覇王と修羅王
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自称王と他称王
四話
ヴィヴィオは身体の調子を確認するように何度か軽く飛び跳ねる。
目の前に居るアインハルトは強い。どれくらいかは判らないが、自分よりずっと強い。ノーヴェだって頷いていたのだ、間違いないだろう。
そして、この結果か経過次第でアレクとも戦えるという。そうオットーとディードが教えてくれた。
どういう結果や経過を出せば良いのかまでは教えてくれなかったので分からないが、たぶん戦いたいと思わせればいいのかな、とヴィヴィオは思う。
だったら見てもらおう。ノーヴェが紹介してくれたのだから、きっと強い筈。
そして出来るのなら、これから一緒に練習していきたい。
先日、リオも加わった時は楽しかった。それに二人が加われば、更に楽しいに違いない。
ヴィヴィオは二つのお下げをピコピコ揺らし、開始の合図と同時に飛び出した。
「へぇ……」
ティアナは感嘆が混ざる呟きが無意識に出た。
両拳のコンビネーションを軸に、時折腰の入った蹴りを放つ。基本を繰り返しているような感じだが、ヴィヴィオの動きは思ったより遥かに良い。
対してアインハルトは自ら手を出さず、まだ様子見といった感じで捌き続けているが、此方も想像以上だ。
隣に居るアレクはどう思っているのか。普段とは打って変わって誰よりも静まり返っている事も気に成り、ティアナは訊いた。
「アレクはどう見える?」
アレクの視界には、別世界が広がっていた。
アインハルトの姿が見えずらい。濃い日陰の中に居るような感じで、特に表情が見えない。
だが、対するヴィヴィオは眩しいくらいによく映る。まるで、日の下に居る様に。
そんなヴィヴィオが拳を繰り出しているお蔭で、アインハルトの姿がようやく見える。
何故、其処までアインハルトの姿が見えないのだろうか。後ろで耐える様に立つ男はハッキリと見えるのに。
「あっ!?」
アインハルトの掌底がヴィヴィオの胸を穿つと同時に、男の顔が大きく歪んだ。
何故、あんな顔をしてまで耐えるのだろうか。そんなに辛いなら、――忘れてしまえばいいのに。
「……お手合わせ、ありがとうございました」
ヴィヴィオに背を向けるアインハルトの顔は見えないが、後ろに立つ男と目が合った。
思い出せ。そんな事を言いたいような目をしていた。
◆ ◇ ◆
唐突にスパーリングを打ち切ったアインハルトに変わりヴィヴィオの前に立ったアレクだが、既に疲弊を感じていた。
目の前のヴィヴィオは意気消沈気味で、チラチラとアインハルトの方を見ている。腕前を遊びと趣味の範囲なんて言われたらへこむよなぁ、とアレクの同情も買っている。
そして、周りの目も気に成る。
保護者組の視線はまだいいが、護衛組の「なんとかしろ」という視線と、リオとコロナの縋るような視線が辛い。手合せしてヴィヴィオを楽しませろという視線なのだから。
恨めしや、とアレクは投げっぱなしを決めた張本人を睨むが、アインハルトは先程から毛の穴まで調べる様にアレクを凝視している。
いっそ投げ出すか、と一瞬考えるが、ルームキーは未だティアナの手の中に有る。
(どないせえっちゅーねん!)
あーでもない、こーでもない、と考えていると、ヴィヴィオが自分の頬を叩いていた。気合を入れ直したらしい。
ただ、勝手に立ち直れるのならば、俺は何故此処に居るのだろう。アレクはそう思った。
「俺、いらなくね?」
「何言ってんだ、始めるぞ」
「……へーい」
どちらにせよ、やる事は変わらないらしい。
仕方ない、とアレクが構えを取ってすぐ、開始の合図が下された。
先に仕掛けたのは、ヴィヴィオ。半身で構えるアレクに牽制の左を出し、本命の右を繰り出す。アインハルトの時よりも強く、より鋭く。
だが、先程の事がまだ尾を引いているので少々力みがちな拳は読まれやすく、更に半身の相手には狙うヶ所も絞られるので、簡単に捌かれる。
もっと当てやすい所に。
胴を狙える位置に回り込もうとするが、片足を軸に回るアレクの方が圧倒的に早く、次いで迫る拳で防がれる。
ならば、リーチの差を埋め、掻い潜り、有利な立ち位置を。
軽快なステップとフェイントで懐に潜り込もうとするが、視界の殆んどが塞がれた。
同時に、腹部に手の感触。咄嗟に腹筋に力を込めると、凄い圧力が掛かった。
「陛下!」
オットーとディードに受け止められ、ヴィヴィオは何をされたか遅れて理解した。
掌打を目の前で止め、思考を止められた隙に腹部を打たれた。汚い手段ではあるが、ヴィヴィオには新鮮な衝撃だった。
(こんなやり方があるんだ……)
クイクイと手招きをするアレクに、身を震わせる。
知らない構えにまだ見ぬ戦い方。もっと知りたい、もっともっと戦いたい。
ヴィヴィオは漸く目の前の事しか見えなくなった……が、対するアレクは中々冷や汗ものだった。
(……泣かない、よね? 大丈夫……ですよね?)
