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東條希包囲網

作者:茶太郎
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東條希包囲網 後編

-2-

 次の日の音ノ木。前日の真姫ちゃんショックを少し引きずっていたウチは、ぼけーっと廊下を歩いとった。
 ――まさか真姫ちゃんが、あんなこと言うとはなぁ。
 たしかにウチは、今までμ'sのメンバーの『本気』をこれでもかってほど近くで見てきた。
 言い出しっぺの穂乃果ちゃん誰よりも情熱的で。
 どんな時も楽しそうに、講堂にお客さんが入らなかった時だって、その心は折れへんかった。
 彼女に続くみんなもそう。
 誰一人としてやらされてる子はおらへんし、その情熱には拍手してあげたいくらいだ。
「何より、あんなに頑なだったエリちを、遂に仲間に加えてしもうたし、な」
 くすくす。
 ――でもさすがに、今度は笑えへんなぁ。
 その包囲網が、遂にウチにまできたってことやし……。
 そんなことを考えながら歩いとったせいやろうか。
 どんっ。
 廊下の曲がり角のところで、うっかり誰かとぶつかってしもうた。
「きゃ?!」
 思わず声は出たけれ大し衝撃はウチになくて。むしろ相手のほうが尻餅をついていた。
「ごめんな。ちーっとばっかし、考え事しながら歩いてたから――堪忍な」
 そういって手を差し出す。
「あたた……だ、大丈夫です。こちらこそすいません、ちょっと急いてましたから――って」
「あら」
 そして相手が顔を上げたところで、ようやく気付いた。
「希先輩」「穂乃果ちゃん」
 こういうのはきっと、偶然じゃなくて必然。
 誰かのことを考えてたらその人を引き寄せる。
 そういうのってよくあることなんよ?

 その後、追いついてきた海未ちゃんとことりちゃんと合流。
 ついでだからお昼も兼ねてアイドル研究部の部室に――っていう流れになった。
「まったく穂乃果は、いっつも思いつたら一人で暴走するのですから」
「まあまあ、穂乃果ちゃんって昔からそういう子だし――」
「ことりは穂乃果に甘すぎますっ」
「そんなことよりも、早く食べて屋上行こうよ! 今日は新曲の振り付け確認するんでしょ!?」
「そんなことって……お昼くらいゆっくり食べさせてください」
「それにまだ、誰も来てないんじゃないかなぁ?」
「う~~、でもでもー、気持ちが抑えきれないんだってーー!!」
 歩きながらいつもながらのやりとりを見せてくれる三人。
 背中越しのその光景は、ずっと見ていたいと思うほどキラキラしたものだったけれど。
 不意に穂乃果ちゃんが「あ、そうだ」とこっちを振り返ると、ウチがその輪に加わると。
 ――途端にその綺麗なバランスが、崩れてしもうたように感じた。
「希先輩って、いつからμ'sの練習に参加してくれるんですか?」
 しかもうちに投げかけられた質問がまた直球で。それが穂乃果ちゃんらしくて。
 これには思わずぷって吹き出してしもうた。
「穂乃果!?」「穂乃果ちゃん!?」
 海未ちゃんもことりちゃんも驚いて穂乃果ちゃんの方を見る。
 そら答えをはぐらかしてるウチにこんなに直接的に聞くんやもん、当然やね。
「さて、いつからでしょうね?」
 でもウチはブレずにはぐらかす。
 イエスともノーとも言わない。
 その距離感が大事やと思うんや。
「穂乃果ちゃん――その、希先輩だって生徒会のお仕事とかで忙しいんだから、あんまり無理をいっちゃダメだよ?」
「そうですよ穂乃果。自分の都合ばかりを押し付けてはいけません。だから先輩も、あまり穂乃果の言うこと気にしないで下さいね」
 すかさず入ったフォローに、ウチは小さく頷く。
 うん――やっぱりここは、不可侵領域やな。
 ウチは改めてそう思うのだった。
「でも――」
 しかしそれで話は終わらず、今度は海未ちゃんとことりちゃんが顔を見合わせて、くすくすと笑った。
「ん?」
 小首を傾げるウチに向かって、二人は見合わせていた顔をこちらに向け。
「仮にそれらを置いておけるのだとしたら――私達もぜひ、希先輩にはメンバーに加わって欲しいって思っています」
「それだけは覚えておいてくださいね」
 きれいな瞳は三人とも本当にそっくりだった。

