ユミルが背中にカバーを被せた武器を背負って再び降りてきたのは、俺達が昼食を食べ終わり……
約束の一時間後に迫りつつある中、俺達が心配し始めてカウンター前へと集まり、それを見たマーブルさんが彼女の様子を確かめるべく階段の一段目を上り始めた時の事だった。
そのユミルは階段の最上階で俺達を見下ろし、すぐ目を逸らしてチッと小さく舌打ちをしてから傍へと降りてきた。
「……先に行って待ってればいいのに」
俺達が並んで座るカウンター前のスツールには座らずそのまま進み、遅れて登場したにも
拘らず、
急かしている風に扉の前でようやく振り返って口を開けた。元々の可憐な容姿を台無しにする、この世界に来てからはずっとそれがデフォルトだったかのような、やたら上手いジト目とムスッと湿気させた声色なのは相変わらずだ。どうやら、一時間前の泣き叫びながらの退避による精神的ダメージは完治したようだ。
その様子にある種の安堵も感じていた俺は、これみよがしに不敵な笑みを浮かべる。
「そういう訳にもいかないだろ。これでも本当に心配してたんだぜ? ……泣いてた目は、まだ赤いのかな、ってな」
「ッ………ホントに減らない減らず口。もうすぐ、二度とそんな口を叩けないようにしてあげるから」
「おう、楽しみだ」
チリリッ、と俺達の視線の間に小さな火花が一つ散る。
と、その場所にマーブルさんが割り込んだ。
「はーい、散々邪魔しちゃって悪いけど、出かけるその前に……ユミル?」
「……なに?」
俺を睨んだまま、ユミルは答える。
「あなた、決闘の前にその隠してる武器、キリト君達に見せちゃいなさい」
「…………!?」
それを聞くやいなや、ユミルはガバッと背のカバー付きの武器を胸にかき抱いて隠した。
「や、ヤだっ……。なんで今見せなきゃいけないんだよっ」
「別にいいじゃない。どうせ戦う前に、外見だけは見せちゃうんだし」
「ヤだ……今見せたら、戦う前にそこの……ピンク髪の人に、鍛冶スキルで特性看破されてしまうもん……」
名前を呼ぶのが嫌なのか、単に覚えてなかったのか……どの道、名を呼んでもらえなかったリズベットは眉を顰めて苦笑いをした。
「だからって、あなたの戦い方全てが分かるわけじゃないでしょう? それに、私が初めて人に打ったその武器を、鍛冶を本業にしてるそのリズちゃんに、どれくらいの出来なのか見てもらいたいのよ。……それを打った本人が頼み込んでも、ダメかしら……?」
「ま、マーブルの頼みでも……嫌なものは、嫌だよっ」
若干申し訳そうながらも未だに渋るユミルに、マーブルは……
また、あの意地悪い笑みを含ませながら……言葉を続けた。
「でも、あなたはキリト君の獲物はもう知っているんだから、対等じゃないと私は思うわ。そんなの――カッコよくないわよ?」
「!」
その途端である。
ユミルは血相を変えて、ツカツカとリズベットの前へと歩み寄った。
「えっ? あ、あたし!? ……な、なに?」
「…………ん!」
ユミルは武器を、慌てふためくリズベットへと差し出していた。
嫌々と
拗ねた風に下唇を噛みながら。
「えっと……見ていい、ってこと?」
「だから………ん!!」
半ば強引にユミルはリズベットへと大きな袋を押し付けた。そして足早に元の位置へと戻っていく。それから不愉快そうに眉を吊り上げたまま、ふんすと鼻息を一つしてから腕を組み、あとの流れを彼女に任せる形をとった。
……悔しげな目尻が若干涙目気味なのは、ツッコまないでおいてやろう。
武器を手渡されたリズベットは再度ユミルをパチクリと見た後、マーブルへと目線を移し、頷きの了承を得るも、戸惑い手を動かせずにいた。
そんな彼女にマーブルは苦笑しながら、袋をひょいと取り上げて、スルスルとカバーを外し始めた。
「もう、ユミルもオーケーって言ったんだから、遠慮しないで見ちゃいなさい? 正直に感想を言ってくれるだけでいいから、私の腕前を見て確認して欲しいの」
そして姿を露わにされた武器を両手に、リズベットの目の前へと掲げてみせた。
それは……ユミルがフートを外され素顔を俺達へと晒した時と同じく、ギャップの大きいものだった。
――まずこの武器は、ユミルのような女の子が扱うにはとても不似合いな、片刃の両手斧だった。
だがパッと見、俺の知る両手斧と、この両手斧は違う点がいくつもあった。普通、斧といえば、太い木の柄に大きく無骨な鉄の大きな刃が付いた様を想像するだろう。
だが、その武器はどことなく品のある西洋風の造形をしていた。三日月状の刃を持つクレセントアクスの柄の先端に槍の付いた、いわゆる《ハルバード》と分類される斧だ。
素材は何を使っているのかは分からないが、全体が硬質な光沢のある白色を基調としている斧らしからぬ色調。どういった理由か、柄が随分と細く、ユミル自身の華奢さを
彷彿とさせる。デイドの
蛇矛と比べたら恐らく半分も無い柄の太さだろう。俺の片手直剣の柄の太さと変わらない、両手武器にあるまじき細さだ。刃自体も比較的小さめだが、三日月形の白刃は刃渡りが長く肉厚で、そして鋭い。その点では切れ味やパリィにも問題無い実戦用ではあるようだが……他にも挙げるべき点がまだまだある。
