徒然なるバカに
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中学校で勉強したことなんて今更思い出しようもない
「また間違ってるぞ」
隣に座っている彼は言う。
「え?え?」
「だからここだって。……四則演算くらい間違えんなよ。中学の知識だぞ?」
「えへへ、そっかそっか。……で、四則演算ってなに?」
「……和差積商のことだよ」
あ、すっごい呆れ顔になった。
「まあ四則演算なんて遠回しの言い方普通は使わねえしな」
「そ、そうだよぉ〜。使わない使わない」
「知ってて損はねえから覚えとけ」
「……はい」
彼はそう言うが、四則演算なんて耳にする機会なんてない気がする。これからも。
それにしても本当に頭良いんだなー、なんてことを思いながら彼を横目に見る。
「次はーーっと。……三角関数か」
彼が教科書を見る。そんな姿、想像も出来なかった。
「三角関数はクセあるからな、根本的なところから教えてくわ。朝風おまえも聞け」
「わかった」
授業はいっつも寝てるか遊んでるかなのに、いつ勉強してるんだろう……。
「まず最も基本的な関数が正弦定理と余弦定理な。サインコサインだ。正弦定理がサイン、余弦定理がコサイン、聞いたことくらいあるだろ?」
んー、でもやっぱり勉強してる姿は似合わないなあ。普段があれだしね。
「んで、正弦定理と余弦定理の比、要するにサインとコサインの比が正接関数ーータンジェントって呼ばれるやつだ」
あ、でもやっぱり顔立ちは整ったほうだし、なんだかんだで絵になるなあ……。
「サイン、コサイン、タンジェントで覚えてくれればいいんだけど、たまに捻くれてる教師が正弦定理、余弦定理、正接関数の言葉を使って問題作ったりするから一応覚えとけーーって、瀬川?」
勉強のことでこんなにも真剣な表情ができるんだ……普段あれだけおちゃらけてるのに。
「おい!瀬川ッ!」
「あイタッ!?」
いきなり頭をパシッと叩かれた、教科書で。
「随分とボーッとしてたけど話聞いてんのか?」
怪訝な顔でそう言ってくる優太くん。
「ボ、ボーッとなんてしてないよ!ちゃんと聞いてたよ!?」
つい、口からでまかせを言ってしまう。聞いてたなんて嘘だ、なんの話をしていたかすら聞いていない。
「本当かよ……」
「本当本当ッ!ほんっとに聞いてたってば!」
「さいですか」
「んにゃーッッ!もう無理!休憩!休憩しよ!」
もう無理だ、こんな数字とにらめっこなんか一分たりともしてられない。それに、美希ちゃんや理紗ちゃんも白目をむいて頭から湯気だしてるし。
「あーそうだな、一旦休憩するか」
「そうね」
優太くんとヒナちゃんがそう言う。
「優人くん?そっちはどう?ちゃんと進んでる?」
「いや進むもなにも、瀬川も朝風もビックリするほど基礎がなってないからまずそこから説明してる」
「そう……」
「んで?そっちはどうなのよ。綾先と花菱、両方とも死んでんじゃん」
「あはは………」
「無理に詰め込もうとすんなよ。花菱はともかく、綾先なんて学校通い始めたばっかなんだから」
「わかってるわよ。こっちの心配するよりそっちの心配しなさいよ」
「だな。まあ、4日もあれば赤点は回避できるだろ。てか、させる」
「あら、妙に乗り気じゃない」
「巻き込んどいてよく言うよ、まったく」
彼は肩を竦め言う。
そうだ、そうだった。今日彼は巻き込まれた立場。美希ちゃんが主犯と言うものの、関与した理紗ちゃんとあたしは自分の意思。多少の罪悪感も芽生える。なにか用事があったのなら申し訳ない。
「でも思ったよりがんばったほうじゃねえか?瀬川」
「ほぇ?」
彼の突拍子もない言葉に驚く。
恨まれる、バカにされるならまだしも、褒められるとは。……褒められているのか?果たして。
「もっと早く音を上げると思ってたし。現に朝風はこんなんだろ?」
と理紗ちゃんを指差し、笑みを浮かべる。
「そんなずっと集中して勉強しろって言うのは無理だし。がんばったほうじゃねえか?」
「人間の集中力は15分が限界って言うしね」
彼に続いてヒナちゃんも口に出す。
「でも今回の泉はいつに増して頑張ってるわね」
「そうかな?」
いつに増して、か。意識していないからわからなかった。ーーと言うか意識は他のところに言ってたし……。
「今回のテストは大丈夫そう?」
「いやあ……どうでしょう」
曖昧な返事しか返せない。
まだ勉強を始めて1時間ちょっとしかたっていないのだから仕方のないことだ。
「普段から勉強してればこんなことにならないのにね」
「あはは……」
そんなことわかっている。それが出来ないから困っている。と言うか、それが出来なくて、テストで赤点を取ってしまい、補講を受けなければいけないから困る。
「キリは全然よくねえけど、今日はそろそろやめだな」
そう言うと、優太くんはペンを置く。
「もう?」
「始めた時間が時間だからな、足りねえ気もするけど」
「だったら尚更やめる理由が見当たらないわよ」
ヒナちゃんの言う通りである。正直、ここで終わるのは嬉しいことだが、試験のことを考えると不安だ。
「おれがあんだよ、これから用事。明日どーせやるんだからいいだろ」
と、彼は勉強道具をカバンにしまい始める。
「そうね、止める理由はないわ。わざわざ手伝ってもらってありがとね」
「なんもなんも。良い暇つぶしになったよ」
「ありがとね!優太くん!」
「おう」
彼は続けて。
「瀬川、おまえの社会科の教科書に重要なところマークしといたからよ、寝る前に最低3回は音読しとけ。音読だぞ、最低3回」
「……わかりましたよ」
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