高音
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第二章
第二章
ある舞台の照明が気に入らなくだ。それでだった。
鬘、それで役になりきっていたがそれを投げ捨ててだ。舞台から去ってしまった。これには共演している歌手もスタッフも驚くばかりだった。
「照明が気に入らないっていうのか?」
「それだけで舞台中に降りるなんて」
「ちょっと。ないよな」
「あまりないぜ、あんなの」
「我儘だろ」
この評価が出て来たのだった。
「あまりにも我儘に過ぎるだろ」
「前も何か気に入らなくて腰の剣抜いて捨ててだったしな」
「やたらと衣装に注文つけるしな」
彼の売りは歌と容姿だった。容姿では脚が人気だった。それでその脚が目立つ衣装、具体的に言えば黒タイツを穿きたがったのだ。
このこともだ。周囲にとってはだった。
「それはわかるさ。タイツ似合うから」
「けれど。それでもな」
「あまりにも自分の意見言い過ぎだよ」
「参ったな、我儘ばかり言って」
「困った人だよな」
「全くだ」
こう話されていくのだった。それでだった。
コレッリは何時しか我儘な人間、歌手だという評価が定まってしまっていた。だがそれでもだ。コレッリのその主張は止まらなかった。
写真を撮る時もだった。
「顔は左側だけにしてくれないか」
「左!?」
「左側からだけですか」
「では右は」
「右側は止めてくれ」
こうだ。ハリウッドにいてもおかしくはないそのマスクで言うのだった。
「右側は歪んでいるから」
「いえ、歪んでいませんよ」
「そうですよ。全然大丈夫ですよ」
「なあ。右も左も」
「特に変わりありませんけれど」
「いや、止めてくれ」
しかしだ。コレッリ自身はあくまでこう言う。
「そうしてくれないと私が困るんだ」
「そうですか。そこまで言うんでしたら」
「撮影は左側ですね」
「そこからだけですね」
「そう、それで頼むよ」
こうしてだった。彼は撮影にも注文をつけるようになっていた。とにかく彼の神経質さはエスカレートしていきだ。何かにつけてそれが出るようになった。
人ともあまり話をせずだ。何かあるとすぐに舞台から降りる。そんな調子だった。
得意な役もあり人気もある。しかしだった。
共演者達からもスタッフからも評判はよくなくだ。衝突が多かった。
その衝突した歌手の中にだ。この歌手もいた。
ビルギット=ニルソン。スウェーデン生まれのソプラノ歌手だ。ワーグナーを歌い一時代を築いた。大柄な身体でメタリックな声でだ。均整の取れた歌を歌う。
その彼女はよくだ。コレッリと共演した。録音も残した。しかしだった。
コレッリが降板するとだ。ある舞台の上演前に聞いてだ。
呆れた声でだ。こう言ったのだった。
「またなのね」
「はい、そうです」
「またです」
こうだ。スタッフ達がニルソンに話す。
「演出が気に入らないって言って」
「黒タイツに駄目出しされて」
「それでなんですよ」
「降板したんですよ」
そうしたというのだ。今回もだ。
「困ったことです」
「代役の人も急に決まって慌ててでしたし」
「他にも色々と我儘言いますし」
「降板しなくても」
「本当にね。あれじゃあまるで」
どうかとだ。ニルソンは眉を顰めさせて話した。
「子供ね」
「そうですね。子供ですね」
「あれじゃあですよ」
「我儘ばかり言って余裕がなくて」
「神経質ですぐに怒って」
そうしたことがだ。まさに子供だというのだ。
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