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Ball Driver

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八話 対照な姉妹

第八話



「「「あぁーーーえ!いぃーーーう!えぇーーーお!あぁーーおぉーー!」」」
「こらー!まだ声が小さいぞーー!!」

紗理奈の怒声に、演劇部一同は更に声を張り上げる。その中には権城の姿もあった。

(結局、演劇部に入ってしまった……)

思いのほかキツい練習にヒィヒィ言いながらも、権城の顔にはどこか納得の表情が浮かんでいた。シャブで哲也の道楽に付き合ったり、美術部で礼二のヌードモデルをするのに比べたら、演劇部はかなり良心的なクラブであった。練習がキツいというのも、一週間の半分文化部に所属しながらフィジカルトレーニングできるという点で、野球に活きない事もないだろう。

「「「あぁーーえ!いぃーーーう!えぇーーーお!あぁーーおぉーー!」」」

クラブ棟の屋上には、強い西日が差し、汗腺をこじ開けてくる。暑い。
夏が近づいてきていた。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「権城くん、キミはこの後、空いてるかい?みんなでトロピカル食堂に行こうと思ってるんだが」

練習後、紗理奈が誘ってきたが、権城はその誘いを断った。用事があったからだ。擦り切れてしまったバッティンググラブを買いに、島の西側にあるスポーツ店へと行かないといけなかった。

「そうか。それは残念だが、しかし仕方ないな」
「また誘って下さいよ」

紗理奈はしつこくは誘ってこなかった。
権城は小さく会釈して、その場を離れた。



ーーーーーーーーーーーーーーーー


南十字島は離島だが、島を端から端まで徒歩で行くのはさすがに骨が折れる、そのくらいの広さはあるので、本数はそう多くないながらもバスが走っている。
そのバスを待っていると、桃色の髪を高くくくった、やたらと無邪気な顔をした少女が権城に近寄ってきた。

「あー、権城くんだー!何々ー、ボクに会いにきてくれたのかなー?」
「西の方に用事があるだけだよ。そういや、瑞乃の家はあっちの方だったっけか?」
「うん!」

この少女の名前は南十字学園中等科3年の楊瑞乃。演劇部に所属している。権城はやたらと、中等科の3年にばかり知り合いが増えていた。
演劇部に一つ下が多く、そして野球部に同期がゼロだから仕方が無いが。

「瑞乃、その人は?」

更に一人、少女がやってきた。
こちらは赤めの髪を長く垂らしている。
顔そのものは瑞乃とそっくり。
だが雰囲気は全く違った。こちらは落ち着きに溢れている。

「あ、茉莉乃!この人はね、演劇部の権城くんだよ!」
「権城……あぁ」

茉莉乃と呼ばれた少女は権城に頭を下げた。

「瑞乃の双子の姉、茉莉乃です。よろしくお願いします。」
「あぁ、うん。よろしく。」

つられて権城も頭を下げてしまった。



ーーーーーーーーーーーーーーーーー



「………」
「………」

権城と茉莉乃は、隣同士でバスに乗りながら、気まずい沈黙を続けていた。

(瑞乃のヤツが、普通にバスに乗ってくれりゃ、こんな状況にも陥っていないのに)

知り合いの知り合い、それは案外最も気まずい関係である。そして、権城と茉莉乃が何故2人になっているかというと、瑞乃はバスの屋根に乗っかって無賃乗車を決め込んでいるからだ。道交法違反だし、無賃乗車も犯罪だが、どうやらその辺、この島は緩いらしい。たまに屋根から瑞乃の機嫌の良さそうな歌が聞こえてくる。瑞乃が居てくれないおかげで気まずい時間を過ごしている権城としては中々癪に触る。

「……権城さん、中学の時は凄い野球選手だったんですよね」

ふと茉莉乃が話しかけてきた。

「ん?あぁ。……まぁまぁではあったかな」

少し前なら、自信満々で答えられたのだが、自分以上の選手が居るこの島では、このような煮え切らない返事しかしようがなかった。

「わたしも野球、してるんですよ。また来年、高等科の部でよろしくお願いしますね」
「おぉ!そりゃ楽しみだなぁ。」

来年、後輩が入ったらという事を権城は想像した。もちろん、姿も入ってくるのだろう。沢山入ってくれれば良いなと思う。何せ、同学年が2人しか居ないのだから。とにかく、たった2人でこなす雑用から解放されたい。

「それにしても、奇特な人ですね。わざわざ甲子園を目指すのに、この島に帰ってくるなんて」
「あぁ、よく言われるよ。言われ過ぎて飽きたな。」
「この島、一度出て行った人が二度と戻ってこないっていうので有名な島なんですよ。楽園式監獄、そんな風に言われたりもするくらいで」

権城の眉がピク、と動いた。
楽園式監獄?それは初めて聞いた。
しかし、考えてみればそうだった。
この島から出て行って、帰ってきた奴は自分以外に中々思い返せない。

「まぁ、こんな島です。狭い中に、小学校から大学まであるし、この島から出ずに生きていくのだって簡単です。だからこそ、一度出て行ったら戻ろうとは思えない。自分の世界が閉じていくのを感じるから。」
「…………」

茉莉乃は窓の外の海、水平線に沈んでいく夕日を見ながら独り言のように言った。

「……俺はあんまりそんな風には思わなかったんだけどなぁ」

権城も夕日を眺め、目を細めながら呟いた。

「俺は、この島の世界は閉じてなんかないって思ってる。この島から、外を目指す事もできるし、疲れたら帰ってこられると思ってる。生まれ育った故郷ってそういうもんじゃないか」
「…………」
「甲子園か。甲子園、行ったら、みんな気づくかな。この島から夢を叶える事もできるって。島に残るってのは、何も諦める事だけじゃないって。」
「……ロマンチストですね。素晴らしい気概です。」

茉莉乃は目を閉じて微笑んだ。
が、次の瞬間、バンバンと窓を叩く音に目を見開く。

「茉莉乃〜茉莉乃だけ権城くんと仲良くしてズルイよ〜」

瑞乃の逆さまの顔がバスの窓の外にあった。
屋根から身を乗り出しているらしい。
常識的に考えて危ないが、そもそも屋根に乗っているという状況が常識から逸脱している。

「瑞乃がちゃんとバスに乗らないのが悪いんでしょ」
「そうだぞ。危ないから、ちゃんとお金払って普通に乗れよ。」

むくれた瑞乃を、2人で嗜める。
バスは夕暮れの海岸沿いを、音を立てて走っていた。

 
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