子供嫌いの俺が子育てをする件について
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祐一の決断
この一週間のことはあまり覚えていない。その日に食べたご飯やいつ寝たかなどは覚えていたが何をしたかは定かではなかった。
さらにこの一週間、俺は全く字を書いていない。いや、一回だけ書きはしたがその出来はひどいものだった。
正直スランプといっても過言ではないだろう。澤田も何かと心配してくれてはいる。
一週間もたたないうちにアフリカの方で飛行機の残骸が見つかり政府の見解で乗員乗客全員の死亡が発表された。
朝から続いていたドタバタが一段落し、俺と祐太はソファに腰かけていた。葬儀は実にあっさりと終了した。遺体のない葬儀なんてまあそんなもんだろう。
俺も祐太も葬儀では全く泣かなかった。まだ納得できていないのだ。あなたの妹が乗っていた飛行機が墜落して飛行機は跡形もないくらいに派手に壊れておそらくあなたの妹は亡くなりましたなどと言われて納得できるわけもなかった。
「祐太さんに祐一さん」
「叔母さん」
「どうも」
声をかけてきたのは恰幅のいいおばさん。死んだ父さんの姉で俺と祐太の唯一の親戚だ。
俺はこの叔母さんが苦手だ。昔から何かと厳しかったからだ。恐らく祐太も同じ気持ちだろう。だがこういう時に昔から知ってる人に会えると少し落ち着くものだ。
「私はもう帰りますがあなたたちはどうしますか?」
「俺ももうちょっとしたら帰りますよ」
「俺も祐太に合わせるよ」
俺たちが残っていても向こうの親戚連中も気を使うだけだろう。そう思い立ち上がると一つの言葉が届いてきた。
「空ちゃんは誰と暮らすのがいいかな」
その言葉に俺と祐太は足を止めて振り返る。
優しげでありながらも困ったような声、その声はなにか引っ掛かりを覚える。
「うちは年頃の息子が居るし難しいわ…ひなちゃんひとりなら、まあ、ひきとれなくはないけど」
「空ちゃんは全寮制の中学に転校するのがいいかな…」
「高知の広義叔父も一人なら引き取れるって言ってたし」
空たちの引き取り先を話し合っているようだが恐らくはこのままだとばらばらに引き取られるのだろう。
まあ、無理もないと思う。子供一人を大学まで通わせるとおよそ一千万かかると言われている。それが三人だと単純計算で三千万だ。その上教科書代や服などのお金も考えるともっとかかる。
分かっていてもそれは無性に腹の立つことだった。
「あ、あの」
空の気丈な声が聞こえた。
「私たち…三人で一緒に居たいんです」
「そうでしょうね…でも、普通の家庭でも子供三人を育てるのは簡単じゃないのまとめて引き取れるところなんて…かわいそうだけど」
「いうことも聞きます!いい子にしてますから…」
「あまりわがままを言わないでくれ、私たちも小鳥遊家の人間を養護施設に入れるようなまねはしやくないんだ」
ふざけてる。俺が第一に感じた感想だ。一見すれば聞こえはいいかもしれないがそれは逆に言うことを聞かなければ養護施設に入れるということだろう。
「兄さん…」
「お前には無理だよ」
祐太の言いたいことも分からないでもないが一大学生の祐太が三人の子育ては厳しいものがある。
「祐理でさえお前一人の面倒で手いっぱいだったんだぞ」
「……」
「なら兄さんなら!」
「祐太さん!」
祐太の言葉を叔母さんが遮る。俺なら…
確かに俺ならちょっと頑張れば出来るかもしれない。だが、それは子供が嫌いでなければの話だ。
「……」
空たちの方を見ると三人で身を寄せ合って固まっている。その姿は俺たちの両親が死んだときの俺たちを思い出させる。
「嫌なもん思い出しちまった」
俺は二人には聞こえないように呟き空たちの元へ向かう。こうなったらもう決まったようなもんだ。その際叔母さんの「祐一さん!」という言葉が聞こえたが無視した。
小鳥遊の親戚連中の間に入り空たちの前に立つ。周りの小鳥遊の親戚連中の視線が集まるがそんなもん気にしてられない。
「家に来るか?」
「「え?」」
周りの大人たちは驚いているだろうが構わず続ける。
「家は狭えし、俺はあんま愛想よく出来ねえかもしれねえが三人一緒で良いぜ」
