無欠の刃
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アカデミー編
夕焼け
うずまきカトナ。
彼女は大切な人がたくさんいると同時に、それなりに嫌いな人だってたくさんいる。代表例を挙げるならば、ナルトに対して嫌悪を向けてくる人間、自分の生き様を馬鹿にする人間などだ。
ただ、彼女は己の感情を制することにたけていたので、己の感情をむき出しにして嫌悪をぶつけることはしなかった。
そんな彼女であったが、たった一人だけだが、心の底から嫌いな人間がいた。
ナルトのことなど関係なく、自分のことなど関係なく、本能レベルで大嫌いな少女が居た。
「第九試合目! うずまきカトナVS山中いの!!」
カトナに、くじ運はとことんないらしい。
最初と最後。目立ちやすいどころの話じゃない並べられ方に、いつもならば不満を感じるところだが、今のカトナにそんな余裕はなかった。
…最悪。
ぼそりと呟きながら、カトナは視界の端に金髪の少女をとらえる。
山中いの。カトナが世界で一番嫌いな女の名前だ。
花屋の娘。ポニーテールの少女。戦闘タイプというよりは知略タイプ。くのいち。サスケのことが好きな娘。積極的にサスケにアピールしてくる。
最早本能を超えて、彼女は嫌うべきだと魂に刻まれているくらいに、彼女のことが、カトナは大嫌いなのだ。
名前を呼ばれた瞬間、勢いよくこちらを睨み付けてきたいのの気配を感じながらも、カトナはあえてその視線を無視する。
あの女を視界に入れるだけでもう、何もかもむしゃくしゃする。
苛立ちに身を任せ、サスケの服の袖を掴み、体を引き寄せる。
その瞬間、彼女の怒気が更に強くなったようにも感じたが、カトナはそんなこと気にも留めず、更にサスケの傍による。体を密着させ、肌と肌を触れ合わせる。
いのどころか親類でさえ近づけくことを躊躇う距離まで身を寄せたカトナは、ふんっといのを鼻で笑う。
いのがその姿を見て、感情のままに叫んだ。
「…絶対に!! あんたから、サスケ君の隣を奪ってやる!!」
その瞬間、カトナはぶちりと、自分の血管が切れる音を聞いた。
サスケの隣を?? 奪う??
誰が??
花屋の娘で家族がいて、誰もに愛されていて、くのいちクラスでも人気者で、金髪青目で、サスケに恋しているだけのこの女に?
私の居場所が??
奪わせるか。
カトナの中の何かが、いつもはかかるはずのブレーキを壊した。
サスケが、いつもと違うカトナの様子に、思わずどうしたという風に顔を向ける。怪訝そうな彼に、カトナはいつもの無表情ではなく、笑みを見せた。
可愛らしい、女の時でも見せることが少ない笑顔に、思わずときめいたサスケが固まる。そんな彼の手をとったカトナは、恋人つなぎをして、
「上等。奪える、なら、奪えば?」
見せつけるように、その手を上に出した。
周りの視線が釘告げになる。
ひくひくと、イルカなどの一部の教師の顔面が引きつる。サスケは完全に動きを停止し、凍り付いたようにカトナの横顔を見つめる。
滅多に見せない笑顔さえ浮かべたカトナは、もう片方の手で短刀を構える。
短刀「夕焼け」。
特に何かしらのこだわりがあってつけたわけではない。大太刀が「黄昏」ならば、統一性を持って時間に関係する言葉で名づけられたそれ。
大太刀と比べれば、その刀身はあまりにも短い。大太刀「黄昏」が1m20cmもあるのに対し、この短刀「夕焼け」はその6分の1の20cmしかない。
スピード型であり、近接攻撃を得意とする山中いのに対しては、どちらかというと大太刀の方が有利だろう。
だが、カトナは有利不利で、短刀「夕焼け」を使わないつもりはなかった。
山中いのは心転身の術を使うが、あまり厄介なくのいちではない。
カトナはそう、判断をしていた。
体術は確かによく鍛えられているし、チャクラコントロールはほかの生徒に劣っておらず、幻術・忍術の腕はこの年齢にしては優秀。気が強いので、臆病風に吹かれて逃げたりもしない。
普通ならば、強い部類に入るだろう。……だが、決定的なまでに、くのいちとしての自覚が足りない。
この年頃の女子に、そこまで、忍びとして貫き通せとまでは迫る気はないけれど、だからって、恋愛にうつつを抜かしていいわけではないと、カトナはそう思っている。
恋愛を理由に試合に挑むことは、敵にも、相手にも、自分にも悪いことだ。
そして、その悪いことを女を理由にする輩に、カトナはくのいちになってほしくない。
そんなのがくのいちになるということが、カトナは許せない。
カトナにとってのくのいちは、命を賭してでも、忍びとしての生き様を貫いた、あの赤き忍びのことだ。もううまく思い出すことが出来ないけれど、それでも最後に、自分を呼んでくれた声だけ覚えている、あのくのいちだ。
