少年と女神の物語
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第三十六話
「で、槍を正式に受け取って出てきたはいいが・・・」
ここから帰る方法がない。
始めてきたんだから、帰る方法が分からなくて当然だけど・・・こんなことなら、もう少し資料を読むなり聞いとくなりしとくんだったな・・・
「アテなら、世界の境目を狂わせたりしてきそうだけど、俺の権能にはそんなものはない、と」
ゼウス、蚩尤、ザババ、オーディンの四つは使えなくなり、ウィツィロポチトリは今役立ってこそいるものの一番必要なことには使えない。大口真神は、この場で使って何の意味がある。食を繋ぐか?
となると、残ってるのは・・・
「ダグザ、そしてプロメテウスか・・・」
ダグザの権能は、範囲を広げ続けていけばいつかは目的の知識にたどり着けるだろう。
それが今使えるかどうかはともかく、試すだけの価値はあるかもしれない。
が、少しばかり賭けの代償がでかすぎる。対象を絞りもせずにこんなことをすれば、知識の量が多すぎて頭がパンクする。
「つっても、他に手段があるわけではなし。プロメテウスの権能も、まだ技の源を知ることが出来ていない。シヴァについての知識は少しくらいならあるけど、これじゃあ足りないみたいだな・・・」
ということで、ダグザの権能で人の知識を覗こうとしてみる。
が、
「・・・ダメだ。覗けるのはこの子の知識だけ。そして、そんな知識はなし、と」
どうにも、別の世界の方には接続できないようだ。
それがこの権能の限界なのか、それとも掌握しきれていないのかは謎だけど。
「ん・・・ここは?」
「あ、起きた?なら良かった。そろそろ腕もないのに支え続けるのは限界で」
「へ・・・?ちょ、なんだいこの状況は!?」
そして、背中でものすごい動かれた。腕が使えないんだから、危ないって・・・
「えっと・・・まず降りてもらえる?落としちゃいたくないし」
「って・・・まるでボクが重いみたいな言い方だな!」
「そうじゃなくて、俺腕がないんだよ。文字通りの意味で。腕さえあれば、こんな軽いのずっとでも背負ってられる」
そう言いながらしゃがむと、向こうはさらに文句を言おうとしたのかこっちの顔を見てきて・・・一気に、青くなった。
「え、あ・・・君、じゃなくて。あなたは・・・」
「やっぱり、こうなったか・・・」
まあ、予想はできていた。
この子も魔術関係者で、俺はカンピオーネなんだから。
「お、御身に対する無礼、そしてこれまで運んでいただいたのにも関わらず無礼な振る舞いをしてしまい、まことに申し訳ありません。この責は、わが身一つに降りかかるものと、」
「そう言うのいいから。それに、いくつか謝らないといけないかもだし」
そう言いながら周りの風景を示すと、そのこは目に見えて驚いていた。
「ここって、まさか・・・」
「幽界。アストラル界って言ってもいいかな。俺のせいで、こっちにくることになった。オマケに言えば、帰る方法も分からない」
「そ、そうなのですか・・・」
「えっと、どこまで覚えてる?その辺、暇だから説明しときたいんだけど」
そう言うと、また目に見えて遠慮しそうだったので、そう言うのはいい、ともう一度言う。
すると、さすがに遠慮できないと考えたのか少し考えるそぶりを見せる。
「・・・あ」
「思い出したか?」
「はい・・・。シヴァ神が光臨なさり、神殿が破壊されて・・・」
「で、俺のせいで君だけ残って、その君を助けようとしたざまが、これ。本当にゴメン」
肩をすくめたいけど、その肩すら片方ない。
今になってそれを知ったわけでもないだろうに、向こうはその腕を見て驚きに顔を染める。
「その、腕は・・・」
「ん?ああ、シヴァに壊されて、こうなった。槍メインだからどうにも戦いづらくてな・・・どうしよう・・・」
「あの・・・簡単な応急処置とか、治癒の術とか施しましょうか?」
「いや、いい。俺たちカンピオーネに治癒の術は効かないし、かといってへんに治療して腕が治らなくなると面倒だからな」
「治るのですか?その腕は・・・完全になくなっておられますが」
「うん、まあそう思うのが普通だよね・・・その感覚がなくなってきたな・・・」
