覇王と修羅王
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合宿編
十四話
「ん……」
「ほら、逃げないの」
無意識に身体を丸めようとしたアインハルトに、静止の声が掛かる。
ティアナに髪を洗ってもらっているだけだが、丁重な手つきにが気持ち良くもこそばゆい。
ただ、幼子の扱いを受けているようで、何かと気恥ずかしかった。
「アインハルト、今日はどうだった? ヴィヴィオと夕暮れまで練習してたみたいだけど、楽しかった?」
「え、その……とても有意義な時間でした」
ティアナの質問に、アインハルトは少し言い難そうにして答えた。
軽くという事で始めたが、バリア打ちが初めてだった事もあり、気が付けば長時間続けていた。それが楽しかったかどうかは判らない範疇であるが、一人で坦々と練習より熱が入り、良い練習が出来たと思う。
「これからも仲良くやっていけそう?」
「それは……」
どうだろうか。アインハルトは口数が多い方では無く、自身でも口下手な事は理解しているので、仲良くと言われても簡単に頷けない。格闘技関係なら話せる事もあるが、楽しませ喜ばせるような事は出来そうにない。
だが、悩むという事はその気があるということ。大分進歩したな、とティアナは内心で呟いた。
「少しは自信を持ったら? アレクともうまくやってるんでしょ?」
「……アレクさんとは……」
利害一致や食事に勉強等でアレクの部屋に入り浸っているが、うまくやれているかは判らない。練習もアレクが使っている場所を貸りてほぼ同じ時間に行っているが、各々にやっているので一緒に練習しているとは言い難い。ただ、偶にうたた寝をしてしまうくらいに、気を許している事は確かだろうけど。
「まあ、今すぐとは言わないわ。ゆっくりで良いわよ。流すから目を瞑って」
「……はい」
目を瞑ると、頭から掛かる湯が通り過ぎるが、まだ緩く髪を引かれる感触があった。
なんだろうか、と思っている中に作業は終わったようで、ティアナの手が離れていった。後頭部を触ってみると、髪を一括りにされていた。湯に浸からないようにとの処置だろう。
「はい、これでよし」
「……はい、ありがとうございます」
ポン、とティアナはアインハルトの頭に手を置き、ヴィヴィオ達の所へ促した時だった――――地響きのような咆哮が聞こえたのは。
「シィィィィイイイイネエェェェェェェエエエエエエエエッ!!」
音元は男湯。声質は低く、アレクが成長した時のもの。
ティアナとアインハルトのみならず、女湯に居た者は皆何事かと目をやると、立ち昇って行く蒼白い炎と、撃ち飛ばされる人影らしき姿が見えた。
その人影は、湯船に落下し盛大な飛沫を上げた。
「修羅っ子めぇ~……」
「……セイン?」
水死体のように浮いてくる水色髪は、見知った顔だった。ティアナはタオルで身体を包み、近寄って確認するが、間違いなかった。
だが、女であるセインが男湯から飛んでくるのはどういう訳か。同じく近寄ってきた面々を見渡しても知ってそうな者はいない。因って、ルーテシアの悪巧みでもないので、セインが何か仕出かした、という可能性が絶大である。訊いたら頭痛を引き起こしそうなきもするが、訊かない訳にはいかないだろう。
気が進まない、とルーテシア共々思いつつも何を仕出かしたか訊こうとしたが、通信が届いた。
『ルー! セインがそっちに飛んで行かなかった!?』
「来たけど……何があったの?」
『それは――――ってアレク待って! ストップ、ストーップ!!』
『離せエリオ! 痴女は滅ぼす!!』
発信者はエリオ。サウンドオンリーで声だけしか聞こえないが、なんとなくエリオがアレクを押さえている姿が浮かぶ。
本当にセインは何をしたのだろうか。アレクが怒り狂って先に手を出す事は、有りそうだが意外と無い。
「セイン、貴女なにしたの?」
「いやぁ、ちょっとしたサプライズの積もりであたしが差し入れに行っただけなんだけど……」
『ああ゛ン?』
「アレク、ちょっと黙ってなさい」
『ヘェェェェェエエイ』
ティアナは狂犬のように噛み付こうとするアレクを一時黙らせ、セインに向き直る。
差し入れとは、立ち尽くしているガリューが持っている飲み物の事だろうが、男湯に突貫するのは考えものだ。ティアナやスバルから見ても、アレクやエリオでさえもまだ子供という印象が強いが、セインの行いはやり過ぎだろう。
