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最期の祈り(Fate/Zero)

作者:歪んだ光
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ブラック生徒会

 雪崩の特徴とはなんだろうか。人の手には負えない程の白い塊が襲い掛かるさまが、雪崩に対する大体の人の共通見解だろう。災害とも言う。人に襲い掛かる理不尽な運命の悪戯だ。なら、今更識楯無が直面したのもまた災害だろう。
 「……普通の学生が書類に押し潰されるなんて、絶対に経験できないでしょうね。ある意味、生徒会長になったかいがあったのかしら……」
 紙の山の中から首だけを覗かせながら楯無が、ぼやいた。もう夏だ。
「さあ……」
 虚が、もうほとんど投げやりに近い感じで応えた。
 「いや、おかしいでしょ。襲撃があったのはもう一カ月前なのに、なんで書類の山が減らないの?」
 「知りませんよ……口より手を動かしてください」
 そう言ったのは一夏だった。生徒会室の扉の前で段ボールに入った書類を抱えていた。
 「……それ、承認待ちの書類?」
 「半分は。もう半分は理事の方から再検討するよう言われた書類です」
 そう聞いた瞬間、彼女の口から不気味な笑い声が漏れた。
 「あはははははははははは!」
 しかし、一夏は無情に書類を机の上に置いた。
 「壊れるのは職務を全うした後にして下さい」
 「一夏君。気持ちは痛いほど解るけど仮にも生徒会長だから」
 一応一夏を嘘だが、その眼は隈と充血で酷いことになっていた。若干頬がやつれているため、小さな子供が見たら泣き出しそうな壮絶な絵面だった。
 「いや、まあ確かに生徒会の手伝いをしたいって言い出したのは俺ですけど……」
 それは本当だ。一か月前、一夏は楯無に何かできることは無いかと尋ねた。それに対して楯無は、
 「じゃあ、生徒会の雑務を手伝って貰おうかな。何分今は多忙を極めていて猫の手も借りたいくらいなのですよ、これが。……いや、マジで」
 と提案したのだ。そこには、別に生徒会の多忙極まる状況に同情したとかそんな立派な理由は無かった。ただ、今の一夏にはじっとしているという選択肢が無かっただけだ。手を動かしていたかった。なんでもいい。じっとしていたら、切嗣のことを思い出しそうで、それが怖くて必死に何かに没頭するしかなかった。言い方は悪いが、今の一夏は酒におぼれているのと本質的には何も変わらないような状況だった。
 それが正しくない事くらい、彼は知っている。辛い現実から目を逸らし続ける。耐えることから逃げ、楽な方へ向かっていく。それが正しくない事くらい知っていた。でも、知っていたからといってどうすることも出来なかった。切嗣の死は失踪と言う形を表向きにはとり、危難が去った時から一年をもって死亡とする方針を学園は取ったのだ。当然、彼の死体は人知れず葬られた。この事を知っているのは生徒会と、特に切嗣と親しかった一夏達だけだ。一夏達は、彼の死を知っている。だが、彼の葬儀を挙げることが出来なかった。それだけが、その心苦しさが一夏には耐えられなかった。葬儀と言う形で、彼の死を受け入れる事すら許されない。いっそのこと切嗣が死んだということを知らされなかった方がましかも知れなかった。だが、そんな状況だからこそ、今の一夏にとってこの多忙な生徒会室は不安なくらい居心地が良かった。
しかし、そんな生活も一カ月もすれば流石に疲れてくる。と言うか、明らかに労働基準法ガン無視な仕事をしているのだ。流石に愚痴の一つも言いたくなる。
 「ええ、確かに俺は言いましたよ。仕事を手伝いたいって。でも」
 そこで一旦区切り、後ろを振り返る。
 「何なんですか、この書類の山は!?」
 そこにあったのは、文字通り書類の山だった。よく比喩表現で「かき氷の山」とか言うが、そんなチャチなものでは無く、もっと恐ろしいものだった。縦八メートル、奥行き十五メートル、横十二メートルある生徒会室のスペースの三分の二が書類で埋まっているのだ。無論、全部未処理である。
 「追加で~す……」
 死にそうな顔で本音が書類を運んできた。もう、本音が真面目に仕事している状況でご察し下さいという状況だった。
 「一夏君。言いたいことは解りますけど、会長を責めるのはお門違いです。別に生徒会長が怠けたとか職務中にも関わらず紅茶を楽しんでいたとか妹の盗撮に勤しんでいたとかそんな理由で仕事が溜まったんじゃありませんよ」
 「おいこら、そこの生徒会長。最後のはもう犯罪だろう」
 「ちょっ、おまっ!私のプライベートをばらさないように!」
 「いえ、そもそも普段の会長はプライベートな事しかしていませんよね?」
 そこで気まずそうに眼を逸らした楯無を少し面白そうに見つめた嘘だったが、ひとつ咳払いをするとまた真面目な顔に戻した。
 「と言っても、それで生徒会の活動に支障をきたすことは無かったんです。会長は、やることはやる人ですから」
 「じゃあ、どうして……」
 「単純に生徒会の仕事が会長のキャパを超えているだけです」
 さらっととんでもない事を言う嘘だが、一夏は思わず楯無の方を見てしまった。一カ月も一緒にいれば、大体彼女の人間離れしたスペックは解ってくる。てっきり、今までのサボったつけが回ってきているのかと思ったが、実際のところは楯無にも厳しい状況にあるということだった。
 「今の生徒会はまさしくブラック生徒会です。私も会長も「六日仕事をして一日寝る」というサイクリングをこなす状況で……」
 「死にますよ!?」
 「ふっ……私を殺したいなら、この三倍はもってこい!」
 「あ、じゃあ追加で……」
 「嘘です止めて下さいお願いです死んでしまいます」
 「いや、そんなお経を唱えるように言わなくても……」
 どっかの慢心金ぴか英雄王の様な発言をした嘘だったが、あえなく陥落した。慢心、ダメ、絶対。
 「まあ、とは言っても今のこの仕事量は明らかに異常だけどね」
 そこで機を見計らったように楯無が言葉を継いだ。彼女の手には折りたたまれた扇子が握られている。
 「どういうことですか?」
 「本来なら、こんな書類はそもそも無かったんだけどね。少しイレギュラーなことがあって、ね……」
 すると、楯無の持っていた扇が開かれた。そこには、「衛宮切嗣」と書かれていた。
 
