魔法少女リリカルなのはANSUR~CrossfirE~
しおりを利用するにはログインしてください。会員登録がまだの場合はこちらから。
ページ下へ移動
Ep20ウソつきな仮面~Mask of lie~
「ここにあの砲撃が!?」
なのははキャロからの通信を受け、その表情を焦りに染めた。シャルロッテが「何かあったの?」と小首を傾げそう尋ね、なのはは彼女の手を取って真剣な面持ちでこう告げた、「一緒に来て、お願い」と。
「どこへかは知らないけど、こっちも情報が欲しいし・・・いいわ、付いてく」
シャルロッテはなのはの手をキュッと優しく握り返す。なのははそれが嬉しく思う。しかし悲しくもあった。自分たちのことを憶えていないシャルロッテ。再び手を取り合えたのに、そのことが邪魔して複雑な思いになった。
「それなら付いて来てくれますか」
「ええ、エスコートよろしく」
なのはは久しぶりにシャルロッテと同じ空を飛べたことに、シャルロッテに気付かれないように静かに涙を流した。
・―・―・―・―・―・
シグナムは祝福なるリインフォースに視線を移し、聞いた。
「先程の“この地から離れてくれ”というのは、ここに砲撃が来るから、ということでいいのか?」
リインフォースはただ黙って、小さく頷くことでそれが真実だと教えた。ヴィータは「くそっ」と舌打ちし、「行くぞシグナム!」とその場からすぐに離脱する。
「リインフォース・・・・お前は・・・」
「行ってくれ、烈火の将」
リインフォースはシグナムにそう告げ、シグナム達がここネベラ山から完全に離れるのを確認してから、音もなく転移、その姿を消した。
「レヴィ、急いでここから離れるよ!」
次元跳躍砲撃がここに来るという連絡を受けたフェイトが、意味も解からず首を傾げていたレヴィを急かす。
「え? ・・・砲撃が来るというだけで、どうしてそんなに慌てて・・・?」
レヴィは、フェイトの焦りの原因を知らないから尋ねた。フェイトは全力で飛行しつつレヴィに振り向くことなく、焦っている原因である砲撃について説明する。
「次元跳躍砲撃。しかも魔力結合分断っていう効果があるんだ! 直撃でXV級艦の駆動炉を再起不能にする! 私たち魔導師が受けたらリンカーコアなんて・・・!」
レヴィの顔色が青褪める。フェイトの言う通り艦を落とすほどの砲撃を受ければ、ただでは済まないことくらい理解できるからだ。レヴィは「急ごう!」と飛行速度をさらに上げた。
・―・―・―・―・―・
「くそッ! ノーチェブエナぁぁぁぁぁぁッ!」
シャルロッテとリインフォースの一撃で、カルド・デレチョのゼルファーダ武装は解けていた。彼は怒号を上げ地面を殴りつけた。
「何をしている・・・。早くこの場から離れるぞ・・・」
カルド・イスキエルドに支えられたカルドが告げる。デレチョは「何故そう冷静でいられるのかッ!?」と八つ当たりのように叫んだ。それに対しイスキエルドは「今はここから離れるのが最優先です! 解かるでしょう!」と諭すように言い放つ。
「あの女は味方をも巻き添えにしたということで、サフィーロに粛清されるだろう。どれだけ憎くとも俺たちは手が出せない以上は、それで良しとしなければならない、解かるな」
「っ! 随分と優しくなったんですねクルーガー三尉! 俺は今すぐにでもあのリインフォースを八つ裂きにしたいというのにッ! お前もだっ、アルテッツァ空曹! 闇の書暴走で死んだお前も何で冷静でいられる!!」
「エルグランド空曹長、そんなんじゃまたサフィーロに粛清されますよ」
完全に怒り心頭で暴走しているデレチョは、イスキエルドのその言葉を聞いて掴みかかる。
「エルグランド、今はこの場から離脱することを考えろ。砲撃が来るまで1分を切っているぞ」
「必ず貴様らの息の根を止めてやる・・・ヴォルケンリッタァァァァァァーーーーッッ!!」
カルドの言葉にデレチョはイスキエルドの胸倉を掴んでいた手を離し、空に咆哮しその姿を消した。デレチョに続き2人もまたその姿を消した。その3人のやり取りを見ていたグラナードは「嵐の前触れか」と呟いてから、その姿を消した。