「…っ!叔父さぁあん!」
泣き出した姉と腕の中の妹を引っ張るように美羽がリビングを横断し腕の中に飛び込んでくる。
「君は…誰かね?」
小役人のような人が血管をひくひくさせながら聞いてくる。
「祐理の兄ですよ」
「君は自分の言ってることが分かっているのか?それに君は「確かに!」…」
相手の言いたいことは分からんでもない。
「確かに俺は空や美羽とは血はつながっちゃいねえし俺自身子供も嫌いだよ」
空と美羽は「え?」と驚いてるようだが今は気にしない。
「だけどさ…こんな子供のただ家族と一緒に居たいっていうささやかな願いも叶えてやれねえような、そんな大人にはなりたくねえんだよ」
「……」
「血がつながってない?だからなんだよ…血のつながりだけが家族じゃねえだろ」
周りの親戚連中は黙って俺の話を聞いている。
「祐理は空も美羽も本当の娘のように扱ってたじゃねえか。あんたたちが引き取れねえってならそれでいいよ。こいつらは俺が引き取る」
☆★☆★
あの後、一晩話し合い結果的には俺が三人を引き取ることを認めてもらえた。いくつか条件が付いたが。
「あの、叔父さん…」
「ん?」
空が声をかけてくる。
「昨日言ってたこと本当なんですか?」
「昨日言ってたこと?」
「その、子供が嫌いだって…」
「ああ、そのことね」
美羽も心なしか不安そうに聞いている。
「確かに本当だけど…」
「だけど?」
「どちらかといえば苦手なだけだ」
「そうなんですか?」
「ああ、面倒というかなんというか…それでムカつくってわけじゃねえしな」
「後悔、してないですか?」
「してねえよ」
そう、不思議と後悔は全くない。それに俺がしなかったら祐太が俺の反対を押し切ってでもこいつらを引き取るっていうだろうしな…
なんだかんだで俺も祐太も祐理の兄弟なんだと実感させられる。
中央線に乗りたどり着いたのは立川市、ここに俺の家がある。
「へえ、意外に都会なんですね」
「お前喧嘩売ってんのか?まあいい、とりあえず飯だな」
家に着く前にどこかで昼食を食べないといけない。今家には食材がないのだ。
立ち寄ったのは人が少なかったレストランだ。値段は高めだがまあ、貯蓄が無いわけではないので問題はない。空は値段を気にしていたが…
「狭いって言ってた割には広いですね」
「そうか?」
俺の住んでるのはちょっと高めの賃貸マンションだ。一人で住むには広いかもしれないが四人で住むとなると狭くなるだろう。
「悪いが、お前ら三人で一部屋でいいか?」
「え?それはぜんぜんいいですけど…」
「ならちょっと待ってろ」
俺はある部屋に手をかけて開ける。
「「うわぁ…」」
ここにある字を片付ければ部屋を一つ開けられる。
「これ、叔父さんが書いた字ですか?」
「ああ」
「ちょっと怖いかも…」
まあ確かに部屋一面に習字の字が貼ってあったらちょっとしたホラーかもな。ひなはかなりはしゃいでいるが。
「おいたんこれすごーい!」
「て、ひな!ダメよ!」
「別にいいよ、練習用に書いたもんだし」
ひなが部屋に入り字をいくつか踏んでいたがまあ、練習で書いたやつなのでいいとしておこう…ちょっとムカつかなくもないけど。
「叔父さんの名前って祐一ですよね?」
「そうだけど?」
「じゃあこの秀翠ってなんですか?」
美羽が一枚の字を手に取り『秀翠』と書かれている部分を指さしながら聞いてくる。
「ああ、それね。雅号だよ、俺の」
「雅号?」
「あ~、なんつったらいいのかな…あ!あれだ、ペンネームみたいなもんだと思えばいい」
「書道にもそういうのがあるんですか?」
「ああ、まあな」
などというちょっとした質問があったが何とか部屋を片付けた。結局空たちには手伝ってもらったが…
「しまった…部屋を片付けたのはいいが布団とか机とかなんもねえな」
「考えてなかったんですか?」
「ああ、忘れてた」
「どうするんですか?」
「とりあえずこれに必要な物書け」
空たちに紙と鉛筆を手渡し必要な物をリストアップしてもらう。女子に必要な物は俺には分からんからな。
十分もしないうちに空から紙が手渡される。
「とりあえず、今はこれくらい、かな?」
手渡された紙を見ると思いのほか少なかった。こんなもんなのか?
