| 携帯サイト  | 感想  | レビュー  | 縦書きで読む [PDF/明朝]版 / [PDF/ゴシック]版 | 全話表示 | 挿絵表示しない | 誤字脱字報告する | 誤字脱字報告一覧 | 

戦国御伽草子

作者:50まい
しおりを利用するにはログインしてください。会員登録がまだの場合はこちらから。 ページ下へ移動
 

参ノ巻
死んでたまるかぁ!
  2

 よく川に落ちる人生よ・・・。



 あたしは天井を見上げながらしみじみと思った。



 世間広しと言えど、こんなに何度も川に落ちた姫も、その度にしぶとく生還している姫も、あたしぐらいのものよね。



 で、ですよ。



 あたしは何で川で流れる羽目になったのかって話。



 あたしは布団で横になりながらもふんと腕を組んだ。



 水に流されながら聞こえた女の声。その前、夢か現かわからない混濁していた意識の中でも同じ女の声がしていた。多分、だけど、あの声は幻でもなんでもない。と・・・思う。キッパリそうだ!って断言できないのは、そう言える根拠が何もなく、ただあたしの直感ってだけだから。



 でも、こういう時のあたしのカンは信じることにしている。そして大抵、それは当たるのだ。



 そしてその声はこう言っていた。あたしが生きていることを、誰にも知られてはいけない、と。知られたら、あたしの大事な人を皆殺す、と。



 幻だと切り捨てるには、その声の孕む意味は重すぎた。



 だって実際に毒湯を飲んで、あたしはてっきり死んでしまったかと思った。本当に、はっきり死んだと覚悟するほどの吐血量だった。でもこうして目を開けて、どこかもわからない家の布団に寝転がっている。あたしが死にかけたのがもし、声の主のせいなら、皆殺しにしてやるというそれも、幻聴だと聞き流せる訳がない。



 それにその声は、ごく普通のことを言うように刃のような禍言を吐いた。まるで楽しいおもちゃを見つけたかのように、あくまで遊びだとでも言うような気安さで。それが逆に言っていることが冗談なんかではないと背が寒くなるような声だった。



 ・・・。



 非現実的なことを言ってしまえば、よ。



 あたし、呪われたのかなぁ、と。女の幽霊に。もしくは取り憑かれている?もーわけわかんないけれど、今までの状況を考えれば、それが一番しっくりくる気がするのだ。



 お祓いぐらいでどうにかなるものならいいけど・・・あたしはそもそも信心深い性格(タイプ)じゃないし、幽霊云々も積極的に肯定してまわる方でもない。坊さんの加持祈祷(かじきとう)なんて子守歌か気休め程度にしか思っていないから、そんなあたしが今更仏様に縋りついたところで、効果があるかどうかは疑わしい。



 いや、ちょっと待って。あたし、皆のところに戻れないの?ということは一文無し。読経が効く効かない以前に、お祓いなんてそんなことを頼む金もない。生活のアテもない。



 身売り・・・という単語が頭に浮かんだ。一人で暮らすとしても、女の一人暮らしなんて誰にとってもいいカモだし、死ぬよりも屈辱的な目にあう可能性も高い。春を(ひさ)ぐ・・・なんて絶対にイヤよっ!あたし自分で言うのもナンだけど、そもそも売れるような顔でもない。二束三文で買い叩かれて、すぐボロ雑巾のように使い捨てられるのがオチだ。



 他に・・・なにか・・・権力者に保護して貰うとか?でもそんなの、いくら名目は保護って言っても内実妾(めかけ)扱いだ。何をしようとも、結局、あたしが女であることがついてまわる。この物騒な戦国の世では、受容するしかない事実だとしても、悔しさが胸を焼く。



 ん・・・いや、あるじゃないの!タダで読経も聞けて、女の身でも生きていけそうなところが!



 あたしはぽんと手を打った。



 お寺よ寺!尼寺!尼になれば、俗世とは切り離されるから、誰に会う心配も無し、しかも寺だから幽霊なんぞ寄りつかなくて一石二鳥、おまけに読経もタダで聞き放題じゃないの。あたしがこの先の余生、静か~に大人しく岩のように兄上達の菩提を弔って生きていけるかは別問題だけど、とりあえず尼寺ってのは良い選択肢だと思う。



「ん?今度こそ起きたァのか?」



 あたしが自分の名案にしみじみ頷いていると、いきなり妙な訛りの声が聞こえた。



 それにつられて振り仰げば、素足と黒い衣と盆が見えた。



 えっ、高彬(たかあきら)!?