母としての思いも、父としての思いも、抱えていたのに、それでも忍びであり続けた二人の忍びだ。
だからこそカトナは、目の前の少女が大嫌いだ。
目の前の少女どころか、彼女と仲がいい薄桃色の髪の少女だって嫌いだ。
恋愛だなんだと騒ごうがどうでもいい。サスケが好きだというのだって、サスケが付きあいたいなら付き合えばいい。
サスケはどうせ、目の前の女に見向きもしないだろうから、告白してふられてしまえばいいのだ。
その程度しか、思わない。
けれど、くのいちなのだから、忍びなのだから、そんなのを理由に戦ってほしくない。
サスケのことを、長年かけてえた己の居場所を、商品としてかけてほしくない。
サスケを理由に戦ってほしくない。
勝ちたい、負けたくないを理由に戦ってほしい。忍びとして、恥ずかしい戦いをしてほしくない。
何よりも。
カトナが短刀を赤い鞘から抜く。
―お母さんの名を、汚さないでほしい。
カトナはそう思いながらも、短刀「夕焼け」を構える。
前回とは打って変わって、刀身が短い刀を出してきたことにいのは警戒し、カトナを睨み付ける。
だが、カトナはその睨みをいとも介さず、サスケの手を離して体育館の中心に立ち、審判の方にちらりと視線をよこす。
審判は異様な雰囲気の二人に若干びびりながらも、旗を上にあげ、合図を出す。
「はじめ!!」
次の瞬間、カトナは床を力強く蹴り付け、勢いよく走り出す。
と同時に、持っていた短刀を後ろ手でしまう。
観客たちは驚くが、カトナの後ろ側で何が起きているかを見えなかったいのは、初歩中の初歩である分身の術を用いた。
先ほどの大太刀であれば一閃される危険性があったが、この状態ならば問題ない。短刀であれば処理に時間がかかり、隙が生まれる。
そう考えたからだ。
しかし、それは悪手であったとしかいいようがない。
三人に増えた分身をカトナは一睨みした。
次の瞬間、いのの体が一瞬だけだが強張る。
目をむいた彼女に、カトナの短刀が一閃する。
いのが咄嗟に飛びのいた。先程まで彼女がいた場所を、赤い鞘におさまった短刀が走っていく。
カトナが舌打ちをした。
金縛りの術で確実に仕留めるつもりだったが、チャクラを惜しんだせいで逃れられてしまった。
面倒くさいと頭をかいた彼女は、さてどうしたものかと軽く思考する。
父の色である青い鞘に入れればもっと戦いやすいのだが、ついつい苛立って母の色である赤い鞘に入れてしまった。
どうやったらいのを倒せるだろうかと考えて、よしと赤鞘にチャクラを籠める。
こういう時はもう一つの能力の使い時だ。
ある程度チャクラを籠めたカトナはいのが印を結んだ瞬間、赤い鞘を彼女の顔面に投げた。
びくりと鞘をぶつけられ、驚きで固まったいのはすぐさま、鞘を離そうとしたが離れない。どころか、離そうとした掌さえくっつく始末なのだ。
いのが動転し、思考が停止した時、カトナはその無防備な腹に向けて思いっきり拳を突き出した。
直前にチャクラをコントロールし、強化された拳に殴られたいのの体は、呆気なくとんだ。どんっ、という破裂音のような音を聞いた次の瞬間、いのはあっけなく気絶した。
何をされたのか分からなかっただろう。というか、他の人間も何をしたのかすらわからないだろう。 しんと静かになった辺りを見回したカトナは刀を拾う。
これ、案外使いにくいんだよなぁと無表情の下で考えながら、その場から逃げ出す。
別に、何か悪いことをしたわけでもなく、逃げ出すような理由は思いつかなかったけれど。それでも、こうしたほうがいいような気がして、カトナは一目散に外に出る。
明日も試合がある。明後日もだ。
負けたくはないから勝ち抜くつもりだけれども、最後まで戦ったら戦ったで、他の奴が面倒くさい。ああ、それに、今回みたいに感情が暴走してしまうかもしれない。
カトナは己の取り乱し様を思い出し、若干気持ちが下がり気味になっていく。
何て無様だと頭を抱えて、ううと呻く。
こんな恥ずかしい思いをしないように気を付けているのに。
最近あの術式がうまく作動していいのかもしれない。今度張りなおさないと。
そう考えながらカトナは階段を駆け上がる。
目指すのは、屋上だった。
アカデミーの屋上はいつもは解放されていないのだが、何らかの行事が開かれた場合、特別に開放されることがある。だが、生徒たちにはそれを知らされていない。生徒が訪れてもいいが、それを教員が教えてはいけない決まりのようだ。
この決まりが何故制定されたのか、カトナはよくは知らない。
けれど、去年、同じように大会が開かれたときに、カトナは気晴らしのついでに屋上に訪れて、その決まりを知っていた。
