだ。
振り向きざまに大太刀を引き抜く。
武器を失ったシノが動揺しているところに、彼女は畳みかけた。
「ここ」
カトナが大太刀を蹴り飛ばす。
「…っ!」
そこまで体術が秀でていないシノは、大袈裟な挙動で回避する。
底を狙って、カトナはひそませておいた苦無を投げ、立て続けに手裏剣を投げる。
シノが連続して飛来する忍具を苦無で弾く。
その間にカトナは地面に着地し、一気に距離を詰める。
もともと、シノは体を鍛えてはいるが、そこまで体術が強いわけではない。
遠距離ではなく近距離に持ち込めば、カトナの敵ではない。
何度か打ち合えば、すぐに息が上がってくる。
シノが一瞬眉をひそめ、距離を取ろうと動く。その瞬間、カトナはシノの体に足払いをかけた。
予想外の方向からの衝撃に、シノの体勢が崩れる。
彼の体が前のめりに倒れ込んだところを狙って、カトナは首に手を当てる。もちろん急所である首だけではなく、後、数センチで鳩尾にあたるというところにも拳をおく。
キバやナルトなど、状況分析が出来ない人間ならば、ここから更に追撃をかけるだろう。だが、シノやシカマルなどの頭がよく、状況分析が出来るあたりには、寸止めが一番だ。
数秒の間の後、今まで状況分析をしていたらしいシノが、両手を挙げた。
「…降参だ」
その言葉に、カトナは審判の方に目を向ける。
審判の手が自分に向けられ、勝ったことを確認してから、カトナはシノの首から手を離す。
ここで油断して、負けるような真似はしない。
用心に用心を重ねたカトナは、そのまま、流れるようにぺこりと頭を下げ、刀を抜く。
大太刀は、最終日進出が決定したカトナのもとに、吸い込まれるように手に握られた。
・・・
カトナは飾られたトーナメントの結果と。そして、今日の相手を見て、よしと意気込む。
ナルトは、カトナとはあまり話したことはないが、結構仲がよさそうな少年の一人……黒髪黒目、カトナと同じくらいに白い肌の少年と戦うらしい。
カトナの相手は、ナルトと同じ体術クラスの人間の様だ。気を引き締めないと。
そう思いながら、カトナが短刀を出そうとした時、
「カトナ!」
「海野先生?」
慌てた様子のイルカに声をかけられ、首をかしげた。
いつもならば警戒するところなのだが、イルカならばそんな不意打ちをしないと、カトナはそう判断を下す。
無意識的に信頼している己に気が付かず、カトナはイルカのもとに駆け寄った。
彼は少しだけ視線を迷わせた後、カトナを見つめて言った。
「…そのだな、お前の相手がサスケになった」
その言葉に、カトナは目を見開いた。
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