新米提督お仕事日記
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に。
前書き
新米提督が着任しました。
電ちゃんうっすうっす。
「うーわなんだこれ。すごいや」
「? 何がですか?」
不思議そうな顔をする電ちゃんを気持ちスルーしつつ、中に入る事を許された建築物内の景観に圧倒される。なんだこれ。本当に中まで木造でやがんの。床から壁から天井まで、全部木造。壁には連絡のためのボードやら、どこかに繋がってそうなドアやら防御力低そうなガラス窓やら。天井には機械文明の侵略をなんとか受け入れるように電灯が。
「いや、時代を感じる趣の施設だなと思って」
「……時代、ですか。内陸の方にとってはそうなんでしょうけど」
木材を模したものを使った内装ならままあるも、こうした“本物”は『極東』では初めて見た。海外の地区では住居の見た目にも気を遣っているモノが多いが、私たちの住まう極東地区では、種族性なのか、どうも機能的に優れるものが優先される。とりあえず快適に住めればいいじゃん、といった風潮があるのだ。
「電ちゃんはずっとここに?」
「生まれてから死ぬまで、と言いたいところですが。いずれ任務を終えて解体された暁には、内陸への居住権が与えられるとかなんとか。どうだっていいのですけど」
「ふーん」
なにやら不穏な単語を聞いた気がするが後にしておこう。立ったまま長話は辛いし。
電ちゃんが靴を脱いで、大きな箱に揃えていれる。私もそれに倣いつつ「ここでは靴を脱ぐんだねぇ」などと思った事をそのまま口にしてみた。
「中ではこれを履いてください」
あ、良かった。中用の履物があるみたい。電ちゃんに手渡された薄い履物に足先を入れる。サンダルの親戚か何か?
初めて尽くしの体験にそわそわしていると、先を行こうとしていた電ちゃんが呆れ顔で振り向いた。
「……質問がいちいち的から遠いのですが。知ってて訊かないのですか? それとも知るつもりがないのですか?」
「いやまだ玄関だからね。私の為に用意された部屋があるらしいし、せっかくだからそこでお茶でも飲みながらゆっくりしようよ電ちゃん」
「いいのですけど──電からも質問しても?」
「もちろん」
「その“ちゃん”ってなんなのですか」
「え? 電ちゃんの名前って電でしょ? だから電ちゃん」
「司令官さん……一応、電は貴様の部下にあたる立場なのですよ。呼び方ひとつにしろ、示している態度にしろ、体裁というものがあるでしょう」
「ふむ」
言いたい事はなんとなく把握している。私がしようとしているちゃん付けだの、電ちゃんのこの上官を舐めきった態度だの、改めるべき箇所だらけだろう。───本来なら。
「電ちゃんの言いたい事は分かるんだけどねー」
「でしたら」
「私そういうの嫌いなんだよね、堅っ苦しくて。押し付けがましいのも嫌いだから電ちゃんが嫌っていうならちゃん付けもやめるけど、どう?」
「電は……べつに」
「なら今この時点から私にとって電ちゃんは電ちゃんなのでよろしく。やめてほしかったら口頭で私に申請の事」
「……はわわ」
軍なんて既に体制としか残ってないも同然なのに、体裁だのなんだのばっかり虚飾で満たしてなんになる、というのが一軍人としての私の持論である。今我々に必要なのは国民に広くアピールする親しみ易さがうんぬん。来たれ世界規模的ほのぼの。あ、でも仕事になるくらいならほんのちょっと争ってもいいのよ人類。
返答らしい返答もなく、電ちゃんが私の部屋を目指して歩き始めた。私も後に続く。
「変な人が着任したものです。司令官さんは争いごとに向いてないと思いますがどうでしょう」
「どうなのかねぇ。戦いらしい戦いなんて今じゃ滅多にないし、私自身、訓練以外じゃ戦闘行為なんかした事ないよ。内陸じゃ銃とか撃った事もないようなのが大半じゃないかな」
「やっぱり内陸の軍人は腑抜け揃いなのです。……着きましたよ」
「おお、ここがっ」
案内されたのは、長い廊下の先にぽつんとひとつだけ設置されたドアの前だった。やはり自動開閉装置はついておらず、前時代的なドアノブがやたら私の冒険心をそわそわさせる。
「は、入っても?」
「司令官さんの部屋なのですから、どうぞご勝手に」
「じゃあ遠慮なく!」
思い切ってドアを開ける。中には───
「なんか……私の知ってる“部屋”と違うんだけど」
部屋自体はそれなりに広く、住みやすそうではある。床には白色と灰色の中間色のような色合いのカーペットが敷かれており、その上に私の荷物がずいぶん杜撰に積まれていた。棚らしき置物とかもあるけどへんなネットが絡みついており、その中心にはおっきな昆虫が。ペット?
