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Ball Driver

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第九話 苛立ち、癒され

第九話



「南十字ぃーーー⤴︎野球団⤵︎、これより夏の大会のメンバーを発表する」

権城は息を呑む。権城ほどではないにしろ、形代の周りに円陣を組んだ野球部員は姿勢をピシッと整える。南十字学園野球部レベルの緩い野球部でも、この行事は格別なのだ。

夏の大会のメンバー発表。
基本的に、レギュラーになるのは9人だけで、殆どの野球部員は試合に出て活躍する事を目的にしている事を考えると、このメンバー発表は最もチームスポーツのシビアさが表れるシーンだと言える。

「背番号1、しぃなぁだぁーーーべぇーーにぃーーおぉーーー」
「はい」

しかし、そんなシビアなシーンだというのに、形代は相変わらずのDJ調。これには、権城はほとほと呆れて、もうズッコケる気にもならない。

「背番号2、えぇーーんどぅーーーさぁーーりぃーーなぁーー」
「背番号3、やぁーーまぁーーだぁーーーまぁーーもぉーるぅーーー」
「背番号4、りょーーーーーうぎぃーーーんたぁーーー……」

どんどん背番号が発表されていく中、権城は自分が呼ばれるタイミングに思いを馳せた。
入学後、殆どの練習試合でセンターで使われているし、打順も最近は紅緒の前の三番。期待にはまあまぁ応えている。これは背番号8もあるか?
センターの対抗馬は2年の坊さんだが、学年に配慮するという事もあり得るかもしれない、、、


「背番号8、」

いよいよ巡ってきた背番号8に、権城はキュッと心を引き締める。









「みぃーーーやびぃーーーーれぇーーいじぃーーーー」
「ゲホッ!ゲホゲホッ!」

形代が名前を呼ぶのと、権城がむせ返るのは同時だった。雅?雅礼二ってあれか?美術部のあの変態か?いや、ちょっと待て、なぜこの場面で雅礼二の名前が呼ばれる?そもそも野球部のグランドで、雅礼二の姿なんて一度も見た事が無かったぞ?

「ん?どうしたね権城」

大きくむせこんだ権城を、訝しげに形代は見た。これは言うべきだ。言わねばならない。

「あの、すいません。雅礼二って、いや、あの人まずこの場にも居ないじゃないですか」
「あぁ、確かにそうだな。君がこの背番号を届けてやってくれるか?」
「いや、そんな事じゃなくて、何で雅礼二なんですか?俺あの人グランドに来たの見た事ないですよ?そもそも野球部員だったんですかあの人?」
「雅礼二君は南十字学園野球部の第58代の主将だぞ?主将がレギュラーなのは当たり前だよ、現に雅君は実力も……」
「だーっ!違う!何か間違ってる!主将だったら尚更何で練習来てないんだよ何でそんな奴に主将やらしておくんだよ何でそんなのをあんたらは許して……」

更にまくし立てようとした所、権城は2年の坊月彦に、肩をポンポンと叩かれた。普段は、鋭い目つきで相手を威嚇するような顔をしている月彦が、この時ばかりは穏やかな顔をしていた。
その穏やかな顔で、月彦は左右にかぶりを振った。




権城は悟った。
何を言っても無駄だと。



ーーーーーーーーーーーーーーー



ブツブツ……ブツブツ……
「まだメンバーの件で愚痴を言っているのですか?権城さん」

翌日の演劇部の活動で、権城が舞台セットを野外で作っていると、ジャガーがにっこりと笑って話しかけてきた。
権城はブスっとしたままで、カンカンと釘を打ち続ける。

「だって……おかしいだろ……仮にも主将が幽霊部員なんだぜ……それに対して監督も何も言わねぇなんて……ふざけてんだろ……」
「まぁまぁ。人にはそれぞれ、前提がありますから。自分の前提からしたらあり得ない事でも、平気で起こってしまったりするんです。他人と関わっていると。」

ジャガーは遠い目をした。
同い年だと言うのに、ジャガーはやたらと達観している。それには感心する反面、権城としてはもっと怒れよっていう気にもなってしまう。

「こっちでも、しっかり雑用だし、だんだん嫌んやなってきたよ。こっちが雑用なのはまぁ、当たり前なんだけどさ」
「…………」

演劇部の7月公演には、勿論の事ながら入部して間もない権城は出演できない。
まだそんなレベルではなく、中等科の後輩を出した方が余程上手く回る。そして、後輩達は存外に優秀なのだ。よって権城は今、道具係としてセットを作っている。

「まぁ、そう腐らないで。いつか権城さんも輝ける時が来ますから。まだまだ青春、始まったばかりですよ。」

ジャガーはにっこりと微笑んで、その場を離れて行った。もしかしたら、愚痴ばかりの権城に愛想を尽かしたのかもしれないが、微笑みを見せてフォローしてから去る辺り、ジャガーは優しい。


コロコロ……

ふとそこに、ボールが転がって来た。白く光沢のない表面、ブツブツしたディンプル、赤くない縫い目。久しぶりに見る、軟式ボールだった。

「すいませーん!」

野球場の方からトコトコと、中等科の生徒が駆けてくる。どうやら、中等科の野球部のボールらしい。それにしても、こんな所まで転がるとは、一体どんな暴投をやらかしたんだか。

