覇王と修羅王
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自称王と他称王
一話
新学期、多くの者がまだ見ぬ期待や不安やらを抱く初日。今年、St.ヒルデ魔法学院の初等科から中等科へと移ったアレクも例に漏れない一人だった。去年同じクラスだったとある人と同じクラスに成らないように、と願掛けするくらいに。だが、その願いは空しくまたしても同じクラスに配属されてしまったが。
ああ、またあの視線に刺される日々が始まるのか。軽く絶望したアレクだが、若しかしたらと希望を募り翌日は絶望通りだった。なので授業を終えて早々、山に行き怒涛のミッド打ちを始めた。
途中からアッパーテンション気味で撃ち続けること数時間、気付けば辺りは真っ暗に。もう帰らねば明日に差し支える時間帯に成っていた。
ヤバイと思い山を下るが街に着く頃には、明日行きたくねえ……、ともう心変わりしていた。それくらいに、あの視線は嫌だった。
とぼとぼ歩き、途中で溜息と数十分、街灯が多く点く街中に差し掛かり始めた所で、ソイツは居た。
体格はアレクの知る者からかけ離れ、目はバイザーで隠されていたが、街灯で輝く碧銀の髪は苦手の象徴。
だが、そう思ったのも気の迷い、人違いかもしれないし関わらない方が良い。という訳でさようなら。アレクは華麗に180度ほどターンし、帰り道を変更した。
「その髪、その目……。貴方はアレディ・ナアシュの血縁ですか?」
背に掛かった声色を、アレクは残念ながら知っていた。初等科の最後の年、屋上に呼び出された思春期の男心を砕いた最初の一言を放った、アインハルト・ストラトスその人だった。
「知りません人違いです他を当たってくださいアインハルト・ストラトスさん」
「ま、待ってください!」
そのまま離脱しようとしたが腕をガッシリ掴まれてしまい、アレクは舌打ちした。
「な、何で判ったんですか?」
「何でもなにも、その質問二回目じゃねーか」
そうですか、とバイザーを外すアインハルトだが掴んだ腕は離す気は無いようだ。アレクはもう一度舌打ちした。
「で、何? 俺は早く帰りてーんだけど?」
「では、早急に一槍を」
こんな所でストリートファイトでもしようというのか、とアレクはうんざりしながら目を合わすが、アインハルトは至極真面目な顔であった。
たしか、覇王流の証明とかなんとか言ってたな、と屋上で悲痛そうに語られ、その殆んどを聞き流していた事を思い出した。
だがそれはアインハルトの事情であってアレク自身になんら関係無い。例え、祖先同士に因縁があったとしても。
因って、返す言葉も屋上の時と同じ一言。
「断る」
「……私は戦うまでもないというのですか」
つーか放せ、とアレクは序でに言うが、食い縛るアインハルトに届いているか定かでは無い。
実のところアレクは売られた喧嘩はわりと買う主義であるのだが、それは面倒排除の為であり、他は血肉沸き立つ闘争が前提である。
そんな結構アレなアレクもアインハルトと手合わせした場合、楽しめないどころか何か面倒な事に成りそう、なんて失礼な事を考えているので避けたいのだ。因みに、アレクのアインハルトの印象はストーカー予備軍まで昇華してたりする。
学院では視界の端に好奇心満々の目があったのでそれを理由に逃げられたのだが、此処は隔離されたように人が居ない。
誰か来い、誰か通れ。そんな怨念が何処かで受理されたのか、アインハルトの後方から漸く人影が一つ見え始めた。
見た感じ年上である。なんとか助けてもらおう。その為にはどうにか味方にしよう。アレクは必死に考え、言った。
「すいませーん! 痴女に襲われそうなんで助けてくださーい!!」
「な……」
「はあ?」
あまりの言い分にアインハルトは硬直し、通り掛かったノーヴェ・ナカジマは事情が掴めず、片眉をひん曲げた。実のところ、アレクも中々にテンパっていたのである。