 ひょいっと盆の向こうからのぞいた顔を見て、あたしは心臓が飛び出るぐらい驚いた。一瞬、その顔が高彬に見えたのだ。しかしよく見れば高彬よりも男らしくて、何で見間違えたのかと思うほど全く違う顔だったけれども、心臓の鼓動はすぐにはおさまらない。



「おい、何だァ?俺の顔に何かついてるか?」



 男は器用に片眉をあげて、ずいと顔を近づけた。



「つっ、ついてるも何も・・・ついてないけど」



 一生女には困らないと確信するほどの美丈夫に顔を覗き込まれて、あたしはあわあわと動揺しながら、その顔を左手で遠慮無く押しのけた。は、鼻高いなこの男・・・。



「おい、随分だァな?命の恩人に」



「あ、いや、あの、その・・・ありがとうゴザイマシタ・・・」



 なんだかもーあたしは一人で混乱してて、布団の中に顔の半分まで潜り込んでもごもごと言った。



「あァ」



 と、男は言ったかと思うと、大きい手で、いきなり唯一布団から出ているあたしの頭をわしわしと乱暴に撫でた。



「いいか、何があったかは知らねェが、その若さで入水(じゅすい)なんてするモンじゃねェぞ」



 そして頼もしい兄が如く、優しく笑う。



 はぁこれはさぞおモテになることでしょう・・・。(しば)しあたしはぽかんとしたけれど、いつまでも阿呆(あほう)のように口を開けてばかりも居られない。つまり、この男・・・あたしが自殺しようとしたと思ってる訳ね。



 そういうわけじゃないけれど、説明するのも面倒だしとりあえず頷いておく。しかし男はにやりと口角をあげた。



「ふン?入水じゃねェってか?傷はなかったから・・・毒か」



 ちょ、ちょ、なんでわかるのよ!あたし頷いたわよね?



「誰かに殺されそうにでもなったか?」



 畳み掛けられて、あたしの目は相当に泳いでいたのだろう。男はぽんと優しい仕草であたしの頭を合図のように叩くと手を離し、盆の上の器を差し出した。



「ほら、食え。おまえ、自分がどれぐらい眠っていたか、わかってないだァろ?このまま死ぬんじゃねぇかと何度思ったことか。いつも赤粥で飽きたかもしれんが、生憎とこんなモンしかなくてェな。文句言わず食えよ」



「文句なんて言わないけど・・・いつもって・・・飽きたって・・・?」



 いつもも飽きたも、ここでごはんを頂くのは初めてだと思うのですけど・・・?だってたった今起きたし。男が前田家で暮らしてる時の知り合いだったとか言うわけでもないし。あたし普段赤粥三昧で飽きたーとか寝言言ってたのかしら・・・?別にいつもだって飽きるほど貪り食べてはないんだけど・・・。



 あたしの合点(がてん)のいかない顔を見て、男は声を出して笑い始めた。



「あっはっは。おまえ、覚えてないんだろう。死にかけていたから無理もないが、数日前から、自分でメシぁ食ってたァぞ」



「嘘!?」



 うっそでしょ!?もーやだ恥ずかしいったらありゃしない!毒湯を飲んで、体中の血を絞り出すかと思ったぐらい吐いたのは事実なので、そりゃあ死にかけていたことに間違いは無い。故に無意識下で生きるために食べ物を欲していただろうと言うことも間違いないのだろう。それにしたって・・・自分の覚えていない時の行動を他人に指摘されることほど恥ずかしいことはない。



「忘れて!」



「お、強気だァな?その前は俺が食わせて遣ってたんだァぞ?」



「えぇ!?」



 遂にあたしは頭まで布団に潜り込んだ。記憶が無いとは言え、鳥の雛宜しく、ぴよぴよとこの男に餌付けされていたんだと思うと、顔から火が出るほどの恥ずかしさだ。もーお嫁に行けない~と思って、ふと、あたしはもう二度と高彬に会えないことを思い出してしまった。そうすれば、もう暢気に男とじゃれていられる気分でもない。