その数十秒後、“オムニシエンス”の“オラシオン・ハルディン”にそびえ立つ銀色の塔より放たれた次元跳躍砲撃が、ネベラ山に建設されていた数基の基地をピンポイントで消滅させた。
・―・―・―・―・―・
廊下にたむろしていた管理局員たちの視線がある1人の女性に集中する。視線を一手に受ける女性、シャルロッテは大して気にも留めずに、なのはたち“特務六課”に囲まれ廊下を歩く。
『あの、何かすごい視線を感じるんですが・・・』
『受けているのはあたし達じゃなくてシャルさんだよ、エリオ』
『近くに居るわたし達にも視線が・・・突き刺さって』
『これくらい我慢しなさい3人とも。あのシャルさんがまたその姿を現したんだから』
シャルロッテの後方を歩くスバル達は、彼女に向けられる視線に巻き込まれ音を上げていた。そんな彼女たちの耳には「ねぇ、シャルロッテさんじゃ」だとか「5年ぶりに見たけど変わらず可愛い」だとか「出身世界に帰ったんじゃ」だとか「ほら、ルシリオンさんが例のテロリストに居るって噂」だとか、いろいろとヒソヒソ話が届く。
『やっぱり未だに人気なんだね、シャルさん』
『ファンクラブがあったって言うくらいだしね』
『シャルさんは僕たちの味方なんでしょうか・・・?』
『それはこれから判ることよ。今は八神部隊長たちに任せましょ』
4人の念話での話はそれで終わり、あとは黙って六課の会議室へと歩いた。自分たちのことを憶えていないというシャルロッテの細い背中を見つめながら。
・―・―・―・―・―・
会議室にて、はやてとなのはとフェイト、その3人に向かい合うようにひとり座るシャルロッテ。シグナム達も同伴しており、空いている席へと各々座っている。この場で唯一の民間協力者であるレヴィは、先程からシャルロッテを無言で見詰めていた。
「それではシャルロッテさん。次元船での話の続きといきたいんやけど、ええか?」
はやて達は、次元船内でシャルロッテから、シャルちゃんなんて馴れ馴れしいから、少し考えてくれるかしら、と言われたために堅苦しく“シャルロッテさん”と呼ぶようにしていた。
「ええ、八神はやて。こちらとしても聞きたいことがあるから、ギブアンドテイクということで」
その細く綺麗な脚を組んで、シャルロッテははやてをフルネームで呼ぶ。これもまたシャルロッテからの提案だった。慣れ合うつもりはないとのことで、これからはなのは達をフルネームで呼ぶということだった。その提案を聞いた時、なのは達は本当に辛そうな表情をしていた。
「それならそちらからどうぞ」
「なら御言葉に甘えて。あなた達、あいつらの情報はどこまで掴んでいるの?」
「あいつらとは、テスタメントのことでええんかな?」
はやての“テスタメント”という単語に反応するシャルロッテ。
「シャルロッテさん。界律の守護神のテスタメントじゃないんですよね、彼らは?」
「何故、界律の守護神のことを・・・? 」
「憶えていないのならお話します。私たちはシャルロッテさんやルシルと、5年前まで一緒に過ごしていました。そして5年前の4月12日。シャルロッテさんとルシルは、テルミナスというアポリュオンと戦って、神意の玉座に還った・・・」
フェイトの話の内容に、シャルロッテは「そう」とだけ言い、少し考える仕草をした。
「終極って、もしかしてクスクスって笑い方する、15歳くらいの女の子だった?」
シャルロッテがテルミナス独特の笑い方を真似ながら、なのは達に尋ねた。なのはは「はい、そうです」と、絶対の存在だったテルミナスを思い出し、身震いしながら答えた。
「あー、それ先代のことだ。確かに先代のテルミナスは、私とルシリオンとマリアの三柱で斃した。うんうん、そうそう、確かに斃したわ、“3千年以上”も前に、ね」
シャルロッテの口から出てきた3千年前という単語に、なのは達は「え?」と抜けた声を出した。六課メンバーでも特に長く生きているシグナムたち守護騎士ですら言葉を失っていた。レヴィは、世界と“界律の守護神テスタメント”の間に時間のズレが在るのを知っていたため、さほど驚いてはいなかった。
「3千年前って、そんな・・・あれからまだ5年しか――」