「掃除ぐらい自分でしろ、という事なのですね」
現状の把握ができていない私の横で電ちゃんがくすくすと笑う。おお、やっぱり笑うとすんごい可愛い。
「掃除って?」
「見れば分かるでしょう、埃の山と虫の王国ですよ、これ」
「埃? これが埃? ……へー」
「まさかとは思いますが貴様……初めて見た、とか?」
「いやだって、前住んでたところは仕事行ってる間に毎日ハウスクリーナーが」
「そんなものはここにはありません。何事も自分の事は自分で、が基本なのです」
「ふむ、了解したよ電ちゃん」
とりあえず電ちゃんとのティータイムは後になりそうだ。とはいえ、私のモチベーションは高く保たれている。好奇心パゥワーは面倒臭さを打ち負かすのだ。
「物分かりが良くて結構なのです。電は私室に戻っていますので、掃除が終わったら呼んで───」
「それでだね電ちゃん」
「なにか?」
「掃除ってどうやるの?」
「……頭痛がしてきたのです」
~三時間後~
「あー、お茶が美味しい」
「やけに高そうな茶葉っぽいですけど、銘柄はなんです?」
「さー? 内陸の合成品だからごちゃ混ぜなんじゃないかな。値段は安かったよ」
「……これだから内陸の人間は」
「あれあれ、電ちゃんもしかしなくてもコンプレックス持ち?」
「司令官さんには関係ありません」
ばっさりと会話を断たれ、仕方なくお茶を一口。うむ、新発売だけあってそれなりの新鮮味が。電ちゃんも少し疲れたようなので、部屋の隅に置いてあった安っぽいイスに二人して座っている。
会話のネタもないので、ようやく片付いた私の部屋──司令官執務室を見回す。白と灰色のカーペットは汚れの塊で、その下には綺麗なフローリングが敷いてあった。上に真のカーペットか何か引こうかとも思ったが、体力的に限界が近かったので今日はここまで。掃除だけならそこまで疲れもしなかったのだろうが、この部屋を住処にしていた虫さん達の攻勢が凄まじかった。退去を願ったのだが、それなりに反乱されて奮闘するハメになったのだ。特に真っ黒で素早くて空まで飛んじゃう子が強敵だった。名称をゴキブ・リーというらしい。もう出会いたくない。
「まったく、自分の事はなるべく自分で出来るようになってくださいよ」
「ははは、ごめんね電ちゃん。でも私の秘書官になってしまったからにはこれからはこんな日常を送る事を覚悟してほしい」
「……別の人を選んでくれればよかったのに」
「もう遅い!」
苦々しく口端を曲げる電ちゃんに、出来る限りのスマイルで返す。
「ん? 別の人ってのは、他にも電ちゃんみたいな子がいるって事?」
「電みたい、という事ではありませんが、他の候補はいたと思いますよ。あれ、司令官さんは電を自分で選んだんですよね?」
「…………どうだったかな」
転属を命じられたあたりからの記憶が実に曖昧である。なんかあらゆる物事をテキトーかつゾンザイに決めてしまったような。あまりのショックで頭が真っ白になったのだろうか。
「───ま、なっちゃったもんはしょうがないしぃ~☆」
「それ、ぜったい電の台詞なのです!?」
「諦めが悪いよ電ちゃん。既に私は提督で、電ちゃんは秘書なのだ。諦めたまへ」
「なんてことなのです……電の、電の初めての司令官がこんな……こんなのって……」
どうやら私のポジティブシンキングに感化されたらしい電ちゃんがうれし涙を流し始めた。そうそう、人間には感動が大切なのです。ああ、お茶がおいしい。
後書き
☆電ちゃん一口メモ★
人を……人を殺めずに再起不能にする方法はあるのでしょうか。できるだけ穏便かつ残酷に。
───っといけない。電とあろう者が人間相手に軽く殺意などを抱えかけました。いくらダメ人間が相手であってもそう簡単に殺してしまってはダメなのです。同じ土俵に立ったら負けなのです。
それはともかく、話しても話してもこの司令官さんの性格が読めません。わざとなのか天然なのか、どちらにせよ底が知れないというのは上に立つ人間にとって必要不可欠な性能だと電は思います。この人がそうだとは言いませんが。
……あー、殴りてぇ。なのです。
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