道を外した陰陽師
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第三十四話
「ねえ、夜露ちゃん。やっぱり今からでも俺はこの部屋から出ていくべきだと思うんだけど、」
「すいません、お願いなのでもう言わないでください。どうにか恥ずかしさを抑え込んだのに、それが無駄になります」
と、俺の提案は却下された。
ちなみにだけど、寝心地がいいベッドは夜露ちゃんに使わせた。マットだけ残して、布団を入れ替える形で。
「それより、やっぱり一輝さんがこっちを使った方が・・・」
「それについては、俺が出ていけないのならというせめてもの抵抗だから。男の威厳を保つためだと思って使ってもらえると助かる」
「はぁ・・・」
そう言いながらも、起こしていた体を布団に戻す夜露ちゃん。
あ、念のために言っておくと俺は夜露ちゃんに背を向けてる。今のは音で判断したに過ぎない。
「さて、どうしましょう・・・」
「どうしたの?」
「いえ、なかなか寝れないといいますか・・・」
そりゃそうだろう。俺はそう思ったけど、口には出さなかった。
夜刀神家も名家だし、そうでなくとも初対面の相手・・・それも、男と同じ部屋で寝ようとしてるんだから。
「それにしても・・・一輝さんって、意外とまじめな人ですか?」
「いや・・・席組み九人公認の問題児だけど」
「いえいえ、そういう意味ではなくてですね。同じクラスの子が、彼氏の部屋に泊まったらそのままおそ」
「女の子がそんなこと言うもんじゃありません」
なんだか、危ないワードを言おうとしているように思えたので前もって止めておく。
「はぁ・・・それ、続きを言うことに抵抗とかないの?」
「それは、ありますけど・・・夜露、女子高で男の人のことはそういう話でしか聞かないので、男性はみんなそう言うものなのかと・・・」
「だったら何で俺に同じ部屋で寝るよう提案したのか、小一時間ほど問いただしたい気分なんだけど」
「女の人三人と一緒に暮らしている人ですから、私なんかには手を出さないと思いまして。それに、信じてましたし」
「初対面の相手を、そんなに簡単に信じるなよ・・・」
それに・・・
「はぁ・・・俺だったからよかったものの、他の男だったらどうなってたか分からないんだぞ」
「そうですかね?」
「そうですよ。夜露ちゃん、可愛いんだから」
後ろで、クスッと笑う声が聞こえてきた。
「お世辞でもうれしいですね」
「お世辞じゃないよ。だから、もう二度とこんなことはしないように」
「はい。一輝さん以外にはしないようにします」
何だろう。
どこかで勘違いが発生しているような気がしてならない。
「いや、俺相手にもどうなんだか・・・」
「手を出しちゃうんですか?」
「白夜に殺されたくないし、そんなことで夜露ちゃんに嫌われたくないからね」
「ならいいじゃないですか」
この子、警戒心がなさすぎるだろ。
あー・・・うん。もういいや。俺が変な気を起さないように耐えればいいだけだし。
「それにしても、一輝さん。なんだか慣れてる感じがしますね。女の子と寝るの」
「その言い方やめれ。すっごくダメ人間っぽい・・・」
女の子と寝るのに慣れている男子高校生。
うん・・・将来のヒモか、そいつは。
「まあ・・・昔、よく妹が潜り込んできたからな」
「あ、なら夜露も潜り込んでも?」
「いいわけないだろ、警戒心なさすぎるぞ・・・」
もう、呆れることすら無駄だな。
「それで、妹さんってどんな人なんですか?」
「そう、だな・・・今は陰陽留学してる、夜露ちゃんと同い年だよ」
「それはそれは。会ってみたいですね」
「うん、仲良くなれると思うよ」
湖札、元気にしてるかなー・・・
帰ってきたら、そのまま高校受験をするんだっけ。どんなシステムなのかよく理解してないけど。
「そういえば、夜露ちゃんは高校、どこ受けるか決まってるの?」
「いえ、まだですね。というか・・・」
「というか?」
「家からの制約のせいで、ちょっと選ぶのにも気をつかうといいますか・・・」
名家旧家あるある。学校すら完全には本人の自由で選べない。それが適応されたわけだ。
「どんな制限を出されたの?」
「そこそこに歴史のある女子高か、陰陽師関連の名門校か、信頼できる護衛のいるところ、だそうです」
「うん、もうわけわかんない」
最後の一つが。
「父と母は、悪い虫がつかないように見張ってさえくれれば誰でもいい、と言っていました」
夜露ちゃんは、冗談めかしてそう言った。
「そう言う意味での護衛か・・・まあ、心配にもなるよな、これは」
最初は呆れてたんだけど、その気持ちはとてもよく分かる。
この警戒心のなさは、家のこととか関係なく心配にもなるだろう。
「はぁ・・・さて、そろそろ本題を切り出す気になった?」
「あ、やっぱりバレちゃってました?」
「そりゃ、こんな立場だからな。これだけ話して相手の意図に気付けないんじゃ、すぐにでも死んでるよ」
「それに、隠すことも多いですからね。・・・まあ、気づかれちゃったなら仕方ないですか。本題に入ります」