「こんな少なくていいのか?」
「はい、あまり物を置くと狭くなっちゃいますし」
「それもそうか」
とりあえず、澤田に買ってきてもらうために電話をかける。
「…ああ、澤田か?」
「瀬川!法事はもう済んだのか?」
「ああ、金は後で払うから今から言うものを買ってきてくれ」
「習字道具か?」
「違う。生活用具だ」
「は?生活用具?」
紙にリストアップしてあるものを読み上げていく。
「なんでそんなに、てか布団三つもそろえてどうするんだよ?」
「いろいろあってな。子供を三人引き取ることになった」
「はあ!?子供!?お前子供嫌いだろ!?」
「だからいろいろ事情があったんだよ…」
ていうか声が大きいんだよお前は、と付け加えるのも忘れない。
澤田が家にやってきたのはそれから二時間後のことだった。
「来たぞ瀬川」
「荷物は?」
「車に積んである。運ぶの手伝え」
「はいはい」
澤田が家にやってきて空たちに軽く紹介した後、荷物の場所を聞く。まあ、手伝うことになるだろうとは思っていた。澤田は顔がちょっと怖く見えるので最初は空が距離を置いていた。
「あの、それなら私たちも手伝いますよ?」
「ああ、大丈夫大丈夫!俺と瀬川の二人で十分だよ」
と瀬川がおれをとっとと連れ出して行く。
「それよりお前、どうするんだ?」
「……」
間違いなく澤田が問いたいのは字のことだろう。
「なんとかする」
「なんとかするじゃないだろ…まあ、今までので貯金もあるだろうししばらくは大丈夫かもしれんが」
「……」
結局その後は会話が続かなかった。
☆★☆★
「よし」
その日の夜、空たちが寝た後で字を書いてみることにした。
「…ダメだな」
書いた字は適当に浮かんだ『極』だ。まあ、いくらかはよくなってきてるのが唯一の救いだと思おう。そう思い、その日はいくつか字を書いて就寝した。
翌朝…
「叔父さん!起きてください叔父さん!」
時刻は朝八時、俺は空に起こされた。
「なんだよ、まだ八時じゃねえか…」
そう言って寝ようとするがさらに空が声をかけてくる。
「私たち、ご飯どうすればいいですか?」
「…ああ、そうか」
昨日までとは違い、うちには空、美羽、ひなという三人の姉妹が住んでいるんだった。
「お前ら、いつも朝飯食ってんの?」
「叔父さんは食べてないんですか?」
その反応を見るに朝飯は食べているのだろう。一度面倒を見ると言った以上、そう言ったことはきっちりとしなければならない。
「とりあえず今日はコンビニ行くか」
その後、起き上がり空たちに朝飯の希望を聞いた後コンビニへと出向いた。
「もしかして、俺は明日から毎日この時間に起きなきゃいけないのか?」
書道家になってからは昼ごろまで寝るのは普通になっていた分この時間に起きるのはしんどいものがある。
あいつらがこの時間に起きる以上、俺も起きなければいけないというのは自明の理で、俺はため息をつかずにはいられなかった。
後書き
今回の話どうだったでしょうか?
感想等いただけると幸いです。
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