「この世界では、でしょ。私“たち”の時間ではテルミナス、先代のヤツを斃してから3千年以上経過している。・・・なるほど、ようやく解かった。何故あなた達が私のことを知っていたのか」
シャルロッテは謎が解けスッキリしたとでも言うように「うん~~~」と背筋を伸ばした。そして「ふぅ」っと一息ついて、再び口を開く。
「これであなた達も解かったでしょ、あなた達のことを私が憶えていないのも無理ないわ。先代テルミナス撃破からここ3千年、“アポリュオン”との戦争が激化するわ、くだらない人殺しの契約が延々と来るわで大変だったから」
シャルロッテから語られた話の内容に唖然とするしかない六課メンバー。この世界では5年前の話だったのに対し、シャルロッテ達にしてみれば3千年以上前も過去ということに、ただただ唖然とするしかなかった。
「で、さっきの続き。よりにもよってテスタメントを名乗る愚か者の情報、教えてほしいんだけど?」
「・・・それは、捜査情報なので教えることは出来ません」
はやては少し考える素振りをし、かつての親友シャルロッテの言葉を断った。シャルロッテは「そう、でも」と前置きし・・・
「あなた達はかつての私と過ごしたのなら理解できるでしょ。今のあなた達ではアイツらには敵わない」
“特務六課”の“テスタメント”に対する戦力不足を指摘した。今回無事に戻れたのは、シャルロッテとレヴィ、2人の神秘を扱える者が居たからこそ。それが解っているからこそ、はやて達は口を閉じざるを得なかった。
「だから私がアイツらを殲滅する、あなた達の代わりにね。そのための情報が欲しいというわけよ。どう? あなた達は黙って観ていればいいだけ。決して悪くない話だと思うのだけど?」
「そんなのダメ! シャルちゃ――シャルロッテさんだけじゃ・・・! だって、今日だってカルド隊との戦いで危なかった時があったじゃない!!」
シャルロッテの提案に絶句する一同。なのはが立ち上がって、脚を組んだまま座るシャルロッテに詰め寄る。
「高町なのは。それは私がこの世界に訪れて、シャルロッテという存在を調整できないまま戦ったからよ。しばらく・・・そうね、24時間ほどこの世界で過ごせば調整は終わり、そしてアイツらを殲滅できるだけの力を手に入れることが出来るわ」
「っ! でも、それでも・・・!」
「なのは・・・。シャルロッテさん、その調整というのが終わるまで時間をくれませんか?」
フェイトが立ち上がり、なのはを見上げるシャルロッテにそう提案する。はやても「そやな」とフェイトに賛成し、「少し考える時間を・・・答えを出せる時間をくれませんか?」と、彼女も立ち上がって、シャルロッテにそう提案した。
「・・・ええ、構わないわ。別段、急いで片づける事柄でもないのだし。でも、それじゃあ私はそれまで、どう時間を潰すことにしようかしら・・・?」
シャルロッテは2人の提案を呑み、自身の存在の調整完了とはやて達の答えが出るまでの時間をどう過ごすか考える。するとなのはが「あの、良かったら私の部屋で・・・」少し遠慮気味にシャルロッテへ提案した。それからはやてに「それでもいいかな? はやてちゃん」と許可を取ろうとした。
「・・・まぁええやろ。とその前に、シャルロッテさん、最後に1つええやろか?」
「どうぞ」
「テスタメントとは・・・ルシル君とはホンマに仲間とちゃうんやね?」
「今回のルシリオンとは仲間じゃないわ。今の彼は・・・まぁ、その話はどうでもいいわ」
(それが一番聞きたいことなのに・・・・)
シャルロッテの、ルシリオンがどうでもいい発言に、フェイトが人知れずガクリと肩を落とした。
「そうか。信じるからな」
「ええ、信じてもらって損はないわ、絶対に」
シャルロッテは立ち上がり、右手を胸に添えてハッキリと告げた。
「うん。それじゃしばらく一緒するんやから、ここに居るメンバーの紹介をするな」
はやてはそれに頷き、シャルロッテに六課メンバーを紹介する。六課メンバーを紹介されている間、シャルロッテはしっかりとそれぞれの顔と見ていた。誰にも知られないようにどこか懐かしげな表情をしながら。
・―・―・―・―・―・