「お?」



 あたしはのそりと起き上がると、男に向かって手を出した。



「・・・食べるわ」



「・・・ふン。しっかり食えよ」



 いきなり意気消沈したあたしに男は肩すかしを食らったように鼻を鳴らしたが、素直に椀を渡してくれた。口に運ぶと、優しい甘さが喉を伝う。暖かいお粥は安心する。あたしがどのくらい寝ていたかはわかんないけど、あたしが前田家や佐々家にいたのはほんとに、つい昨日のことのようだ。楽しかったし、辛くもあったし、でもそれでもやっぱり楽しかった。みんないたから。こんなふうに別れが来るなんて思っても見なかった。



 ・・・うん。やっぱり尼になろう。高彬に操立てる訳じゃないけれど、もう一回別のところで人生やり直し、なんて前向きに生きれない。一旦は受けた求婚(プロポーズ)、別の人と婚姻なんてことも考えられないし、・・・きっと、今も、高彬はあたしが死んだと思って悲しんでいる筈。だって、あたしが見た最期の高彬は泣いていた。大きくなってから久しく見ていなかった泣き顔だ。自惚れでも何でも無く、ただ高彬は優しいから・・・心を痛めているに違いないのだ。高彬も、父上も、由良だって、みんな悲しんでくれている。いつかは立ち直るとしても。そんなみんなを余所にあたしが平然と生きていられない。



「ねぇ」



「なンだ?」



「どっかに落飾(らくしょく)してくれるようなお寺ない?」



「ふン、なぜだ?」



「なぜって・・・尼になりたいからよ」



「事情があるみてェだが、世を儚むにはちィと早ェんじゃねェかァ?」



「いーの!あたしなんてどーせ遅かれ早かれ行き着く先は尼寺だけなんだから」



「こら。自暴自棄になるな。仏の光明は全てをお救い下さると言うが、一時の激情で髪を切れば悔いが残るぞ。髪はすぐには伸びん。取り返しがつかんくなる前にようく考えるんだな」



「何?いきなり真面目な坊さんみたいなこと言って」



「みたいとは失礼な。俺は紛う事なき僧侶だァぞ」



「なぁにを世迷い言を・・・ってええ!?本当にお坊さんなの!?」



 そう言われて見ると、確かに男の衣は墨染めだ!しかし袈裟(けさ)をつけていないのもあるし、何より髪がある!しかも長い!後ろでひとくくりにしてある髪は背の中程まであって、普通の武士と変わらぬ長さだ。これはわからないわよ・・・。



有髪僧(うはつそう)・・・」



「まァなァ」



「というか色々アリなの!?それって!」



「アリだアリ。俺は生臭坊主だからなァ」



 自分で言うかとは思うけど、なるほどいかにもこれが生臭坊主であると言った風体である。そして多分・・・この男帯刀している?



 あたしがじろじろと男を見ていると、男は感心したように笑った。



「ほォ。よくわかったなァ。外からはわからんようになってるンだが。まァ俺も色々とあってな。おまえもタダの女子(おなご)じゃァねェなァ?」



 っだからなんで何にも言ってないのにわかるかなぁ!?



「まぁね?」



 とあたしは内心をおくびにも出さずしたり顔で頷いた。



「ところで今更だけどここどこ?」



「石山寺だ。おまえ、表の瀬田川で流されてたンだァぞ?しかも夜に。夜の川なンて、飛び込むだけ馬鹿を見るが、なぜかおまえのことははっきり見えた。だから飛び込んだ。青く燐光していたから、助けるのも容易かった。偶然か俺の目の錯覚かわからンが・・・兎にも角にもこうして命が助かって良かったァよ」



「うん・・・ありがとう」



 男が、心からそう言ってくれているのがわかった。



 夜の川に飛び込むのがどれだけ無謀かはあたしにだってわかる。助けにいった人共々溺れ死んでしまう可能性の方が高いだろう。言うのは易いが、行うのは難い。実際その場面に行き会った時あたしも躊躇なく飛び込めるかはわからない。あたしはいい人に助けられた。何も返せないけれど、せめて心をこめてお礼を言う。



 それにしても、燐光してた、って・・・。あたしは無意識にずっと身につけていた胸元の瑠璃の勾玉を探った。・・・ある。無くしていないことに安堵する。これのおかげって決まった訳じゃないけれど、何となく、この勾玉が守ってくれている、気がする。ありがとう、とぎゅっと握って祈る。



 淡海国内は出ていないけど、石山寺か・・・前田家とは歩いて半日ほども距離があるところだ。・・・ん?石山寺?



