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Ball Driver

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第十一話 ポテンシャル

第十一話


夏の大会も日程が進んでくると、球場を訪れる人が増えてくる。日々繰り広げられる熱戦の質が上がり、夏は更に加熱する。


「「「輝く俺たちの誇りーー!!
帝東ーー!!魂ーー!!
うぉーおーおーおー!!」」」

名門・帝東の試合ともなれば、初戦からでもファンの視線を集めるのだが、今日は尚更人が多かった。昨年から、謎の爆発力を見せて居る新興・南十字学園と、伝統も実績も文句無しの帝東。
チャンピオンの帝東に対する“挑戦者”として、南十字学園は格好の素材である。

今年も全国制覇を目指す帝東としては、越えていかねばならない序盤の壁。

「人数ばかり、多いんでやんの」
「相手に不足なしって所かな」

そして南十字学園としては、それを超える事で歴史を作れる、大きな大きな壁。
紅緒と紗理奈のバッテリーは、表情を引き締めた。


ーーーーーーーーーーーーーーー



「「「おーーーとこにはーーー
仲間とーーー家族がーーーいる
目指したのはーーー遥か遠くーーーー
憧れーーーの甲子園ーーーー!!!」」」

帝東応援団から響く「ルパン」の絶叫。
その大迫力の応援の中、高い音を立てて白球は空に舞った。

「オッケー!」

ショートの哲也が手を上げ、落下点に入る。
グラブにしっかり白球を収め、一回の表がチェンジとなる。

「よし!」

マウンド上、南十字学園先発の2年生エース・紅緒がガッツポーズしながらベンチに戻る。
まだこの大会、一点も失っていない。
勝ち気な顔で、帝東打線を睨みつけ、実に小さな体でマウンドに君臨する。

「初回、あれ全球ストレートか?」
「おまけに半分以上インコースだったぞ」
「140ちょっとは出てるだろ。くそチビだから角度ないけど、手元で伸びるぞ」

初回を三者凡退で終わった帝東ナインは、紅緒の投球に驚いていた。名門・帝東の伝統の強打線に対して一歩も引かず、グイグイ攻めてくるその姿勢。自分達に対して、かわしにかからないチーム自体、帝東にとっては久しぶりだった。

(いかにも、怖いもの知らずって感じだな。良いピッチャーだし、良い女だわ。)

帝東ベンチから、初回の守備に大友が出て行く。背番号は12だが、大友は7番キャッチャーでスタメンしていた。




<一回の裏、南十字学園の攻撃は、1番ショート合田君>
「よっしゃー!」

初回の南十字学園の攻撃は、1番の哲也から。
南十字学園打線は、「最強世代」の2年生が6人。若いフレッシュな力で帝東に挑む。
まずは右打席に俊足、そして思い切りの良い哲也。

ブンッ!
「ストライクアウト!」

しかし、哲也はあえなく三振。外の緩いカーブ三つにくるくる回っての三振だった。

(こちとら、キッチリデータとって攻め方練ってきてんだよ。……あっちは真っ向勝負、こっちは弱点をチョコチョコ付くなんて、まるでどっちが格上なのかわかんねぇな)

リードする大友はマスクの奥で苦笑した。

<2番、セカンド良君>
「チッ、アホみてーにブンブン振って帰ってきやがって。だからアイツの1番には反対なんだ。」

あっさり三振に倒れた哲也に毒づきながら左打席に入るのは、これまた2年生の良銀太。オレンジの髪、メガネをかけ、顔つきがどうにも侮れない雰囲気を醸し出している。

(帝東は、俺ら相手に大会初登板のエースを持ってきた。ここまで温存されてきたって事だが、案外ピッチャーってのは、投げてないってのも不安に感じたりするもんだ。合田のバカが調子乗せたかも知れねーが、もう一度早めに打って崩す。)

バットを持つ両手を少し離し、バットを揺らす天秤打法で銀太はボールを待つ。
相手投手の球は、高めのストレート。
銀太はバットを思い切り、上から被せた。
打球は三遊間の真ん中をゴロになって破っていった。

