あさきゆめみし―青の祓魔師―
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紅の雨 その一 それは二度目だった
前書き
杜山しえみ 夢
「あっ!焼けた、焼けたっ」
何年も使い込んだオーブンの甲高い音が、この家の少女の胸も同時に高鳴らせる。
慎重な手つきでそれのドアを開ければ一気に、甘い香りが鼻を満たす。
今日の出来栄えはまあまあ良く出来た方だろう。
「ふふっ。塾の皆、喜んでくれるかな?」
頭の中で和気藹々とした仲間たちを思い浮かべると、その中で一人だけ教師の制服を着た青年と目が合い、一瞬ドキリとしてしまう。
(雪ちゃんは誰にでも優しいから…)
赤面症の頬を膨らませ、荒熱が充分取れたであろうそれを一つ口に含む。
ハーブの匂いと一緒にバターや砂糖などのほんのりとした甘みが口の中に広がった。
小さかった頃はベタベタに甘いものが好きだったが、今ではそうでもなくなってしまった。
これも年齢を重ねるということなのかと思うと嬉しくもあり、何故だか解らないが悲しくもある。
家中には雨の音だけが静かに響いている。
今年は例年よりかなり遅く開花した桜もこの雨が降る前には既に、八割以上散っていた。
きっと、止む頃にはその影さえも見出せないほど新緑が眩しい姿に変わっていることだろう。
「明日には止むかな?」
とりあえず人数分を袋にまとめ、予め作っておいた照る照る坊主を軒下に吊るしたその直後であった。
「えっ!?」
赤い花びらが二、三枚風に舞った気がして思わず目を見開く。
それは確かに過ぎったのだ………………しえみの心の中に…。
「桜?……でも、あんな色って……ない……よね?」
彼女が疑問に思うのは全くの道理で、それはまるで椿の如く艶やかな紅だったのだ。
ならば、その種ではないかと言われてもそれを見たしえみ自身は納得しないだろう。
アレは確かに見事な真紅の桜の花びらだったのだ。
椿のそれとはまさに大人と子供の差ほどあったのだから。
腑におちない少女はまだ降り止まぬ外に、傘を差さずに飛び出す。
湿った土の匂いがするからだろうか、毎日欠かすことなく世話をしているからだろうか、雨の降る庭もまた美しく思えた。
「だ、大丈夫ですか!?」
それは魔除けの術が掛けられてある門の傍を通った時だった。
艶やかな真紅の振袖を気にもせず、地面の上にうつ伏せに倒れている人がいたのだ。
「……っ………………」
返事はないが、意識はあるようで顔を苦しげに歪め、呻き声が聞こえた。
「どっ、どうしよう………………とっともかく、私の部屋に運ばなくちゃ!」
お母さんっ!と言い、祓魔用品店フツマヤの方に走っていったしえみはこの時気づいていなかった。
いつかのように魔除けの門が地面に平伏していることに…。
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