他の人間がぞろぞろと帰っていく光景を尻目に、カトナはアカデミーの屋上に立って、前を見る。
すがすがしいほどの赤が広がっていた。
夕日が目を貫いて、あまりの眩しさにカトナは目を細めた。
帰ろうと歩き出した人々は、上にいるカトナに全く気が付かない。
唯一、気が付いているのは、
「…屋上開いてたのか」
「うん」
カトナの後ろを追っかけてきていたサスケだけだ。
ナルトはイルカに褒めてもらうと言って追い回していたから、もう少し、帰るまでに時間がかかるだろう。一楽のラーメンをおごってもらうつもりのようだったが、おごってもらえるのだろうか。……迷惑にならないといいけれど。
そう思いながら、カトナは目の前の景色をうっとりした様子で眺める。
夕焼けは好きな色だ。
一面真っ赤に染められて、それは血の色と比べて、とても暖かい。
でも、ナルトもサスケも、夕焼けはあまり好きではないらしい。
親につれられて、家に帰っていく子供の姿を見るからかもしれない。自分達には両親がいないのだと、教えられるからかもしれない。
ナルトにはカトナがいるし、サスケにはイタチが居る。それでもさびしくなってしまうのは、兄弟と両親が違うからだろう。
二人に比べて、カトナは特にその光景を見て、何か思うことはない、寂しいとは思わない。
ただ、夕焼けを見ると、酷く幸せな気分になるのだ。
夕焼けでどんな人でも髪の毛が真っ赤に染められて、自分と同じように感じるからだろうか。
それとも……。
カトナはちらりと、歩く人影を見る。
女の人が男の人と手をつないで歩いている、仲睦まじいと言えるその姿。カトナはその姿を憧れが満ちた目で見て、横にいたサスケの手をぎゅっと握る。
「…?」
「まね、いい?」
「…別にいいけどよ」
女の人の黒髪は、夕焼けを浴びて赤く染まっている。
赤い髪の毛。自分と同じ髪の毛に、少しだけ頬を赤く染めたカトナは、サスケの手を握りしめながら、小さく言葉を漏らす。
「お母さん、みたい」
その言葉を理解したと同時に、サスケは一瞬にして顔を赤く染めた。
夕焼けの色にかき消されて、カトナは全く気が付かなかったが、サスケは握られていない手の方で、顔を隠す。
見下ろした先の女の人のまねをして行った行為が、カトナが予想している、母親らしい姿を連想しているのがわかったけれど。それでも、カトナは自分が母親のようだと言ったのだ。それならば、手を繋いでいる男役の自分は父親であって。
恋している少女に言われて、喜んでしまったサスケは、決して悪くないだろう。
「…確かに、母親みたいだな」
「…でしょ。うれしい、な」
その言葉に違和感を覚えたサスケは、カトナの方をゆっくりとみる。
カトナは自分が女であることを嫌っている。
それはつまり、母親になることを拒んでいることだとサスケは判断し、今まで母親の話題は避けるようにしていたのだが、どうやら、そうではなかったらしい。
真っ赤に染められた頬は、決して夕焼けの色だけで染められていなかった。
女であるということを指摘されれば発動されるのに、母親に似ているというのは嬉しくなるのか。
そうかと思って、そこはまだ残っているのかと少し懐かしみ。
そして、いつものように覚悟を決めた。
サスケはカトナの頬に手をそえる。
「…母親になりたいのか?」
カトナの瞳が丸くなる。
彼女は困惑するように眉を寄せ、サスケを見つめた。
「…母親に、なる……?」
サスケの問いを繰り返した彼女はうつむく。
赤い髪の毛が風でひらめいた。
カトナは少しだけ恥ずかしそうに笑う。
「なり、た……」
最後まで、言葉が出されることはなかった。
ふいにカトナは眉を顰める。
彼女はこめかみのあたりを押さえ、痛みに呻きだす。
サスケがやっぱりなと呟いて、彼女の前髪をかきあげる。
「さ、……す…?」
その声に返事をせず、彼女の額を、兄がしてくれたのをまねするように小突く。
とんと音が鳴った。
カトナの目が一度瞬く。
赤い瞳に一筋の黒い線が走った。
「サスケ?」
「なんでもない」
首を振るサスケにカトナは不思議そうに首を傾げ。
そして、あれと戸惑いを見せる。
何を先程まで話していたのか忘れてしまった彼女は、サスケを見て困ったような顔を下。
そんな彼女の当惑に気づいていながらも、サスケは先ほどと同じ問いかけをした。
「カトナ、母親になりたいか?」
それに対してカトナは冷めた目で、いつものように返した。
「なるわけ、ない」
そう答えたカトナの笑みは、決して嘘ではなく、本心からのものだった。
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