すっかり、考えまで人外になってきたな。
もうそろそろ、人間名乗れそうにないぞ・・・
「どうされました?」
「あ、ううん。なんでもない。ちょっと思うことがあっただけだから。それと、腕のことだけど・・・」
これについては、実際にそのありえなさを目にしないと分からないらしいし、俺もこんな体質になるまではカンピオーネも人間なんだから、対抗できるかもしれないとか、バカみたいなことを考えてたし。
「たぶん・・・ってより、間違いなく治るよ。うん。生えてくるのか切断面からだんだんと伸びていくのかは分からないけど」
「そ、それほどにですか・・・」
「知らないかもしれないけど、俺たちカンピオーネ、ってのはそれほどまでに異常なんだよ。間違いなく、全世界の魔術師全員がかかってきても俺一人で全滅させれるよ」
開いた口がふさがらないようだ。
にわかには信じられないのかもしれないけど、事実だからなぁ・・・
「・・・申し訳ありません。話を変えてもよろしいでしょうか?」
「どうぞ。何の話にしようか・・・」
「ここから、どのように出るおつもりなのか、と」
「ああ、そっか。君はそれ、重要だもんね。俺も、あの二人が心配だからなぁ・・・」
といっても・・・
「今のところ、それが出来るだけの手段がない。とこれで話が終わっちゃうんだけど・・・」
「えっと・・・権能の方は・・・」
藁にもすがる思いなのだろう。
世界的に恐れられている魔王に、頼らないといけないんだから・・・
「・・・一個だけ、やれるかもしれないのはあるかな」
「では、それを・・・」
「ただ、発動条件が揃ってない。シヴァについての知識でももう少しあればいけると思うんだけど・・・」
「ならボク・・・私が教授の術を!」
「だから、俺たちに術は効かないんだってば」
本当に、慌ててるなぁ・・・普段からこれなのかもしれないけど。
「そ、そうなのですか・・・何か、手段などはないのですか?」
「・・・まあ、あることにはある。あるんだけど・・・」
「で、では!私がそれをしますので、」
「うん、一回落ち着こうか」
「どうぞお気になさらず!私に出来ることであればなんでもいたしますので!」
それを言われると、かなり困るのだが。
だって、それくらいの事をしてもらわないといけないんだし・・・
(注:このとき、護堂がリリアナと似たようなことをしていることを、武双は知りません)
「・・・・・・よし。方法は教える。でも、やらないからな?」
「そ、それでは、「キス」・・・はい?」
やっぱり、戸惑ってるよな・・・
「方法って言うのは、キス。キスをしながら、直接体内に術を流し込む方法」
「そ、それは・・・いや、さすがに無理だろう!?」
「だろ!だからそう言ってたんだよ!!」
「その・・・他には・・・」
「ない。人間には、それしかない」
さて、これでもう大丈夫だろう。
これでもまだ言ってくることは、ないはずだ。
「ふぅ・・・じゃあ、また話を変えるぞ。君、これからどうするの?」
「・・・・・・」
「おーい?」
「え、あ、うん。なんだい?」
「あ、戻ってきた。いや、さ。これからどうするのかな、って」
「これから・・・とおっしゃいますと?」
一瞬素になった気がしたのに、また戻ってしまった。
どうせなら、あのままになってくれたほうが良かったんだけど・・・
「いや、あの場にいた人たちは皆、その・・・」
「死んでしまいました、ね」
「・・・うん、そうだけど・・・何か思うところとかないの?」
「そうですね・・・ありますけど、今はそれどころでもないですから」
そう言いつつも、顔を伏せ続ける。
「まあ、親のない私を拾ってくれて、育ててくれたことには感謝していますけどね。おかげで、魔術のうでも上がりましたし」
「そっか。・・・その組織ってまだ人は、」
「もういませんよ。あそこにいたので全員です。行く場所がなくなりましたね」
「そんなあっさりと・・・まあ、それならいいや。一つ提案があるんだけど、いいかな?」
「・・・なんでしょうか?」
まあ、うん。
ちょうどいい機会だし、大丈夫そうだから・・・
「もし良かったらさ、家に来ない?」
「・・・は?」
「いや、だからさ。ウチの一員にならない?」
「・・・・・・行く場所はないですから嬉しい提案なのですが、よろしいのですか?」