「で、どういう事なの?」
それはこっちが訊きたい、とアレクは思ういながらも口を開く。
助けを求めたノーヴェはアインハルトが防護服を纏っていた事もあり、なんだかんだで割って入ってくれた。それで自分を有利にすべくアレクはちょっと盛った説明を話し始めようとした。
だが、その矢先に「自称、覇王イングヴァルト」とノーヴェが呟いた辺りからなんか空気が可笑しくなった、とアレクは思う。アインハルトが夜な夜なストリートファイトをし、傷害事件紛いな事をしている容疑者と知っていれば付いて行けただろうが、生憎とアレクは知らなかった。
なので何故かアインハルトとノーヴェでストリートファイトに展開していた、としか言いようが無い。
ただ、あまりにもガチな手合いであり、ノーヴェは何か言っているけど自分が巻き込んだ人――とアレクは思っている――なので、ちょっとだけ手を出した。助走をつけ蹴りを放とうとするノーヴェに合わせ、アインハルトの背に回り込み、「痴女」とボソッと呟いた。そしてアインハルトは顔を真っ赤にして吹き飛び、自分は回避して事なきを得た。
ちょいと離れた所で背と胸と尻が縮み、平均より発達してない身体に戻ったアインハルトを見て、これで一件落着……と思っていたらノーヴェに声を掛けられた。
ああ、また警防署で小言か、と思っていたらノーヴェは姉に連絡しだし、何時の間にか目の前に居る執務官も出てきた、というのがアレクの見解である。
アレクの前に座る執務官、ティアナ・ランスターはふんふんと頷きながら話しを聞きながら、ノーヴェのジェットエッジから得ていた情報を違いが無いか照らし合わせていた。
結果は表現の違いはあれど遜色無く嘘も無い。この続きは別室で寝ているアインハルトが起きてからだ。
「んじゃ帰っていいスか?」
すぐ帰りたい、と顔からでも読み取れたティアナは苦笑しながら頷くとアレクは即座に席を立ち、出て行こうとする。
「もう遅いし送って行くわ。ご両親にも説明しなくちゃいけないし」
「いえいえ、一人で大丈夫です」
「でも一人で行って戻ってくると結構時間が掛かるわよ」
「いえいえ、大じょ……行って戻ってくる?」
ティアナが許可したのは一時帰宅である。自称とはいえ覇王と関係ありそうなアレクを放っておくことはまだ出来ない。アレクがただのクラスメイトと主張しても。
それを分っていないらしいアレクに説明すると、盛大に崩れ落ちた。ただのクラスメイトを称するにはオーバーなリアクションである。
なのでティアナの頭から、ただのクラスメイトという線は消えた。同時に、覇王と縁があるというよりも、個人的な関係の方が大きいかも、と思いもしたが。
◆ ◇ ◆
意識が覚醒すると共にアインハルトは飛び起きた。
「よう、起きたか。自称、覇王イングヴァルト。んで、本名アインハルト・ストラトス?」
声のした方を向けば、すぐ隣に寝っ転がるノーヴェが目に入った。此処は何処か、何故名前を知られているのか、起きた直後でまだ理解が追い着かない。
「ノーヴェ、あの子は起きた?」
「おーう、起きてるぞ」
ノックの後、ティアナ・ランスターと名乗る女性が入ってきた。
そして執務官と紹介されると身を硬くするが、「ほら、アンタも入ってきなさい」と促された者は見知った顔だったので幾分だが解れた。
だが、常日頃から自分を欺いた上に、仕舞いには痴女呼ばわりされた。流石にアインハルトも怒りが湧く。
「アレディ・ナアシュ……」
アインハルトの呟きに疑問顔が二つ、睨む顔が一つ出来上がる。
疑問顔の二人は睨み合う視線を何度か行き来させ、疑問顔の一人のノーヴェは頼んだとティアナを見た。
「アレディ・ナアシュって、なに?」
先ずティアナは呼ばれた方にターゲットを決め視線を向けるが、アレクは語らない。
このまま黙秘権を使用するのであるならば、とティアナは呼んだ方に視線を向けた。
「貴女は話してくれる?」
「はい」
「ちょ、ま――――」
