ウォーロック・ブレイド
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第一部:蒼の鬼神
悪魔と契約した少年
2
ロードの周囲を、青白い電光が撫でていく。黒い外套の巨漢はその雷光に気圧されたかのように、一歩、二歩、と後ずさっていく。
「何だ……何だてめぇ……そいつは何だ!」
「……」
ロードは閉じていた両目を開く。その瞳の色は本来の黒色ではなく、雷光と同じ青白い色に輝いていた。青い瞳で、静かに巨漢を見つめる。すると、なんとなくだが相手の行動が読める気がした。同時に、自分がどうやって戦えばいいかも。相手は恐らく格闘戦を主体とする訓練を積み、先述を組み立てているだろう。対するこちらは、魔方陣から引き出した大剣。ロードと同じように、青白い燐光を纏っている。磨き上げられた刀身は、雪のように白い。
《蒼燐光の鬼神》がロードに授けた能力の一つ、《神宝の具現化》だ。”守護悪魔”の持つ、『自身の能力の一端を貸し与える』効果の一種で、《蒼燐光の鬼神》がロードに貸し与えた『能力』が、この大剣だったという事だ。研ぎ澄まされた白い大剣が、雷光に充てられてきらりと輝く。
突然のロードの変化に戸惑ったのか、男はいまだ混乱したような表情をとっている。対して、聖職者の方の驚愕ぶりは度を越していた。
「な……ば、馬鹿な……《ウォーロック》だと……!?」
「なんだそりゃぁ」
聖職者に、巨漢が問いかける。聖職者は青ざめた表情でその問いに答えた。
「悪魔と契約して能力を借り受けた存在です。《魔女》と対になる存在だとか……で、伝承では、《全知の書記》の時代に、彼の者と共に戦ったという……」
《全知の書記》。それは、この世界で最も広く語られた存在の一人だ。《絶対強者》と《勝利の女神》の娘にあたる、《絶勝の女神》と共に世界を渡り、現在の王国の基礎を作ったと言われる立役者だ。王国の初代国王は彼と共に冒険した仲間の一人だという噂まである。
建国神話にまで語られる存在――――それはつまり、彼が英雄か神の領域にある存在だという事だ。
そんな彼と共に有った仲間たちの中に、《世界の闇》と契約した者がいたという。彼が扱ったのは悪魔。英雄譚などでは邪悪な存在として扱われる悪魔だが、彼の者の操った悪魔だけは《聖なるもの》として扱われている。
彼のことを、サーガでは《ウォーロック》という呼称で呼んでいた。つまり今のロードは、伝説の英雄と同じ呼称をされる存在となっているわけだ。
「あ、あの様子では、覚醒したばかりの様子です……今ならばまだ殺せる!!は、はやく、早く殺しなさい!!」
「わぁってるよ……少し黙ってろ」
巨漢が黒いローブを脱ぎ捨てる。あらわになった筋肉に覆われた肉体には、大きな傷跡がいくつか、そして、左半身を覆う巨大な刺青が付いていた。
《蒼燐光の鬼神》との契約――――聖職者にならうなら《ウォーロック》になったことによって、ロードには《蒼燐光の悪魔》の持っていた戦闘知識がいくつか与えられていた。
あの刺青は、恐らくは何らかの魔術的処理を施した《魔術刻印》だろう。特定の魔術を埋め込むことで、魔術師でなくても特殊な能力を使えるようになるという技術。
「餓鬼、テメェの能力にはちっと興味が出てきたがな。こっちもある意味商売なんだ。悪いが、死んでもらうぜ」
男が前かがみになる。瞬間、バクン!!という音。ロードの強化された感覚は、同時に膨大な量の魔導エネルギーが放出されたことを感知した。それに充てられて、裏道に添っていた建造物の窓が割れていく。
波動が消え去った後には、どこか獣めいた顔立ちに変化した男がいた。《魔術刻印》による《疑似獣人化。亜人種族である獣人の能力を得て、一時的に獣のごとき能力を手に入れる技術だ――――もっとも、それもまた《蒼燐光の鬼神》によって与えられた知識の一つにすぎないのだが……。
「グルァッ!!」
獣の物によく似た咆哮を上げ、人獣は大地を蹴った。人間の域を超越したスピード。並みの人間なら対処が難しかっただろう。ロードは知りえないことだが、この男はこの能力によって、裏社会では一目置かれる存在なのだ。
だが――――ロードには、それが不思議と遅く見えた。止まって見えるほどではないが、普段の五分の一近くのスピードで動いているように見える。《ウォーロック》になったことによって強化された感覚は、五感だけにとどまらず、脳の認識領域までも活性化させたらしい。一種の興奮状態によって引き起こされるソレは、体感時間の一時的鈍化を引き起こせる。
手に取るように……とまではいかずとも、刺青人獣の動きは知覚できた。最適なタイミングで、その《能力》を開放させる。
《蒼燐光の鬼神》が自らの《神宝》と共にロードに授けたのは、その中に込められた特殊な能力……いわば《必殺技》だ。どうやって使うのか。どのような効果があるのか。それもすべて、当然の様に――――ずっと前から知っていたかのように、ロードの脳裏に出現する。
「――――咎人に罰を。罪人に慈悲を。其は彼の者に、《断罪》という名の《祝福》を与えよ――――」
雷光が、純白の刀身を包み込む。そのまま光はどんどん強くなっていき、非実態の刀身を形作っていく。見る見るうちに、光の刀身は元の刀身の倍近くの長さまで伸びた。