 原則として、ISのコアの所有権は国家にある。例えば、一夏やセシリア達は自分たちが帰属する国家からインフィニット・ストラトスを貸与され、その貸与期間は学園に居る間は保障されるが、卒業後は定期的に更新していく必要がる。そして、貸与の終了は国家からの貸与継続が認められなかった場合とコアの所有者の死亡による。
 ところで、今回の件で切嗣が死亡されたとみなされたとき、彼が所有していたISのコアはいったいどの国に返還されるのだろうか。日本、と言えれば話はこじれない。言えないから拗れているのだ。確かに、切嗣はこの学園に入学する際に秘密裏に日本国籍を取得している。が、実はそのコアの所有権までは確定していなかった。最初、未知のISに対する不安から慎重論が支持され、切嗣のもつISと酷似した国がその所有権を責任をもって得るとされていた。期間は三年として、それまでにISの解析を終わらせ、その帰属も確定させれば良かった。しかし、それは切嗣の失踪によって破綻した。今や、どの国が切嗣のISを引き取るかで議論が紛糾している。
 しかしだ。ぶっちゃけた話研究の為にシルバームーンのコアを引き取りたいという国が無かった。篠ノ之束がアンノウン判定を下したコアを解析できるとは、多少の理解があれば即座に無理と返す世の中なのだ。コアとしては一級品だが研究にも実践にも使えず、あまつさえ研究成果が上がらなければ無能のそしりを受けることになる。引き取っていいことが殆ど無いのだ。そこで、いっそうのこと学園が管理してしまった方がよいのではないか?と言うのが、妥協の末たどり着いた結論だ。結論としては悪くない。だが、受け入れる方としてはたまったものでは無い。必要な書類から手続きまで、学園が……というか生徒会長がすべてやる羽目になったのだ。各国からの承認を得て、代表の視察団を迎え入れてet cetera……
 
