魔法少女リリカルなのは ~黒衣の魔導剣士~
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As 11 「諦めないという決意」
眠りから覚めた瞬間に違和感を感じた。
シグナムとの戦闘で負傷した俺は、叔母が仕事で家にいないこともあってファラの修理が終わるまで治療室で寝泊りすることになった。そのため今居る場所が家ではないというのは理解している。
俺の右手は、誰かに両手でしっかりと握られている。違和感の正体は、それによって感じた圧力と温もりだ。
いったい誰が握っているのだろう……真っ先に浮かぶのはシュテルだよな。でも彼女はファラの修理を行っているはず。しかし、休憩がてら見舞いに来たという可能性もないわけではない。
しっかりと頭が回り始めた頃、俺はゆっくりと瞼を上げた。視界に映ったのは心配そうな表情でこちらを見つめている金髪の少女。自然と彼女と視線が重なる。
「……えっと」
「よかった……」
経験のない状況にすぐさま反応ができない俺をよそに、テスタロッサの瞳が潤む。彼女の様子から心配してくれたのだと理解し喜びを覚えた。だがその一方で、心配をかけてしまったことに罪悪感を覚える。
だが俺は戦闘で負傷し寝込んだのは今回が初めてであるため、謝罪や感謝の気持ちをどの順番で言えばいいのか迷ってしまう。
「その…………ごめん」
「ううん……謝るのは私のほう。守れるように強くなるって言ったのに……また守れなかった。ごめん……」
なぜテスタロッサが謝る必要があるのだろうか。彼女は今回一緒にいたわけではない。そもそも今回の事の原因は、全てにおいて俺の自業自得だ。
テスタロッサがどういう性格をしているのか、短い付き合いではあるがそれなりに理解している。彼女は優しい。優し過ぎる故に必要のないことで自分を責めてしまう。その姿はどことなくはやてと重なって見えた。
気が付けば俺は、身体を起こして空いている左手をテスタロッサの手に重ねていた。驚きの混じった表情を浮かべる彼女を真っ直ぐに見据え口を開く。
「君は悪くない」
「でも……!」
「でもじゃない」
少し強めの声で遮ると、テスタロッサの身体がビクリと震えた。彼女は少し顔を俯かせながら、こちらの顔色を窺っている。
少し前にも似たようなやりとりがあったな、と思いつつ、そのときと同様のことを意識して話しかけることにした。
「君はあの場にいなかったし、待機していたわけでもないだろ? 何で助けに来なかったんだって責めたりしないよ。というか、むしろ君には感謝してる」
「え……私、感謝されるようなことしてないよ?」
「高速移動魔法とか色々と教えてくれただろ。おかげで戦闘が一方的な展開にならずに済んだ。それがなかったら俺はもっとひどい状態だったかもしれない」
シグナムが最後の最後まで本気で仕留めようとはしていなかったようなので、実際のところ負傷の度合いは大差がなかったかもしれない。でもそれは肉体的な負傷においての話だ。
歴戦の騎士である彼女とあれだけ戦うことが出来たからこそ、俺の心は完全に折れずにシュテルの励ましもあって持ち直すことが出来たのだ。瞬殺されていたならば、今頃はきっと塞ぎ込んでいたことだろう。
「そもそも俺が強かったらこんなことにはなっていないわけだしさ。君には感謝しかしてないよ……心配をかけたことには悪いとも思ってるけど」
「……ふふ、別に最後のは言わなくても良かったと思う」
「そうだね……でも君が笑ってくれた。今の顔のほうが俺は……」
好きだよ、と続けようとしたとき、視界に人影が入ってきた。俺と視線が重なったその人物は、気まずそうな微妙な笑みを浮かべる。
今の反応からして、おそらく大分前からそこに居たのだと分かる。何で俺は気が付かなかったのだろう。特別な意味でテスタロッサの手を握っていたわけではないが、手を握り合った状態で会話していたのは事実だ。その姿を見られていたかと思うと、顔が熱くなるほどの恥ずかしさを感じる。