アインハルトと同じ事をして、今度は途切れないと教えてやればいいんじゃないか、と浅はかな考えで実行したが、ヴィヴィオは顔を伏せて震わせている。
このまま泣いてしまったらどうしよう、超逃げたい、とアレクは思っていたが、そんな邪推はすぐに吹き飛ばされた。
「行きますっ!!」
「お、おう……!?」
自分の身もぶつけるかのような勢いで攻めてくる。ラッシュの中で放つ拳や蹴りも無駄な力みが抜け、その分しなやかに。
そして、無遠慮に成った。狙える所では一撃必倒を容赦無く繰り出すように成った。
少し引き腰気味だったアレクは態勢を立て直しながら思う。
(この子、Mだ!)
――的外れな事を。周りの目が穏やかに成ったので、そう受け取った。
次いで、Mならばもっと厳しい方が喜ぶ筈、とアレクは手数を増やし、ギアを上げる。的外れな勘違いであるが、行動自体はヴィヴィオの好みに合っていた。
次第にヴィヴィオの拳が逸れ始め、時には打つ事すらも出来なくなる。
(凄い……凄いっ!!)
腕が伸びきる迄にアレクの掌が入り、拳は外に逸れていく。手数を増やしてみれば、自分以上の手数で押さえられる。蹴りを放てば、無数の掌で体勢を崩され、押し流される
攻める側に居るのに、一向に防御を崩せない。繰り出す攻撃が通らない。その事実がヴィヴィオをより熱くする。
調子を取り戻し、上機嫌になっていくヴィヴィオの様子は見ている面々にもよく分かる。経過を心配していた者も、強張り気味だった肩を落とす。
だが一人だけ、より鋭い視線で見る者が居た。
(……じゃれている)
真っ直ぐな技と心で向かうヴィヴィオはまだ良い。その純粋さは幼い頃のオリヴィエを思わせたくらいだ。
ただ、武才は彼女に遠く及ばないが為に、自身が戦うべき王では無いと切って捨てた。
因ってアインハルトが射抜くのはアレクの方。
圧倒的な手数は、覇気を込めれば怒涛の猛撃に変わるだろう。
力の抜けた掌は、覇気を込め拳に変えれば忽ち必殺へ変わるだろう。
腑抜けた顔付は、覇気を纏い殺意を持てば、其れこそ自身の望みに変貌するだろう。
だが、アレクは覇気を燈さない。まるで爪と牙を隠して戯れる獣のよう。
オリヴィエを失い、全てをなげうって力を望む最中、圧倒的な暴力でクラウスを地に伏せた彼の姿は何処に。彼の武具を持つというのに、悲願を向けるに相応しい姿は見せない積もりだろうか。
ならば、とアインハルトの目が冷たく細まる。
「そこまで!」
制限時間の四分が終わり、スパーリングを止めるノーヴェの声が響く。
うにゃ~、とヴィヴィオは奇妙な吐息をし、満足げに二三言アレクと交わした後、ノーヴェと共に呼ばれる方へ歩いて行く。
好機は……今!
