覇王と修羅王
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自称王と他称王
二話
警防署のロビーに設置された長椅子にティアナとスバルは腰かけた。
喧嘩騒ぎを起こした三人は其々別室で事情聴取を受けていて、終わるまで手持無沙汰になってしまった。そんな中で始まる会話は、やはり今居ない者の事だった。
「アインハルト大丈夫かな?」
「ある程度持ち直したし、大丈夫でしょ」
泣き崩れたアインハルトを持ち直させるのは、中々に大変だった。懸命に話し掛けるノーヴェとスバル、それと空腹の特効薬である朝食が無ければあと数時間費やしたかもしれない。
アインハルトが持ち直した後はストリートファイトをしていた理由を聞き、王への拘りも聞いた。覇王の記憶と身体資質を持ち、晴れぬ無念を抱いている事。ベルカのどの王より強く在る、その一心で生きている事を。
故に、身近に存在した王の血筋と思うアレクに固執していたのだろう。
「あたしは寧ろアレクの方が心配よ」
対しアレクは身体資質を持っているようだったが、アインハルトと違い王の記憶など持たず、アインハルトには無い王の戦闘経験は有しているような口ぶりだった。
だが、祖先のことなど全く興味が無く、寧ろ邪魔と感じている節がある。アインハルトと関わりたくないのは、その辺りが関係しているのかもしれない。実際は学院の屋上で生じた亀裂が原因なのだが、その事は言われなければ気付くはずもない。
ただ、ティアナの言う心配とは、王関連の事でも今回の喧嘩騒ぎでもなかった。
「なんでただの被害者が一番奥に連れてかれるのよ」
「しかも此処の常連ぽい感じだったよね。……問答無用で引き摺られてたし」
警防署に入り、受付に顔を出した辺りから既に可笑しかった。アレクの顔を見た受付係が「悪ガキ一丁入りました」と内線を入れたので、ティアナ達は疑問符を浮かべた。
その後、何も無かったように受付係が記入用紙を出し、説明し始めたので聞き入った。出された記入用紙が二人分しかない事も含めた疑問を引っ込めて聞き入った。
そして質問応答を終え、記入し始めようとした所で厳つい男がやってきて、アレクの首根っこを掴んで引き摺って行った。
今度は何した。いやいや俺被害者だって。この前もそんな事言ってたな、何時までも通ると思うなよ。いやいやマジだって、俺ホント被害者だって、てか今の加害者は寧ろオッちゃんじゃね? まだ減らず口を言うか、今日という今日は化けの皮を剥いでやる。いやいや、皮被ってんの面的にオッちゃんの方じゃね?
そんな遣り取りをして去って行った。
「あいつ普段なにしてんのよ……」
「あははは……。でも仲良さげだったよね」
片や呆れ、片や乾いた笑いを。
そんな会話を続けること数十分、取調室からノーヴェと、少し遅れてアインハルトが戻ってきた。
「アレクは?」
「まだ取り調べ中みたい」
「そっか……」
ノーヴェとアインハルトも加わりさらに待つこと三十分、漸くアレクの姿が見えた。
ただ、行った時は手ぶらだった筈なのに、ビニール袋を下げているのは何故か。
「……何それ」
「オッちゃんに貰ったお土産の饅頭です」
そう言いアレクはティアナ、スバル、ノーヴェに二つずつ手渡し、アインハルトには袋ごと放った。中はちゃんと二つあった。
自分の分は無いのか? そんな疑問がティアナに浮かぶが、訊かない方が良いような気がした。こんな簡単なことなのに、訊いたら後悔しそうな気がしたのだ、何故か。
だが、突貫レスキュー隊員のスバルは迷わず気付かずに言った。
「アレクの分は?」
「俺の分は茶のついでに食ったんで無いっす」
「え、お茶も飲んでたの?」
「てか茶が先っすね。話して喉が渇いたら茶が欲しいよねってなって、茶を飲んだら茶請けが欲しいよねってなって、饅頭食ったら一番合う茶請けは何だって話になって……たぶん三十分くらい白熱してたような?」
「へぇ~じゃあやっぱりあの人と仲良いんだ」
「う~ん、仲良いとは違うような……」
ちょっと待て、何か色々間違ってないか、それは事情聴取だったのか? ティアナは勿論のこと、ノーヴェもアインハルトですらそう思った。
まだ気付かないスバルであるがレスキュー隊員である。手を伸ばすべき所は逃さない。
「でもアレクはずっとお喋りしていただけ? 事情聴取は?」
「しましたよ。このパターンの記入用紙のストックもあったんですぐ終わりましたけど」
だから待て、明らかに間違ってる、つーか記入用紙のストックってなんだ!? 指摘すべき所であるが何処からツッコムべきか、いっその事聞いてないと処理するか判断に迷う。
そこに、思考をシャットアウトさせてくれる呼び出しが鳴った。各自に行った事情聴取に誤差が無いか、その結果を知らせる呼び出しだ。三人はこれ幸いと席を立つ。
「あ、お饅頭美味しいね」
「でしょ?」
背の後ろから未だ話し声が聞こえた。貰った饅頭は美味いらしい。食べ物が美味いのは良い事であり、一時の幸せと言っても良い。
その事を教えてくれたスバルはやっぱりレスキュー隊員だった。もう三人はそれで良しとした。
警防署を出ると、必然的にこの後どうするか、といった流れに。大人組は休暇中なので、行動方針は年少組に沿った形となる。