「ところであんたの名前は?」



 石山寺・・・どっかで聞いたような。



 改めて男の顔を見る。



 あれ、ねぇ、やっぱり、何か・・・。



庵儒(あんじゅ)だ」



「庵儒・・・」



 あたしは少し考えてから、ずばりと言った。



「それは法名よね?本名は何と言うの」



「なぜだ?」



 庵儒は面白そうに口の端をあげる。



「あんたは・・・佐々家の側室の子ではない?名は確か、惟伎高(いきたか)



 のんびりしていたその場の空気が一瞬でがらりと変わり、惟伎高は壮絶に笑った。びりびりと威圧が肌を焼く。し、まった・・・。死にかけたおかげで頭も働いていないのかもしれない。ただ佐々家に繋がる人に偶然でも会えたのが嬉しくて、素直に名を言ってしまったけれど、相手は僧形なのに帯刀までしているんだった。僧の身で刀を身に帯びるなんて、身の危険がある場合しか考えられない。つまり周りを警戒しているってことだ。あああたしはなんて安易に・・・口は災いの元という先人の言葉をもっと理解しておけば良かったと後悔しても後の祭りだ。



 思わず胸元に手を遣るが、そこにあったはずの懐刀の感触は無かった。川に落ちた時に流されてしまったか、この惟伎高が持っているのか・・・。どちらにしろ、絶体絶命!?



「あっはっは!ピィは賢いなァ!いかにも!(それがし)佐々勇士(ゆうし)惟伎高である!」



 しかし激しい重圧は惟伎高の笑い声で嘘のように吹き飛んだ。惟伎高は元の優しい顔に戻っている。どうやら敵認定はされなかったようだ。あたしはほっと肩の力を抜いた。けれど、さっきの一瞬で背に噴き出した脂汗の感覚は、蛞蝓(なめくじ)の這いずり回った跡のように、気持ち悪い余韻を残していた。



「ピィって何?」



「昔おまえのような雛鳥を拾ってなァ」



 ひ、雛鳥と同類ね・・・まぁいいけども。



「そんなに俺は有名か?」



「まぁね。風の噂で、石山寺に佐々の惟伎高って奴がいるって聞いていたから」



 あたしは注意深く、言葉を選びながら言った。いつだったか由良がぽろりと言っていたのだ。佐々の次期当主は高彬か惟伎高だと。その時はへーそんな人が居るんだ、で流していたが、人生何があるかわからない。まさか実際に会うことがあるなんて思ってもみなかった。そして側室の子が僧侶になってるって言うどーでもいい佐々家の内情が世間にも漏れ出ているかはさっぱり知らないが、あたしの身を明かしていない以上、風の噂で皆知ってるってことにさせて貰う。それくらいなら漏洩してても不思議はないはず。



 でもあたしが気づいた極めつけは・・・やっぱ似てるのよ。高彬に。顔は惟伎高のが男前だし、体つきだって惟伎高のがしっかりしているし、背だって高い。でもやっぱり、異腹(ことはら)とはいえ父は同じ。言葉にできないけれど、瞬間瞬間の雰囲気がどことなく高彬を彷彿とさせるのだ。



「惟伎高とはこれまた久しぶりにまともに呼ばれたな」



「家族はここに来ないの?」



 どきどきしながら聞いた。ここ大事。これから尼になるにしても、ならないにしても、命助けて貰った恩ぐらい返してから出て行くつもり。・・・だけど、もし頻繁に佐々家と交流があるのなら、あたしはそんなこと関係なくすぐにでもここを立たなければならない。できれば、そんな不義理はしたくない。しかしあたしの心配を余所に惟伎高はアッサリと言った。