「貴方は黙ってなさい」
ティアナはアレクの口を塞いで黙秘権を酷使させ、アインハルトに視線を向けた。
アレディ・ナアシュとは古代ベルカに生きた王の一人。
その王が治める国の在り方は異色。他国と争うだけではなく、国内でも争っていた。王とは一番の強者であり、その称号を勝ち取らんとする為に。
そして、戦い方もまた異色。戦える事を喜びとし、その中で死ねる事を幸せとする。対峙したものは誰も人と思わない在り方だった。
故に人は彼らを修羅と呼び、その頂点を修羅王を呼んだ。
「修羅王……聞いた事無いわね」
「彼らの在り方はあまりに酷かったので、良く思わなかった人が歴史上から抹消したのかもしれません。彼らはあまり生き長らえるようにも思えませんので、その処理も戦乱の後ならば容易でしょう」
なるほど、とティアナは頷いた。
とりあえずアインハルトの言う事が真実と仮定して、次はその修羅王とアレクの関係だ。
フルネーム、アレク・N・アルヴァーク。ミドルネームがナアシュだとすれば血縁だと思っても不思議では無い。
アインハルトに訊くと頷いた。今迄は、との発言を付けて。更に今は確信があると言う。
「昨夜、彼は覇気を纏いました」
『ハキ?』
ノーヴェと揃って疑問を口にしたティアナだが、未だ押さえたままのアレクが身震いした事に気付く。
クロスミラージュに昨日受け取った映像を出させ、薄っすらと蒼い衣を纏っている所で止めた。
「これの事?」
「はい、そうです」
てっきり魔力光だと思っていたが、これが覇気というものらしい。
映像越しでは是非の判断を付け難いところではあるが、アインハルトの言い分にアレクの反応も加えると、割と真実味を帯びているように思える。
そこへ、黙って聞いていたノーヴェがポツリと言った。
「そういや、魔力放出した形跡も無かったな」
一気に真実味が増した、気がする。
「……答えてください。貴方はアレディ・ナアシュの血縁ですか」
真剣な顔で問うアインハルトに答えさせるべくティアナはアレクを解放する。
三人の視線が刺さるアレクは観念したように溜め息を吐き、目を強く閉じ、序でに無駄に胸を張って、明後日の方に見開いてから言った。
「知らん!!」
ティアナとノーヴェの冷たい視線が突き刺さる。
アレク自身も実際に関係は知らなかったりするので他に言いようが無かったりするのだが、別の意味で捉われても可笑しくない。アインハルトもまた、惚けたと受け取った。
「あ、貴方はまた……また惚けてっ!!」
グッと両拳を握り、立ち上がる。その表情は怒りにの他に、別の感情が渦巻いているように見えた。
だがこの後に及んでもアレクはアインハルトの顔は見ず、別の所を見ていた。序でに指も向けた、アインハルトの下腹部辺りに。
「お前、やっぱ痴女だろ」
現在のアインハルトの格好は、上半身はTシャツ、下半身は紐パン一枚で仁王立ち。そして、立ち上がる時ベッドに突いた手で、片方の紐が解けそうで……解けた。
「いやああああああああっ!!!!!!」
落ちた布を見たアインハルトは羞恥心が爆発し、露出部を押さえて座り込み、シーツを被った。暫くするとすすり泣く声が聞こえてきた。
昨夜アインハルトと会ってから不機嫌気味だったアレクは、声を聞く度に溜飲が下がり、爽やかな笑みを浮かべた。
ただ、その様子を見ていた外野はどう思ったか。
「やり過ぎよ」
「ぐっ!? おおぉ、お……」
アレクは延髄にイイ拳を落とされ、その場にしゃがみ込んだ。
ティアナは呻く他称の王、そしてシーツを被ってすすり泣く自称の王を見て、盛大に溜め息を吐いて思った。この世界に王はいない、と。
ティアナは頭痛に耐える様にこめかみを押さえ、ノーヴェは心中察するように頷いた。
後書き
暫く絡む王、絡まれる王といった感じで進むと思われます。
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