それは――
「あ……お、おお……? わ、わっ……こ、これは……!?」
……それは、武器を見てから徐々に目をキラキラさせ始め、テンションが際限無く上がりつつある、このリズベットの口から出る事を期待するとしよう。
「固有名《アデュラリア》。分類はツーハンドアックス。正確には
斧槍と呼ばれる武器ね! 斧戦士は比較的多く居るけれど、軍以外で斧槍を使う人は珍しいわね……! そんなことより、珍しいといえばこの素材だわ! スピード系鉱石の中でも、レアで優秀な素材の《月鉱石》がベースに作られてる! ちょっ……よく見てみれば、強化プロパティは+8!? ちょっとマーブルさんっ、よくこれだけの斧を作れましたね!? 素材を揃えるのも鍛えるのも大変だったでしょう!?」
瞳を爛々と輝かせながらマシンガントークを繰り広げるリズベットが、ガバッとマーブルへと向き直る。
「そうねー。入手はともかく、鍛えた時はなかなか思う様にランダムステータスが安定しないじゃじゃ馬ちゃんだったわねー」
すっかり完全にハイになっているリズベットと、それにしれっと答えるマーブル二人の鍛冶専門家の話に、俺達はさっぱり介入できず、二人の独壇場が続く。
「ですよねっ、あたしもこの素材のオーダーが入ったときはよく手を焼いたものです! はぁ~……鉱石メインで鍛造してあるのに、目立ち過ぎない控えめな造形。特殊能力は無いみたいだけど、素の耐久値も充分あるし、これは良い武器だわ……。ふぅ、堪能しました」
「ホントかしらっ? よかった~、ダメ出しを覚悟してたんだけど……」
「アハハッ、まさか。どっかの過剰装飾職人に比べたら、マーブルさんは億倍センスありますよ。……でも……」
「でも?」
「……ちょっとその斧、直に持って調べていいですか?」
「もちろん。どうぞ」
リズベットは高くなったテンションのナリを潜ませ、真剣な顔で受け取った斧の柄を握り直したり、先端から先端まで見回した後、
「やっぱり……」
と不可解さを含んだ言葉を呟いた。
「うふふ、気付いたかしら?」
ニコニコと尋ねるマーブルにリズベットは頷いた。
「あ、あのさ……俺達にも分かるように説明してくれないか」
文字通り、話に置いてけぼりでただ困惑する俺達の心境を、俺がようやく代弁することに成功した。
「あんたも直に持って見てみなさい。そしたらあたしの言いたい事が大体分かると思うから」
「わ、わかった……」
リズベットは俺の胸の前へと槍斧を差し出し、そのすぐ下で俺も手を広げた。すぐにリズが手を離し、俺の手へと武器の重みがズシリと伝わってくる――
「……………は?」
――はず、なのだが。
「か、軽い……」
その斧槍は、俺の鍛えられた筋力値などとは関係なく、とんでもなく軽かった。
思わず拍子抜けしすぎて腰も抜けかけたくらいだった。これほどまでに軽い両手武器を、俺は触ったことも見たことも無い。
武器自体の質量は俺の片手直剣の倍はあるはずだが、その重量はそれの半分も無い。片方の先端には大きな刃と鋭い副槍が付いているので、ちゃんと刃先に重量を感じるものの、
如何せん両手で握る武器のせいか、
心許なさささえ感じてしまうほどの軽量感だ。
リズベットは俺の答えに頷き、マーブルさんへと目を移らせた。
「斧を鍛える場合、普通ならリーチや重さ、そして攻撃力を重視して破壊力を上げるのが主なのに、なぜこんなに軽いんですか? SAOじゃ《月鉱石》は硬度が高い割りにその羽みたいな軽さがウリで、殆ど片手武器にしか用いられない鉱石だし……。それに、キリトは気付いてなかったみたいだけれど、柄もやたら細くて無駄な重量を節減した節が見られます。全長も一般的な槍斧よりも随分と短い160センチ程度でした。攻撃力も、素材に恵まれながらも、取り分け高い数値じゃありません。なぜ……この斧はリーチや重さ、そして攻撃力を犠牲にしてまで、わざわざ本来のビルドとは真逆の軽量化を徹底的なまでに
図っているんですか?」
それにマーブルは、指先だけの音の無い拍手を送った。
「うーん、ご明察♪ やっぱり本場の人は、何も言わなくたって
詳らかにしちゃうものねー」
うんうんと何度か軽く頷き、感心する様に自己納得している。
「質問に答えるわね。そこまでその斧槍が軽いのは……それは他でもない、ユミル自身のオーダーだったからよ」
俺達は一斉にユミルへと注目した。すると彼女は居心地悪そうにそっぽを向く。
「……もういいでしょ。返して」
そんな俺達の目線を無視して、ユミルは俺の手から自分の斧を取り返した。
そしてふと俺を見上げて、
「あとの事は、実際に刃を交えてみれば分かる。……そうでしょ、黒の剣士?」
俺の喉元へ、先端にある副槍の白く鋭い
鏃を突きつけてみせ、さらには挑発的な言葉と目を送ってきた。
……それについ笑みで答えてしまう。
――つくづく、この斧槍使いは、俺のような人間の闘争心のくすぐり方を
弁えているようだ。
「……ああ。まったくその通りだ」