「まあ、うん。条件も満たせそうだし」
「条件といいますと?」
「また帰ったら、母さんにでも聞いてくれ」
アテ、マリー、キリカ、調と続いた結果、これは俺の口からいわないほうがいいことくらいは学んだ。
というわけで、話はここで終わりにする。
「・・・そうですか・・・」
「ま、信用できないならそれでいいよ。仕方ないとは思うし」
「・・・では、もうしばらく考えさせていただきます」
良い結果になることを期待しておこう。
さて、もうそろそろ話すことがないなぁ・・・
「話すことがないのでしたら、こちらからよろしいでしょうか?」
「うん、どうぞ」
話を振ってきてくれる程度には、心を開いてくれたのだろうか。
「では・・・何故私を助けたのでしょうか?」
「何故、って言われてもなぁ・・・俺のせいで生き残ったんだし、それが目の前で、ってのはさすがにな」
「本当に、それだけでしょうか?」
こちらに向けられているのは、明らかな疑いのまなざし。
何故だ・・・
「・・・どうして?」
「御身らカンピオーネは、勝負を第一におくものたちです。それが、一介の魔術師のために敗北しかねない具を犯すとは思えません」
「そうかなぁ・・・意外と、良くあると思うけど」
護堂とかも、結構頻繁にやってそう。
アイーシャさんもそうだし、アニーは、守るために戦ってる部分あるしな。
「・・・・・・」
が、それでは納得してくれなかったようだ。
「・・・まあ、他にも理由がないことはないよ」
「では、その理由を私の目を見ていってくださいますか?」
ヤバイ、すっごく恥ずかしい・・・
でも、やらないわけにも行かないし・・・
「・・・妹に、似てたんだよ」
「妹君、ですか?」
「うん。何もできないでただ怯えてるのが、さ。昔の妹に似てて、ついじっとしてられなかった」
昔、氷柱を連れ出してうちに引き入れたときのこと。
アイツの前の家に殴りこんだとき、真っ先に目に入ったのは家族に対して怯え、それでも何もできないで震えている氷柱の姿だった。
それと、瓦礫の辺りで何もできずに呆然としているこの子の姿が、被ったというのも、まあ理由に含まれるのだ。
「・・・そうか。この人は、ウソをついていないみたいだな」
「ん?何か言った?」
「いえ、何も。あ、髪にゴミがついています。取りましょう」
「いや、いいよ。自分で取るから・・・」
「腕もないのに何を言っているのですか。いいからじっとしていてください」
そう言いながら近づいてきて・・・俺に、キスをしてきた。
ソフトな、触れるだけのキスではあるんだけど・・・それでも、慌ててしまう。
「・・・・・・え、」
「じっとしていてください。今、知識を送りますので」
そう言いながら俺の頬を押さえ、シヴァの知識を送ってくる。
これは・・・多分、あいつの歴史を語ったところで動揺を誘うのは無理だろうな。
「って、そうじゃなくて、なんで・・・」
「・・・お礼とでも考えてください。それに、私を家族にするのでしょう?その約束を果たしていただくためです」
顔を背け、頬を紅く染めながらそう言ってくる姿は綺麗だった。
ってか、それは・・・
「なら、うちに来るのはOKってこと?」
「ええ、そうです」
「・・・・・・なら、さ。口調を素のにしない?」
「な、なぜそのことを!?」
「うん、ちょくちょく漏れてるからな?」
無意識だったのだろうか・・・
そんな事を考えていたら、コホン、とからぜきをついて、無理矢理に話を再開した。
「と、とにかく!とにかくです!ちゃんと家に連れて行って、家族になったら口調を素にしましょう。さすがに、家族相手にこのような態度を取るつもりもありません」
「へぇ・・・意外だな。普通は戸惑うもんだと思うけど」
実際、俺はそうだった。
「まあ、二回目ですし」
「ああ・・・そういうこと」
なら、納得だ。
なれ、ってヤツなのだろう。
「・・・よし、もう十分だ」
「分かりました。では、王としての責務を果たしてきてください」
「了解!我は今ここに、」
『待たれよ、我が主』
が、俺の言霊は右腕の中から聞こえてきた声に遮られた。
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