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あさきゆめみし―青の祓魔師―

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月が隠れている内に… その二 ……それでも、

『た…ただいま』


『おかえりなさいっ!』


 他愛のない日々…、教会の近くにある空き地は幼い三人にとって、格好の遊び場だった。


『きょうはなに?』


『きょうは…』


『ああ~っ!もう、つーまーんーねーえっ!!』


『っ!!』


 天気の良いある日、自宅から持参してきたレジャーシートを敷き、ままごとをしていた恵里(えり)の耳にそんな声が周囲に響いた。


『にいさんっ!!』


『だってよお。つまんねえんだから、しょうがねえだろ』


 なあ、それよりぼうけんごっこしようぜと、目を輝かせる少年にはまるで悪気がない。

 一方、幼い恵里(えり)にとってそれは面白くない。

 『ぼうけんごっこ』と表しても、近所をそれとなく歩くだけで、何ら危険なことはないのが、この眼鏡の少年と「ごっこ」でも夫婦でいられるままごとがとても好きだった。


『しょうがないな…いこ』


『…うんっ』


 おずおずと差し出された掌が少し汗を孕んでいたことを今でもよく覚えている。

 思えば、互いの手を握ったのはアレが最初で最後だった。






「すみませんっ。待たせてしまいましたか?」


 八月中旬の夜は昼ほどではないが、野宿でも充分睡眠が取れてしまうのではと思うほど蒸し暑い。

 正十字学園からさほど離れていない神社の至る所から美味しそうな匂いが漂い、店主達の呼び込みと共に五感が刺激される。


「いっ、いえ……で、でも、本当に私がご一緒して良かったんですか?」


 「大人になる」と言うのは実に不思議なもので、顔見知りであっても何故か敬語を使ってしまう。

 それが、好きな相手なら尚更なのかもしれないが…。


「いえっ、こちらこそ無理を言ってしまって……申し訳ありません」


 いえ、そんな…と、繰り返しそうになってようやく自分たちを取り巻く視線の生温かさに気がついた。


「ねえ、この人って先生の恋人?」


「んなわけないじゃん」


「ってことは……愛人っ?」


「はあ……。君達、いい加減なことを言っていると 減点しますよっ」


 キャーと黄色い声が遠ざかっても尚、何が起きたのか解らず、やれやれと頭を左右に振る男性の後ろ姿を見ていた。

 十年ぶりに会った奥村(おくむら)雪男(ゆきお)は、相変わらず正十字学園の塾講師を続けていたようだ。

 教室の扉越しで思わぬ再会をしてしまった二人は、多感な年齢である青少年たちの格好な餌食になったようで、数分も経たない内に雑音でその場は満たされた。

 この時、もしも、彼らと同い年であったのなら、あまりのことに赤面して目も当てられないほどの醜態を晒してしまったことだろう。

 だが、卒業してから約十年、それなりに経験を積んできたと言うわけではないが、明らかに他人事のように構えている。

 季節は八月中旬、悲しいことにもう雪男(ゆきお)にも彼女にも関係なくなってしまったが、現役高校生である彼らにとっては貴重な夏休み、それも後半だ。

 祓魔師(エクソシスト)の卵にはそんなことは関係ないと厳しく切り捨てられれば良いのだが、そうは出来ない人物が隣にいる。


「ご紹介します。彼女は漆谷(うるしだに)恵里(えり)さん。この後の夏祭りにも同行していただきますので、手騎士(テイマー)を目指す人も他の称号(マスター)を目指す人も質問がありましたら、この機を逃さないように」


 それでは本日の授業はここまでと、号令を済ませて何事もなかったように靴音を廊下に響かせて歩く後ろ姿に数秒経ってから小走りで付いて行った。


「ちょっ…おっ、奥村(おくむら)君っ!」


 彼には今さっき十年ぶりに再会した。

 ………………結婚したことも知らなかった、知らせなかった仲の自分たちが『夏祭りに同行する』と何時打ち合わせをしたと言うのだろう。

 しかし、彼は腰から一杯に提げた試験管を軽快に薄暗い廊下に轟かすだけでこちらを振り返らない。


「……ねえっ」


「っ!?」


 ようやくその背に追いついたのは階段の踊り場だった。


「夏祭りって何?私、今日、聞いたばかり」


 何とか追いつこうとした為か、教室からずっと胸の内で考え続けていた為か、息が乱れて変な日本語が口を吐いて出た。

 こちらを数十分ぶりに振り返った雪男(ゆきお)は、少し意外そうな表情を浮かべている。


「あっ……その……すみません。あの場ではああ言った方が生徒たちに変に詮索されないと思いまして…」


 すみませんでしたと、実に申し訳なさそうに頭を垂れる姿をされると怒るに怒れない。

 そもそもそんな気など毛頭ないのだが…。

 彼が言うには夏休みも関係なく塾に参加せざるを得ない青少年たちが気の毒で、授業の一環も兼ねて正十字学園の近くである神社の夏祭りに行くことにしたそうだ。
それに何故自分がと思ったが、確かにあの場ではああ言った方が幾分かは怪しまれないだろう。

 ……恋にも、性にも敏感になる年頃、何を考えるか解ったものではない。


「か、顔を上げてくださいっ。べっ…別に怒っているわけではないのでっ」


「ですが…」


「そっ、それよりっ、お祭って何時集合ですかっ?」


 ……我ながら、馬鹿だと思う。

 もう誰かの隣で笑っているであろう目の前にいる人物は、恵里が恋焦がれた奥村雪男ではないというのに…。

 結局、時間を確認し、宿泊先のホテルでレンタルの浴衣に袖を通して集合場所に三十分前から立っていた。

 通り過ぎてゆく家族連れや友人同士や……恋人たちの幸せそうな笑顔の中、自分はどんな風に映っているのだろうと考えていた。

 待ち合わせをしていると見えるか…それとも……。 
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