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とらっぷ&だんじょん!

作者:とよね
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第二部 vs.にんげん!
  第19話 なんにもかくしてないっ!


 町で会う人、すれ違う人に、何を言われても堪えようとウェルドは思っていた。武器を抜かれ、殺意を向けられる事も無論覚悟していた。
 結局、シャルンとアーサーに挟まれて新人冒険者の宿舎への道を辿る間に、状況はもっと暗澹たるものだと気付かされた。
 誰にも会わなかったのだ。

 宿舎で、ウェルドは久々に自分の得物を手に取った。長い事眠り続けていたせいで久々という感じはしないのだが、それでも持つと引きずりそうになるほど重く、いかに体力が落ちてしまったか自覚しないわけにいかなかった。 退院した次の日から、宿舎の裏で稽古を開始した。暫く大剣を振っていると、汗が出て、息が切れた。あっと言う間に腕が痛くなり、それ以上持ち続けていられなくなる。
「ウェルドさんのお体は、まだ本調子ではありません」
 退院する時、ティアラは言った。
「宿舎に戻られても、どうかご自愛くださいね。私としては、本当はもっと入院していてほしい所ですが……」
 彼女の言うことは本当だったとよくわかる。今の自分では遺跡に潜れるかどうかさえ不安だ。
 壁に凭れて休んでいると、大柄な男が森のくまさんのようにノシノシ歩いてきた。もう一人の大剣使い、アッシュだ。
「やあ。調子はどうだい?」
 ウェルドは不機嫌且つ正直に答えた。
「悪い。すげぇ悪い」
 アッシュは同情を込めて頷く。大剣の扱いに必要とされる筋力は並大抵ではない。それを易々と使いこなす事で得られていた自信と自負。体力が落ちることで、どちらも損なわれた。その痛みが彼にはわかるのだろう。
 そして。
 大剣使いと言えば、もう一人……。
「あのさ」
 ウェルドがびくりと震えたのでアッシュは驚いた顔を見せた。
「ど、どうしたんだい?」
「いや、何も……何だ?」
「教会でティアラが呼んでるんだ。具合が悪いなら無理にとは言わないけど、できれば話がしたいって。どうする」
「行くぜ。剣ぶん回せるくらい具合が良いからな」
 その強がりも、アッシュにはむしろ痛ましく見えたのだろう。彼は教会までついて来た。誰もそうとは言わないが、やはり、護衛のつもりなのだ。復讐心に駆られた誰かに急に襲いかかられたら、今の自分にはひとたまりもない。
 けれどそれは杞憂というもので、やっぱり誰にも会わなかった。
 町の先輩冒険者達の宿舎も、どの施設も、店も、静かだった。雪雲の下、蝋燭の灯を収めたいくつかの窓が、昔話のように優しい。灯のない窓の向こうの住人は、きっと死に絶えてしまったのだ。この雪の下、足の下で、こびりついた血と脂肪と肉のかけらになって。
 前回……一回目の凶戦士の出現で何人死んだと言っていた? 百か? 二百か?
 それが二回……自分のせいで……。
「ウェルド」
 アッシュの声かけに、ウェルドはまたもびくりと震え竦む。
「今、何を考えてたんだい?」
「……別に、何も」
「ならいいんだけど」
 アッシュは五歩ほど離れたところで、ウェルドを待っていた。
「誰のせいでもないんだ。ウェルドのせいでも、ノエルのせいでも、ディアスのせいでも。凶戦士化したのがおれでも、全然おかしくなかったんだ」
 ウェルドは無言で繰り返し頷いてから、大股で歩きだした。今何を言ったところで、自分もアッシュも欺けない。まして町の静けさなど。ため息しか出ない。
 そういえば昨晩は悪夢を見た。フルカラーでリアルだった。夢の中では、夜中に自室を出てディアスの部屋に行くと何故かディアスが椅子に座って本を読んでおり、入室したウェルドを睨み殺さんばかりの形相で睨みつけてくるのだ。が、それでよかった。憐憫や同情や共犯意識を示されるほうが死にたくなる。
