機動戦士ガンダム0087/ティターンズロア
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第一部 刻の鼓動
第一章 カミーユ・ビダン
第四節 渓谷 第三話 (通算第18話)
フラガの乗る《ジムⅡ》はグラナダに配備された機体ではわずかしかない新造機だった。新造機といっても、旧型の《ジム》からの改修機と変わった所はなく、ジム乗りには馴染みがいい。違いと言えば、タキム製の新型熱核反応炉を搭載しているので、若干ジェネレータ出力が上がっていた。それとパイロットにはあまり関係がないが、追加設計部分が一体成形になっている分、メンテナンスが楽なのだとアンナが言っていた。
フラガはどうも《ジムカスタム》や《ジムキャノンⅡ》といったオーガスタ系のモビルスーツが好きではない。本来なら、地球連邦軍のお下がりとはいえ、《ジムカスタム》が今期より配備になる筈だったが、ティターンズの目を憚って地球連邦軍は配備を渋っているのだ。フラガ個人としては歓迎である。反応速度が早い方が機動としては有り難いが、グラナダには機体に慣れている暇はない。自分一人ならば、それも可能だが、新兵を新しい機体に馴染ませるのには時間が掛かる。だからパイロットは機体の乗り換えを喜ばないのだ。フラガが好きではないのは個人的な理由からだったが。つまり、デザインが気に入らないのだ。
第一そんなに台所の余裕があるのなら、人員の増強をしてもらいたいと思っていた。たかが一個艦隊で、月面を防衛するなどという隙間だらけでは、ジオンの残党どもに何をされるか判ったものじゃない――これは思っても口に出していえることではなかったが。
グラナダにはジオン共和国軍が駐留しているからである。
「ランバン、寝るにはまだ早いぞ?」
「大丈夫です。カミーユには負けません!」
ランバンが二、三度左右の肩部スラスターを噴かしてフラガの左後方につける。思わず苦笑する。こんな所でスラスターを使う奴があるか!と怒鳴ってやりたい気分だが、演習とはいえ、サラートが認めたカミーユが相手にいる。フラガといえども、サラートの勘は無視できない。通信は極力控えるべきだった。
フラガの《ジムII》が天頂方向に腕を伸ばす。接触回線でランバンに指示を出した。
「ダミー、コントロールモードCで、天頂に射出!フォーメーションD!」
「ラジャー!」
二機の《ジムⅡ》のマニピュレーター基部にセットされたマルチランチャーからダミーバルーンが放出されると急速に膨らみ、モビルスーツサイズになった。それらは不規則な動きをしながら移動する。形はほぼジムの形である。バックパックに相当する部分にスラスターが備わっていてその軌道をランダムなものにしていた。
「こいつに引っかかってくれれば面白いんだがな」
コクピットで独り言を呟くのは軍に入りたての頃、よく教官に怒られたものだった。「口を動かす暇があったら、機体を動かせ」が教官の口癖だった。教導隊に入り、その後退役したと聞いていたが、今頃何をしているやら――首を振って余計な雑念を払う。こういったよそ見が、戦場では生死を分ける。訓練ならまだ赦されるが。
渓谷の上を行くダミーと同じ速度でフラガの《ジムⅡ》が月面を蹴って疾駆する。ランバンは慌ててその後ろを追いかけることになった。しかし、徐々に離されてしまう。
「は、速い…!」
ランバンの視界から一瞬で姿を消した様に見えた。もちろんそれは錯覚である。急加速と急制動を繰り返すフラガの《ジムⅡ》が、ランバンの動体視力では捉えきれなかっただけだ。スラスターを吹かさず、AMBAC機動だけでモビルスーツを操縦するフラガの技倆はグラナダのエースと呼ばれるに相応しいものだった。同行が初めてではないランバンにしても、フラガの操縦にはついていけない。
「さすが、沈黙の貴公子…オレの目標だぜ!」
〈沈黙の貴公子〉とはフラガに付けられた渾名である。フラガは実際の所グラナダに来る様な経歴の持ち主ではなかった筈だった。地球生まれの地球育ち、ヨーロッパの名家の出であり、ジオンの進駐がなければ、そのまま地球で暮らしていられたのだ。しかし、一年戦争が始まり、フラガは志願兵として地球連邦軍に入隊、適性検査のあとパイロット候補生として養成学校に入れられ、いつの間にか《ジム》に乗せられていた。相性がよかったのだろうか、ソロモン戦は後方であったため参加しなかったが、ア・バオア・クー戦では最前線で戦ったにも関わらず、八機を撃墜、ニュータイプかと噂された。が、これが軍上層部の警戒を受け、グラナダへ送られた。表向きは昇進であったが。
口数の多いフラガに〈沈黙〉とは面白い組み合わせだとサラートに大笑いされたが、軍の広報部などが組んだインタビューなどでは殆ど喋らないことから付けられたあだ名であった。
フラガの《ジムII》の左肩には六枚翼の鍵が金色で描かれている。鍵はフラガ家の紋章であり、六枚翼はフラガの趣味だ。
「さぁて、サラートはどうカミーユを使ってくるか?」
サラートがカミーユとランバンを組ませず、自分とランバンの組み合わせを進言したからには、カミーユには何かがある…そう思っていた。
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