ストライク・ザ・ブラッド~魔界城の主~
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第Ⅰ章:天使炎上編
02:《焔光の夜伯》、島外へ
『も、もしもし?暁古城っ!?私だけど!』
夜の一時を過ぎたころ、暁古城は携帯電話のコール音にたたき起こされた。つないでみると、聞こえてきた声は上ずってはいたが、ここ数日ですっかり聞きなれてしまった声であった。というか前回も同じ時間に電話してこなかったかこいつ。
「……煌坂か。悪いけど今日はお前と話してる場合じゃないんだ」
古城はマキシマム面倒そうな口調で電話に出ると、前回とほとんど同じセリフを言う。
電話の相手は、煌坂紗矢華。”蛇遣い”ディミトリエ・ヴァトラーが絃神島に来島した際に世話になった、雪菜の元ルームメイトで姉的存在だ。ちょっと雪菜に対して過保護なところはあるが、呪詛と暗殺のスペシャリスト、獅子王機関の《舞威姫》である彼女の実力は折り紙つきだ。古城も対ナラクヴェーラ戦では彼女に何度も危機を救われた。
ここ最近、紗矢華は頻繁に古城に電話をかけてくる。幼いころに父親から虐待を受けていた紗矢華は男性恐怖症で、雪菜によると耳元で男の声がするのも苦手なので、電話も本来ならばキライらしい。
それでもなお古城に電話をかけてくるとは。よっぽど姫柊のことが心配なんだな、と古城は勝手に思う。
『な、なによ。こないだあなたが妹さんのこと心配してたから、相談に乗ってあげようと思ったのに……』
「お、おう。そうだったのか……いや、すまん。凪沙のことは俺の勘違いだったらしい」
『そ、そうなの?』
「ああ。……なんか煌坂にも心配かけてたらしいな。すまん」
『べ、別にあなたの為じゃないんだからね!?』
古城の妹・暁凪沙は、兄である古城から見ても非常に良くできた妹だ。喋りすぎる癖があることと小柄な体格を除けば、女子に必要な物は大体揃っている。その凪沙が、数日前クラスの男子に告白っぽいことをされていたのだ。具体的には手紙を渡されていた。
結局、その高清水という少年は、凪沙に依頼されていた運動部の住所録をもってきただけらしく、古城の完璧な勘違いで、二人+ついてきた雪菜には迷惑をかけてしまった。だが、このことで良い出会いもあった。
高清水少年と凪沙は、同じ中等部のクラスメイトで、高等部の連中からは『聖女』とよばれる少女、叶瀬夏音に、引き取り手がいなくて困っていた猫を預かってもらえる人物を探していた。古城たちが加わったことで、高等部にも貰い手を探す伝手ができ、結果、猫は全て引き取り手が見つかったのだ。
だが、翌日の夜、驚愕すべき出来事が起こる。すでに日付をまたいでいるので『昨夜』のこととなるのだが、古城と雪菜は、国家攻魔官の資格を持つ担任教師、南宮那月の手伝いで、最近絃神島で暴れているという謎の魔族、《仮面憑き》捕縛に臨んだ。その際に、二体いた《仮面憑き》の片方の《仮面》がはずれ、その素顔がさらけ出されたのだ。
その《仮面憑き》は、知り合ったばかりの叶瀬夏音だった。
そこまでを、古城は電話越しに紗矢華に伝えた。
『《仮面憑き》、ねぇ……聞いたことない名前の魔族ね』
「ああ。那月ちゃんも訝しがってた。それに、見た感じと戦った感じ、《魔族》というよりは《天使》とか、なんかそんな感じの方向だった気がする。眷獣が効かねぇんだ」
『嘘っ?第四真祖の眷獣が効かないの?ますます奇怪だわ……』
《仮面憑き》は、災厄にも等しい第四真祖の眷獣の攻撃を、いともたやすく防ぎ、弾き返した。あれは並みの存在には不可能なことである。さらには、あらゆる魔力を無効化する、雪菜の”七式突撃攻魔機槍”すらもはじいたのだ。もはやただの魔族になしえる技ではない。あの武器は、場合によっては吸血鬼の真祖でも殺せる武器なのだ。
そこで古城は、もう一つ紗矢華に伝えなくてはいけないことがあったことに気付く。
「そうだ煌坂。この前の絃神島に行くから会えないかって話なんだけどさ」
『ふぇ!?あ、う、うん』
「すまん。煌坂が時間取れても、多分無理だ」
『ど、どうしてよ』
「詳細は省くが――――魔城兄が、五日前から行方不明だ」
『暁魔城って、あなたのお兄さんだっけ?その人も吸血鬼なんでしょ?アルディギアにいたんだっけ』
「ああ。普段の魔城兄なら、なんの連絡も残さないで消えるなんてありえないんだけど……」