だが、そこで意見が真っ二つに分かれた。行けるなら登校すると言うアインハルト、もうサボる気満々のアレクだ。
大人組も出頭した後なので休ませたい気持ちもあるが基本真面目である。三人揃ってアインハルトを支持する方向へと傾いて行く。元々、学院領地内のテラスでアインハルトをヴィヴィオに会わせる予定もあったので、遅かれ早かれ向かう事自体は決まっているのだが。
だがアレクはもうサボると決めていたので、ソロリソロリと車に向かう面々から離れ、気付かれる前に全速離脱した。
そして走って走って走り抜き、ランナーズハイに成りながら住むアパートに到着する頃には、頭もハイに成っていた。
ただいまマイルーム、待たせてごめんマイ枕。両手をVの字にしながら二階へ続く階段を駆け上がり、マイドアへ続く通路へ躍り出て、ラストスパートをかけようとして……身体が浮いた。
左右に立つナカジマ姉妹に両腕を掴まれ持ち上げられていた。若しかしたら走れるかな、と足をバタバタさせてみたが、やっぱり無理だった。
「おかえり~」
「早かったな」
「どないして此処に?」
「昨夜送り迎えしたばかりなのに、すぐ忘れる訳ないじゃない」
「……そうでした」
車で先回りされていた事実に、アレクのアッパーテンションが一気にクールダウン。
だが、まだアレクは諦めない、サボる決意は変わらない。籠城戦、またの名を引き籠りとも言う手段があるのだ。かなりの日数を耐える準備もある。
その為にも先ず束縛から抜け出ないといけない。飛行魔法を習得してないが今こそ開花させる時、とあまり使ってないリンカーコアを動かすが、そんな都合の良い事は滅多に起きない。そもそも術式すら覚えていないのだから。
さてどうするか、と考え直す矢先、ティアナが近寄っていた事に漸く気付く。ついでに懐を探られていることも。
そしてスルリと抜かれた手には、マイルームのキーがあった。同時に解放されて自由が戻ったが、籠城どころか城を奪われては意味が無い。
「さて、学校に行きましょうか?」
ニッコリと、若干ご機嫌斜めっぽいお三方の笑顔に見下ろされた。逃げ出した事がお冠らしい。
こうなったら最後の逃げ場に行くしかないとアレクは思い直す。幸い自由は戻ったので、もう覇気全力全開で跳んで――
「山、ですか?」
――行く前に何時の間にか居たアインハルトに看破された。
「なんで知ってやがるこのストーカー予備軍!?」
「ち、違います! 偶々ジョギング中に見つけたので付いて行ってみただけです!」
「バリバリのストーキングじゃねえか!!」
「違います!! 偶々、偶々なんです!!」
「はいはいそこまで! 近所迷惑だから騒がないの」
売り言葉に買い言葉で手が出る様子は無いが、如何せん煩い。
パンパン、と手を叩きティアナが勃発した口喧嘩を仲裁するが、狂犬のように睨み合う二人はすぐさま吠え合いそうだった。
「あーもー……。続けるなら中でやりなさい」
「あ、ちょっ!? 待って、待ってください!?」
「ダーメ。ほら、入るわよ」
アレクはティアナからキーを奪い取ろうとするが、またしてもナカジマ姉妹に掴まり、囚人のように連行された。
◆ ◇ ◆
アインハルトは部屋に入ったところで首を傾げた。
物があまり無く殺風景に感じるところは自分の部屋と同じだが、予想に反してトレーニング機器が全く無かった。
部屋は寝る為にあるとアレクは思っているからなのだが、アインハルトは部屋が狭いから置いていないのかな、と判断した。
「汗臭いからシャワー浴びてから着替えなさい」
「へ~い」
グッバイ自由、と訳の分からない事を呟いて扉の向こうに消えていくアレクを見送ると、ティアナは設置されているキッチンの方へ行き、物色し始めた。
食器類は少なく冷蔵庫の中も粗空で、食料は段ボールに入っているブロックフードが殆んど。昨夜、送り迎えの時にした予想よりも食生活が酷い。
ブロックフードは管理局でも採用されているものなので栄養の点では問題無いが、お世辞にも美味いとは言い難く、後ろから覗き込んでいたスバルも難色を示していた。
「ん? なんだこれ?」
ティアナの行動を勘違いし、ベッドの下を物色していたノーヴェは黒い箱を発見した。
引き出して開けてみると、出てきたものは男の色欲ではなく金属製の古臭い武具。今時珍しい、と手に取ってみると相応の重さが感じられる。
何か知っているのか、とアインハルトに目を遣れば、驚き見開いていた。
警防署でアレクを待っている間、王に固執する理由は聞いている。覇王クラウスの無念を自分の事のように思い、晴らそうとしていることも。
だが、唯一所在を掴んだアレクに逃げられ、今も尚取り合おうとはしない事がアインハルトを掻き立てて続けている。
だから、王に関する事を目にすれば、他の事が見えなくなるのだろう。
「アレクさ……キャー!?」
「出てけええええっ!!」
……着替え途中のアレクに突撃して行くくらいに。
これでヴィヴィオに会ったらどんな反応を示すのか。楽しみも不安もあるが、何かしらの変化は期待できるだろう。ヴィヴィオは、アレクと違って逃げはしないから。
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