無欠の刃
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アカデミー編
黄昏
校内、クラス対抗模擬戦勝負。
テストと似たような形式をとっているアカデミーの名物行事。性別を問わず、籤でひかれた男女一人一人が戦いあい、トーナメント方式で勝ち上がっていく大会。アカデミーの最高学年生徒数は、約87人。三日に分けて戦うのだが…。
最初で約36人が落ち、次の試合で18人が落ちる一日目。
9人が落ち、4人が残る二日目。
そして最終決戦の三日目で、優勝者が決まる。
という試合構成である。
成績が学年トップである人間はシードとなる。今年度では、うちはサスケがシードである。
使用できる術は、体術、忍術、幻術。
つまり、術は全て使用可能だが、自分が使えると判断された術しか使ってはいけない。禁術などもってのほかであり、致命傷を負わせるような術は禁止。
また、道具は苦無・手裏剣などだけではなく、家にある物をもってきても可。ただし、刀などを使うときは事前に申請されていなければいけない。
勝ち負けは、相手を降参させる、相手を動けなくする、気絶させるのいずれかで決められる。
以上のルールさえ守れば、後は何でもアリなこの大会は、里でも名物となっている。
朝から自分の子供の勇姿を見たい大人たちが騒いでいたと思いながらも、カトナは長い開会式の挨拶を聞いた後、火影がひこうとしている籤を見る。
一日中やられるので、基本は二試合同時に行われる。
三日目だと一試合ずつだが、一日目である今日は、単純計算で36回も試合が行われる。どう考えても二試合のほうが効率的だろう。
出来れば、中間ぐらい…9回目あたりに呼ばれるのがいいなと、カトナはぼんやりと思う。
最近、目立ってきたせいで、机やロッカーに嫌がらせとして、臭いが強く消臭剤が効きにくいものや色が落ちにくい物などが置かれるようになったのだ。
大半はサスケが燃やし、ナルトが犯人を見つけて怒ったり、イルカが一緒に掃除をしてくれるので何とかなっているが、さしものカトナもうんざりしていた。
もう目立たないようにと、あまりみんなが注目しない時間帯に来ますようにと願ったカトナの祈りは、
「うずまきカトナVS犬塚キバ!!」
見事にあさっての方向にホームランされた。
例えるなら、確実に場外ホームランだと思ったら、鴉が野球ボールにぶつかって、ボールの軌道が変更し、下にいた選手がキャッチしてフライになった、ぐらいに残念なホームランである。
よりにもよって一回目か…。
そう内心で溜息を吐きつつ、周りでわきだつもう一つの試合を聞き流す。
奈良VS油女のようだ。多分、油女が勝つなとカトナは冷静にそう推し量る。
奈良はサボり癖があるのだ。それに蟲を操るシノと影を操るシカマルでは相性が悪い。
カトナは蟲が嫌いなのでなるべくシノと当たりたくはない。
いや、正確に言うならば、カトナは蟲が嫌いなのではなく、毒虫が嫌いなのだが。
なぜか歩くたびに、百足やら毛虫やら蜂やら毒蜘蛛やら毒蠍やらを引き寄せる難儀な体質をしている彼女は、毒がある虫が大嫌いで、その延長線で蟲も苦手なのだ。
閑話休題。
カトナはうみのイルカに渡しておいた巻物を受け取ると、同じく立ち上がった犬塚キバを見る。
準備の時間が15分ほどある。今のうちに、道具を準備しておこう。
カトナは自分のロッカーと机の中の物を取りに向かいながら、相手の情報を思い出す。
犬塚キバ。鼻がいい。忍犬とのコンビネーションで戦う。スタミナは低い。動きは速い。忍術のレベルはそこそこだが、頭は良くない。
理由を知らないが、彼は何故かカトナによく突っかかってくる。別につっかかられようとなんだろうと、特に問題はないけれど、彼がナルトとの会話中に入ってくるのは面倒くさくて仕方がない。
カトナは深くため息をついた。
カトナは知らない。
男に変化した状態でキバに接した結果、キバがカトナの本来特有の女子としての甘い匂いを嗅ぎ分け、同性だというのに惑わされ。ついでに自分の嗅覚が大したものでないと言われたような気がして、目の敵にしているということを。
こっちを睨み付け、名前の通り牙をむいているキバと犬を見つつ、カトナは戦う場所を確認する。
フィールドは、屋内(体育館)と屋外(運動場)の二つだが、カトナの戦う場所は屋外らしい。
何でも持ってきていいって言われたから、これとか持っていこう。ロッカーに嫌がらせで入れられていたものをビニールに入れ、カトナは時計を見た後、急いで、自分が戦う運動場に向かう。
運動場では、もう、キバが戦闘準備をして待っていた。
観衆もそこそこ集まっているらしく、結構集中されている。
なら、これから戦う奴にインパクトを与えるのに、ちょうどいいか。