「ショウ? ……な、なのは!?」
俺の視線を追うように振り返ったテスタロッサは、高町の姿を確認すると驚愕の声を上げた。そして、今の自分の状態も理解したようで視線が手と高町を何度も行き来している。言うまでもなく、彼女の顔は俺以上に赤面している。
「ちちち違うの! こ、これは……その変な意味じゃなくて!」
「フェイトちゃん、落ち着いて。別に変な誤解とかしてないから」
高町ははっきりと言ったものの、テスタロッサは顔を赤くしたまま俯いてしまった。そこまで恥ずかしがられると、こちらも恥ずかしくなってしまう。だが俺まで同じような反応をしてしまうと、彼女は余計に恥ずかしがりそうだ。
頭の中から余計な思考を排除し、感情を落ち着かせる。そうしている内に高町は傍まで近づき、イスに腰掛けた。
「思ったより元気そうだね」
「ん、あぁ……治療は昨日終わってたからね。睡眠も充分取ったし……」
背伸びや腕のストレッチをしてみると、身体の至るところが鈍っていると感じた。シグナムとの戦闘が終わってから、ほとんど寝ていたせいだろう。家事やトレーニングで身体を動かさないことがなかっただけに、鈍る速度が速いように感じる。
これといって痛むところもないし、ファラの修理はまだまだかかるだろう。今の状態のままだと、ファラの修理が終わってすぐに現場というのは厳しい。
「……軽く身体でも動かそうかな」
「ダ、ダメ!」
突然発せられた声に俺と高町は驚き身体を震えさせた。視線を声の主に向けると、ふと我に返ったかのような表情を浮かべた。
「あっ……えっと、そのちゃんと治してからじゃないと。悪化したら大変だし……」
「フェイトちゃん、心配し過ぎだよ。身体を動かしちゃいけないのなら、ダメって注意されてると思うし。あんまり寝てばかりいるほうが身体には悪いんじゃないかな?」
「それは……そうだろうけど」
「大丈夫だよ。するにしても、ちゃんと許可を取ってからにするから」
テスタロッサは少しの間の後、「うん……」と返してきた。どうやら納得してくれたようなので、これで一段落だ。
「……ところで、俺が寝てる間に何か進展とかあった?」
「あっ、うん」
「確か……」
高町とテスタロッサは、確認し合う様に新たに分かった情報を話し始める。
闇の書には《ナハトヴァール》という自動防衛システムが搭載されているらしい。これが主の侵食と暴走の原因となっているそうだ。
ナハトヴァールは完成してから一定時間経過すると、闇の書の意思とも呼べる管制システムからコントロールを奪い、集めた膨大な魔力と主の命を使って破壊をもたらして次の主の元へと転生。停止や封印に関する資料はまだ見つかっていない。
ユーノが今も必死に探しているそうだが一緒に探していた身としての予想では、おそらく完成までの残り時間を考えると発見は難しいだろう。
……俺の予想が当たっていたってわけか。
闇の書が完成しようとしなかろうと、はやての未来は変わらない。ならば俺が取るべき行動は、もう一度シグナム達を止めることだ。
さすがに今度は今回のように甘くはないはず。
高町のように短時間で強くなるような才能は俺にはない。どんなに覚悟を決めようと、本気の騎士達に勝つのは難しいだろう。
だけど……だからといって諦めたくはない。諦められるほどはやてへの想いは軽くはないのだから。それに高町達だってぶつかり合うことで分かり合えた。シグナム達はかつてと違って人らしくなっている。分かり合う道だってあるはずだ。
「リンディさんやクロノくんが色々と準備してるみたいだけど、出来れば完成前に止めたいね」
「うん……ショウ?」
「あ、あぁ聞いてるよ……」
「大丈夫? 何だか顔色が悪くなってきてるけど……」
「大丈夫だよ。ただ……シグナム達が可哀想だと思ってさ」
「可哀想?」
「ああ。多分だけど、今回は主に命令されたからじゃなくて自分達の意思で魔力を集めてるんじゃないかな」