“特務六課”のメンバー紹介が終わり解散した後、シャルロッテを“ヴォルフラム”の居住区に案内しているなのはと、休憩に入っているスバルら前線組とレヴィを除くメンバーは、オフィスへと戻ってきてから、各々の席でそれぞれ思考に耽っていた。
はやては今回のオーレリアでの戦闘、そしてアムストル社の“テスタメント”関与の疑いに関する報告書を作成しつつ、度々頬杖をつきながらシグナム達から聞いたリインフォースの本心を何度も頭の中で反復していた。
“テスタメント”側から護る、という裏切りの危険行為をリインフォースはしている。それがはやてを嬉しく思わせ、また心配事の種だった。バレればそれでどうなるか想像は硬くない。死、その一点だと思うと、はやては身体の震えが止まらない。
(リインフォース、頼むから無茶だけはせんといて・・・)
「はやてちゃん。良かったですね、リインフォースがリイン達と敵対する理由が、リイン達のことを想ってくれてのことだったなんて」
「リイン・・・そやな。そやけど、やっぱり危ないことや。無茶だけは絶対にせんでほしい。生きているからこその今の関係やからな」
リインフォースⅡの淹れてきたお茶を口に含みながら、はやてはリインフォースのことを想った。
フェイトもまた自分の席で思考に耽っている。ルシリオンの確かな現状を知るであろうシャルロッテですら自分たちのことを憶えていない。
しかも3千年という時間が経過していたことにもショックを受けていた。シャルロッテがそうならルシリオンもそうなのではないか、と。3千年でどれだけ人は変わるだろう、とフェイトは考えるが答えは出ない。そこまで考えたところで「あれ? ちょっと待って」と1人ゴチた。
(あれ? 何で? おかしい。今のシャルはやっぱりおかしい。もしルシルも3千年以上の時間を過ごしたなら、記憶書き換えとか関係なく元からシャル同様に忘れているはず。でもルシルはヴィヴィオのこともレヴィのことも憶えていた。だったらシャルだって憶えているはずだ。だってあんなに強く約束したんだから、“絶対に忘れない”って)
急に立ち上がったフェイトに対しシグナムが「どうした?」と尋ねた。フェイトはオフィスの出入り口に向かいながら「少し確かめたいことがあるんだ」と答えて、“ヴォルフラム”の停泊するドックへと歩を進めた。
「フェイトさん、どうしたんだ?」
アギトが神妙な表情でフェイトが出て行ったことに首を傾げた。シグナムはそれに「さあな。もしかすると、私と同じ見解に至ったのやもしれん」とお茶を啜りながら答えた。すると隣のヴィータが「どういうことだよ?」と尋ねてきた。
「ふむ。お前のように頭に血が上っていたり、なのはやテスタロッサのように冷静ではいられなかったからこそ見落とす物がある、ということだ」
「なんだよそれ? もったいぶらずに教えろよ」
「あたしも知りてぇ。シグナム、どういうことなんだ?」
ヴィータとアギトに尋ねられたシグナムは「ふむ」と彼女たちに体を向け、自分が立てた推測を話し始めた。
・―・―・―・―・―・
ここ休憩スペースでも思考に耽る5人が居た。スバルは母・アマティスタ、クイントについて。ティアナは兄・アグワマリナ、ティーダについて。
“テスタメント”の管理局改革が終わるまで何もしないで傍観していろ、という言葉。そして、それでも向かってくるのなら戦うつもりで来い、という言葉。
言われた通りに待つのが正しのか。それとも戦ってでも止めるのが正しいのか。それが2人を悩ましていた。
「スバルさんとティアナさんもそうだけど、なのはさん達も辛いことばかり・・・」
そんな2人から少し離れた位置のソファに腰掛けるエリオとキャロとレヴィの3人も、神妙な面持ちでいた。
「わたし達は何か出来ないのかな・・・」
キャロが沈んだ表情で両拳を握りしめる。キャロもそうだが、エリオもまた過去の知人が“テスタメント”の中には居ない。だからこそ辛い思いを共有できないのだ。それが自分たちを無力と思わせることになっていた。
「お? エリオとキャロじゃん。こんちにぃ♪」
休憩スペースに入ってきたのはセレス・カローラ一佐。カルド・デレチョによって撃墜されてからは自宅療養していた。そのセレスが管理局の本局に姿を出していた。