「何でそんなに不機嫌なんだよ」
 と尋ねると、
「それは貴様の勝手な自己投影だ。不機嫌なのは貴様の方だ」
 と言われるので
「じゃあお前は何で平常心でいられるんだ」
「あの殺戮は俺の責任ではない」
 それが答えだった。
「よくそんな事言えるもんだな」
 カッとなってディアスの顔をぶん殴ると、首が胴体からもげてゴトッと床に落ちるのでウェルドはびっくりしてしまい、天井まで吹きあがる血しぶきを浴びながら「うわぁしっかりしろ」と胴体を揺さぶると、床に転がるディアスの生首が目を開けてやはりギロリと睨み、
「本体はそちらではない」
 と言うので薄気味悪かった。
 教会に入るが、礼拝室にティアラはいなかった。併設の病院の大部屋に入ると、そこにいる人達の視線が冷たい雨のように降ってきた。立ちこめる脂っこい死臭が、窓を染める雪の静けさに華を添えていた。病床数が足りず、床にボロきれが敷かれ、直接人が寝かされている。皆手足がなかったり、あっても腐ったりしている様子が見受けられた。
「ウェルドさん」
 ティアラがいそいそと寄って来た。
「あちらでお話ししましょう」
 ティアラはウェルドを礼拝室に連れて行った。目の下に隈が浮き、やつれ、かなり疲労している様子だった。なにせ一人であれだけの数の怪我人と、ディアスと、それに加えこの前までは自分と、更にその前はノエルの面倒を見ていたのだ。あのカドなんとかっていうネズミみたいな顔をした血色の悪いアルコール漬けのゆすりたかり貧弱コソ泥最低最悪人間のクズ野郎は手伝うまい。
「ごめんな」
 つい、そんな言葉が口を衝いて出た。言った直後に後悔した。自分がしたことの大きさと、自分に言えることの短さに、目もくらむような隔たりを感じたからだ。何を言っても無力感を深めるだけだ。ティアラが微笑むので、尚更辛かった。
「仕方がなかったんです……それに、ウェルドさん、今はあなたのお力が必要なんです」
「俺の?」
「はい。まずはウェルドさんがどうしてお目覚めになったかという事からお話ししたいと思います」
 本題に入ると、ティアラの顔から微笑みが消えた。
「地下都市の下には『煉獄』と呼ばれる空間が広がっています。無数の穴とドームが縦横に組み合わさった灼熱の空間です。その所々に未知の材質で造られた不思議な柱があります」
 一度言葉を切り、唾をのんだ。
「私たちは聖書の言葉を引用し『シェオルの柱』と呼んでいるのですが、それらの柱の内光を発している物が、凶戦士化によって肉体から引き離された魂が封じ込められています」
「肉体から魂が? こないだまでの俺の状況って、そういう――」
「ええ」
「よく生きていられたな。どうしてそのまま肉体が保存されて、残ったんだ?」
「一定時間ごとに回復の術をかけたからです。騙し騙し持ちこたえさせることができました。ですが、残されたディアスさんの場合はあまり時間が残されていません。話を続けます。
 結論から言いますと、光っている柱を壊すとディアスさんの魂は肉体に戻ります。魔物の少ない所や厄介な仕掛けがない所、魔物の少ない所などを、ご協力いただける方に優先して探して頂きましたから、今残っているのは厄介な場所ばかりという事になります。その為最近は探索のペースが落ち、お怪我をされて探索に加われない方も増えて来ています」
「で、一人でもいいから人手が欲しいって事か」
「はい。協力者の方々には、煉獄の支道を一つずつ見て回って頂いています。そして顔を合わせ、互いに報告を……。根気との戦いになります。まずはどなたかと煉獄に入って頂きたいのですが……」
「わかった」
 ウェルドは頷いた。
 それができれば――ディアスを、誰かを助ける事ができれば――自信と自尊心を回復できるだろうと、それに賭けるしかなかった。

