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うどん

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第二章


第二章

「んっ!?」
「どうしたの?」
「美味しい」
 一言であった。
「この美味しさ、何なんだ」
「確かに美味しいわね」
 ワンダもそれに同意して頷く。
「このおうどんは」
「こんなの美味しいものがあるんだ」
 彼はこうまで言う。完全にうどんに魅せられてしまっていた。
「世の中に」
「ちょっと大袈裟じゃないの?」
 いい加減夫があまりにも大袈裟なので突込みを入れた。
「確かに美味しいけれど」
「いや、本当だよ」
 しかし彼はまだ言う。
「この美味しさ。有り得ない」
「惚れたのね」
「君と同じ位にね」
 今度はおのろけだった。
「それはね」
「私と同じ位にって」
 呆れるどころではなかった。
「何が何なのか」
「わからないの?だからそこまで美味しいんだよ」
 言いながらさらに食べていく。うどんをずるずると飲んでいく。うどんを瞬く間に食べていきそれが終わったその時に。彼は言うのだった。
「おかわり」
「おかわり?」
「うん、もう一杯」
 もう一杯注文するのだった。
「貰えるかな」
「凄いわね」
 ワンダは夫の丼をのぞく。見ればそこには汁の一滴も残ってはいなかった。本当に見事なまでに食べ終えてしまっていた。しかもそこにおかわりである。凄いことだった。
 すぐにもう一杯が来てそれも食べる。やはり凄まじい勢いで食べていく。食べ終えると流石に満足したのかお腹に右手を置いて大きく息を吐き出すのだった。
「ふう」
「満腹したのね」
「うん」
 まずはにこりと笑って妻に答える。
「これでね。流石にね」
「うどん六玉分よ」
 ワンダが言ってきた。
「それだけ食べればね」
「何かさ、日本に来てはじめて満腹したかな」
 こうも答える。
「今日はね。幸せだよ」
「おうどんは気に入ったみたいね」
「そうだね」
 その問いにも答える。
「いい感じだよ、本当にね」
「それにしても驚いたわ」 
 見ればワンダはまだ一杯目を食べている。そのうどんを少しずつ啜りながらの言葉だった。
「ウッディがここまで惚れ込むなんて」
「決めたよ、僕は」
 今度はいきなりこう言ってきた。
「決めたって?」
「日本にいる間はずっとこのうどんを食べていたいよ」
 見れば顔は完全に本気だ。どうやら完全にこのうどんに惚れたらしい。
「それはそれでいいけれど」
「じゃあいいんだね」
「ええ」
 アレンの言葉に対して頷いて答えた。
「何度も言うけれど私はね」
「そう言ってもらって何よりだよ。流石に今は食べないけれどね」
「もう一杯食べたら本当に驚くわ」
 ワンダの今の言葉は本気だった。
「まさかね」
「そのまさかはないよ。ただ」
「ただ?」
「いや、本当にこんな美味しいものがあるなんてね」
 またうどんを褒める。
「思いもしなかったよ。これなら何杯でも食べられるよ」
「何杯もなのね」
「そうだよ。うどんがこんなに美味しいなんて」
 うどんを褒める言葉が続く。
「思わなかったよ。本当にね」
「美味しいのは確かね」
 これはワンダも認めるところだった。
「レシピとかも調べてみたくなったわ」
「そうだね。けれど今は」
「お店を出るのね」
「日本では食べたらすぐに出るんだったよね」
「そうよ」
 こうアレンに対して答えた。
「イタリアやスペインとは違ってね。大体そうよ」
「それじゃあ」
 その言葉を受けて立ち上がった。
「行こう」
「わかったわ。ただ」
「ただ。どうしたの?」
「お金を払ってからね」
 このことは忘れるわけにはいかなかった。夫にもそれを言う。
「それからでいいわね」
「ああ、そうだったね」
 実はそのことはかなり忘れてしまっていたアレンであった。
「それはね」
「忘れたら日本の警察は厳しいわよ」
 二人も日本の警察については知っていた。その厳しさも。
「覚悟が必要な位ね」
「別にそれは厳しくなくてもいいのに」
「そういうわけにはいかないわ。それじゃあ」
「うん」
 それでも妻の言葉に頷く。
「お金を払ってね。それからね」
「わかったよ。そういうことでね」
 こうしてお勘定を払って店を出た。だがこれがはじまりとなって彼は日本にいる間は朝昼晩全てうどんであった。とにかくうどんばかりを食べていた。
 
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