「あ、カローラ一佐。こんにちは」
「こんにちは、カローラ一佐」
「うんうん♪っと、そっちの子はレヴィちゃんだっけか? こんにちぃ♪」
「あ、はい、レヴィ・アルピーノです。(この人の足運び。どこかで・・・)」
「おー、はじめまして、セレス・カローラ一佐です。よろしく!」
挨拶もそこそこにして、セレスは自販機で清涼飲料水を購入して再びエリオ達の元に来た。
「カローラ一佐、もうお身体は良いんですか?」
「ん? おお! もう大丈夫! 完全復活!って、言いたいんだけどねぇ~」
キャロに身体の心配をされたセレスは元気を示すように両腕を振り回す。が、すぐに灰色のセミロングの前髪を掻き上げながら「はぁ」と盛大に溜息を吐いた。その様子に「どうしたんですか?」とエリオが尋ねた。
「ちょっと身体の調子が悪くってね。あ、撃墜のダメージじゃないから。だから少しの間、長期休暇を取ってきたんだ」
そう言って胸に右手をそっと添えた。そこは、心臓だった。絶句するエリオとキャロ。レヴィだけはセレスに気付かれないように、彼女の身体を上から下へと見回す。
「だからあたしの特務五課は、別の隊長を据えることになっちゃってねぇ。ま、レジスタンスはテスタメントと合流、というか組み込まれてるから、レジスタンス対策の五課ははやての六課に協力することになると思うよ」
セレスは一気に飲料水を飲み干し「それじゃあ行くね」手を振って、休憩スペースを出たところでフェイトと鉢合わせ、ぶつかりそうになる。その瞬間、セレスの姿がぶれて、フェイトの背後に移動していた。レヴィの目がスゥッと細まる。
「ごめんセレス! というかセレス!? いつ現場復帰してたの!?」
「ん、まず謝るのはグッド。で、復帰したのは今日で、しかも30分前、だけどすぐに長期休暇。でもどうしたの、そんなに急いで。結構危ないよ。まぁ男共は強く美しいフェイト執務官と廊下の突き当たりで衝突、嗚呼嬉し恥ずかし恋に発展、みたいな?」
両手を組んで祈るようなポーズを取ったセレスがそんなことを口にした。
「意味が解らないんだけど・・・。っと、シャルに聞きたいことがあって急いでたんだ!」
セレスの古い展開の話にフェイトは少し呆れた。でもすぐに急いでいた理由を思い出してセレスに教えると、彼女の片眉がピクリと動く。
「シャルって、あのシャルロッテ? 何? シャルってば出身世界に帰ったんじゃなかったっけ? そんでルシルと一緒に実家の事業を継いだとか何とかって話じゃん」
「え? あ、それは・・・そうなんだけど」
「カローラ一佐、噂聞いてますよね。ルシルさんがテスタメント側に居るって。あれって本当なんです。しかも操られている上に記憶まで書き換えられているようなんです」
「マジで!? うわぁ、それだったらシャルも黙ってないというわけか」
セレスはエリオの話に「なるほどね~」と納得したように何度も頷く。
「まぁ、あたしはここでリタイアだけど、自宅から応援してるから♪ まったねぇ~☆」
セレスは手を振りながら、本当に調子が悪いのか判らないほど元気な様子でフェイト達の視界から消えていった。
「っと、私もシャルのところに行かないと・・・!」
フェイトもまた“ヴォルフラム”に向かおうとする。そんなフェイトにレヴィが「わたしも一緒に行っていい?」と尋ねた。
「え? あ、うん。いいよ、一緒に行こう!」
「うん!」
・―・―・―・―・―・
“ヴォルフラム”の居住区に用意されたなのはの部屋に、部屋の主であるなのはと居候となるシャルロッテの2人が居た。
「あ、そうだ。シャルロッテさん、これ・・・」
なのはが右手の中指にはめていた指環をそっと外し、シャルロッテへ差し出した。シャルロッテは「私、そっちの気は無いんだけど」と若干引き気味で後ずさった。
「っ! ち、違うよ! そうじゃなくて! コレは元々シャルロッテさんのものだから!」
なのはは頬を紅潮させながら怒鳴るように反論。シャルロッテは「冗談だから本気にしない」と言って、デバイス“トロイメライ”の指環を受け取った。
「少し待っててください。何か飲み物を持って来ますから」