(これまでの試合じゃ、低めの球を拾うようなスイングしてたのに、今はボールに合わせて咄嗟にスイング変えてきた。こいつ、良いバッターだな。)

捕手のポジションで大友はため息をつく。
ワンアウトから、銀太がヒットで出塁した。

「よしよし、さすが銀太だ。ちゃんと僕の前にランナーとして出てくれた。」

銀太のナイスバッティングに、知ったげに頷きながら打席に入るのは、スタメンの中で数少ない3年生、主将(一応)の礼二。
チームの精神的支柱の3年生に期待がかかる、、、というのは普通のチームの話で、このサボリ魔インチキ主将の場合にはそんな事はない。

「ストライク!」
「ストライク!」
「ストライクアウト!」
(……何?)

三振に切ってとった当人である帝東バッテリーも、キョトンとしていた。バッターの礼二は、特段何を思うようでもなく、ベンチにスタスタと歩いて帰っていく。
礼二は一度たりともバットを振らなかった。
見逃し三振である。


(……確かにデータでは、外の球には一切手を出してこないとあったけど、アウトローのストレート三つ全く打つ気もなく見逃すとは……)

キャッチャーの大友も、半ば呆れたような顔をしている。敵とはいえ、あまりのちゃらんぽらんぶりに、むしろ心配になるレベルであった。

「なぁーんで振らないんだよ!振らなきゃ当たんねぇだろーが!やる気あんのかよ!何仕方がねぇって顔で帰ってきてんだよ!」

ベンチに帰ってきた礼二に、権城が烈火の如く怒る。当然である。自分を差し置いて試合に出ているインチキ野郎がこんな無気力プレイを晒していて、黙っていられる訳が無い。

「だって、仕方がないじゃないか。僕にはあんな遠い球をホームランにする事はできないよ。野球、久しぶりだしね。」
「だーっ!色々言いてぇ事はあるが、一つだけにしてやる!別にホームランじゃなくても良いわ!ヒットで十分だから!」
「え?でもホームランじゃないと意味が無いよね?ほら、プーさんのホームランダービーだって、ホームラン以外は凡打扱いだし」
「」

権城は怒りの余り、白目を剥いて卒倒した。
他の選手はもう、礼二などには構っていない。
その次に打席に入る、この人に大きな期待を寄せる。

<4番、ピッチャー品田さん>

ゆっくりと左打席で伸びをする紅緒。
小さな体に不釣り合いにバットを長く持ち、ブルンブルンと素振りを繰り返す。
帝東の外野は、紅緒が打席に入るやサーッとフェンスの手前まで下がった。

(さすがにマークが厳しくなって、ホームランはこの大会まだないけど、ちゃんとストライクが来た5打席では4安打、外野フライが一本。やっぱり品田の打撃は飛び抜けてる。)

大友は外に構える。
この天才打者を目の前にして、帝東バッテリーとして考えているのは、「シングルヒットなら十分」。外野を下がらせて、マウンド上の帝東のエースの球威ならば、そうそうフェンスを越える事は無いだろうし、長打は防げるだろうという算段だ。

「ストライク!」
「ストライク、ツー!」

紅緒はこの外のボールを二球、あっさり見送った。そして、ぷるんぷるんとした唇を歪めて、眉間に皺を寄せた。

(何よー。アンタ達までそんな逃げのピッチングしちゃう訳ェ?つまんないわねぇ。)

紅緒がむくれているのは全く気にせず、
3球目、大友はインコースに寄って腰を上げた。
外で勝負という基本線は変わらない。が、せっかく追い込んだので、外の球を有効に使うためにインハイにボール球を投げても良いだろうという判断だ。紅緒をのけぞらせようというのが狙いである。

マウンド上のエースは頷き、紅緒の顔面近くにストレートを投げ込んだ。さすがは帝東のエース、危ない所を狙っているが、ミスる事なく正確に球が伸びていく。

(なっ!)