そう判断して、カトナは集まりだした観衆に見せつける様に巻物を開く。
ぼんっという音と共に中から出てきたのは、
「刀か!!」
キバがそう呟いたのを聞きながら、カトナは柄を握りしめる。
なにもおかしいことはない。この試験では、許可さえもらえれば、どんな武器でも使用可能だ。刀を持ってきた生徒だって大勢いる。
しかしながらそれは、他のアカデミー生徒が扱う物よりも、明らかに、桁違いに大きい。まだまだ発展途上の時期の彼らがふるえる刀と言えば、良くて脇差、悪くて短刀くらいなものだろう。
しかしながら、青い鞘に入っている状態でありながらも、その大きさはカトナが持っている状態でもよくわかる。
大太刀。
カトナの身の丈を軽く超えるそれに、観衆が囁きだす。
カトナは我関せずといった様子で、己の刀の名を呼んだ。
「大太刀、黄昏」
相手を混乱させるにはちょうどいいかもしれないと、カトナとサスケで考えてつけた名前だ。
いきなり、短刀が大太刀に変化してパニックを起こしたときに、刀の名前を呼びかえたら、動揺を誘えないだろうか。
そんな思いからつけた、短刀の名前は夕焼けで、大太刀の名前は黄昏であったが、これが思わぬ事態を引き起こした。
名前が呼ばれた瞬間、ぐじゅりと小さな音が鞘を伝い、カトナの体内に響く。
よく仕組みはわからないのだが、この刀、カトナがつけた名前を呼ぶと、特殊な音を放つのである。
人間には聞こえない音。形態によって、放たれる音は違う。
短刀は「ぺしゃっ」という人間にも聞こえる音だが、大太刀は「ぐじゅり」という人間には聞こえない音を放つ。
今は刀にカトナが触れているので聞こえるが、触れていないと聞こえない。
その音をとらえたらしい、人間では決して聞こえない音を感知した赤丸がびくりと震え、あたりをきょろきょろと見回した。
それを見てカトナは不敵に笑う。
余裕なカトナに対して歯ぎしりをし、絶対今日こそ此奴を負かすと、キバが闘志を燃やす。
二人の間には2メートルほどの距離があり、どちらも先手を決めた方が勝つだろう。
「うずまきカトナ、推してまいる」
「犬塚キバ、受けて立つぜ!!」
その言葉と共に、二人の間にいた審判が旗を上にあげた。
「はじめ!!」
次の瞬間、カトナは大太刀を両手で持ち振りかぶってから、勢いよくキバの方に投げた。
もしもカトナが大太刀を投げる時に頭を下げず、キバを見つめていたのなら、その顔を目にしただろう。
口を大きく開き、目もこぼれるのではないかと思うほどに開き、呆気にとられているキバの顔を。
は?
言葉にするなら、そんな顔をしていた。
キバも、赤丸も、観衆も、審判の教師さえも、全員の思考が停止した。
しかし、擬人忍法を使おうとした赤丸、擬獣忍法を使おうとしたキバ、その他全員を置いて投げられた大太刀は、空気抵抗を忘れたかのように、一直線にくるくると回転しながらも、凄まじいスピードで二人に向かう。
遠距離で攻撃する。それ自体は考えないわけではなかったが、しかし、もしも投げるのならば苦無だとキバは想定していた。
ゆえに自分たちの俊敏さなら、術を発動した後でも苦無を避けることくらいわけないと、彼はそう考えたのだ。
だが、大太刀という予想外の物が投げられたことで思考を停止が停止した。そのうえ、大太刀はカトナの身長を超えるほどの長さなのである。当然、刃もそれなりに表面積があるわけで。
いくら俊敏な二人でも、術を発動した後で、の大太刀を避けきれるわけがなかった。
約2㎏もの重さがある大太刀がこちらに向かって飛んでくるのを目にして、キバと赤丸は咄嗟に、その俊敏さを生かし、横に避ける。
しかし、意思疎通までは完ぺきではないらしく、キバと赤丸は別々の方向に避ける。
キバは左に、赤丸は右に。
次の瞬間、迷いなく、カトナは苦無をキバの方に放つ。
キバは一瞬、苦無を取り出すか迷ったようだが、自分の苦無の技術がそこまで高くないのを思い出したのであろう。後ろに避ける。
カトナはその間に、近くにあった木を蹴り飛ばし、赤丸のところまで一気に距離を詰める。
忍犬とはいえ忍法を使う前なら、子犬は子犬でしかない。彼女はむんずと赤丸の首根っこを掴む。
きゃんきゃんと吠え、赤丸はカトナの腕に噛みつこうとしたが、それよりも先に、カトナは大太刀を投げた時のように、勢いよく上に放り投げた。
赤丸が、宙に浮かぶ。
きゃいんっという声が、耳を劈く。
「赤丸!?」
キバがそう叫んだのを聞きながら、カトナは地面に転がっていた大太刀を取る。
と、赤丸のことをちらちらと窺いながら、後ろに下がるキバに向けて、大太刀を振りかぶる。
先程と全く同じ予備動作。思考を、記憶がかき回していく。思い出す。
――投げられる!!