そう。古城の兄である吸血鬼、暁魔城は、五日前の夜から行方不明だ。もともと放浪癖のある吸血鬼だが、必ず何らかの連絡を残してから行方不明になる律儀な習性を持つ彼が、何のメッセージも無く姿を消してしまうのは不自然だった。
一応紗矢華にも紹介はしてあるが、直接の面識はまだないはずだった。ただ、雪菜経由で大分情報を聞いているらしく、魔城についての紗矢華の知識は意外と多かったらしい。
『五日前……それにアルディギア――――』
「……何か知ってるのか?」
『あ、ううん。何でもない。そっか……分かったわ。何かわかったら教えてあげる』
「ああ、悪いな」
『べ、別にあなたの為じゃないんだからね!?』
さっきと同じようなセリフと共に、電話は切れた。
***
翌日の土曜日。学校は休み。一晩中《仮面憑き》及び魔城失踪事件について考えていたせいで一睡もできなかった古城は、重い眼をこすりながら、雪菜と共に、絃神島北区の駅でモノレールを降りた。
《魔族特区》絃神島は、魔術や製薬、錬金術、普通の科学・化学など、様々なジャンルの研究が盛んだ。そもそもこの島の住民の多くが、それらを研究している者とその家族である。なかには普通の住民もいたりするのだが……。とりあえず、本島の一般人とは少しずれた常識をもっているのは共通している。
そんな絃神島の研究施設の多くが密集しているのが、この絃神島本島北区、その第二層の《研究所街である。ここには研究施設だけでなく、様々な会社のビルも立ち並んでいた。
古城と雪菜がやってきたのも、そんな研究施設兼社ビルの一つだった。
「……《メイガスクラフト》?」
古城は駅前に設置された案内板を見て、いぶかしげにそう呟いた。
「確か掃除用の自動人形を作ってる会社だったか……?」
「はい。叶瀬さんの住所を調べたら、この会社の社宅に住んでいるとのことでしたので」
隣を歩く雪菜が答える。
「どうやら今のお父さんがここの会社で働いているらしいですね」
「今のって……そうか、叶瀬は元修道院暮らしだったか」
《聖女》のあだ名にふさわしく(?)夏音は元は修道院に預けられていたらしい。今は引き取り手が見つかって、どうやらその義父の社宅に共暮らししているらしい。
今、古城たちは夏音に会うために、彼女の家に向かっているのだ。昨日の《仮面憑き》が知り合いであった事を、まだ那月には話していない。いくら那月が信頼がおける存在で、あれでそれなりに慈悲深い側面を持っているとしても、知り合いがどうやら《仮面憑き》らしい、という情報をすんなり渡すのは気が引けた。せめてその前に、夏音に一度会って、事情を聴きたい。
いくらか歩くと、その社宅が見えてきた。研究施設と一体になっているらしいその建造物は、どこか夏音のイメージとは相いれない冷たさがあった。
建物の中に入ると、古城はカウンターの女性に話しかけた。外見は人間にそっくりだが、古城が持つ吸血鬼の鋭敏な感覚が、彼女が人間ではなく、オートマタであることを示す。
「すみません、こちらに住んでおられる叶瀬夏音さんにお会いしたいのですが」
なれない敬語を使いつつ古城が問うと、オートマタの受付嬢は事務的な口調で言う。
「――――三〇四号室の叶瀬夏音は、現在外出中です」
「あーっと……いつごろ戻るかって分かります?」
古城が問うと、受付嬢はやはり無感情に答えた。
「分かりかねます」
古城沈黙。もともとコミュニケーション能力に欠ける古城は、返す言葉が見つからない。そもそも古城は、オートマタの様な感情の無い人工物がそれほど得意ではなかった。人間味のなさ、と言うか、『冷たさ』を感じるのだ。
「あの、叶瀬賢生氏はご在宅ですか?」
沈黙した古城に変わって、口を開いたのは雪菜だった。どこで知ったのかは知らないが、それが夏音の養父の名前なのだろう。
「……失礼ですが、お客様」
オートマタの受付嬢が、感情を感じさせない声で問う。すると雪菜は、
「獅子王機関の姫柊です」
と、毅然とした表情で言い切る。古城は、雪菜が獅子王機関の名前を出したことに少々驚いていた。本来の任務とは無関係のこの場所で、生真面目な雪菜には珍しい事だった。
すると、受付嬢は、古城達の予想もしなかった回答を行った。
「――――承っております。あちらへどうぞ」
「……承っておりますって……?」
「さぁ……でも、手間が省けてよかったです」
