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ストライク・ザ・ブラッド~魔界城の主~

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07:”黄昏の君主”

「な、ぁ……」

 魔族の存在を許す背徳の街、《魔族特区》絃神島。その中心を担うアンカーブロックを破壊し、この島を沈める――――その目的は、達成される筈だった。筈だったのだ。目の前の、謎の吸血鬼に阻まれなければ。

 ジャック・ストレングスは人類純潔世界を目指す北米の国家、アメリカ連合国が擁する国営テロ組織、《人類至上主義教団》の一員だ。今まで世界中の《魔族特区》を攻撃し、いくつも壊滅させてきた。だから今回もうまくいく。いや、行かなければおかしいのだ。

 それが、こんな細い青年一人に止められる。

「何故だ……貴様は何だ!!」
「おや、聞こえなかったのですか?僕は(あかつき)魔城(まじょう)。《番外真祖》などとも呼ばれていました」
「番外、真祖……」

 その言葉に、聞き覚えはない。だが、《暁魔城》という名に聞き覚えはあった。確か、教団の別のメンバーが、作戦を失敗させて帰還してきたときの報告書に、その名前があったのだ。そうだ。この男は――――

「貴様、あの背徳の王国(アルディギア)に飼われているという吸血鬼か!!」
「意外と知名度高いんですねぇ、僕。そうですね。飼われている、といっても過言ではないでしょう。ただ……」

 そこで、魔城の温和だった顔つきが、多少険しさを纏う。

「アルディギアを、ひいてはラ・フォリアを貶すのは、さすがの僕も許しませんよ」

 魔城を魔力と神気の波動がつつむ。鮮血色のオーラが立ち上り、それが形を成す。

「『やきつくせ、《原初の火焔世界(ムスペルヘイム)》』――――さぁ、おいで下さい、番人さん」

 ゴゥッ!!と音を立てて、魔城の周囲をどす黒い火焔が蓋う。そしてそれらはさらに鮮血色のオーラを立ち上らせ、一人の巨人の姿をつくり出す。

 その存在は、原初の炎を纏いし巨人。世のはじめから存在した《世界樹(ユグドラシル)》《火焔世界(ムスペルヘイム)》《暗黒監獄(ニヴルヘイム)》、その《火焔世界》を支配し、同時に守護する王にして番人。その炎は、本来なら決して共生するはずのない魔力と神気とが融合してできたものであった。

 彼の者の名は――――

「《魔剣の焔巨人(レーヴァティン・スルト)》さん、やっちゃってくださいな」

 神の炎を纏った巨人が、猛々しく咆哮する。その手に握られているのは、やはり火焔を纏う魔剣だ。北欧神話に語られる、《原初の炎(レーヴァティン)》。

 《魔剣の焔巨人(レーヴァティン・スルト)》が魔剣を高々と掲げ、振り下ろす。炎の剣戟が飛び、魔力と神気の波動をまき散らす。

「ぐあっ……!?」

 ジャックはその炎にあてられ、思わず悲鳴を上げる。痛覚を始めとするダメージを軽減する魔術を掛けられているのにもかかわらず、ものすごい熱がジャックを襲う。

 そして、ジャックの感じる驚愕はそれだけではない。魔城の召喚した眷獣、《原初の火焔世界(ムスペルヘイム)》は、聞いたこともない能力を発揮したのだ。

「馬鹿な、『眷獣を使う眷獣』だと……!?」

 
 そう。眷獣による、眷獣の召喚。もともと、吸血鬼の眷獣は『招かれざる来訪者』たちの様に、異世界からやって来る魔物だ。それが吸血鬼にしか扱えないのは、出現の際に膨大な量の負のエネルギーを喰らうからだ。負のエネルギーを無限に蓄える吸血鬼以外が眷獣を使用すれば、たちまちすべての生命を喰らわれて灰になってしまうだろう。

 絃神島に住まうという人工生命体(ホムンクルス)には、世界で唯一眷獣を使うことができる人工生命体(ホムンクルス)がいるという。ちなみにその人工生命体(ホムンクルス)は現在メンテナンス中とのことで、警戒対象には入っていなかったのだが……。

 それよりも、眷獣が眷獣を使うなどという前例は、全く聞いたことがなかった。
 
「珍しい、ですよね。僕がコントロール権をもっている眷獣は三体だけです。ただ、その三体がそれぞれ眷獣――――より正確には《疑似眷獣》を所持しているため、彼らを展開させて、それから彼らに眷獣を使ってもらって戦うんですよ」

