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箱舟

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第五章


第五章

「この舟は皆で乗りましょう」
「皆がですか」
「そうです。人一人、動物一匹欠けることなく」
 ノアは言う。
「皆が乗るものです。それでいいですね」
「誰もがこの舟に乗って」
「そして洪水を」
「逃れましょう」
「皆で」
「私は。考えました」
 その皆の言葉を聞いて。ノアはまた告白したのだった。
「果たして自分は正しいのかどうか。ですが」
「ですが?」
「正しかったです」
 今それを皆に告げたのだった。
「ですからこのまま洪水が起これば」
「皆でですね」
「例え何があっても」
 ノアはまた断言したのだった。
「いいです。ですから皆さん」
「ええ、何時までも一緒ですよ」
「ノアさんと」
「御願いします」
 彼等は笑顔でノアに告げたのだった。
「是非皆で」
「洪水を乗り切りましょう」
 こうして洪水の時には皆が舟に乗り込むことになった。それから暫くして雨が降りだした。それは極めて強いもので忽ちのうちに河を溢れさせてしまった。
 それを見て妻は。ノアに声をかけてきたのだった。
「あなた」
「うむ」
 ノアは妻の言葉に対して頷いたのだった。
「そうだな。いよいよだ」
「皆さんを御呼びしましょう」
「動物達もな」
「そうね」
 妻もまたノアの言葉に頷いたのだった。
「皆でだからね」
「そうだ。では皆を呼んで」
「ええ」
 彼等は頷き合い皆を呼んだ。そうして動物まで全て乗り込まさせて。水の上に舟が浮かんだのだった。いよいよ舟が動こうとしていた。最早水は海の様になっていた。
「助かるか」
「多分」
 当然舟の中にはノアも妻もいる。妻はノアに対して答えていた。
「皆乗り込んだしこれで」
「だがな」
 しかしここで。ノアは顔を曇らせるのだった。
「わしは神に背いた」
 今そのことを振り返り顔を曇らせたのである。
「多くの人を助けること自体が。背いたことになるのならな」
「そうね。そしてそれは私も同じ」
 妻もまた。同じだと認めるのであった。
「あなたと同じ罪を犯したわ」
「ではいざという時はだ」
「そうね」
 ノアの言葉に応える。
「二人で潔く罰を受けようぞ」
「二人で」
 一度した決意をまた確かめ合う。そしてその時だった。不意に彼等のところに。あの声が聞こえてきたのだった。厳かなあの声が。
「ノアよ」
 彼はまずノアに声をかけてきた。
「我の声が聞こえるな」
「はい」
 ノアは毅然としてその声に応えた。
「聞こえております。確かに」
「そうか。ならばよい」
「今ここに来られた訳は」
「決まっておろう。御前に問いたい」
「私にですか」
「そうだ」
 声に険しいものが込められた。まるで雷の様な声になっていた。
「我は言った筈だ。御前の家族と動物のつがいだけを救えとな」
「確かに」
「我は間違いを犯さぬ」
 このことも言ってきた。
「このことは確かに伝えておいたな」
「その通りです」
 このこともまた認めたノアであった。
「確かに仰いました。神よ、貴方は」
「では何故だ」
 ノアに問うてきた。
「何故我の言葉を破ったのだ」
「全ての者をこの舟に入れたことですね」
「御前の家族以外は神に背いていた」
 神は言う。
「そして動物もまた。つがい以外はいらなかった。それをどうしてだ」
「私は思ったのです」
 ノアはその厳かな、雷の如き言葉に身体が震えてたまらなかった。しかしそれでもであった。必死に心を震わせて神に対して答えるのであった。
「誰もが正しい心を持っておられます」
「そう思ったのだな」
「そうです」
 またはっきりと述べてみせた。
「私は。そう思いました」
「それで皆を助けたのか」
「そうです」
 またしても答えた。毅然として。
「助けました。そのことを認めます」
「ではまた聞こう」
 神は答えなかった。そのかわりまたノアに問うてきた。
「何でしょうか」
「御前は動物達も全て舟に入れたな」
「その通りです」
 この問いにも答えるノアだった。
「今この舟の中にいます。皆」
「つがいだけと命じた筈」
 神は問う。
「それでどうしてだ。何故皆入れたのだ」
「動物にもまた心があるからです」
「心があると申すか」
「そうです」
 ノアはまたしても毅然として答えたのだった。
「動物達にも心があります。その証拠に」
「証拠に?」
「私が舟を建る時に彼等は助けてくれました」
「御前をか」
「その通りです。そしてそれは」
 ノアはさらに言う。
「人も同じです。私の家族以外の人々もまた」
「御前を手伝ったというのか」
「訳も何も言わず」
 このことを正直に神に告げたのだった。
「私を手伝ってくれました」
「だから皆を入れたか」
「最初に。そう決めはしました」
「最初にだと」
「はい、そうです」
 それもまた認めるノアであった。
「皆を救おうと舟を建っていきました」
「それを皆が手伝ったか」
「私の為に」
 ノアはまた事実を神に告げた。
 
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