 「まあ、つまる話が未知のISを管理できるだけの備えがありますよ~ていう事を文面にして各国に送り付けているところなの。この書類のほとんどはそれ」
 長い楯無の説明が終わった。
 「何て言うか……お疲れさまです」
 流石に、話の規模の大きさに圧倒されてしまったのか一夏はただ頷くばかりだった。
 「でしょう?流石に私も疲れました……そろそろ休け……」
 今までの話が本当ならもう休んでもいい頃合いに見える楯無だが、「休憩したい」と最後まで言い切る事が出来なかった。
 「ダメです」
 後ろに、気配無く誰かが立つのを感じた。
 「へ?虚……さん?」
 後ろから、首根っこを掴まれる楯無。そして、敬愛すべき会長の命を握るのは、目が完全にいっちゃってる虚だった。具体的に言うと、目からハイライトが消えているのに、充血した瞳だけが赤黒く輝き、暗黒面もかくやという感じで蒼白な顔にダークなオーラを纏った風貌だった。まあ、こんな感じの人に後ろに立たれたらゴルゴでなくても殴りかかるだろう。抵抗しなかったのは、大切な付き人だからか、もうそんな体力が無かったからか……
 「まだ四日しか起きてないでしょう。寝るのは後二日頑張ってからです。さあやりましょうすぐやりましょう明るい学園の為に弾と散る覚悟でやりましょう」
 人はそれを玉砕、もとい人身御供と言う。進んでなりたいと立候補する馬鹿はいまい。
 「や、やだ!もう寝かせて!」
 必死に懇願する楯無だが、嘘の手から力が抜けることは無かった。
 「大丈夫です。私の計算によれば夏休みまでには片付きますから」
 「夏休みまでって!?あと何日こんな生活すればいいの?」
 「一カ月ですね。大丈夫、死なない程度には休みも入れますので……」
 そんな事を言いながら二人は、「会長専用執務室」と書かれた赤いドアの向こうに消えて逝った。
 そして、そんな二人を見送った後、一夏は一人呟くのだ。
 「頑張ろう、俺」



 所で、生徒会長こと楯無が処理しなければならない書類の内、「シルバームーンのコア」保有の件に関しては、はっきり言ってそこまで時間はかからない。安全確認などもほとんど形式的な物で、書類も同一内容のものを各国語に翻訳して送り付けるだけの簡単な、楯無にかかれば一週間で片がつくものだ。では、なぜ楯無はこれ程の仕事を抱え込むことになったのだろうか。答は、学園の非合理的な行動を政府に認可させるためだ。
 では、その「非合理的」な考えとは?話を一旦振り返ろう。学園は一カ月前に襲撃を受けたばかりだ。秘密結社「亡国企業」の頭は行方不明のものの、結社自体は健在だと考えるのが無難だろう。当然、学園から危機が完全に去ったと考えるのは愚の骨頂だろう。危機から身を守るのにしなければならない事は「戦力を分散させない」ことだ。現在、学園には楯無や千冬がいる。余程のことが無い限り、学園には手が出せないだろう。
 だが、もし、「戦力を分散させる」ことになったら?もし、臨海学校を例年通り実施することになったら?……もし、関係各所の反対を押し切って更識楯無と織斑千冬が「臨海学校」を例年通り実施するよう図っていたら?

現在の生徒会室の惨状も頷けるのではないだろうか?

 
 

 
後書き
先日、大学の友人と久しぶりに会いました。積もる話もありましたが、バレンタインという難所をどう迎え入れたのかという話に行き着きました。
友人「お前、チョコ幾つ貰った?」
筆者「いや、その日はちょっと旅に出ていたから……」
友人「旅?どっかに行ってたのか?」
筆者「ああ。ちょっと人生の宝物を探しに、な」
友人「お前……よりにもよってバレンタインの日に引きこもって智代アフターやってたのか!?」
何故伝わったし?
べ、別に執筆の傍ら閃きを得るために智代アフターやってたら嵌ってしまったことなんて無いんだからね!
すいません、やったら軽く鬱になってしまいました。最高でしたけど。ただ、このお蔭で前回のスランプが解決して、バレンタインという日を心穏やかに過ごせたのも事実です。(例えば、ラウラとの和解シーン)
ただ、このまま行くとバッドエンドすれすれの展開になるんじゃないかと怖くなって、少し手を拱いてしまったのも事実です。二次までバッドエンドって、流石に僕も鬱になるので……いや、勿論あれをバッドエンドと受け取るかは人によって分かれますけど。まあ、なんとかハッピーエンド目指して頑張ります。遅筆ですが、よろしくです。 
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