なのははシャルロッテを残して部屋を後にした。
「はぁ~(シャルちゃんとまた逢えたのは嬉しいけど、また始めから仲良くなるしかないのかなぁ)・・・はぁ~」
自室を後にしたなのはは肩を落としながら溜息を何度も吐いた。
「あ、なに飲むか聞いておいた方が良いかな・・・」
そう思いたったなのはは来た道を戻り、自室の前へと戻ってきた。そして扉が音もなく開き、なのははシャルロッテに声を掛けようとした。が、声が出ることはなかった。
「久しぶり、トロイメライ。元気だった? ていうか、デバイスに元気だった、なんておかしいか」
なのはは絶句し両手で口を覆う。シャルロッテは確かに指環に向けて、“トロイメライ”と名を呼んだからだ。何せなのははシャルロッテに指環の名前、“トロイメライ”を教えていない。シャルロッテはなのはが戻ってきたことに気付かないのか“トロイメライ”との会話を続ける。
≪我らのことをお忘れではなかったのですか、マイスター≫
「・・・忘れるわけないよ。だってなのは達は私の親友だよ。それに、別れる前に約束したんだ。絶対に忘れない、って。だから何十、何百、何千、何万とどれだけ時間が経とうと、私はなのは達を忘れない・・・」
≪では何故、御親友の方々のことを忘れていたフリをしていたのですか?≫
「何か怒ってない?」
≪答えてください、マイスター≫
「だって・・・だってさ、今回は前と違って、すぐに別れることになるんだよ・・・。そんなの辛いんだよ私は。だったら忘れたフリして他人のままで、独りで今回の事件を解決しようとした」
シャルロッテは俯きながらそう“トロイメライ”に答えた。
≪だそうですよ、なのは嬢≫
「っ!?」
“トロイメライ”のその言葉で、ようやくシャルロッテはなのはの存在に気付いた。振り向いたシャルロッテの視線の先に立つなのはがポロポロ涙を零しながらなら、「シャル・・・ちゃん・・・」と嗚咽混じりに名前を呼んだ。そしてフラフラとした足取りでシャルロッテに歩み寄っていく。
「なのは・・・。トロイメライ、後で憶えてなさいよ。えっと・・・久しぶり。元気そうで良かった、なのは」
シャルロッテが気まずそうな微笑を浮かべながら、親愛を込めて「なのは」と何度も呼んだ。なのはの抑えていた感情が溢れだす。
「シャルちゃん! シャルちゃん! シャルちゃん! シャルちゃん!」
シャルロッテへ駆けだし、その勢いのまま抱きついた。「のわっ!」とシャルロッテはなのはの勢いの付いた抱き着きを受け止めきれずに転倒、盛大に尻餅をついた。
「痛ったぁ~い。もぉ、なのは。少し見ないうちに泣き虫になったんじゃない?」
「シャルちゃんの所為だからね! あんな嘘を吐いて、すごく悲しかった! すごく辛かった! すごく・・・すごく・・・!」
シャルロッテは自分の胸の上で泣き続けるなのはの頭を優しく撫で続ける。するとなのはも落ち着きを取り戻してきて、「シャルちゃんのバカ」と呟いてシャルロッテの上から退いた。
「ごめん。ホントにごめんね。私ひとりの感情で、なのは達・・・なのはを苦しめた」
目の前に座り込むなのはの額に自分の額をコツンと合わせ、嘘を吐いたことを心の底から謝罪した。なのはの涙に濡れた瞳を見詰め、シャルロッテはもう1度「ごめんね」と謝った。
「それじゃあ、これから一緒に居られるの? たとえ短い時間だとしても」
「嘘がバレた以上はそうするしかないでしょ」
なのはとシャルロッテは笑みを浮かべ、もう1度抱き締め合った。親友の温もりを感じるために。嘘ではないことを確かめるために。そんな2人を、部屋の外から見つめる2人。フェイトとレヴィだ。
シャルロッテの視線が廊下に向いていることに気付いたなのはは、シャルロッテ同様に扉、廊下の方へと視線を移した。そこには少し頬を赤らめたフェイトとレヴィがポツンと立っていた。
「すいません、お邪魔しました。ごゆっくりと続きをどうぞ。フェイトさん、お邪魔してはいけないので、帰りましょう」
敬語になったレヴィがなのはとシャルロッテから視線を逸らしつつそう言った。フェイトの袖を引っ張って、もう1度「お邪魔虫は退散しましょう」と言った。なのはとシャルロッテはどういうことか判らず、今の自分たちの現状を見た。