 宿舎に帰ると、エントランスをシャルンがうろついていた。彼女はウェルドを待ち構えていたらしく、顔を合わせると、掴みかからんばかりの勢いで迫ってきた。
「ウェルド、ノエルに会ってあげて!」
 その勢いにたじろぎ、思わず一歩身を引く。
「ど、どうしたんだよ」
「あの子、退院して以来自分の部屋にこもりっきりなの。誰が呼んでも出て来なくて、食事にだってこれなくって、毎日あたしやエレアノールがご飯を運んでるのよ。それすら殆ど口をつけなくって」
 その報告にウェルドは衝撃を受けて硬直した。
 シャルンが語るノエルの状況にではない。目覚めて以来、まるで自分の事しか考えていなかった自分に衝撃を受けたのだ。
「ノエル!」
 矢も楯も堪らず、シャルンと共に宿舎の階段を上がった。ノエルを慰められるのは、同じ立場のウェルドだけ、シャルンはそう言いたいに違いなかった。
「ノエル」
 彼女の姿はなく、ベッドの上の布団が人の形に盛り上がっている。
「おい――」
 一瞬最悪の事態を覚悟したが、枕もとに回りこんだら布団がビクッと震えたので生きているとわかった。
 ウェルドは長期戦を覚悟した。とりあえずベッドの脇に片膝をついて顔を覗きこむと、ノエルは怯えた顔で、真っ青になって目をそらした。
「悪ぃな、昨日すぐ来なくて」
 無言。
 視点が定まらず、しかし決してウェルドとシャルンがいる方は見ない。
「ウェルド、ウェルド、あたし――」
「わかってる。ショックだよな。当たり前だよ」
「違うの」
 蚊の鳴くような声で言った。
「違うの、あたし――」
 布団が盛り上がり、ノエルは肩に布団をすっぽり巻きつけた形でベッドの上に座りこんだ。そしてまた無言。涙すら出ない。
「どうしよう――」
「どうもこうもねぇだろ、もう取り返しつかねーし」
「ウェルド!」
 シャルンが怒る。
「ノエル、分かってるの。あなたのせいじゃないって。あたしがあなたの立場でもおかしくなかったって、あたし分かってる。あなたは何も悪くないわ」
 彼女なりに言葉を選びながら、ウェルドの後ろから、言った。
「それに、ウェルドの言い方は悪いけど、もう仕方がないよ……。ノエルがいつまでもそうしてたって、何にも変わらない。亡くなった人の魂だって浮かばれないわ」
「亡くなった人の魂……」
 ノエルは虚ろに繰り返す。
「そうね……そんなものまで、背負っていかなきゃいけないのね……」
 失敗だったと、シャルンは思い知らされた様子だった。
「……ごめん……」
 振り向くと、ひどく動揺し、打ちひしがれた顔でシャルンは立っていた。
「……ごめんね……そういうつもりで、言ったんじゃないの……」
 ふと泣きそうになる。彼女は何かを振り切るように、くるりと後ろを向いて部屋から出て行った。
 ノエルのこの落ち込みようはおかしい。ここ数か月一緒にいて繊細な子だという事はわかっていたつもりだが、それにしても変だ。落ち込んでいると言うより、酷く怯えているように見える。
 シャルンが出て行った後の部屋の戸を閉めてから、ノエルのベッドのマットレスに腰かけ、尋ねた。
「ノエル、お前、何か隠してるんじゃねえ?」
「なっ」
 反応は激烈だった。
「ない! 何にも隠してないっ! 変な事言わないでよ!」
 大きな目を吊り上げ、顔を真っ赤にする。明らかに図星を衝かれた反応だ。
 その大声を聞きつけて、誰かが戸を開けた。エレアノールだった。
 ウェルドは一旦、引く事にした。
「ノエル、どうしたのですか?」
「どうしよう、あたし、あたし……」
 隣のウェルドに辛うじて聞こえる声で囁く。
「あたし、もう生きていたくない――」
「寝ろ」
 ウェルドは立ち上がった。
「気分が変わるまでメシ食って寝ろ。明日も話しに来るからな。俺はぜってぇ明日も来るからな!」
 そのまま、エレアノールに目で合図して退室した。
 ノエルは一人、ベッドの上に取り残される。
「どうしよう……」
 彼女は元通りの姿勢で横たわった。
「あたしのせいだ――あたしが悪いんだ――」
 一方、廊下に出たウェルドはノエルの部屋から遠ざかり、階段前のホールでエレアノールと向かい合った。
「エレアノール、悪い! 頼みがあるんだ。面倒だけど」
「伺います」
「ノエルが早まった真似しねぇか、見ててくんないかな。やっぱあいつちょっとおかしいよ」
 エレアノールは沈鬱な表情で頷いた。
「出来る限りの事をさせていただきます。手が空いている際には、必ず」
「ありがと」
「ウェルド、あなたは?」
 階段を下りていこうとすると、エレアノールが呼んできた。
「煉獄に行かれるのですか? でしたらどなたかとご一緒に――」
「や、ちょっとクムラン先生んとこ行って来るわ。先生になら話せる事とかあるかも知れんしさ」
「そうですか……」
 ウェルドが階段を下りきってから、エレアノールは気付いて顔を上げる。
「待ってください、ウェルド! あの方は――」
 階下で、宿舎の戸が閉まる音が響いた。
 エレアノールに呼びかけられていた事に、ウェルドは気付いていなかったが、彼女が言おうとした内容には途中で気が付いた。
 クムランとバルデスは親友同士であったと聞く。
 いつも共に遺跡に潜っていたと。
 研究にいそしむクムランの傍に、いつでもバルデスがいて、護衛していたと。
 そのバルデスを死地に追いやったのは他ならぬ自分と、ノエルと、ディアスではないか。
 説得を頼むどころではない。
 バルデスに会わなくては。
 その思いにとらわれて、ウェルドは雪の中立ち尽くした。だが足は、そのままどの場所に向けても歩き出そうとしなかった。
 どんな顔をして会い、何を言えばいい? ごめんな、では決して済まされない。どうすれば許される?
 (あまつさ)え、自分がバルデスや他の冒険者たちに突きつけた死は、ただの死ではないのだ。
 生きながら腐り、痛み、悶え、苦しみ、のたうちまわり、刻々と迫り来る死がもたらす恐怖、理不尽、納得できない――生きる事にまつわる全ての苦痛と負の感情が約束された死なのだ。
 バルデスはどこだろう?
 先ほど姿は見えなかったが、教会にいただろうか?
 教会の冒険者たちの中に紛れていただろうか。生きる気力を失くして。
 そう。
 生きる気力など湧くものか、そんな死を前にして。
 湧くほうが残酷だ。
 バルデスに会いたくなかった。あの男の傷ついた姿など見たくなかったし、彼が置かれた状況を確かめたいとも思わなかった。
 どうにもならない状況下、露わになるのは、とことん、自分のエゴだけだった。
 ウェルドは行くかたなくうなだれて立ち続ける。
 その頭に、白く粉雪が降り積もっていく。