ティアナは妥協してもらうとするがアレクに遮られる。
「とりあえず、セインはアレクに謝って……」
『謝っただけで許すもんですかい。そのチッパイは爆散しせみせる!』
「ち、ちっぱ……」
凶器の弾丸がセインを貫き、よろよろ後退させる。そして弾丸はセインだけに留まらず、アインハルトにも跳弾し、果てはキャロまで射抜いた。
だが、視界の端でリオが同様に崩れ落ちているのは何故だろうか。まだ気にするような年では無い筈だが。
「アレク、もうセインどころか他の人の心も爆散しそうなんだけど……これで手打ちって訳にはいかないですかな?」
『許さぬ』
見兼ねたルーテシアが妥協案を出すが、アレクは耳を貸さない。いったいセインはどんな逆鱗に触れたのだろうか。
「……なんだよー! ちょっと驚かせただけじゃんかよー! それに女をはべらせるんは男の夢じゃないのかよー!?」
『んな事は姐さん達くらいに成ってから言いやがれ! フルパワーも出来んで言うことか!!』
「ふ、フルパワー……!?」
開き直ったセインが声を荒げるが、忽ち放たれた言霊に一刀両断され、ティアナの胸に目が行ってしまう。戦闘力の差は歴然なのに、まだ跳ね上がるというのか。それにティアナだけではなく、スバルやノーヴェまで……!
セインは恐怖に震え、アインハルトは戦慄し、キャロは魂が抜けかけており、リオは目尻に涙を溜めている。
『ちょ、ちょっとアレクッ!』
『んあ゛?』
『いーからこっち来て! ティアさん、アレクは僕の方でなんとかするので、其方はよろしくお願いします! あ……あと大きくしたいなら牛乳をたくさん飲むのが良いと思います!』
「あ、ちょっと!」
エリオはそう言い残し、投げっぱなしで通信を切ってしまった。
この惨劇をどう収拾すればいいのだろうか。チラリとセイン達の方を見る。
「牛乳、か……」
一条の光を得たように呟き瞳は酷く淀んでいるが、どうにか立ち直りそうではあるので、収拾はつきそうではある。
ただ、牛乳をたくさん飲んだ効果は、成長過程のアインハルトやキャロ、リオは恩義に与れそうだが、セインは如何程のものか。効果が無かったらもぎ取られそうな気もして、ティアナ達は胸を隠す仕草をする。
他には、揉まれたら大きく成るという話もある。喜んでやってくれそうな乳揉み魔な上司に話を通しておいた方が良いのかもしれない、とティアナは少し思ったりもした。お礼の一揉みを要求されるかもしれないが、その程度で回避できるなら安いものだろう。
「……ねえティア、八神司令にメールしとく?」
「……そうね、そうしましょう」
同じことを考えていたらしいスバルに頷き同意したが、続く問いには頷けなかった。
「ところでティア、フルパワーって……何?」
「……あたしが訊きたいわよ」
アレクが言った出任せと思いたいが、セイン達の反応が中々大きかった。
だが、少なくともティアナの胸は変形も戦闘力も無い、あるとすれば……戦闘機人たるスバルの方だ。ISの超振動を胸から発動させれば戦闘力を得られる上に、色々な意味で凶悪な魔乳と化すだろう。
と、ティアナはそんな事を真面目に考えたが、凄まじく馬鹿馬鹿しい事だと気付き、頭痛を抑えるように頭を抱えた。
「まったく、アレクはどーしてこう後に響きそうな問題を起こすのかしら……」
「あははは、……明日に響かないといいね」
◆ ◇ ◆
「それが明日の組み合わせ?」
「うん、ノーヴェが作ってくれたの。様子見と慣らしも兼ねて、って事らしいけどね」
「……あ、私の方が一人少ないんだ」
なのはが映し出したチーム表をフェイトも隣で眺める。
青組はなのは、エリオ、スバル、ルーテシア、ヴィヴィオ、リオ、コロナの七人。
赤組はティアナ、フェイト、ノーヴェ、キャロ、アインハルト、アレクの六人で一人少ない。
だが、この構成で決まったという事は、戦力比は無いと見て良い。大人組は同ポジションでバランスがとれているので、初等科三人組と中等科二人組で拮抗するのだろう。
「アインハルトがFAでアレクはGWなんだ」
「同じく初参加のリオちゃんもGWだよ」
