| 携帯サイト  | 感想  | レビュー  | 縦書きで読む [PDF/明朝]版 / [PDF/ゴシック]版 | 全話表示 | 挿絵表示しない | 誤字脱字報告する | 誤字脱字報告一覧 | 

緋弾のアリア-諧調の担い手-

しおりを利用するにはログインしてください。会員登録がまだの場合はこちらから。 ページ下へ移動
 

その手に宿る調律。
  夢と現の狭間で出会うモノ

 
前書き

 

 


???side
《???・???》



そして、俺は夢から目覚めた。
だが、目覚めた其処の世界は現実ではなかった。
何故だか、そう認識出来た、理解する事が出来た。

それはきっと理屈ではない。もっとも上手く言葉に出来ないが、俺は魂でそう感じ取った。

まるで身体から精神のみが剥離した様な感じ。
現実とは異なる一つ線の外れた異世界に紛れ込んだ様な、そんな不思議な感覚だ。


「……何処だ、ここ?」


自然と、そう口から言葉が洩れた。
小さく零した筈の言葉が、波紋が広がる様に空間に浸透してゆく。

夢の世界だとするならば、至極鮮明なまでに五感が再現されている。
地面を踏み締めている感覚。自分が其処に存在するという事を明確に告げてくる。

それ故に、ここが夢だと言われても信じられない。
夢現、そんな言葉が脳裏に過ぎった。

視界の先に広がるのは何処までも続く、広大な陽光の世界。
頭上に太陽は存在しない。それでも世界はどう言った原理なのか淡く、暖かく照らし出されていた。

何処までも続く、暖かい、まるで包み込む様な空間。
まるで自分という存在を祝福する様に、其処は全てが陽光によって染まっていた。


「本当に、ここは何処なんだ?…何故、俺はこんな場所にいるんだろう」


そもそも、“俺”とは一体誰であったか。それは、この空間と共に打って出た疑問だ。

以前、俺は同じ様な体験をした覚えがある。それは何時で、何処での事であっただろうか?

夢で見た景色、夢でした会話、夢で存在した世界。
それが朧気な残滓となって、ノイズ混じりに見える、聞こえてくる。

解らない、解らない、解らない…。
まるで霧が掛った様に、断線してしまったかの様に、記憶を遡る事が出来ない。

何か、夢を見ていた様な気がする。
誰かが、何かが語り掛けてくる様な、そんな夢を。

何時の日かの、この世界と同じ、夢現として見据えた夢。

それすらも、何時の事なのか、振り返る事が許されない。

異様な光景。だが何より奇怪な存在は、この世界の中心に配置されていた。
地面から頭上高くまでを埋め尽くす、超巨大な半透明な水晶。


「……これは」


一歩。
警戒の表情を強めながらも、俺は水晶へと近づいて行く。
そこには反射して映るべき自分の姿が“映し出されなかった”。

まるで文字化けしたかの様な、雑影の歪み。幾星霜もの難解な文字が映し出されている。
そして、その水晶の最奥。徐々に浮き出る様に映し出される存在、あれは―――


「……“女の子”?」


見間違いではなければ、そこには十代半ば程の碧銀色の髪をした少女が映し出されていた。
瞼を擦って、もう一度水晶を見据える。そうして―――

“水晶の中の、彼女を守護するかの様に浮かぶ四本の鞘。そしてその少女と目が合った。”


“……■…□…。”


そうして、何かを訴えるかの様な視線を向けて口を開く。
けれど、それは俺には届かない。その遮る様に隔てられた水晶、それが一枚板となっている。

俺は彼女の言葉を聞こうと、その水晶に身を寄せて手を這わせた。
何かが軋み壊れる様な、破砕音が聞こえた。響いた。そして不意に、少女の声が耳に届いた。

その刹那、眩い程の閃光が世界を包み込んだ。






1







世界が閃光が包み込み、幾程の時間が経過したのか。…解らない。
急な視界のブラックアウトに視覚器官麻痺して、視界が淀む。

何時の間にか。
そこに存在していた巨大な水晶、それは言葉通りに姿を消していた。
そうして、そこに映し出されていた女の子の姿も。

それこそ淀む視界の様に曖昧であり、夢幻の様に、元より存在しなかったのかもしれない。


「……見間違え、だったのかな」


そんな筈はないと思いながらも、それを肯定出来る材料が何一つない。
確かに少女の姿を見た、確かに少女の声を刹那の間に聞いた。
けれど、先まで水晶の存在していた眼前を見据えるも、そこには何も存在しない。

だが不意にそんな心の空虚感を埋めるかの様に、強く陽の光を感じる。

再びの視界の暗転に、今度は思わず瞳を閉ざす。
数瞬後、眩いと感じた光は消え失せ、朧気な視界の先にはとある存在が見据えられた。


「――――っ」


俺は思わず息を呑み込んだ。歪む視界も一瞬で正された程に。
圧巻という言葉が正しいだろうか、それを目に入れた瞬間にそう感じ取った。

俺の第六感が警笛を最大限に打ち鳴らす。
だが俺は不思議とその存在から目を離す事が出来なかった。
否、まるで魔性の月夜の様に、瞳を反らす事が許されなかったのだ。


「……これは、鞘?」


震える様に、そう漸く言葉にする事が出来た。
宙に浮くように存在する、四本の威厳にして荘厳、そうして尊厳に満ち足りた鞘。

言い知れぬ畏怖をその鞘から感じ取る、この存在の前では自分が酷く矮小な存在に思えてくる。
それでも何故ゆえか、俺の足は立ち止まる事はなかった。
自身の事であるが、悪魔に見入られたかの様に、その存在へと突き進んでゆく。