「家族なンぞ来ねェよ。仲良しこよしやる年齢でもねェしな?」



「あ、あらそう。やっぱりお坊さんになったら俗世とは切り離されて生活するものかしら」



「まァな」



 聞いてくれるなと戯けて惟伎高は笑う。寂しい人ねとあたしもノって笑う。



「ねぇ、なんて呼んだ方がいいかしら。庵儒?惟伎高?」



「惟伎高で良いよ。最早庵儒の方が慣れているから、珍しくて逆に小気味が良い」



「じゃあ、惟伎高。あたし何にも持ってないんだけどさ。命助けて貰った恩がある訳だし、ちょっとの間ここに置いて貰えないかなー・・・って。雑巾がけでも箒掃除でも何でもするし。尼寺はその後にする」



「ああ、いいぞ」



「えっ、いいの?」



 アッサリ許可が出てあたしの方が驚く。しかし惟伎高はケロリとしたものである。



「ん?いいったらいいぞ?なにせ今石山寺は俺一人だからなァ。この広い寺を掃除してくれるなんて願ったり叶ったりだ」



「ひ、ひとりィ!?そんなことある!?石山寺って言ったらそこそこ有名よね!?参拝客は!?」



「ウチの座主(ざす)は変わったヤツでなァ。すぐにふらふらどっかいっちまうし、人嫌いだ。故に今は俺一人。石山寺が賑わっていたのも過去のことで、今じゃ大和(やまと)国の霊験灼(れいげんあらた)かなナントカ寺ってとこにみぃーんな人をとられてな。残念ながら数えるほどしか人も来ん」



 座主とはつまり石山寺で一番偉い人のことだ。



 あたしも寺には興味ない方だけど、そんなあたしですら聞いたことのあるかの有名な石山寺がそんなことになっていたなんて・・・驚きで口がふさがらない。と同時に、あたしとんでもないこと言い出したんじゃないかと、一瞬後悔が・・・。



「衣は尼の衣が何着か揃ってるはずだからそれを使え。おまえの着てた寝間着は酷い有様だったから悪いとは思ったが捨てた。まァ本当に尼になるつもりなら、これもいい鍛錬だと思って励めよ」



 いや大変そうってことは、考え方を変えれば役に立てるってことで、あたしは惟伎高が居なかったら死んでいたと思うし、その恩を掃除ごときで返せるなら安いもの・・・。とそこまで思ってふと気がついた。なんだか今、不穏な単語を聞いたような?



「・・・ねぇ、寝間着捨てたって・・・」



「ああ。やっぱり、不味かったか?」



「ううん。別に捨ててくれて一向に構わないんだけど・・・今、石山寺にはあんた一人しかいないのよね?」



「ああ、そうだが?」



「で、あたしは血で塗れた寝間着を着替えて、新しいものを着てここに居る訳ですが」



「ああ、間違ってねェな」



「誰が着替えさせてくれたのかしら?あたしが無意識に自分で?それとも・・・」



「俺に決まってるだァろ」



「ですよねー!」



 あたしは布団に突っ伏した。緊急時だったから仕方が無いとは思いつつ!あたしだってまだ十六のうら若き乙女なのよ~何が哀しくて嫁入り前にこんな男盛りの生臭坊主に裸体を晒しゃぁならんのだ。



「別に何とも思いやしねェよ」



「わかってるわよ!でもそれとこれとは話が別なのっ!」



「はいはい。まぁ、手伝って貰うにしても体力が戻ってからな?とりあえず余計なこと考えず当分は安静にしとけェよ」



 惟伎高はあたしの頭をぽんと叩くと立ち上がって行こうとする。



「惟伎高!」



 あたしは叫んだ。



「何だァ?ピィ」



「ピィじゃなくて、あたしの名はルライ。瑠螺蔚よ、惟伎高」



 これは、賭だった。でもあたしは惟伎高を信じて良いような気がしていた。そして、もう二度と呼ばれることの無いであろう真名を、ひとりでもいい、誰かに覚えていて欲しかった。それに、あたしだけ向こうの真名を知っているって言うのも、公平(フェア)じゃないわよね?



 惟伎高は驚いたように目を開いた。しかしそれはほんの一瞬で、すぐにいつもの顔に戻り、にやりと笑った。



「覚えておく。だが、おまえはピィで十分だァよ」



 そうして部屋を出て行く。



 あたしは惟伎高の優しさに笑った。 
 

 
後書き
お待たせしました! 
ページ上へ戻る
ツイートする
 

感想を書く

この話の感想を書きましょう!




 
 
全て感想を見る:感想一覧