雪菜と連れ立って、受付嬢の指差した方向へと歩いていくと、丁度秘書然とした服装の女性がやって来るところだった。華やかな金髪の、外国人の女だ。スタイルの良い体型に、ワインレッドのスーツが良く似合う。
「……何と言うか、ゴージャスな人だな」
「失礼ですよ先輩。というかその視線自体がいやらしいです」
もうっ、と雪菜が呟く。
「ごめんなさい。お待たせしてしまったかしら?」
女性が笑顔を向ける。その右手をよく見ると、銀色のリングがはまっているのが分かる。登録魔族だ。絃神島ではこういう風に、一般社会に魔族が溶け込んでいる光景も普通なのだ。
「いえ。こちらこそ急にすみません。獅子王機関の姫柊です」
「暁古城です」
「……暁?……もしかして、暁魔城さんの御親戚ですか?」
まさか、その名前が、この見知らずの登録魔族から出るとは思わなかった。
「魔城兄を知ってるのか!?」
「え、ええ……昔少し」
暁魔城は、古城と二つほどしか違わない外見を持ってはいるが、古城の知る限り十年以上あの外見は変わっていない。吸血鬼は子どもの頃はそれなりに早く成長するが、十六歳前後の外見から成長が遅くなり、老齢の吸血鬼と言うのは相当長い年を重ねているという。まぁ、個人差があるというか、そもそも一切外見が変わらない吸血鬼もいるらしいが。
魔城は最低でも三十年以上生きているはずなので、どこかでこの秘書風の女性と会った事があるのかもしれない。そもそも放浪癖があり、古城が幼いころから家にはあまりいなかった。ただそれでも、『どこどこに行っていつごろ帰ってくる予定です』という書きおきを大抵残していたので、それがない今回の事態が異常なのだが……。
「自己紹介が遅れました。私はベアトリス・バスラーと申します。叶瀬賢生の……そうですね、秘書の様な事をやっております。本日は叶瀬にどのようなご用件で?」
「申し訳ありません。今は詳しく言えないんです。ご本人と直接お話がしたくて……」
雪菜が言うと、ベアトリスとなのった秘書も考え込むようなそぶりを見せる。
「困りましたわね……叶瀬は今島外の研究施設に行っておりまして……」
「島外……?もしかして娘さんも?」
「そのように聞いておりますわ」
今度は雪菜が考え込む様子を見せる。
《魔族特区》絃神島は、魔術の研究をするにあたって最適以外の何者でもない場所に建っている。だがその反面、地球上とのつながりはほぼないに等しいので、大地に直接干渉する系の魔術…たしか、魔城によれば『森の魔導師の魔術』と呼ばれているらしいなど……に代表されるものは、絃神島では使用できないのだ。
そのため、絃神島の研究会社には、島外にある無人島のいくつかを、研究施設として借り受けることが可能になっている。叶瀬親子が向かったのもそのうちのひとつなのだろう。
「あー……二人がいつ絃神島に戻るか分かります?」
古城なりに丁寧な言葉を選んだはずである。うん。大丈夫だ。
「分かりかねます。叶瀬が現在関わっているプロジェクトに関しては、私にも極秘ですので」
「そうですか……」
「ですが、研究施設を訪ねるのなら可能ですよ?」
え、と思わず声を漏らす。
「そんなことができるんですか?」
「ええ。連絡便が出ております。ああ、丁度次の離陸の時間がそろそろですわ」
「……それ、手配してもらえます?」
「分かりました」
ベアトリスがにこり、と笑う。
「よかったな姫柊。叶瀬の親父さんに会えそうだぜ……姫柊?」
古城が雪菜に語りかけるが、しかし彼女からの返答はない。訝しがって雪菜の方を見ると、彼女はなんだか思いつめた表情をしていた。
「……飛行機……」
あ、こいつ飛行機苦手なタイプか。
古城は、直感的に察した。
ここで気付いていればよかったのだ。秘書にも内容を教えられない『極秘プロジェクト』のくせに、片方は獅子王機関の剣巫であるとは言え、一般人が訪ねていけることに。
数時間後。ロウ・キリシマと言う名の登録魔族のおんぼろ飛行機で無人島へとたどり着いた古城達は、まんまとベアトリスにはめられたことに気が付いた。
そこは、だれも住んでいない、正真正銘の無人島だったのだ。
後書き
お久しぶりです。今回は原作とあんまり違いの無い回でしたね。次回は魔城君が古城君達と遭遇するところまで書けたらいいなぁ、とか思いつつ。
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