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Ball Driver

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第十三話 理解があって助かるよ

第十三話



名門・帝東が終盤まで、ポッと出の南十字学園にリードを許しているとなれば、帝東応援席及び帝東ファンの逆転を願う気持ちと、その他のファンの帝東の敗退を期待してメシウマを願う気持ちがないまぜになって、球場には異様な雰囲気が漂い始める。

カーン!
「よっしゃァーー!」

帝東も帝東で、名門らしく粘る。
自分達の青春を賭けた高校野球、全てを投げ打ってきた高校野球をこんな所で終わらせて良いはずがない。執念にも似た気持ちが打者のスイングに乗り移る。ユニフォームは帝東の方が泥々。形振り構っている場合ではない。

「くそー、しぶといわねぇ」

帝東打線の必死の反撃を食い止めてきた紅緒の童顔に、汗が球になって浮かぶ。球数はとうに130球を超えており、時折見せる苦しそうな表情に体力的な辛さが表れていた。

8回の表、二死満塁。点差は3点。
帝東が何度目かの反撃のチャンスを作っていた。



ーーーーーーーーーーーーーーーー



(いい加減、点返さないとヤバいぞ。4回から毎回ランナー出してるけど、結局2点止まり。この回何とか一点でも返しておかねぇと、9回ワンチャンスで3点はキツい。)

この反撃のチャンスに打席に入るのは、帝東の7番・大友。大友も7番ながら、今日紅緒からはヒットを一本打っている。残塁を重ねている中で、ここはどうしても一本出したい場面である。

キン!
「ファウル!」

大友も果敢に振っていくが、紅緒の気迫のストレートの前に差し込まれる。小さな体から投げ下ろされるストレートなのに、中々捉えきれない。

(ここでもムキになったようなストレート勝負か。こういうのって、普通裏目に出るもんなのに、こいつに関しちゃ素直にボールの質が良くなってきやがるから不思議だよ。気持ちがそのままボールに乗っかるなんて、普通じゃない。)

唇を噛む大友。
それに相対する紅緒は紅緒で、セットポジションに入りながら大友を睨んでいた。

(ワクワクするわねぇ。自分より大きい相手、強い相手に向かっていくのは。)

既にスタミナも限界に近い。肩で息をしている。しかし紅緒の艶な口元は心なしか笑っていた。

(勝負には、負けたくないのよ、あたしはァ!)

紅緒が向こうっ気を全て、白球に叩きつける。
短い腕を鋭く強く振って、ストレートを投じる。

(負けられないのは俺たちの方なんだよ!)

大友も、強い気持ちをそのままスイングに乗せて紅緒のストレートを迎え撃つ。

カァーーン!

打球は空に舞った。




ーーーーーーーーーーーーーーーー



「センター!」

大友の打球は鋭く、放物線を描いて外野へ。
しかし、センターが追いつきそうな所であった。

「……まぶしっ」

センター礼二の足が止まる。
目を細めて、右手を視線の前にかざす。
灼熱の太陽が礼二に正面を向けて、強烈な日差しを放っていた。

ポトッ

次の瞬間、白球は礼二のすぐそばに弾んだ。
センターからは遠くに見える観客席から、地鳴りのような大歓声が聞こえてきた。

「あぁ、これはやってしまったね」

礼二は呟いて、フェンスまで達したボールを拾いに行く。その背後のダイヤモンドでは、帝東のランナーが次々とホームインしていた。




ーーーーーーーーーーーーーーーーー


「おらぁーー!」

三塁に滑り込んだ大友が大きくガッツポーズ。
ホームインしたランナーはベンチ前で何度も何度も抱き合う。帝東が遂に5点ビハインドを追いついた。全く想定していない、センター雅礼二の大チョンボで。

「なぁにやってんだよこのボケーーッ!代われ!俺と今すぐ代われ!」

南十字学園ベンチでは、権城が礼二の醜態に激怒し、交代を直訴してベンチ前でキャッチボールを始め……ようとしたが、誰もその相手に出てきてくれなかったので腹いせに壁当てを始め、審判に注意されて中に引っ込んだ。

「…………」

打ち取った当たりをスリーベースにされた紅緒は、マウンドで両膝に手をついていた。
同点。ここまで踏ん張ってきたにも関わらず、無気力ディフェンスでの同点はさすがの紅緒も堪えた。

<8番ピッチャー神島さん>

続いて打席に入るのは、8番の打順に入っている飛鳥。ニヤニヤと、やらしく笑っている。

(あのセンター、今日は三振ばっかりだし、守備でもこの体たらくで散々ね)

弱点に見える部分はどんどん突いて行く。
それが名門の野球。

(もひとつセンター返しお見舞いしてやるわ)
カキィ!

飛鳥は初球を打った。
しかし、1年生のそれもピッチャーが、紅緒の球をそうそう打てるものではない。
どん詰まりのフライがフラフラと、しかし一応センターの方へ上がった。

(間に合わない!)

セカンドの銀太が懸命に背走する。
が、全く追いつきそうにない。
打球はセカンドの銀太と、センターの礼二の真ん中に落ちていく。

「飛べ!飛びつけ!」

ベンチでは権城が、無駄だとは分かりつつも思わず声を上げていた。

「…………」
ポトッ

しかし、権城の声も虚しく、礼二は打球の手前で足を止め、白球が芝生に弾むのを見送った。
三塁ランナーの大友がホームイン。
帝東が逆転に成功する。


「いやー、すまないね。俺の選択肢の中に、汚らしいダイビングキャッチなんてものはないんだ。」

自分のすぐそばの銀太に、少し言い訳っぽく礼二が言う。銀太はそちらを振り向く事なく答えた。

「分かってますよ、そんなこと」
「うむ、理解があって助かるよ」

遠目に見えるベンチでは、また権城が何やら言っていたが、それは礼二の眼中に入ってはこなかった。







 
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