脳裏にくるくると回る大太刀がよぎり、キバはさらに後退する。
カトナはその姿を見つつも、勢いよく大太刀を振り下ろし。
「…残念、外れ」
手を離さないまま、地面にたたきつけた。
カトナの体が、衝撃で宙に浮く。
凄まじい音が、びりびりと、空気を震わせた。
音が耳に届き、キバは思わず耳を抑えた。
だが、大太刀が生み出したのは音だけではない。衝撃もだ。
ぐしゃああああと、大太刀が刺さった地面の砂が抉れた。
砂煙が、キバのもとに一直線に向かう。
耳を塞いでいた手が目にいくよりもはやく、キバの目に砂が入った。
視覚がつぶされ、聴覚も一時的に機能しなくなる。
咄嗟に嗅覚に意識を集中させたとき、キバは匂いを感じた。
甘い、お菓子の匂い。
カトナの匂いだ。
それが風に乗って運ばれてくる。爪が甘いぜとキバは笑った。
匂いからして横から攻撃してくると、キバは己の感覚に従って身を翻す。
ぎりぎりのところを拳が通過した。風切音が耳の横でびゅうっと鳴る。
カトナの匂いはそれでも絶えず動く。
キバに追撃を仕掛け続け、キバはそれを何とか避ける。
ふと、カトナの攻撃が止まり、キバは何も考えないまま、反撃しようとした時、
カトナが懐から、あるものを投げる。
見事にそれは、キバの鼻頭に命中した。
一体、何を投げたのかと周りが首を傾げた瞬間、キバが悲鳴を上げた。
「ぎゃああああああああ!?!??」
目をむいた彼が鼻を押さえ、ごろごろとその場で転がりだす。
嗅覚が良いキバには、そこそこどころか、相当きつかったのであろう。
カトナが投げたのは、くさやであった。
しかも、焼き立てである。
ここで、カトナを弁解する為に言わせてもらうならば、何もカトナは焼いたくさやをお弁当で持ってきたわけではない。くだらない嫌がらせで、ロッカーに焼く前のくさやが入っていたので、どうしようかと思いながら、今の今まで放っていただけなのだ。
そして、対戦相手のキバが嗅覚が優れていることを思い出し、このくさや爆弾を思いついたのである。
食べ物を無駄にすることはもったいないと思うが、このくさや、雑巾と一緒に入れられていたものなので、無駄にするとか無駄にしないとか以前の問題であった。
それでも、このくさやを作った人、ごめんなさいと、内心律義にカトナは頭を下げる。
ちょっとグロッキー状態に入っているキバを見てから、カトナはもう一つの袋を開ける。
その瞬間、凄まじい匂いが流れ出す。
くさやもなかなか強烈なにおいをしていたが、こちらはこちらでくらべものにならないほどに酷い匂いをしている。
カトナは顔を顰めつつも、牛乳に浸され、そのまま洗われなかった雑巾を投げる。
見事、顔に命中したそれに、キバが更に手足を振り乱してのたうちまわる。
うわぁと、観衆が風に乗って運ばれていくその匂いに顔をしかめる。
それでもなんとか、キバは必死な思いで上体を起き上がらせ、鼻を押さえながらも、ぼやける視界でカトナを見つけようとした。
その時、彼の視界に、なにかすごい速さで落ちてくるものが見えた。
なんだこれと彼が目を凝らそうとした瞬間、
彼の腹部に衝撃が襲った。
激痛。衝撃。キャインという声。
彼はぼやける視界の中で、何か白いものを見たような気がした。
束の間の沈黙が落ち、かくりと、キバの頭が落ちる。
カトナは地面に突き刺した大太刀を抜くと、んーと両腕を伸ばし、キバの腹部を見た。
そこには、先ほど上に投げた赤丸が目を回して、気絶していた。
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