鞘は淡い光を発して、俺に語り掛けてくる。
そう不思議と理解出来る。だが生憎と、俺にはそれを理解するべき術を持たない。

気付けば、俺はその鞘の目の前にまで躍り出ていた。
そうして俺の手は何の警戒もせずに、その鞘へと伸ばされ様としていた。

―――そうして、俺はその鞘を手に取った。

刹那、俺の身体を目を開けられない程の光が包み込む。
その光は暖かくて、陽の光の様に、俺を安心させる。そこに先程までの警戒心はない。


そこで俺は不意に、自身の意識が浮上していく気配を感じ取った。
そうして漸く思い出す。自分という存在を。そして繰り返し見続けている、この夢を。


“……■…□■…。”


そして最後に、俺は彼女の言葉を耳にした。
そうして俺の意識はそこで暗転した。






2






『…夜…ま………と』


まどろむ俺の意識の外側より、誰かが俺に優しく語り掛けてくる。
それに伴い、上りかけていた意識が急浮上して行くのを俺は感じ取る。


「……きら、おねちゃん?」


良く眠っていたのか瞼が重い。我ながら舌足らずな声でそう呟く。
朧気な視界には、呼び掛けたであろう姉の姿が逆さまに映った。

欠伸をかみ殺しながら不意に思う。ふと、頭の下に柔らかいものがある事に気が付いた。
柔らかく、そして人肌の様に温かい。淀む意識でも自ずと理解出来た。

俺は綺羅お姉ちゃんに膝枕されている状態であった。


「…漸くお目覚めになりましたか、時夜様?」

「…うん、おはよう綺羅お姉ちゃん」


朧気な瞳を擦り、覚束ない足取りで膝枕の上から起き上がる。
周囲を思わず見回す。そこは俺の知る、何時もの場所であった。先程の夢の場所ではない。

周囲の世界を見回し認識して、ホッ…と一息吐く。
……あの夢の世界で見ていた夢。

何故今になって、長年見続けていたその夢。
その忘却された、見たという事実だけを覚えていた空ろな夢。

それを明瞭と思い出しているのか、その理由は定かではない。
まるで脳に鍵が掛かったかの様に、現実での振り返る余地など与えられていなかった。

故に、解らない。
何故今になってそれを思い出す事が出来るのかが。

ただ一つ理解出来るのは、あの存在が昔より俺に語り掛けてきている事だった。


「―――時夜様?」

「んっ、どうしたの綺羅お姉ちゃん?」


不意に、思考の外側から誰かの語り掛けてくる声が聞こえてくる。
その声に、深く沈んでいた意識は現実に引き戻される。

俺は呼び掛けた綺羅お姉ちゃんにその蒼穹の双眸を向ける。
その見据えた顔は今までに見た事がない程までに、真剣なものであった。


「…いえ、ジッ…と前方を見据えていましたので。どうかされたのですか?」

「…ううん、ちょっとまだ寝惚けていただけだよ?」


思考に耽っていたのを気付かれない様に、俺はそう言葉を切り返した。
到底、他人に話す事の出来る話題ではない。
話でもしたらきっと、頭の可笑しい子供だと思われてしまう事だろう。


「…そうですか、何かありましたら気兼ねなく申して下さいね?私達は家族なのですから」

「…うん、解ったよ」


……家族。

その言葉が水面に波紋を作るかの様に、心の中に浸透して行く。
若干の後ろめたさを感じるものの、俺はきゅっ…と、口を噤んだ。
言葉と共に、喉に詰まった溜飲を再び飲み込んだ。


「それで、今日のおやつは何かな?」

「時夜様の好きな桜餅ですよ?さぁ、早く帰りましょう」

「桜餅っ!」

「ふふっ、時夜様は和菓子が大好きですからね」

「うん、大好き!早く帰ろうよ、綺羅お姉ちゃん!」

「はい。急いでは危ないですから手を繋ぎましょう、時夜様」


そこに俺の本能が過剰反応を起こす。
環お姉ちゃんの作る桜餅は本当に美味しい。

前世より洋菓子よりも和菓子派であった俺の舌を遥かに唸らせる程だ。
それほどまでに美味なのだ。それ故に、楽しみでしょうがない。

俺は綺羅お姉ちゃんのと繋いだ手を引っ張る様にして、急ぐ様に目配せをする。
そんな俺を微笑ましそうに目を細め、何処か安堵に満ちた表情を浮かべる。


「……私は貴方と共にある、か」


そう言葉をそっと呟く。その瞬間。
夢であの存在に触れた手、その指先を自身でも感知出来ない程の微弱な柔らかな光が包み込んだ。


ページ上へ戻る
ツイートする
 

感想を書く

この話の感想を書きましょう!




 
 
全て感想を見る:感想一覧