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少年少女の戦極時代Ⅱ

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禁断の果実編
  第81話 倒れた咲



 咲が倒れた。

 赤いオーバーロードを倒した直後だった。当の咲は今、チーム鎧武のガレージで、少し前まで紘汰が使っていた簡易ベッドに横たわり、寝息を立てている。

「なあ、あんた知ってんのか? 咲ちゃんがどうしてこうなったのか」

 咲を運ぶ時、紘汰が抱き上げようとしたら、湊に割って入られた。曰く「ヘンなとこ触ったら責任取れる?」――ぐうの音も出なかった。
 余談だが湊が咲をお姫様抱っこした時、後ろで凰蓮が「何この子イケメン…! ダメよ、ワテクシにはメロンの君が!」と騒いでいたのは、ビートライダーズ組全員で総シカトした。

「あくまで私の考えだけど」
「聞かせてくれっ」
「プロフェッサー凌馬と一度だけ話したことがあるわ。この子のヒマワリの錠前について。――難しい説明は省くけど、ヒマワリのアームズはね、装着者に大きな負荷を与えるの」
「負荷?」
「そう。表に出る症状は単なる過労。でも体内では何が起きてるか分からない」

 さらり。黒いマニキュアを塗った指が、咲の顔にかかる髪を柔らかくどける。

「この子はいわゆる『成長期の子供』。“少女”から“女性”になる端境期の体。体内に秘めてるエネルギーは大人の私たちの比じゃない。けれどこの子は、大人に成長するために費やされるべき養分を、ヒマワリアームズの維持に当ててしまってる可能性があるの。この子自身、薄々気づいてはいるでしょうね」
「じゃあ何でヒマワリの錠前を使い続けて!」
「ヒマワリアームズはコドモにしか使えない。人一人が自律飛行できるだけの軽さはコドモ特有のもの。鳥が絶えず体を軽くして飛び続けるように、ヒマワリアームズはこの子くらいの重さが飛行の限界。そう、プロフェッサー凌馬は言ったわ」

 コドモにしか使えないロックシード。今までロックシードでの変身に制限を受けた験しのない紘汰たちは顔を見合わせて困惑するしかなかった。

「でも、それはこの子の成長を阻害するかもしれない」

 成長を阻害する。その意味を湊は呵責せず告げた。

「この子は大人になれないかもしれないってことよ」






 パトロールが終わった紘汰は、一度ガレージに戻った。
 ドアを開け、花のアーチを潜って階段を降りる。テーブルに座っていた舞が気づき、顔を上げてこちらを見た。

「お、おかえり」

 紘汰は首を傾げた。舞が動揺しているように見えたのだ。悪い知らせが入ったとかではなく、ごく個人的な理由で。幼なじみとして、彼女の機微には(一部を除いて)敏い紘汰である。

「なんかあったのか?」
「な、何にもないよっ」
「ん~」

 舞がそう言うなら、問い詰めるのもよろしくない。

「そうだっ。紘汰、お腹空いてるんじゃない? 阪東さんのお店行こっ」
「やってんのか?」
「やってるやってる」

 舞が階段を登ったところで、紘汰は舞を呼び止めた。

「先行っててくれ。咲ちゃん一人にしとくの、心配だから」
「……あ。ごめん……」
「いいって。舞こそ、ずっとみんなの司令塔してて疲れてるだろ。しばらく代わるから行って来いよ」
「うん……じゃあ。何かあったらすぐ連絡してね。絶対だからね」
「ああ」

 紘汰と舞は通信機を交換した。ガレージを出て行く舞を、手を振って見送った。

 紘汰は踵を返して簡易ベッドに歩み寄り、イスを持って来て腰を下ろした。

「……こーた、くん」
「ごめん。起こしちゃったか?」
「ううん、ちょっとまえから、起きてた」

 咲はブランケットから手を出して紘汰に伸ばした。紘汰は咲の手を両手で取った。
 握った手は、こんなにハリがなかっただろうか。自分をいつも見上げた目は、こんなに無気力だっただろうか。


 “大人に成長するために費やされるべき養分を……”

 “この子は大人になれないかもしれないってことよ”


 背筋を悪寒が駆け上がった。大人になれない。それが何を意味するかは湊にも分からないと言った。
 単に外見に変化がないまま歳を重ねるだけならいい。しかしそれ以外の意味だったら。

「あの、さ、咲ちゃん」

 聞いても幼い咲を不安にさせるだけ。頭では分かっているのに、心があの宣告に付いて行けず、口を開かせる。

「咲ちゃんは、オトナになれないって言われたら、どうする?」

 ぼんやりと目線をさまよわせていた咲が、急に目に光を取り戻した。

「なりたい!」

 咲は飛び起きた。紘汰は慌てて、咲をなだめるために両肩を掴んだ。

「オトナになりたいよ。なれないなんてヤダ。センセーとか舞さんみたいなオトナになって、今できないこと、イッパイするの。ヘキサたちといっしょに、思い出たくさん作るの」

 それは当然予想されうる答えだった。思い出を「作っていく」ことを大切にするのが室井咲だ。

「それに」

 まだあるのだろうか。紘汰は咲を見返した。咲は、ほのかに笑んだ。

「オトナだったら、今よりもっと、紘汰くんのこと、たすけてあげられるでしょ?」

 堪らなかった。
 紘汰は咲を抱き締めた。こんな小さく弱々しい少女が、自分のために大人になりたいと言った。心を、打ち抜かれた。

「紘汰くん? どうしたの? ねえ」

 咲の手が背中を撫でる感触がした。それもまた紘汰の胸を締めつけた。

「大丈夫。咲ちゃんはちゃんと大人になれる。俺が、ならせてみせるから」

 支離滅裂を言っている自覚はある。けれども、それくらいの気持ちを咲に対して感じたのだ。
 それをどう表していいか分からなくて、紘汰は一層強く小さな体を抱き締めた。 
 

 
後書き
 最近は原作キャラと我が家の娘たちの間にフラグが立ちやすい現象が起きている。はて何故だろう? そんなつもり少しもないのになァ?
 ま、書く分には楽しいからいっか!(*^^)v

 なのでお断りしますが、紘汰のハグは恋愛感情に基づくものではありません。
 外国人がサプライズパーティを開いてくれた友人に抱きつくような感覚といえばお分かり頂けますでしょうか。要するに親愛の気持ちです。 
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