新米提督お仕事日記
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さん。
前書き
新米提督が着任しました。
電ちゃん激おこ。
「さて、そろそろよろしいですか司令官さん」
「何かな?」
二人のカップからお茶が残らず消えたあたりで、電ちゃんが口火を切った。瞳の色に先ほどまでにはない真剣さが滲んでいる。
「お仕事のお話なのです。自分が何を為すためにここに───このヨコスカ鎮守府に配置されたのか、分かっていますか」
「いや、これがさっぱり」
なんとなく口淋しい。お茶お代わりしようかな。
「でしょうね。分かっているのなら、そんな呑気な顔ができるワケがないのです。……質問はありますか」
「電ちゃんももう一杯飲む?」
「───ふざけているのですか?」
「おろ」
瞬間、私の額にぴたりと当たる“銃口”のような何か。視界には、一秒前まで優雅に椅子に座っていた筈の電ちゃんの怒り顔が一杯に。察するに、私の認識能力を超えた速度で接近された模様。
「先にひとつ言っておきますよ司令官さん。電を駆逐艦風情と侮らない事なのです。通常の人間一人程度なら、秒をかけずに亡き者とする力ぐらい電にだってあるのです」
「……ふぅん」
彼女の瞳を真正面から見据え返しながら小さく唸る。
なるほど。彼女の言には誇張も謙遜も感じない。本当に、シンプルに、それだけの性能が彼女にはあるのだろう。が、
「それを踏まえてもう一度聞こうか。電ちゃん、『お茶をもう一杯どうかな?』」
「──────、いただきます」
電ちゃんの腕が下がる。うわ、本当に腕になんか……なんだあれ。砲塔? っぽいのが付いてる。っていうかどっから出したんだ、マジック?
その場でたたずむ電ちゃんから視線を切って立ち上がり、部屋の隅へと向かう。とりあえず色々と思考しつつ、持ち込んだポットからお茶を注いだ。……ああ、一応こういうのも秘書にやらせた方がそれっぽいのかな? まぁどうでもいいか。
「はいどうぞ」
「……どうも」
私の手からカップを受け取り、何故か立ち呆けだった電ちゃんがようやく席に戻る。彼女が腰を下ろしたのを見てから私も続く。
「まー、なんだね。さっきの言動と行動は今回はなかった事にしておこう。初日だしね」
「ここは厳しくするべきところじゃないのですか」
「それなりの信頼関係を築いた上でなら、ね。でも私たちは初対面、出会ってからものの数時間といった関係でしかない。互いの距離感も分かっていないのにあーだこーだ言ってもしょうがないでしょ。今回はどちらかと言うと、電ちゃんを怒らせた私が悪い」
「……軍人、それも上官が、そんな弱腰で部下に接するなど有り得ないと電は思いますが」
体罰のひとつでも与えるべきだ、と彼女は言っている。まるで他人事のように。
「なに、電ちゃんは怒られたいわけ?」
「怒るべきだ、と言っているのです」
「次やったらデコピンだからね電ちゃん」
「……はわわ」
諦めたように電ちゃんは不思議な声を洩らした。さっきからちょいちょいこの声を聴くんだけど、妙に可愛らしくてクセになりそう。
「ま、そうは言っても私も舐められたりバカにされたいワケでもないのよ。できるなら信頼とか尊敬とかされてみたくはある。というワケで、本格的に見下されない内にそろそろ仕事のお話でもしよーか」
「それを口に出しちゃう時点でどうかと思いますが……では質問がありましたらどうぞ。答えられる範囲でお答えします」
「ありがとう電ちゃん」
少し落ち着いたのか、カップを口にする電ちゃんを眺める。さて、まずは何から質問しようか。色々と聞きたい事や分からない事はある。むしろここにきて噴水のように湧き出てきている。……しかしまぁ、ここは、これだけは軽いジャブとしてやっておかねばなるまい。
「じゃあ最初の質問だ」
「どうぞ」
「電ちゃんの3サイズを教えてください」
「久々にキレちまったのです。屋上」
せっかく綺麗に掃除した床に中身ごとカップを放り投げる電ちゃん。軽く手を振ったようにしか見えなかったのに粉微塵に砕け散っている。やべえ、チビりそう。さすがに命の危険が危なそう。
と───
「なんだぁ?」
「……チッ。命拾いしましたね司令官さん」
鎮守府内全域に響き渡るような、聞き覚えのありすぎる大音量のブザー音が鳴りだした。低く鈍く伸びるこの音は、訓練兵時代、毎日のように聴かされた『危機』を報せる警報音───!
どうやらよくある事のようで、電ちゃんに慌てた様子はない。颯爽と司令官室を飛び出していく。……ってちょっと待て。
「ど、どこ行くんだい電ちゃん」
「どこって、そんなの出撃に決まってるのです」
「私! 司令官! 提督! 説明!」
「なんでカタコトですか。貴重な説明タイムを棒に振った己の愚かさを恨むがいいのです。……というかそうですね。一緒に来てもらった方が手っ取り早くていいのです。時間もない事ですしね」
「一緒にってどこに───ぐえっ」
「時間ないんですってば」
「ぐええぇ~~!?」
さっきの高速移動の要領で接近されて服の襟を引っ掴まれ、勢いよく廊下に投げ倒された。そのままずるずると、信じられない速度で引きずられていく。彼女と私の身長差を考えるにそれが一番簡単な運び方なんだろうけど、いくらなんでもこれはですね、ヒドすぎるんじゃないかと……!
「死ぬっ、これ死んじゃうよ電ちゃんっ!」
「そこらへんは根性でどうにかしてください」
「あ、後で絶対デコピンだからね電ちゃぁぁあん!」
私の絶叫が警告音を打ち負かした。
後書き
☆電ちゃん一口メモ★
や っ た ぜ 。
こほん、いきなり電らしからぬ言葉が口を突いてしまったのです。これも全てあの司令官さんのせいなのです。電ワルくないもん。
ともあれ、ようやくあの涼しい顔した司令官さんに冷や汗をかかせる事に成功しました。ざまぁ。
しかしこれではいささか爽快感に欠けますね。この胸のモヤモヤは、アレらにぶつける事にしましょう。さぞスッキリする事でしょう。
……ああ、ええと。
できるなら、沈める敵も助けたいのですよ? 本当なのですよ?
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