初参加の三人はどんな戦い方をするのだろうか。リオは遊びに来た事もあるのでそれとなく人柄ともに知っている事もあるが、中等科の二人はヴィヴィオ越しにしか聞いてないので、いざ見れると成ると中々に楽しみである。
それに、色々と話もしてみたい。単に二人の事だけではなく、二人から見たヴィヴィオの事等も。
「アインハルトちゃんは物静かな感じだよね」
「うん。でも格闘技には凄く熱心だってヴィヴィオが言ってたから、凄く真面目な子なんだと思う」
「それにアレクちゃ――――くんも凄いって言ってたから、きっと強いよ」
「そうだね。けどアレクは男の子だから、ちゃん付けで呼ぶのは直した方がいいよ」
「あははは。勝手にイメージ付してたから、中々抜けなくって……」
「もうっ、だからアレクがあまり近寄りたがらないんだよ」
なのはを叱るように言うフェイトだが、アレクが男と知りつつ女部屋に入れる事を許容していたので、実はフェイトの方が危険視されていたりする。アレクには、執務官は皆危険、という認識が出来つつあるのだが、フェイトは知る由も無い。
だが、なのはには呼び方以上に気になる事があった。
「でも、フェイトちゃんはヴィヴィオが男の子に興味深々なこと、意外じゃなかった?」
「ヴィヴィオもそろそろお年頃なんじゃないかな? エリオもこの位の時には意識しだしてたみたいだし」
格闘技にのめり込んでいるヴィヴィオが男の子に興味を持ちだしたことは、母親にとってビックニュースである。訓練の合間にティアナとスバルからアレクが王の末裔であることは聞いており、何かしら抱えているからと知ってはいるが、異性であるので其れだけなのかと疑いたくなってしまう。この所頻繁に通信しているので尚更に。
「ちょっと変わった子だけど、エリオともすぐ仲良くなったし根は悪い子じゃないと思うよ。なのははどう思った?」
「ティアナは問題児って言ってたけど、変なのは言葉使いだけで言うほどじゃない、かな」
ロッジ前でエリオと狂喜の舞をしたが、部屋割りの件は自分達に非があるので除外するが目の付くような行動はしていない。カルナージに着くまでの間も、時折変な挙動もあったが基本的にティアナの言う事を敬礼付きで守り、その背伸びした様な態度が微笑ましかったくらいだ。
水辺での大惨事や露天風呂の現状を知れば意見も変わるだろうが、ティアナの功績で今の所はちょっと変わった子くらいの認識である。
「……ヴィヴィオもお年頃かぁ」
少し前、アレクの力に成りたいとヴィヴィオは悩んでいた。今の所はその一心だろうが、何時心変わりするかは分からない。
それにアインハルトの存在も気になる。彼女という感じでは無いが、アレクと距離感が近い気もする。アインハルトとも仲良くしたいと言っていたので、この先拗れて泣くような事に成らなければいいが。
単になのはが先走っているだけだが、ちょっとだけ心配だった。
「なのははヴィヴィオのお付き合いに反対?」
「そうじゃないけど……」
先走り過ぎているフェイトの言葉に、なのははやんわりと否定する。今の所はヴィヴィオが誰を好きに成ろうと、苦言する気は無い。
それに、ヴィヴィオは自分のやりたい事を模索中でもあるので、下手な介入は成長の妨げに成ると思っているので、今は見守る事を第一としている。尤も、あまり問題があるようならその限りでは無いが。
だが、ヴィヴィオと付き合うにあたって条件が何も無い訳でもない。
「でも、ヴィヴィオを守れるくらいは強くないと認められない……かも」
「じゃあ、明日は楽しみだ」
「ふふ、そうだね」
ゴシップネタで盛り上がる主婦のようだが、そのうち射撃、所により雷のち砲撃が降るかもしれない内容である。今の所はかなり低確率なので、十分に回避できるだろう。見方を変えれば、オーバーSランク魔導師が納得できる程度(?)なので、いけるかもしれないが。
なんにせよ、それ程に一人娘が可愛いのだろう。
ちなみに、お前等の相手は? という質問をする者はこの場どころか仲間内にも居ないので、自分達に目が行く事は全く無い上に、この先も無い……だろう。
後書き
ド乳姫「牛乳をたくさん飲むと良いですよ」
まな板魔女っ子(牛乳か……)
絶壁プリンセス(牛乳か……)
微乳駄フォックス(牛乳か……)
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