4:瞳は涙に潤んで、頬を赤くした、少し制服が乱れている(転倒時に)なのは。
3:そんななのはと同様に衣服に少し乱れのある(転倒&抱き着き攻撃時)シャルロッテ。
2:そんな2人が静かで誰も居ない部屋(なのはの部屋だから当然)で抱き締め合っている。
1:そして2人の顔はとても近い。すごく近い。それはもう近い。どうしようもなく近い。
0:それはつまり、見ようによっては・・・キス1歩手前。
そこまで思考が行き着いたなのはの顔がボンッと一気に真っ赤になる。対するシャルロッテは「あははは」と笑い声を漏らしていた。
「なのは。その、恋愛は人それぞれだから。私は気にしないよ?」
「ご、誤解だよぉぉぉぉぉッ!」
なのはは視界から消えていくフェイトとレヴィを追いかけようとした。しかしその時、背後から嗚咽が聞こえたことで、なのはは2人を追いかけることなく、背後に居るであろうシャルロッテへと振り向いた。なのはの視界に映ったのは、両の手の甲で涙の零れる目を何度も擦って涙を拭い去ろうとしているシャルロッテだった。
「シャルちゃん・・・?」
「また逢えて良かったよぉ・・・! なのは! なのは! なのはぁ!」
今度はシャルロッテが子供のように泣き出した。なのはは、先程のシャルロッテのように優しく彼女を抱き締め、頭を撫で続けた。
「シャルちゃんだって、泣き虫だよ・・・」
・―・―・―・―・―・
「やっぱりシャルは忘れていたフリをしていたんだね」
“ヴォルフラム”から“特務六課”のオフィスへと戻る廊下を歩きながらフェイトがそう言う。レヴィも「そうだね」と返しながらフェイトの隣を歩く。
「これでルシリオンのことも判る」
「あ、うん。たぶんこの事件の解決は早いよ。シャルが私たちにもたらしてくれる情報は、きっとテスタメント打倒に必要なものばかりのはずだから」
「魔族、か」
オーレリアでシャルロッテが口にした“魔族”という単語を、レヴィも改めて口にした。
・―・―・―・―・―・
「――というわけで、ごめんなさい。みんなのことを忘れていると嘘ついてました」
“特務六課”の前線メンバーが集まった会議室で、シャルロッテはメンバー全員に頭を下げた。彼女ははやてに全てを説明し、嘘を吐いていたことを謝る機会が欲しいと頼んだのだ。
「ったく、人騒がせだよなお前。どれだけあたしらを悲しませりゃいいんだよ」
ヴィータは頬杖をつき、シャルロッテとは別の場所を見ながら不機嫌そうにぼやいた。
「ごめん」
「セインテストはしゃあねぇとしても、お前はちゃんと憶えていたんだ。それなのに嘘を吐くなんて信じらんねぇ」
シャルロッテの謝罪する姿も見ないでヴィータは続ける。
「えっとなヴィータ。シャルちゃんも反省しとるし、な?」
「甘いよはやて。シャルロッテはあたしらとの約束を破ろうとしたんだ」
“絶対に忘れない”。その約束はヴィータにとっても大切なものだった。だからこそ許せなかった。嘘を吐かれたことが。理由は理解できたとしても、それでも許せなかった。
「フライハイトもこうして頭を下げて謝っているんだ。許してやれ」
「そうよヴィータちゃん。フライハイトちゃんだって嘘を吐きたくて吐いたんじゃないんだから」
「フライハイトの気持ちも察してやれ、ヴィータ」
「そうですよヴィータちゃん。シャルさんだって辛かったんですよきっと」
「そうだぜ姉御。そろそろ許してやってもいいんじゃねぇか?」
八神家一同からの説得にもヴィータはムスッとして答えなかった。悪かったと思いながらも、ヴィータのその態度に少しカチンと来たシャルロッテ。
「ごめんって謝ってるじゃん。このチヴィータ」
ボソリとそう呟いた。普通は聞こえない音量だったが、会議室が静まりかえっていたこともあり、全員にその呟きが聞こえていた。もちろんヴィータにもだ。
「あ? 今なんつった?」
ようやくシャルロッテを見、そして先ほど以上の不機嫌さを以って半眼で睨みつける。しかし今度はシャルロッテが無視を決め込む。
「なぁ? 今、あたしのことをチヴィータっつったろ」