「アインハルト!?」
驚き叫ぶ声は既に背に、アインハルトの拳はアレクの眼前に迫る。
「うおっ!?」
アレクは寸の所で躱し、後方へ飛び退こうとするが、その足をバインドで縛る。
アインハルトは倒れ行くアレクにもう一撃、覆い被さるような体勢で拳を殺意に塗れた繰り出す。
これでどうなるか。戦闘経験を有しているならば、きっとその中に彼は居る。
だが、これでも顔を出さなければ、もういい。アレクの事も諦めて、他の相手を探そう。探して戦って、朽ち果てるまで、そうやって生きよう。
そう思い腕を伸ばす最中、本能が警戒を鳴らし、鳩尾下で腕を交差させる。
蒼い炎のような壁の中から、腹を抉り心の臓まで届くような蹴りが放たれた。
「っ!?」
アレクの頭を通り越え、痺れる腕を使いなんとか着地し、慣性に従い少し飛び退く。
そして、のそりと起き上るアレクと目が合うと、全身の毛が逆立った。
「止めろアインハルト!」
「やっと、やっと会えた……」
「アインハルト?」
ノーヴェとスバルに取り押さえられるが、もう良かった。確かに彼が居たことは確認出来た。今はそれで十分だ。
今、胸に渦巻くものは、ぶつける時までとっておこう。そう思い、再びアレクを見るが、既に其処には居なかった。
◆ ◇ ◆
「で、俺の所に来た訳か」
「うい。オッちゃん、なんとかしてくださぁい。もうアイツを留置所にでもブチ込んでくださぁい」
「ガキの喧嘩に出向く気はねえよ。それに血筋に関しては徹底しろと教えた筈だ。面倒臭がるからそうなる。自分の不始末は自分で処理しろ」
「ぐあ」
再び警防署に現れ、机に屈伏するアレクを、後見人であり叔父でもあるフェルヴィス・アルドゥクは呆れたように見下ろした。
話を聞く限りでは被害者であるが、フェルヴィスにとってまだガキ同士の喧嘩の範疇でしかなく、動く気には到底なれなかった。
ただ、甥であるアレク自身がどうしたいか。それ次第では、覇気の闘法を修めているフェルヴィス個人として手を貸す事も吝かではない。
「で、どうすんだ? 抗うか? それともまた逃げるか?」
「う~……あ~……」
フェルヴィスの問いにアレクは呻く。
アインハルトと戦う、それだけで済むなら構わない。
だが、アインハルトの様子と襲い掛かられた時に感じた衝動は、面倒な事に成るとアレクの勘が告げている。
そんなアレクが一先ず出した答えは……。
「……魔力を封印して抗いたいと思いやす」
覇気の闘法である機神拳だけで抗う、だった。
魔導が関与しなければ面倒は起こらない。そう考えたアレクの発言だが、封印の手段を取るに至った心中をフェルヴィスは看破する。
「さてはお前、魔導の方はまだサボってやがるな?」
思いっきり顔を背けるアレクに、やはりか、とフェルヴィスは深いため息を吐く。
機神拳は覇気の扱いさえ身につければ習得できる。覇気の大小や才能なども当然必要だが、魔導の才はいらない。
だが、リンカーコアを持ち希少技能を持つ者には、氷や炎を用いる闘法も収められる。アレクに希少技能は無いが、身体資質により全ての源と呼ばれる覇皇拳を修められる器がある。ただ、魔導を怠る今のアレクには宝の持ち腐れなのだが……。
「……まだ踏ん切りつかねえか?」
六年前、アレクの両親は身体資質を確かめるべく覇気と魔導を酷使させた。その結果、暴発し、なんの資質も持たない両親はこの世を去った。
現場へ一番に駆け付けたフェルヴィスは事故と処理させ、誰にも判らぬように隠蔽した。その後、覇気の扱いを修めさせるべく訓練漬けにさせ、アレクに罪の意識すら忘れさせた。
魔法の方は編入させた魔法学院でイロハを学ばせてから、と思っていたのだが、アレクは魔導方面に苦手意識を持っていたようで、未だ著しくない。
トラウマまでなっていないようだが、同時使用は避けたいようだ。
だがアインハルトに徹底した拒絶態度をとらないあたり、踏み出す事を迷っているのではないか、とフェルヴィスは察する。
「だって、またやらかしちまったら……オッちゃんが面倒じゃん?」
身体の成長と共にリンカーコアも成長し、魔力量も増加する。ならば次に暴発したらどうなるか、そしてまたフェルヴィスが処理に追われるのではないか、アレクの懸念はそこにある。
だがフェルヴィスは鼻で笑う。
「ガキが俺の心配なんて十年早いんだよ」
「……そうすか」
「それに、今回は何が起きても大丈夫じゃねえか?」
「は? 何で?」
「お前、四年前に起きた大事件解決の中心部隊名は知ってるか?」
「え~と、機動六課だっけ? なんかスゲー部隊だったみたいだけど、それが何?」
「今日の朝来たうち、此処のお世話にならなかった二名はその部隊の戦闘隊員だったらしいぞ」
「……は?」
「だからあの二人は居ればお前の暴走なんて軽くブッ飛ばせるんじゃねえか?」
「……はあ!?」
俺の悩みはなんだったんだー!? とアレクはいきり立つが、五月蠅いとフェルヴィスに頭を掴まれ、強制的に座らせられる。
悩みを解消できたのはいいが、他の問題は残っている。
「そういやお前、成績悪いが進級は出来たんだよな?」
「……うい、なんとか」
「進級祝い、欲しいか?」
「貰えるもんは貰う主義です。何くれんの?」
「覇気に関する魔導の扱い方をくれてやる」
「……そんな祝いは遠慮したいです」
「貰えるもんは貰う主義なんだろ? 男が二言を吐くな」
「うがー! 藪蛇ったー!!」
対策は良いが、暴発など無いに越したことは無い。
善は急げとフェルヴィスは、頭を抱えるアレクの首根っこを掴み、朝を同じように引き摺って行った。
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