自分とシグナム達の関係がバレる恐れはあるが、時間がなくなってきているのも事実。俺ひとりでは彼女達を止めることは難しい。止めることが出来るなら、あとで罰せられることになっても構わない。
それにひとりでやろうとするな、とシュテルにも言われたばかり。ひとりの力では厳しいと分かっているのだから、素直に高町達の手を借りよう。彼女達ならば手を貸してくれるはずだ。
「前に昔のシグナム達と今のシグナム達は違うって話を聞いたし、主によっては力を求めない人だっているだろうしさ」
「確かにそうだね。でも今までにそういう人はいなかった感じだよね?」
「それは……自動防衛システムのせいじゃないかな。一定期間魔力を蒐集しないと主を蝕むって言ってたし」
「だろうね。でも例えば……」
俺はそこで一旦口を閉じて、ふたりをそれぞれ見る。不思議そうに首を傾げるあたり、こちらの意図は分かっていないようだ。
「君達みたいな人が主だったならありえない話じゃない。君達は、多分他人を傷つけるくらいなら自分が辛くても我慢するよね?」
高町達はどれだけの苦痛があるか分からないため迷っているようだが、彼女達ははやてと似ているところがある。おそらくはやてと同じ道を選ぶだろう。
「闇の書に蝕まれれば、身体に障害が出たっておかしくない。君達みたいな性格の主なら、シグナム達にとって大切な存在だと思う。目に見える形で弱っていくのを黙って見てはいられないんじゃないかな……」
「……でも、闇の書が完成しちゃったら」
「そのことを多分シグナム達は知らないんだと思うよ。彼女達も言い方は悪いけど闇の書の一部。どこか壊れていれば、記憶が欠けていてもおかしくない」
部屋の中に沈黙が流れる。
完成してもしなくても、主は死んでしまう。何でこんなにも理不尽なのだろうか。
クロノ達はこんな思いをどれだけ重ねてきたのだろう。今回の事件だけで、俺の心は擦れ切れてしまいそうだ。
蘇るように脳裏を走るはやての声や笑顔、彼女との思い出。苦しみながらも彼女のために必死なシグナム達。諦めるなと背中を押してくれたシュテル。様々な感情が芽生え、それによって心が押し潰されていくような感覚に襲われる。
…………待てよ。ナハトヴァールが支配するのは完成してから一定時間の経過後だったよな。その間は管制システムが生きているということ。なら管制システムの協力があれば、はやてを救う道も残されているんじゃないか……。
「……シグナム達を止めよう。闇の書が完成しちゃったら、たくさんの人が危険な目に遭うから」
「うん。……それとショウくんの予想が当たっているとしたら、シグナムさん達の主を救いたい。最後の最後まで諦めたくないよ」
「……俺は諦めるつもりはないよ」
弱々しく言われた高町の言葉に返事をするように、俺は静かにだがはっきりと言った。ふたりの視線がこちらに向いたのを感じたが、気にすることなく続ける。
「シグナム達は立場上は敵でも根っからの悪人だとは思えないから。彼女達の主と世界、ふたつとも救ってみせるとは言えないけど最後まで諦めたくない……」
もう嫌なんだ。大切な人を失うのは……、思わず口にしそうになったその言葉を必死に飲み込んだ。
感情を抑えるために無意識に握り締められていた手を、誰かがそっと包んだ。視線を向ければ、優しい微笑を浮かべた高町。
「うん、諦めずに頑張ろう。ひとりじゃ挫けちゃうかもしれないけど、私達はひとりじゃないから」
後書き
諦めないと決意を固めたショウは12月24日――クリスマスイブにはやての元を訪れる。はやてはショウの突然の来訪に緊張してしまうが、彼の雰囲気が変わったことを察した。これまでのように話すふたりだったが、来訪者によって雰囲気は一変していく。
次回 As 12 「繋がり」
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