人獣化した男が剛腕を振るう。それに合わせるように、ロードは大剣を振るった。本来のロードには……いや、普通の人間には出せないような剛速の一撃。《ウォーロック》になったことによって、身体能力も格段に増加したのだ。それこそ、人間を超えるまでに。
男の拳が、あっけなく白亜の大剣に切り裂かれる。吹き出す鮮血が、路地を汚していく。攻撃の夜はそれだけでは止まらない。突き出された男の右腕は切り飛ばされ、聖職者の体もまた、切り裂かれる。
「ぐぉっ……」
男の反応は、激痛に顔をしかめてはいるが慣れたものだった。普段から戦場でダメージを受けているせいだろう。だが、戦闘慣れしていない聖職者の反応は異様だった。
「い……いきゃぁぁぁぁあああああああッ!!」
浅くえぐっただけなので、さほど血が出ているわけでもないし、刺青の人獣ほど致命傷なわけでもない。それでも、聖職者はまるでそれが世界の終りでもあるかのように喚きまくった。
「ち、血が!!私の血がぁぁぁ……血が出ている……!!あああぁぁ」
ぼたぼたと涙を流しながら喚く聖職者。それを眺めるロードは、自分が異様なまでに平静であることに気付き、戦慄した。
奴隷牧場にいたころから、もともと《恐怖》という感情はあらかた麻痺していたと思う。わずかに残るさらわれる前の記憶でも、やはり自分はあまり感情とは縁のない人間だったように感じられる。だが、これは異常だ。相手の命が、全く感じられない。命の『価値』とでもいうべきものが薄れている。そんな感覚にさいなまれるのだ。
――――コヤツノ魂ニハ、汝ホドノ価値ガ無イ。
こころの奥で、誰かが――――いや、その名前をもう知っている。《蒼燐光の鬼神》が呟く。
ロードは仮説を立てることにした。《ウォーロック》は命の重みを理解できない。それは恐らく、《悪魔》に魂を売るという、「自分の魂」というもっとも重大な命の価値を既に失っているからだ。《ウォーロック》は本能的な面で魂の価値を感じられない。その《ウォーロック》個人の道徳と感情によって殺傷行動を制限しなければいけないのだ。
さらには、悪魔という魂を求め、殺戮の本能にのみしたがって行動できる存在を内に秘める形になっているせいだろう、本能的に「殺す」ことを忌避しなくなってくるのだ。それと同時に、《ウォーロック》ら『悪魔と契約した存在』と契約できる悪魔は、契約者の魂を即座に奪わないだけの理性が必要である、という事になる。《蒼燐光の鬼神》は、ロードの「魂が輝くまで」を契約期限とした。それまでロードの魂を食わないと決めているのであれば、かなり本能を抑えるのが得意な理知的な悪魔だという事なのだろう。
さらによく考えてみると、悪魔は人の言葉をしゃべれない。そもそも、相当高位の悪魔でなければ、言葉をしゃべることすらできないのだ。大抵の悪魔は獣の様な鳴声を立てるのみだ。にも拘わらず、《蒼燐光の鬼神》は(不完全ではあっても)人の言葉をしゃべる。これはつまり、この悪魔が相当高位の存在だ、という事を示しているのではないだろうか。
今更になって、ロードは自分が恐ろしい存在に魂を売った、という事を自覚した。
「うるせェッ!!」
喚き続ける聖職者を黙らせたのは、いつの間にか右腕から流れ出る鮮血を止めた刺青の男だった。すでに疑似獣人化は解け、人獣の姿から人間の姿に戻っている。
「てめぇ……何だその剣は……俺の《硬皮甲》をあっさり切り裂きやがった……」
男が口にしたのが、《フィジカル・エンチャント》と呼ばれる術であると、ロードは与えられた知識から察した。男は残された左腕を握りしめると、叫んだ。
「ハッ!!面白れぇ!!ここ暫くお前ほど強い奴とは戦ってねぇ!!面白れぇ!!面白れぇぞ!!――――俺を殺して見せろ!!」
バグン!!と再びエネルギーの爆発。男は再び人獣の姿になった。全力の突撃。だが、やはりロードにはそれが多少遅く見える。最適なタイミングを狙って、剣を振ろうとし―――
「ッ!!」
男の攻撃が曲がった。ロードの体に攻撃がヒットする。吹き飛ばされるロード。だが、最初に攻撃を食らった時の様に、骨が折れたりはしない。鈍痛が響くのみである。
「ハッ!防御力も上がってるってのかよ……」
男はしかし、あきらめた様な表情は見せない。愉快そうに笑い、再び拳を握る。
「な!何を遊んでいるのです!!は、早く殺しなさい!!はやく!!はやくぅ!!」
「ったく……煩せぇなぁ……仕方ねぇ。こいつで終わり、か……」
瞬間、男の姿が掻き消える。大地が抉られている。超人化したロードの動体視力でも捉えられないスピード。並みの人間ではなくても、防御は難しいだろう。
だがしかし。《蒼燐光の鬼神》の《神宝》を与えられているロードに対して、直線攻撃は愚策だ。それを知っていながら、あの男は攻撃してきたのだろう。
――――案外、いい奴だったのかもしれないのにな。
なぜ犯罪者などという存在になったのだろう。そう思いながら、ロードは剣を振るう。それは今度こそ男の命を刈り取り、その後ろ、恐怖にむせび泣く聖職者すら切り殺した。
後に《奴隷王朝時代》と呼ばれることになる時代、その出発点となった最初の出来事であった。
後書き
ちなみに『獣人』は亜人種の獣人こと、『人獣』は人間が変身しただけの獣のこと……つまりは『カレーライス』か『ライスカレー』か、『トナカイ人間』か『人間トナカイ』かの違いです。
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