少年と女神の物語
しおりを利用するにはログインしてください。会員登録がまだの場合はこちらから。
ページ下へ移動
『流動する鋼』編
第九十二話
「よう、アレク。久しぶりだな」
「そういうことになるのだろうな。別に会いたくはなかったが」
「当然だろ。お前は、面倒事が嫌いだからな」
休日の夕方、俺はアレクと連絡を取って会っていた。
お互いに用事もあったし、日本に来ていることは知っていたので連絡してみたのだ。
「それで、れいの骸はどこにある。それを渡すというから、俺はトリシューラの一件から手を引いたんだ」
「分かってるよ。にしても・・・お前でも盗めないものはあるんだな」
「まさか、見つけることすらできないとは思ってもいなかったがな」
そう、今回あったのはちょっとした取引を実行するためだ。
トリシューラの一件、うちで片付けるにはアレクが介入してきては困る。そういうことで俺たちに相談もなしに母さんが取引してたんだけど・・・と、そんなことを考えながらずっとつけていたブレスレットを外した。
「ほれ」
「・・・ふざけているのなら、良かったな。今なら少しばかり野蛮な手に出るのもいいかと思ったところだ」
「一切ふざけてないんだけどな・・・ま、仕方ないか」
俺はそう言いながら俺達二人に周りの人間の意識が向かないよう、周りの空間に隠行の術をかけて、ブレスレットを食べる。
飲み込んでから両手を開いて、そこに元に戻したブレスレットの材料を作り出す。
「これでいいか?」
「なるほど・・・道理で見つからないわけだ」
そう言いながら、アレクは俺の右手に握られていた骸・・・救世の神刀とやらの骸を受け取った。
ちなみに、左手に持っているのはグレイプニルの一部だ。これを混ぜ解けば、気配はごまかせるし。
そして、もう必要もないので隠行の術を解いてから商店街を二人で歩く。
護堂を待つみたいだし、家に帰るにしてもこっちの方向だし。
「さて・・・そう言えば、神代武双はもう何柱の神を殺したんだ?」
「ん?そうだな・・・ゼウス、蚩尤、オーディン、ウィツィロポチトリ、ダグザ、ザババ、プロメテウス、大口真神、シヴァ、スクナビコナ、芝右衛門狸、本陣狸大明神、オオナマズ、玉龍、無三殿大明神、ウッコの合計十六柱かな」
「その中に、俺が気になりそうな神はいるか?」
「そうだな・・・確か、アレクは鋼の神について調べてるんだよな?」
そう聞くと、アレクは頷いた。
なら、あの神についての話なら・・・
「一柱、お前が興味を示しそうなのがいるぞ。話し、聞くか?」
「そうだな・・・まあ、草薙護堂が来るまでの時間つぶしにはなるか」
「なら、そうだな・・・あそこの寿司屋でいいか。お前のおごりで」
「奢るかどうかは、お前の話が有益かどうかによるな」
あ、有益だったら奢ってくれるのか。
少し驚きながら、俺とアレクは『すし徳』にはいる。
「あ・・・武双さん」
「ん?・・・ああ、明日香か。・・・って、ここ明日香の家?」
少し驚いたが、まあでも・・・都合はいいな。
「そうだけど・・・どうしてここに?」
「ああ、こいつが護堂にようがあるみたいで、ちょっと探してたんだけどな・・・どこにいるか、知らないか?」
「護堂?あいつなら、今は遠くに行ってるはずだけど」
「もうすぐ帰ってくるだろう。間違いない」
アレクがやけに自信たっぷりにそう言った。
こいつ、何かやったのか・・・?
