少年少女の戦極時代Ⅱ
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禁断の果実編
第67話 光実とレデュエ ①
『待っタ!』
それを言われてしまうと、止まってしまうのが人の性というもので。
『降参ダ。どウやら勝チ目は薄ソうだ。いいダろウ。オマエタちを知恵の実ノ在り処ニ案内しヨウ』
翠のオーバーロードは杖槍を持ち直して立ち上がり、あまりに無防備に背中を向けた。
光実とシドは変身を解いた。シドはにやっと笑って光実の肩を叩き、翠のオーバーロードを追って歩き出した。
訝っていても始まらない。光実もまた歩き出した。
翠のオーバーロードの案内で到着したのは、ただでさえ薄暗いヘルヘイムにあってなお暗い遺跡だった。
『こノ奥ニ禁断の果実を持ッテいル奴がイる。欲しイなラ力づクで奪イ取るしカナイ』
「そいつぁ話が早そうだ」
シドが歩き出す。しかし光実はその場を動かなかった。
『オマエは行カなイノか?』
「邪魔はしないよ。果実を手に取るのはただ一人。そうだったよね、シドさん」
「ま、そういうこった」
立てた指は別れの挨拶。状況がどうあれ、光実としてもシドに付き合うのはここまでだ。あとはシドが禁断の果実に至れるか否か。
『誰モが知恵ノ実を欲シガるモのと思っタが』
「冗談じゃない。どう考えても罠じゃん、これ」
『ホう?』
翠のオーバーロードは傾聴の姿勢に入った。
「君、あの時、逃げようと思えば逃げられたよね。なのにわざわざ僕らをここまで連れて来た。この先に待ってる奴と戦わせるのが目的なんだろ? 大方、自分の手を汚さず“知恵の実”とやらを手に入れるために」
シドを見張り、禁断の果実を手に入れたようなら横から奪う。それが今回のミッション。光実も翠のオーバーロードも漁夫の利狙いなのは間違いなかった。
すると翠のオーバーロードは笑い出した。笑いの震えで羽根飾りの宝石がしゃらしゃら揺らめく様が、光実の気分を尖らせた。
『面白イね、オマエ。すごク面白イ奴ダ』
「お褒めに与かりどーも。で、君は“知恵の実”を手に入れて何をしたいの?」
『――レデュエ』
「は?」
『ワタシの名ダ』
レデュエは光実に寄せていた顔を離し、歩き出した。
シドが行った方向を見、レデュエの背中を見、光実はレデュエを追うことにした。果実を奪うのは後からでもできるが、このオーバーロードの動向は今しか見張れない。
『こんナ滅ンだ世界ニ君臨してモ意味がナい。ワタシが欲シイのは、モっとキラキラとシた騒々しいモノ。そんナ玩具ダ』
舌打ちを堪える。いくら光実でも、自分の世界を「玩具」呼ばわりされていい気分はしない。
『我らフェムシンムの民はロシュオに体ヲ改造さレて森の侵略ヲ生き伸びタ。だガお前たチは代わリニそノ奇妙な道具ヲ発明しタ』
レデュエと歩く光実の後ろに、低級から上級まで多様なインベスが集まってゆく。攻撃をしかけて来ない。オーバーロードは森の支配者との能書きは間違いではないらしい。
『我々とハ違う発展ヲ遂げタ文明。トても面白ソうだ』
「――好奇心旺盛だね」
すぐ後ろに大量のインベスがいる恐れは理性で封殺した。
『デェムシュは何の考エもなク君タちの世界ニ出向いタようダが、ワタシも行ッテみたいとハ思ってタ。ロシュオの目ガあの男ニ向いタ今ハ好機ダ。いよいヨ念願ガ叶ウ』
着いたのは、ユグドラシルのベースキャンプがあった場所だった。シドに人工クラック維持装置を壊されてからは、壊れたテントと機材が残されただけの、うらぶれた場所。
「何をするつもりだい」
『向コうニしもべノ気配を感ジる。門さえアレば鍵を開けルのは容易イ』
レデュエが杖槍を掲げるや、空間に亀裂が走った。
光実は息を呑んだ。ユグドラシルが持っていたものと同じ大クラックが開いたのだ。
ヘルヘイムの植物の蔓がクラックを通ってユグドラシル・タワーに流れ込んでいく。
その様を、光実は目を逸らさず、強く拳を握って、見つめていた。
後書き
タワーを占拠したのはレデュエですが、それを止めなかったのは光実。だから光実は目を逸らさなかったのです。
でもシドの死亡率が高いその場に留まるまではできませんでした。これは光実の黒くなりきれない部分を表現したくて書きました。レデュエがロシュオを通さずに行ったということもありますが。
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