俺とユミルの決闘場所となった南の門は、以前に俺がユミル達三人を尋問した場所から極めて近い場所だった。過疎村でも突出して人目も無く、さらに建物が
掩体になっているという、なかなかどうしてこういった用事にあつらえ向いたこの場所に、まさか二度も世話になることになろうとは。
そして今、俺の目の前数メートル先にはユミルが対峙し、少し離れた家屋の壁際にアスナ、リズベット、シリカ、そしてマーブルが立会人として息を飲んでいる。
俺は目前の決闘相手に向き直り、口を開いた。
「ユミル、フードは外さないのか?」
「……………」
ユミルは宿を出る際、再びボロフードと武器カバーをオブジェクト化し、頭部のほとんどと背負う武器をを覆い隠してこの場所へと向かっていた。その時からいつぞやの無口っぷりも復活し、今に至っても尚、一言も喋る事はない。
……が、ユミルは言葉を発せずとも俺の言葉に応えてくれ、無言でフードを下ろした。
金色の絹のような髪がサラリと風に流れ、俺を射抜く翡翠の瞳が露わになる。
そのまま背に手を回し、武器を手に取ると同時にカバーがポリゴンの欠片となって一斉に散り、姿を見せた白色のハルバードが両手に
確りと握られる。その一連の動作の中でもユミルは俺から目を離すことはなく、不思議と可憐さを全く感じさせない真剣なその顔は、立派な戦士のそれだ。
その黙然たる姿を見るや、俺の目の前に居るこの人物が、つい先程まで怒りを爆発させたりしていた子供だとは到底思えなかった。
「……顔を隠さなかったら、手加減されるかと思って」
そう喋る剣呑な表情に、ごく僅かに嫌悪の色が混じる。
どうやら彼女は、俺を女相手に
腑抜けるタチの人物だと思っているようだ。……
誠に心外である。
俺は肩をすくませつつも、穏やかな声色で告げる。
「安心してくれ。いくら俺でも、そんな白ける真似はしない。それに、たぶん俺の方がレベルは上だろうが……だからと言って、遊びで決闘する気はちっともないぜ。俺とて、なんだかんだで負ければ身包みに全財産、そして――プライドがかかってるからな」
「……………」
それを聞いたユミルは、僅かな嫌悪の色を驚きに変え、次に俺の表情を品定めするようにじっと見つめ、そして一瞬だけ
拗ねた顔をして真剣味百パーセントのそれに戻る。
「……真顔で言ってくれた点についてだけは、褒めてあげる」
「そりゃどうも」
「だから、戦う前に一つだけ、いい事を教えてあげる。……ボクのレベルは74。キミよりずっと下なはずだ」
「ああ、俺は」
お返しに俺のレベルをと言いかけ、それをユミルが片手を挙げて制した。
「言わなくていいよ。キミは、最前線の攻略組の中でもトップクラスの剣士……ボクよりレベルは最低でも10は上だろうね。でも、それだけ分かれば充分。――そして教えてあげる」
ユミルはウィンドウを手早く操作した後、あくまでもゆったりと武器を中段に構え、キラリと斧の白刃が鋭く反射した。
「――レベルだけじゃ、勝利はもぎ取れない……ってね」
そして、俺の眼前にデュエル申請のシステムメッセージが出現する。
……………。
俺は僅かな間、完全な沈黙でそのウィンドウとユミルの顔を交互に見やっていた。
呆気にとられていたわけではない。
……俺は必死に湧き上がる笑みを噛み殺していた。
それは
可笑しさではなく、失笑でもなければ嘲笑でもない。
――これは純粋に、ユミルという戦士に対する賛辞の笑みだ。
相手が自分よりも数値上では数段優位に立っている事を知りながら、微塵も恐れず挑もうとしているその姿。コミュニティ能力に欠ける俺だからこそかも知れないが……こんな好漢な戦士に出会えたのは久しぶりだ。……いや、好漢ではなく好女、だろうか。
ここで俺は「その意気や良し」だの「ああ、その通りだ。お前のそういうところ、嫌いじゃないぜ」だの……気の効いた返事を返したいところではあったが、相手がいじけた表情で返事を返すことが目に見えていたので、ここは口にしたい賞賛の意をぐっと飲み込んで、現れたメッセージのオプションを設定する。
最後に申請の承諾ボタンを押し、カウントが始まる。
俺の視界がオートフォーカスされ、自動的にユミルの頭上に一本のHPバーが表示される。
……彼女の真似ではないが、俺も緩めた動作で剣を鞘からシャリンと抜き、下段に構えた。
「《初撃決着モード》、か。……ボクは全損決着でも良かったんだけど」
「冗談」
軽く交わした他愛ないこのやり取りを最後に、俺達二人の目と意識はスッと研ぎ澄まされていく。
周囲の余計なノイズをもシャットアウトし、臨戦態勢へとフェードインする。
全ては勝つ為に。
……いや、さらに言うなら。
ユミルの力を見る為に。
そして俺も、ユミルにレベルの力ではない勝利を見せ付ける為に。