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新米提督お仕事日記

作者:ぜおぅ
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ご。

 
前書き
新米提督が着任しました。
提督さんおこ。 

 
「ひ──ひひひひひっ、ひははははッ!」

 我ながらどーなんだこれはと思える引きつった笑いが口元からこぼれ出た。いやだって。いやいやだってですよ。なにこれ。目の前の現実を直視できない。いや、している筈なのに脳がきちんと認識してくれないというのが正しいか。
「……つっよ」
 司令官室に設けられた窓から、先程戦闘に赴いた少女の影を追う。見るではなく“追う”。双眼鏡のお蔭で戦闘は目の前で行われているかの如くリアルなものなのに、まったく現実味が無い。理由は単純にして明快。
 
 ───彼女、『電』ちゃんが強すぎるが故に。
 
 どう見ても初等部の高学年か中等部に入りたてそこそこといった見た目の少女が、自分よりも百倍デカい相手を翻弄──否。『制圧』していた。怒れる龍の口元が如き敵機の激しい砲火線。その最中を縫うように閃く姿は正しく『電』と呼ぶに相応しい。
 あまりの速度に肉眼では“見る”ことも許されない。“追う”のがやっとといった有り様である。彼女の影が一瞬でも光れば、それは攻撃の合図だ。小さな灯は敵の腹を食い破り、業火と変じてその生命を断つ。
 ……信じられない事に。彼女の獲物である『深海棲艦』とやらは生きている。数百キロは離れた海上での戦闘にも関わらず、その断末魔はビリビリとこの部屋の窓を震わせてくれた。
 戦闘開始から既に五分ほどが経つ。電ちゃんが沈めた敵機の数は既に2。時間経過と共に彼女の動きは鋭利さを増していく。残りの2隻を落とすのに、それほどの時間はかからないだろう。
 ───足元が揺らぐ感覚に逆らえず、尻もちを突いた。窓枠下の壁面に背中を預ける。双眼鏡は手から離れ、渇いた音を立てて床を転がった。視界はようやく、そこそこ現実味のある風景を取り戻す。
「……はっ、ァ……」
 息が苦しい。心臓が強く拍動している。まるで、それが現実である証拠だと訴えるかのように。
「冗談だろ」
 誰に向かって言ったワケでもない。ただの独り言だ。もしかすれば、それは恨み言にも近かったかも知れないが。
 首を動かす気力もなく、目だけを動かして、床に叩きつけられた紙っぺらを見る。もちろん、叩きつけたのは私だ。モノに当たったのは、恐らくは生まれて初めてだろう。……内容を思い出すだけで、胃が中身を持ち上げようとしてくれる。いらんお世話だからさっさと消化してほしい。優雅にお茶とか飲んでる場合じゃなかったのだ、今更だが。
「──────」
 何事かを呟こうとしたけれど、呼気は喉を掠めただけで意味のある音を発してはくれなかった。口にすべきことは何一つないのだから、当然と言えば当然かも知れないが。……それでも、王様の耳はなんとやらだ。我慢していては、確かに気が狂うかも。なので、無理矢理にでも思考を言葉にして口に出す。
「……艦娘、ね」
『海軍』とかいうふざけた軍事組織の最高機密。それが『艦娘』。……なんてファンタジーな響だ。そして現実なんだ。
 別に、男女の差別を考えた事などなかった。男であれ女であれ、軍人というものは国家守護の為にその身、その命を差し出すものなのだから。その道を己の意思で選んだ以上、そこに性的な線引きなどはない。ただ優秀かそうでないか、それだけの違い。軍人を軍人として定義するのはたったそれだけの差の筈だ。
 だが、これは。
『艦娘』とは、要約すれば人間を“兵器”として扱うモノだという。
 これはモラルや倫理、道徳を完全に欠いた、“選民思想”を捨て切れない上層意識の顕れではないのか……!
「まーだ懲りてないのかなぁ、上の人らはよぉ!」
 既に百年単位で昔の話。人間から脳を剥ぎ取り、残った肉体はサイボーグ化、脳は大型戦闘艦などのコンピュータに直移植させ、人工知能ならぬ人脳AIなんぞを作って戦争をしたと聞く。人間は最も安価な部品として製造されまくり、最終的には反乱を起こした人脳兵器たちに人類は滅ぼされかけた。その結果が今現在の私たちの時代だというのに。
 ……ズレた。話を戻そう。
 一応、理由はあるらしい。
 資料に記載されている説明によれば、彼女たちにしかあのバケモノを倒せないとかいう理由(詳細のどれもが現実味を欠いたものであり、目を通す事さえ苦痛になるようなものだ)らしいのだが、真偽を確かめる術を今の私は持ち合わせていない。だが実際目にした、電ちゃんが見せつけてくれた光景は、私の心を納得させるには十分な威力だった。とはいえ───
「……落ち着け。こういう時こそ落ち着け、私」
 ぐらぐらと煮え立つ頭に手の平を当て、そっと目を瞑る。怒りと絶望は時に前へ進む為の起爆剤になり得る。なら、それを利用しない手はない。問題があるとすれば、起爆剤は起爆剤でしかない事。方向は努めて冷静に、自分自身で決めなければ。
 数秒意識を外し、頃合いを見計らい、填める。
 呼吸に集中しながら立ち上がり、胸ポケットに仕舞ってあった電子ライターを作動させる。なんでこの時代に紙なんざ使ってるのかといえば、そういう事だ。データでは誰に知られるか分かったものじゃない、という考えなのだろう。どうも格式張っていて苦手ではあるが。
 資料の隅に着火する。瞬く間に燃え広がる火を、苦々しい思いでじっと見つめた。
「……バラしてやりたくても戻れないんじゃ、ね」
 用意も周到な事に。
 私の得た情報を島の外に報せる術は有り得ないようだった。
 ───最早、私に帰るべき場所は“無い”。
 これから先の私の人生は、すべてこの島の内部で完結するのだろう。
「やってくれやがったな、クソ共め」
 頭の痛くなるような、機密の嵐の最後に書かれていた一文はこうだ。

『尚、貴官の任務は戦争の終結、又は貴官の死を以って完了とするもの也。獅子奮迅の活躍を期待する』

 つまり、勝つか死ね、という事だ。
 ここまでの秘密を知ったからには、おめおめと帰還したところで今までの安寧は望めまい。いいとこ暗殺。
「……やってやろうじゃないの」
 決意を新たに拳を握る。
 勝てばいいんだろうが、勝てば。
 あのよく分かんないバケモノ共を、このだだっぴろい海から一匹残らず消し去ってやりゃいいんだろうが。簡単過ぎてあくびが出らァね。……いや、別に私がエバる事じゃないけど。実際戦うのは、

「第一艦隊、帰還したのです」
 この子なんだから。

「お帰り、電ちゃん」
 とびきりの笑顔で出迎える。
 ……さて。まずは倫理観とか道義心あたりとの闘いかしら。
 己と闘うのってツラいんだよなぁ、どうしても。いやまぁ、既に出撃命令出しちゃった私が言うのもアレだけどさ。無知は罪ってホントかもね。……見てろよ、“内陸”のクソ共め。 
 

 
後書き
☆電ちゃん一口メモ★

 キモい。
 一言に尽きるのです。なんか凄まじくキモい笑顔で出迎えられたのです。あれ、絶対内心なんか企んでるのです。
 も、もしかしてあの提督さんってその……い、電くらいの年齢の女の子が趣味な方なんでしょうか。ああ……この先がとても不安なのです。
 電はまだ綺麗な体でいたいのです……。 
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