-3-

 ――きぃ。
 甲高い音がして扉が開くと、出迎えてくれたのは夕暮れのオレンジと、視界の端っこにちらっと一瞬だけ見えた弁天さん。
 最近はずっと賑やかだった学院の屋上は、今日は妙にしぃんとしていて。
 そこで動き回るμ'sのみんなの様子が目に浮かぶようだった。
 ウチがなんでここを訪れたかというと、そのμ'sのメンバーと会うためで。
 もう部内ではウチが加入するのが規定事項みたいになっていたから、そこはビシッと言っとこうかなって思っていた。
 けれどアテが外れたみたいで、屋上はからっぽ。
 階段を登ってる時から妙に静かやったから、あら?とは思うてたけど、見事に外れクジを引いてしもうたみたい。
 そのまま帰っても良かったのだけれど、でもせっかく階段登ってきたし夕日もキレイやったし。ちょっとだけ眺めさせてもらおうかな――そう思って、ウチは屋上の端っこまでゆっくり歩いた。
 別にそのまま飛び降りるんとちゃうよ?
 視界の端に見えた神さまを追いかけてふらっと――なんて話は昔からぎょうさんあるみたいやけれど、ウチはちゃんと気いつけとるから。
 まあそもそも、柵がついてるから落ちる心配はないんやけどな。
 くすくす。
 その鉄柵越しに、下校する生徒たちを見るともなしに見ながら。
 今日のμ'sの練習はお休みなのか、それとも別の場所で練習しているのか。
 今から神田明神に行けば誰かしらに会えそうな予感はするけれども、それなら穂むらに行けば穂乃果ちゃんには高確率で出会えるだろうと思い直す。
 ただ考えてみればそこまでして言うこともないし、ならまた明日にでも――なんて、頭をめぐらしていたら。
 後ろからきぃって、ウチが屋上に来た時とおんなじ音がした。
「――ああ、やっぱり今日はそういう日、なんやな」
 思わず笑って、声に出てしまった。
「希」
 現れた人物はウチを確認すると、小さく声を出して呼んだ。
 その声にはいつもの張りがなくて、どこか硬さを含んでいるような気がして――だからウチも数秒の間を置いて、相応の覚悟をしてから振り返った。
「エリち――」
 ラスボス襲来、かな?