「そう・・・それなら、うちの店で待てばいいよ。あいつが帰ってくるならどこから来るか、あたし、分かるし」
「あー・・・なら、悪いんだけど頼んでもいいかな?」
俺がそう言うと、明日香は分かった、と言って店を出て行った。
いい人なんだな・・・
「さて、そういうわけだから少しでも食べて明日香の家に貢献するぞ」
「それと、その神についての話だ」
「分かってるよ、それも含めて」
そう言いながらカウンターに座り、アレクも隣に座った。
その場でいくつか注文をしてから俺とアレクの周りに術をかけて、話し声が漏れないようにする。
「それで?その神は何という神なんだ?」
「無三殿大神。愛知県の塩釜神社に祀られてる河童の神だ」
「河童か・・・それが鋼として顕現したと?」
「正確には、鋼の可能性が極めて高い、だな」
そして、頼んでおいたものが二人とも来たので、それを食べながらあの時の話をした。
◇◆◇◆◇
ペガサスに乗った俺と、馬に乗った無三殿大神。
俺は槍を構えて突貫し、無三殿大神は水を剣の形にして突貫してきた。
結果として、俺は片腕が飛んだ。そして、無三殿大神は心臓を貫かれた。
それでもお互いに再び向き合い、二度目の突貫でお互いの馬が力尽きた。
そのまま地面に投げ出されたが、再び立ち上がって武器をぶつけあう。
何の工夫もなく、ただただ武器をぶつけあって・・・最終的には、俺の槍が再び心臓を貫き、新たに召喚した槍で首を貫いたところで無三殿大神が倒れた。
「ヒョウ・・・見事な技であった」
「そいつはどうも・・・あんたも、すごかったよ。ここまで心躍る戦いができるとは思ってなかった」
そして、一つ気になることがある。
「・・・なあ、お前が死ぬ前に一つ聞いときたいことがある」
「ヒョウ・・・内容によっては、答えてやろう」
「じゃあ・・・お前は、鋼の神なのか?」
「ヒョウ・・・なぜ、そう思う」
「お前の戦い方は、やけにまっすぐだった。剣と槍での打ち合いだって、河童らしい戦い方があったはずだ。それなのにお前は、水を固める以外で権能を使わなかった」
俺がまっすぐに無三殿大神を見ていると、死にかけのこいつも俺をまっすぐ見返してきて・・・
「・・・ヒョウ」
ただ一言そう言って、砂になって崩れていった。
俺は、そこで背中に加わった重みから、完全にこの神が死んだことを悟り、治癒の霊薬を取り出して飲む。
腕が生えたのを確認してからテキトーにTシャツを召喚し、今着ているのを脱いでからそれに着なおす。
と、そこで光が反射してくるのを感じてそちらを見ると・・・地面に、古びた皿が落ちていた。
「これは・・・?」
こんなところに落ちているとも思えない皿。なぜか俺はそれにひかれて近づいていき・・・拾ったところで、権能を掌握するのを感じた。
なんで、このタイミングで掌握が・・・と、そこで俺はこの皿の正体に気付いた。
これは竜骨。無三殿大神が死んだ際に運良く残ったのだろう。そして、これに触れたことであいつの権能が刺激でもされたのだろう。
「さて・・・とりあえず、まずは・・・」
と、俺は気になったことを調べるために塩釜神社に向かった。
まずは、カンピオーネの名前を使って情報の開示からだな。
◇◆◇◆◇
「つまり、お前は何の確証もなく、ただ自分の勘でその神を鋼だと判断したのか?だとしたら、ここの代金はお前持ち、ということか?」
「あのな・・・塩釜神社に向かった、って言っただろ。ちゃんと調べて、可能性は高いと判断したんだよ」
そう言いながら、件の竜骨を召喚する。
河童の頭の皿。これがなかなかに使い勝手がいい。食事には使わないけど。
「その根拠は?」
「まず、猿の神が鋼となりえることは知ってるよな?」
「もちろんだ。孫悟空がいい例だな」
そして、猿が鋼となるのには鋼の武神の乗り物である馬の庇護者であることがあるのだが・・・
「無三殿大神の伝説には、馬の世話をしていた河童、というものがある」
「まるで孫悟空だな」
「ああ、俺も驚いたよ。さらに言えば、もっと孫悟空に似てくる伝説がある」
そう言いながら携帯をいじり、ある巻物の一部を撮った写真を見せる。
「これは?」
「一番古い無三殿大神の伝説。その姿が、一番古い無三殿大神なんだと」
「なるほど・・・確かにそれなら、この神は鋼であるかもしれんな」
猿、そして馬の庇護者。これだけの属性がそろっているのを、偶然と片付けるのは乱暴だろう。
「確かに、ためになる話だった。鋼の属性はほかにも様々な神に与えられている可能性があるようだな」
「ああ。それこそ、河童は川で遊んでいる猿を見た人が河童とした、というものまであるんだからな」
と、そのタイミングで入口の引き戸が勢いよく開けられた。
そちらに視線を向けると・・・そこには、護堂一行がいた。ほんとに日本に来てたのか・・・
「待ち人来たるか。ちょうどいいタイミングだったな」
アレクはそう呟くと、カウンターに何枚かの万札を置いて立ち上がった。
この枚数、ってことは・・・
「俺の話、高評価がもらえたみたいだな?」
「まあな。暇つぶし以上の意味は持っていた」
そう言ってから出て行こうとして・・・
「そうだ。今回は世話になった。いずれ機会があれば、ゆっくりと寄らせてもらおう。・・・ああ、君には特に迷惑をかけたな」
そして、そのまま護堂たちと出て行くのを見てから・・・
「じゃあ、俺もこれで失礼します」
俺も、店を出た。
さて、あの二人の会話については周りにいる誰かの頭の中を覗けばいいし・・・・
「少し、散歩でもして帰るか」
ページ上へ戻る