「……中等科の野球部か。」

権城はふと立ち上がった。
仕事はまぁまぁ進んでいた。少しくらいサボっても、良いだろう。



ーーーーーーーーーーーーーー


「あれ?姿達が居ない?」

野球場にフラッと入っても、姿や楊姉妹の姿は無かった。確か、彼らも野球をしていたはずだが、今日は居ないのだろうか。
その代わりに、意外な人物が居た。

「あれ?」
「…………」

いつか、煤で汚れたシャツを洗ってもらった、化学部の仁地佳杜が、シートノックのノッカーを務めていた。しっかりユニフォームを着込んでいる辺り、真面目な性格が伺える。高等科の野球部は短パンジャージだらけなのに。

「……何の用ですか?」
「あぁ、君ら中等科の野球部だろ?姿や楊姉妹が居ないかと思って来たんだが……」

グランドを訪れた権城を見る佳杜の目は、前と同じように冷たい。そして、権城の言葉を聞いた瞬間、さらに冷たくなった。

「……新道君達は、区分はシニアリーグで、この学園の硬式野球部です。私達は、軟式ですので。」
「……あぁ……」

権城は予想外の答えに驚いた。
中学から、硬式と軟式が分かれているなんて聞いた事もない。

「去年から、新道君が硬式を作りました。今は、殆どの生徒が硬式で野球をします。私達軟式は、恐らく今年が最後になります。」
「…………」

どうせ高校から硬式になるんだから、硬式でやっとこう。ストイックな姿なら考えそうな事だ。そしてこの島ではカリスマ的な力を持つ姿が新しく部を作ったのだから、多くがそちらに流れるのも道理。その割を食って、軟式は人が減ってしまったという事らしい。

「……だから、ここに新道君は居ませんよ」
「…………」

権城からぷいと目を逸らして、佳杜はシートノックを再開した。殆ど野球するのにギリギリの人数の部員に、打球を飛ばす。権城は、それを受ける部員の下手さに驚いた。呆れるほどに下手くそだった。よく分かった。軟式に残ったこいつらは、姿が作った、恐らくガチな雰囲気だろう硬式に、「行きたくても行けなかった奴ら」なのだ。
ミソッカスなのだ。そしてそれを本人達も自覚している。小さくなって、背中を丸めて球を追いかけていた。

「中田君、もう少し、こうやって腰を落として。そうよ、そこから右足を前にステップするの」
「太田君、ショートバウンドには顎を引いて。そうしたら入るから」
「千葉さん、高く抜けるのはダメ。ワンバウンドで良いから、腕の届く範囲に。」

ノックを打つ佳杜は、そんな部員にいちいちアドバイスを送り、丹念にノックを打ち続けていた。
その姿には、どこか哀愁が漂っている。
無駄とは分かりつつ、やらずには居られない、そういう気持ちが透けて見えた。

「……」

権城は、ツカツカと佳杜に近づいた。
そして佳杜からバットを奪った。

「!!何を……」
「俺がノック打ってやるよ。だからお前も守れよ」

佳杜はきょとん、としたが、すぐに眼鏡の奥の目をキッと細めた。

「今日は権城さん、文化部の日では?」
「良いんだよそんなの。お前が気にする事じゃねえよ。さっさとグラブ持ってポジション行けよ。」

権城が撥ね付けると、少し躊躇いながら、佳杜が足下のグラブをはめてセカンドのポジションに駆けていった。

「よーし行くぞ!」

権城によるノックが始まった。
佳杜に比べ加減が分かってない為か、中等科の軟式部員は権城の打球を最初は怖がった。ちょっと迷惑だったかもしれない。

ザサッ
バシッ!

しかし、1人だけその「加減が分かってないノック」に対応していたのは、さっきまでノックを打っていた佳杜だった。右に左によく動き、軟式特有の高いバウンドにも果敢にダッシュしてすくい上げる。二遊間からでも、華麗なスナップスローを決め、深いポジショニングを使いこなしていた。

「佳杜、やっぱ上手いなぁ」

権城のすぐそばで、キャッチャーをしている部員が呟いた。

「あいつだけは、硬式でもやれたのに」

そうだろうな。キャッチャーの呟きに、権城は心の中で返す。でもこいつは、行かなかったんだよ、硬式に。それは、お前らの事が捨てられなかったからじゃないか?

一通りノックが終わると、佳杜が権城に頭を下げてきた。

「ありがとうございました。久しぶりに、自分の守備練習も出来ました。」

少し泥に汚れた佳杜の顔は、先ほどよりもどこか、充実して見えた。悲愴感ではなく、生命力が溢れていた。それを見て、権城はニンマリする。

「お前、高校でも野球やれよ、絶対。俺待ってるからな。」
「いえ、それよりも。今はとにかく、この仲間とすごすこの夏ですね。」

相変わらず、可愛くない返しをされたものだが、権城は大して腹が立たなかった。
そうだ。お前、そういう奴なんだろうな、多分。
それで良いんだよ。
権城は何故か心の中がホッコリしていた。
メンバー発表からのモヤモヤなんて、飛んでしまっていた。
 
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