 
 

 
後書き
最近、いろいろ設定を間違って覚えていたことに気付きました。
「狂戦士」だと思っていたのが「凶戦士」だったり、なぜか「魔装具」だと思っていたのが「魔法具と魔法操具」だったり。
余裕がある時に順次直していきます。
今週は趣味の為の時間をあまり取れなかったのでキャラクター語りはお休みですm(_ _)m

■ベアルファレスの思い出 #2■
中学生の頃に母親の肩叩きをしてこのソフトを買ったと以前に書いたが、当時割と両親に対しビクビクする生活だったので、ゲームをする時は音量をうんと小さくするか、場合によっては消音にしてプレイしていた。親に「ゲームの音声が癇に障るから」と隠されたり処分されてはつまらぬ。
ある時一人で長時間留守番することになった私は、「今日ばかりは思う存分ゲームができる!」と喜び勇んで宿題を即終わらせてからこっそりPSを引っ張り出し(今思うと親に隠れてゲームをやる必要などどこにもなかったのだが……)、やってみたら(少なくとも私にとっては)キャラクターボイスがあってなさ過ぎて初めて衝撃を受けた。
特にディアスとオルフェウス(同じ人の声?)が衝撃的だった。
どれくらい衝撃的かというと、ものすごく控えめに表現すると百年の恋も冷めるほど衝撃的であった。
子供心に「あっ、低予算なんだな」と思うくらい衝撃的だった。
終盤のイベントで強制的に少し声が入るシーンでは、シリアスな場面の筈なのに声が変すぎて笑いが止まらず全く話が頭に入って来なかったくらい衝撃的だった。
そう、全然思いもよらぬ面で衝撃的なゲームだったのだ。

では、また来週末お会いしましょう(´∀`*) 
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