「しっかり聞こえてんじゃん。チヴィータチヴィータチヴィータ」
チヴィータと連呼した後、頭の後ろで腕を組み、口笛を吹くシャルロッテ。
「何であたしがチヴィータなんだ? あ?」
「だって、八神家の末娘のリインに身長超されてるじゃん。プゥークスクス」
右手で口を覆いつつ可笑しさのあまりに噴き出しました、と言った風なポーズを取るシャルロッテ。シャルロッテのその態度に、ヴィータの怒りのボルテージが最高潮に達した。
「上等だコラッ!! アイゼンの頑固な汚れにしてやる!!」
待機状態の“グラーフアイゼン”を胸元から取り出すヴィータ。椅子に右足を掛けたまま“グラーフアイゼン”を起動して、シャルロッテにヘッドを突きつける。シャルロッテも右の中指にはめた“トロイメライ”を起動させようとする。
「やってやろうじゃない! トロイメライ! 久々に私に騎士甲冑を!」
≪了解です。特別モデルの騎士甲冑を起動します≫
“トロイメライ”の言葉に、シャルロッテは「へ? 特別?」と首を傾げ、レヴィが「あ」と、やっちゃった、と言った風に右手で顔を覆った。そしてシャルロッテを覆い隠す真紅の閃光が会議室をも照らし出す。メンバーは眩しさから目を逸らした。真紅の閃光が晴れたと同時に聞こえてくる声。
「助け求める声あればすぐさま直行! どんなお悩みもドンと来ぉい♪ 愛刀トロイメライでスパッと(斬り殺して)見事に解決する謎の美少女☆ その名は、美少女魔法剣士☆リリカルシャルロッテ♥ ここに推・参!!」
ドォーーーン!!という効果音と共に、赤紫色のゴスロリ――ウサ耳&ウサ尾付き――に身を包んだシャルロッテが、ポーズ付き&ものすごい笑顔を振りまきながら登場。そんな彼女の周辺にいくつもの小さな花火が咲く。その光景に絶句する六課メンバー。ヴィータもそんなシャルロッテの姿に怒りを忘れ呆然としている。ただレヴィだけが両手で顔を覆ったまま、人知れず必死に笑いを堪えていた。
「・・・・・・・」
「・・・・・・・」
「・・・・・・・」
「・・・・・・・」
「・・・・・・・」
会議室に痛い静寂が流れる。
≪特別モデルの騎士甲冑の生成完了≫
“トロイメライ”が告げた。その瞬間、シャルロッテが「なんじゃこりゃぁぁぁぁッ!!」と咆えた。
「なにっ、今の恥ずかしいセリフ!? ていうか、誰が私の騎士甲冑を変更しやがった!?ていうか、美少女魔法剣士って痛すぎ!! ていうか、ゴスロリだけでも十分だっていうのに!!」
会議室を包んでいた静寂が六課メンバーの笑い声で吹き飛んでいく。頭に生えた白いウサ耳を取ろうとするシャルロッテの顔が真っ赤になっていく。
「なのは! これはどういうこと!? 嘘ついてた私が言うのも何だけど、親友の証をいじったのはなのは!?」
「親友の証、っていうよりかは形見じゃね」
「ヴィータ、シャァラッッップッ!」
「ち、違うよ! 私は知らないよ!」
ものすごい剣幕のシャルロッテに、なのははたじろぎながらも何も知らないことを伝えると、「それじゃあ誰!? マリエルさんとか!?」とシャルロッテがさらに咆える。
「あ、そう言えば、レヴィとルーテシアが1度トロイメライを貸してくれってことがあったよ」
なのはのその言葉にシャルロッテがグルリと首を回して、笑いを堪えているレヴィを見た。
「お、おおお、おおおおお前かぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!」
「っ! は、話を聞いてシャルロッテ! こ、これには訳が――」
「問答無用じゃぁぁぁぁぁぁッ!!」
“トロイメライ”を振り回し、逃げるレヴィを追うゴスロリシャルロッテ。
「わぁぁぁぁぁ! アカンよシャルちゃん! 暴れたらアカン!!」
「フライハイトが戻ってきたらすぐこの騒ぎか」
「でもこの感じ、わたしは好きですよ」
「あはは・・・あたしもこの騒ぎは好きな方かな」
「あの、巻き込まれる前に逃げた方が・・・?」
「止める方が良いんじゃないかしら。被害が大きくなる前に、ね」
その後、空いているトレーニングルームへと強制転送されたシャルロッテとレヴィは派手にバトったとさ。
ページ上へ戻る