そう言って、夜露ちゃんは本題に入った。
「一輝さん。夜露・・・人を殺したことがあるんです」
これは、また・・・予想してたのの数倍、衝撃的なのが来たな・・・
「・・・・・・・・・」
「聞きたいことがありましたら、遠慮なく聞いてください。元々、そのつもりでもあったんですから」
「・・・じゃあ、」
そう言われて、俺はようやく口を動かすことができた。
なんせ・・・俺自身がもう、人殺しというのがどれだけ苦しい物なのか。どんなことを聞かれたくないのか。一切分からないんだから。
「何で、そんなことに?」
「そう、ですね・・・夜露、これでももう奥義を継承しているんです」
その話が鍵なのだろうか。
夜露ちゃんはそう、話を切り出した。
「へえ、その年であの奥義を・・・すごいね、それは」
「ありがとうございます。・・・でも、さすがに十歳であれを受け止めるのは無理があったみたいで。ちょっとした錯乱状態と言いますか・・・自我のない、暴走状態になってしまったんです」
と、その発言に俺は納得することができた。
夜刀神家の奥義は、神の力の一端を自らの体に降ろす、というもの。それを十歳で実行することができただけでも偉業と言っていい成果なのに、さらにコントロールするというのは・・・高望みしすぎだ。
「で、ここからはもう予想ができますよね?そのまま暴れてしまって、その過程で門下生を何人か殺してしまい、さらには相性が良かったみたいで奥義を使ったお兄ちゃんをボッコボコにして・・・・で、ようやく止まりましたとさ、です」
「それは・・・将来有望だね」
「そう見ることができると、楽観的になれていいんですけどね。とはいえ、周りはそうもいかなくて・・・私のための刀は、没収されたまんまです」
「ま、当然だな」
いつまた暴走するか分からないのに、火種を渡しておくはずがない。
「で、ですね。ここからが聞きたいことなんですけど・・・お気を悪くしてしまったら、すいません」
「ま、その時はその時だ。何でも聞いて?」
「では・・・一輝さん、人を殺したことを、どう思っていますか?」
うん・・・普通なら、かなりヘビーな内容だな。
「どうして?」
「えっと・・・夜露の家族は、みんな気にしなくていいって言ってくれてるんですけど・・・なんでか、何とも思えていないんです。それが、どうしても気になってて」
「そっか・・・白夜には聞いてみた?」
「いえ。お兄ちゃんの目は、こう・・・夜露とは違う感じで」
あらら、この年でそこまで感じ取れちゃってるのか。
それにしても・・・うん、そういうことか。
この子と俺は、そう言ったところが相似なんだ。
「それで、俺の目は夜露ちゃんに近かったわけだ」
「そう感じましたね。それでも、夜露とは比べ物にならない感じですけど。なので・・・この、罪悪感を感じることができない違和感が何なのか、しれるかな、と」
「そうか。じゃあ、その気持ちは大切にしろよ」
そして、俺の話を始めるとしようか。
「本気での相談みたいだから、俺も何も隠さずに言うけど・・・俺は、何とも思ってないよ。罪悪感を感じてもいなければ、それに関する違和感も持ってない」
「そうなんですか?」
「ああ。だから、まあ・・・夜露ちゃん以上に、狂ってるよ」
と、狂ってる自覚はあってもそれに対して何かしようとは思わない。
それもまた、狂ってる。だが、それにも何も思わない。
「狂ってる自覚があるだけいいんじゃないんですか?」
「これは自覚じゃなくて、理性だからね。感情として狂ってると思ってるんじゃなくて、頭で理解してるだけ。だから・・・その、違和感は大切にした方がいい。それすらなくなったら、その時には」
ヒトでは、なくなってしまう。
「ヒトではなくなる、ですか」
「ああ。人間を殺すことに何も思わなくなったらその時には、そいつはヒトではなくなる。人間の見た目をした、ただの化け物だ」
で、俺は多分境界線の真上にいる。
時にヒトをやめて、時にヒトに戻る事が出来るラインに。
「それ、いつかお兄ちゃんとかもなるんですか?」
「あいつがあいつの中にある正義にしたがってやってる限りは、そうはならないよ」
「じゃあ、一輝さんは?」
「俺は・・・ただ、気に入らないから殺した。だから、こんな目をしてるんだよ」
俺自身、話していて何言ってるのか分からなくなってきている。
だから、これで納得してくれたのかは分からないけど・・・それでも、夜露ちゃんは。
「ありがとうございました、話してくれて。少し、どうしたらいいのか分かった気がします」
そう、言ってくれた。
「なら、もう寝ようか。明日、夜露ちゃんも学校あるでしょ?」
「はい。あの酔っ払いさんたちのこともありますからね。明日は朝から大忙しです」
「とりあえず、白夜は任せることにするよ」
そんなことを話しているうちに夜露ちゃんが眠ったので・・・俺も、目を閉じて睡魔に身を任せた。
そしてそのまま、俺が高校に入学した日は終わった。
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