紅緒は投げた瞬間、それが内側を狙っている事に気づいた。そして、その投球に青筋を立てる。

「ざっけんじゃないわよぉ!」
カァーーーーン!

叫びながら、インハイのクソボールに対して、渾身の大根切り。真芯で捉えた猛ライナーが右中間に伸びていく。

(打球はやっ!)

深く守っていた帝東外野陣ですら追いつけず、打球はフェンスを直撃する。クッションボールをテキパキと処理し、内野にボールが帰ってきた時には打者走者の紅緒は2塁に到達しており、一塁ランナーの銀太はホームを駆け抜けていた。
観客席から大きなどよめきが起こる。
4番紅緒の度肝を抜くような一打で、南十字学園が先制。

「あたしにビーンボールなんて、百年速いのよーっ!」

紅緒はベース上でまだカッカしていた。
外に投げられても怒り、内に投げられても怒る。
身勝手な小娘である。


<5番キャッチャー遠藤さん>
(さぁ、畳み掛けようか!)

小柄な紅緒とは対照にスラッとした紗理奈が続いて右打席に。この凸凹バッテリーは、打順でも4番5番のコンビを組む。紗理奈も1年から試合に出ており、この試合までの打率は5割を超えている。

「!!」
「ストライク!」

紗理奈への初球は内角のストレート。
さすがに一点を失って、帝東のエースも気合いを入れてきている。ズバッとギリギリに決まった。

(遠藤は打球の7割が右方向。クローズに踏み込んでくるし、おっつける打ち方をしている。インコースを積極的に突いていく。)

大友はまたインコースに寄る。
紗理奈はインコースの球をバックネット裏に飛び込むファウルを打つが、バットの根っこで捉えていた。差し込まれている。

(こうやって差し込んでおくと、バッターはポイントを前に前に置く。そして変化球への見極めも悪くなってくるんだぜ。)

次の球は外へのスライダー。
釣り球を打つような強引な真似は紗理奈はしない。見る。実に冷静に見る。

(さすがに、見るべき球は見るか。サザンクロスの打線の中で、こういう真っ当な好打者は遠藤くらいだな。でも、逆を言えば、常識離れしたような打撃はしてこない。)

大友はまたインコースに構える。
ボール球を振ってくれないなら、相手が打てないストライクの球を投げ込むだけ。
セットポジションから投げ込まれた球は、紗理奈の懐に飛び込んだ。

「!」

紗理奈は窮屈なスイング。
しかし左脇を空けて逃がし、バットのヘッドを無理矢理に押し込んだ。

キン!

打球はゴロになって三遊間の真ん中へ。
ショートが懸命に飛び込むが、ボールは外野まで抜けていった。バックホーム態勢を敷いていた外野の浅さでは、2塁ランナーの紅緒は三塁ストップだが、紗理奈が一塁に生きてチャンスが広がった。

(……嘘だろ?あんな巧い打ち方今までしてなかっただろ。咄嗟にあのコースを捌かれちゃ、投げる所ねぇよ。)

大友はもはや呆れ顔。
そして認めるしかない。
南十字打線の驚異的なポテンシャルを。

<6番サード本田君>

譲二のガタイの良さは、帝東にも引けをとらない。背が高く、そして筋骨隆々。
そんな奴が6番に居る。

ブン!
「ストライク!」

もちろん、パワーがあるが、イマイチ脆いから6番なのだ。しかし……

カーーーン!!
「なっ……」

少しでも甘く入れば逃さない“怖さ”はある。
コントロールを間違えた帝東エースはマウンドで両膝に手を付き、大友は天を見上げる。
打球はレフトフェンスの遥か向こうで弾んだ。

「いけるぜ!帝東にも勝てる!」

力こぶを見せつけながら、譲二はダイヤモンドを回る。南十字ベンチは、自分達でも予想以上の展開に、大きく盛り上がる。
観客席はどよめき、帝東応援席はお通夜と化す。

初回に4点。大きな大きなリードを奪った。




 
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