 それが僕の――――《番外真祖》の戦い方です、と、魔城は言う。

「昔はもっとたくさんいたんですよ。こういう眷獣を使う吸血鬼が……もう、僕しかいなくなってしまった」

 そう言って魔城は、すこし悲しそうに目を伏せた。

「ですが、この眷獣たちが僕に与えてくれたのは、一人さびしい状態だけではありません。この眷獣たちがいたからこそ、何とかここまで生きてくることもできたのですし、こうやって、あなたを出し抜くこともできました」

 打って変わって、にっこり、と魔城は笑う。その両目が、真紅に輝く。

「《魔剣の焔巨人(レーヴァティン・スルト)》さん、とどめをお願いしますね」

 魔城の声に呼応して、焔を纏った、魔剣の巨人が號と吠える。そしてその魔剣を、全力で振り払った。

「馬鹿な―――――」

 ジャックは、迫るその刃を、最後まで信じられずに見つめていた。ありえない。ありえないことが続いている。順調に進んでいたはずの作戦は失敗し、さらには見たことも聞いたことも無い、『眷獣を使う眷獣』などという能力をもった、《番外真祖》を名乗る人物。

 そうだ。すべてがあり得ないならば、もしかしたらここで死ぬという事もあり得ないのではないだろうか。そうだ、これはきっと夢だ。

 ならば、目を覚ますまで、眼を閉じていればいい。

「エミリア……」


 ジャックは、最愛の妹の名前をつぶやき、眼を閉じる。

 その肉体が、焼き払われた。



 ***



「……《番外真祖》、か」

 南宮(みなみや)那月(なつき)は、焼け焦げた《人類至上主義教団》のメンバーたちを睥睨し、その名をつぶやいた。

 全速力で空間転移を繰り返し、那月がここまでたどり着いたとき、すでに彼らは息絶えていた。絃神島を爆破するはずだった核爆弾すでに処理された後だった。もっとも、それは眷獣の力で跡形もなく消滅させる、という非常に荒々しい物であったが――――。

 当事者が、腰を折って那月に挨拶をする。

「いつも弟がお世話になっています、南宮先生」
「全くだ。暁は手がかかる――――お前が、あいつの兄だったのだな」

 那月は、《番外真祖》――――暁魔城を見つめる。

「どうやって()()()()()()?」
「何を言いますか。僕は普通に()()さんに拾われて、古城の兄になっただけですよ。二年間いなかった時期も、ちゃんとアルディギアにいましたしね……」

 そう言って肩をすくめる魔城。

「……ではなぜ、誰もお前の存在を知らない?逆に、誰もお前の存在を疑わない?獅子王機関にも、公社にも、お前が『暁魔城』であるという情報はない。なぜだ?」
「――――知られてない、だけですよ。アルディギアで何枚か絵を描かせていただきましたが、僕は『一般には』無害な吸血鬼ですから」
「無害な、か……これだけの惨事を起こしておいて何を言う」

 那月は思わず苦笑してしまう。

 魔城は眷獣の能力で、《人類至上主義教団》の工作員たちを焼き払ってしまったのだ。すでに黒こげに炭化している者もいる。

「問題ないですよ。今回の一連の事件は、彼らの仕業だとは多分知られませんから」
「ほぅ……?」

 何をするつもりだ、と目で問いかけてみる。すると、魔城は涼やかに、捉えようによっては冷徹に笑って、その名を呼ぶ。

「『いてつけ、《始祖の暗黒監獄(ニヴルヘイム)》」

 そして出現した《何か》に喰われるように、焼け焦げた亡骸たちは姿を消す。

「彼らには僕の《レギオン》として働いてもらいます。もう二度と悪いことはできませんよ」
「……」

 魔城は、再びにっこりと笑って、言った。

「どうしたんです?南宮先生。授業に戻るのでは?」
「……いや、つくづく暁も妙な存在を呼び寄せると思ってな。――――できれば二度と会わないことを願うぞ、オーディン」
「僕はまたお会いしたいと望みますよ、”空隙の魔女”」



 それは、長きにわたる安寧から、世界樹の吸血鬼が再び動き出した、その最初の出来事。 
 

 
後書き
 お久しぶりです、切り裂き姫の守護者です。

 適当な終わり方でしたが、これで『魔城登場編』は終わりです。次回からはヒロインのラ・フォリア王女の登場する『天使炎上編』となる予定です。お楽しみに。 
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