「どうしたん。μ'sの練習、今日はお休み?」
 ゆっくり振り返ると、夕日を背にしたエリちの姿。
 オレンジの眩しさに思わず目を細めた。
「……ええ、今日はお休み。希は?」
「ウチは観察、やな。さっきまでお空に、弁天さんが見えとったで」
 いつもの調子を意識して答える。
 そういえば、「そういうのは貴女にしか見えていないかもしれないわよ」って、面と向かって最初に言ってくれたのは彼女だった。
「――ふふ、貴女は相変わらずね。で、それは何かの良い兆候?」
「どうやろな。こういうのって、場合によって良い方にも悪い方にも転ぶものやから、ウチにもわからへんわ」
「そう――」
 ぴゅうっと、二人の間に心地良い風が舞う。
「ねえ、希。やっぱり――」
「ウチな、思うんや」
 話し始めようとしたエリちを遮って、ウチは伝えたいことを先に言ってしまう。
「チームに大事なのはバランスなんやって。せやから一人だけ変なんがおると、悪目立ちして仕方ないし、みんなの足を引っ張ることにもなってまうんや」
「――――」
「だからウチは参加しないって決めたんよ。こういう変わり種は、裏方がくらいが丁度ええってエリちもそう思わへん?」
「……希」
「それが用事だったら話はこれでおしまい。エリちは頑張ってμ'sをまとめて、ウチはそれを陰ながらそれを見守る。それでエエって思うんよ――」
 ウチは強引に押し切ろうとした。
 エリちは何か言いたそうだったけれど、このまま彼女の横を通って屋上を後にすれば何とかなる。
 数日間はちょっとギクシャクするかもしれないけれど、それでも彼女ならわかってくれるって。
 そう思ってたんやけど。
「じゃあ、それならどうして――」
「えっ――?」
 横を通りすぎようとしていたウチの腕を、ガッシリ掴んだエリちは引かなかった。
「どうして希は、そんなに哀しそうな顔をしているのよ」
「哀しそう……?」
「送り出すんだったら、笑顔くらいもうちょっと作ってきなさいよね……」
 掴まれた腕に力が込められて、エリちの熱が伝わってくる。
「確かに希の言っていることは正しいかもしれない。いいえ、きっと貴女のことだからきっとそうなのだと思う。でもそんなの――そんなの、関係ないわよっ! 私はね、他の誰でもない貴女と一緒にスクールアイドルをやりたいの! 今のままが最善だとか波長が合ってないとか、そんなの関係ない! 私は、希と一緒じゃなきゃ嫌なのよ!!」
 瞳をうるませ、それでもまっすぐこちらを向いて声高に宣言するエリち。
「それに人に散々けしかけておいて、いざ自分の番になったら逃げまわるなんて卑怯過ぎる。そんなこと絶対にゆるさないんだからね!」
 そんな、生徒の規範となる存在の生徒会長らしからなぬ、まるで子供の発言に、ウチは度肝を抜かれてしもうた。
「エリち――」
 そしてなんだか。
「そんな――ぐすっ、そんなん言われても困るわあ」
 ウチの目頭にも熱いものがこみ上げてきて。
 気づいたら鼻も声もぐずぐず。
「だってウチ、もう決めたんよ? μ'sは後ろから見守ろうって。一歩離れようって。それを今更――」
「――ううん。全然。遅くない」
 エリちは首を振って。こちらに向かって手を差し伸べた。
「貴女が私に言ってくれたんじゃない。『やりたいからやってみる、それでええやん』って」
「――っ!」
 ああ。
 うん、そうやった。
 確かにそんなこと言った。
 そっか。
 ウチは人にエラそうに高説しておきながら。
 自分こととなるとなーんも、わかってへんかったんやな。
 どんなに言い訳しても。どんなに理屈を並べても。
「――ウチはスクールアイドルをやりたい」
 そう、心の底ではそう思うてた。
 だからμ'sの手助けもしたし、おせっかいもした。
 なんや答えは簡単やったんやな。
「希先輩――」
 そんでもってトドメのように。
 気がついたらμ'sの他のメンバーも目の前に揃っていて。
「希先輩、今まで沢山のアドバイスや陰ながらの手助け、ありがとうございました!」
 先頭に立っていた穂乃果ちゃんが、ウチに向かって頭を下げた。
「そしてこれからは、一番近いところで――メンバーの1人としてμ'sの土台を支えてくれませんか?」
 そう言って彼女もウチに向かって手を伸ばす。
 その純真で真っ直ぐな瞳は、ほんまに掛け値なしに神様みたいだった。
「ウチで――ほんまにウチでいいの?」
「はい! 希先輩じゃなきゃ、駄目なんです!!」
「――っ」
 その言葉を聞いた瞬間にわかった。
「これはもう完敗、やな」
 くすくすって。
 場違いに笑いがこみ上げてくるくらいに気持ちのよい一本負けだった。
 ウチにはここしかない。ここがいいって、そう思ってしまった。
「そっか……そんなにみんなウチがエエっていうなら、ひとつ頑張らせてもらうわ」
 そして一瞬だけ後ろを向いて目をゴシゴシとすると。
 決意を込めてみんなの方へと向き直った。
「これからμ'sに、のぞみんパワーた~っぷり注入してあげるかんな?」


 
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