機動戦士ガンダム0087/ティターンズロア
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第一部 刻の鼓動
第一章 カミーユ・ビダン
第三節 月陰 第三話 (通算第13話)
「で? 次は何処に向かえばいいんだ?」
「グラナダ・ヒルダン」
ヒルダンといえば二十世紀以来の名門ホテルである。グラナダ条約締結の場所として使われたことも有名であり、ヒルダン・グラナダ前には〈グラナダ条約締結記念碑〉がジオン共和国から贈られていた。
グラナダ条約は、ジオン共和国と地球連邦政府の間に締結された終戦条約である。ジオン共和国から休戦協定が打診された時、地球連邦軍部のジーン・コリニーら強硬派は本土侵攻を主張したが、ジオン共和国に残存する兵力は連邦の残存兵力を遥かに上回り、二倍近い兵力を温存していた。ソロモンを攻略できたのは、ソーラーシステムあってのことであり、ア・バオア・クーを攻略できたのは、ザビ家の内紛があったからであることは既に軍上層部も政府首脳部も判っていたのだ。これ以上の戦争継続は地球連邦側にこそ無理であった。また、ジオン共和国はザビ家が居なくなった今、既に南極条約によって事実上独立が果たされていることを以て、戦争継続の意味を持たなかったのである。
宇宙世紀〇〇八〇年二月十八日、グラナダ市で両国首脳は改めて会談、サイド6政府の仲介で終戦条約を締結した。この終戦条約は『ジオン共和国の独立承認』、『ジオン共和国への戦争責任の不追及』、『賠償金請求権の放棄』、『月面恒久都市の非武装地帯認定』『コロニー再生計画への協力』『両国間の戦争行為の永久凍結』が歌われた。別名『グラナダ不戦条約』という。また、ジオン共和国の斡旋で、サイド6の連邦復帰が正式に認められ、地球連邦で、初めての宇宙州となった。
「戦争に勝って、もらったもんがこれだけって…のはなぁ…?」
「昔の貴族よろしくジオンの領土でも欲しいって?」
「いや、そうはいわないがさ……」
ランバンの言いたいことも判る。結局、ジオン共和国は、月に有していた領土を放棄したといっても、元々地球連邦の領土であり、その本土を蹂躙した訳である。ジオン共和国は結局陥落しなかったア・バオア・クーを要塞としては破棄したものの採掘資源衛星として管理しており、ペズンとコンペイトウ――改名された旧ソロモン要塞を失ったに過ぎない。それとて元々のサイド3の領土ではなかったものである。つまり、ジオン共和国は何一つ――人命以外は失っていないのだ。
「いいんじゃないか?スペースノイドの独立ってのは」
「カミーユ……お前が言うかよ」
愉快そうにランバンが笑う。カミーユはジョックスの代表格であるにも関わらずナードからも尊敬の念を持たれているという不思議な存在だった。ランバンは完全なジョックであり、カミーユをジョックスとしかみていないが故の発言だった。
ジオン公国に地球本土を蹂躙された地球連邦は既に国家の体を為していなかった。既に分離主義者は宇宙に移民し、人口の激減が生産力の低下を問題にしないレベルであったために民衆の不満も独立運動へと繋がるほどではなかっただけであり、経済活動は一部の地域を除いて破綻しており、ネットワークの途絶、後背からの復旧を地球居住者全員が望んでいた。人々は、明日の独立より今日の生活を守るのに必死であった。
地球連邦政府の発行した戦時国債は国家予算の二十年分を超える額にまで膨れ上がり、大口の引受手であった月面都市経済連合はこの破棄と引き換えに『月面の非武装中立化』と『連邦議会の議席』――つまり、地球連邦軍の駐留の拒否と市民権を得たのである。これによって、経済破綻から免れた地球連邦政府は、地球復興に全力を投入していく。
「どうしてさ?オレだってスペースノイドのつもりなんだけどな……」
「ムーンチャイルドが何を言うかね」
ムーンチャイルドとは『月生まれ』の意味であり、スペースノイドの中では、羨望を以て呼ばれる。コロニー間の移民は左程難しくはないのであるが、月への移民は原則として認められていない。月で生まれることができるというのは、月に住めるということであり、スペースノイドからすれば、エリートなのである。
「三代前まで遡れば、みんなアースノイドだろ?」
ふてくされた様にカミーユが宣う。確かに、三代も前になれば、多くの者は地球出身者だった。だが、それとて、志願移民者と強制移民者に別れる。サイド1、2、3は志願移民者が多く、サイド4、5は強制移民者が多かった。サイド6は、政府関係者や経財界関係者が多く、一種のリゾート地的なサイドだった。
「でも、親や本人がどこで生まれたかで、配属先は大きく左右されるぜ?」
ランバンの言うことは確かだ。
同じフォン・ブラウン校であっても地球配属になった者もいれば、ティターンズに配属された者もいる。カミーユとランバンのように月に配属されたのはまだいい方だ。折角連邦軍士官学校にはいったにも関わらず、サイド駐留軍に戻される連中だって多い。ランバンは、カミーユとタッグを組んでいたことが月に配属されることに有利に働いた。ランバン自身そのことを理解しており、カミーユに感謝している。口には出さないまでも。
士官学校は、軍の編制が再編されるのに伴い、ジャブローの本校の他、パリ、ニューヨーク、フォン・ブラウンなど八カ所に統合された。宇宙では唯一フォン・ブラウンのみが連邦士官学校である。サイド政府軍も一応は地球連邦軍であるとされているため、サイド政府軍からも士官学校への入学は多かった。しかし、サイド出身者が地球連邦軍に残れるケースは少なく、ランバンは周囲にうらやましがられた。だが、カミーユとて、ランバンがいなければ、ナードになっていたことは疑いがない。メカいじりとパソコン趣味が嵩じてジュニモビ大会などに出る様になれたのは、ランバンが居たからだった。
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