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TAC-AN!

作者:あやちぃ
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出発!

 春暖(しゅんだん)の季節と相なり、樹木が芽吹き若やいだころとなりました。つつがなくお過ごしのことと存じます。
 こんにちは。琴吹紬(ことぶきつむぎ)です。今日から私も高校生。第一志望の桜が丘高校に合格して念願の電車通学ができることになりました。中学の頃は毎日校門の前まで車で送り迎えしてもらっていたので、ちょっぴり不安な反面、未知の世界への好奇心に胸が膨らみます。それに、桜が丘高校は女子高。これから三年間「男子禁制」という空間の中で制服姿の女子高生に囲まれると想像しただけで、自然と胸の高鳴りが大きくなります。
 部活は「合唱部」に入ろうと思っています。皆で一つの目標に向けて力を合わせるということにずっと憧れていたから、すっごく楽しみです。
「――お嬢様」
 これから始まる高校生活に様々な思いを()せながら玄関で真新しい学校指定のローファーを()いていると、不意に背後から声が掛けられました。
 私はその呼び掛けに応えるように振り向きます。視線の先では、(しわ)一つ見受けられない燕尾服(えんびふく)を着ているウチの執事の斎藤(さいとう)が心配そうにこちらを見ています。
「やはり、学校までお送りしましょうか?朝の電車は何かと危険だと聞きますし……」
 何かと心配性な斎藤の事だからきっと満員電車での痴漢(ちかん)のことを言っているのでしょうけど、そこはちゃんと予習済みです。
 電車には女の人しか入る事のできない車両があるみたいだから、もし怖かったらそこに乗ればいいのです――それに加えて女の人同士が押し合いへし合いする光景を毎朝見れるのだから、言うことなしです。
「もう子供じゃないんだから、大丈夫よ。心配しないで」
 私は斎藤を安心させるように微笑んで立ち上がり、爪先でとんとんと床を叩いて足元を整え、観音開きの扉を開けて高校生活最初の一歩を踏み出しました。
 これは一人の人間にとっては小さな一歩だけれど、私にとっては大きな一歩なのです。
 家の敷地の外に出た私は、昨日の夜遅くまでかかって覚えた道程(みちのり)を思い出しながら最寄り駅へと向かいます。
 幸い、その道中で何かトラブルに遭うこともなく目的地に辿り着くことができました。
 私は初めて見る「駅」というものに感嘆の吐息を漏らします。
 スーツを着たビジネスマンや私のように制服を着た学生がまるで吸い込まれるように改札機を潜っていき、中では「一番線に参ります電車は~」というアナウンスが響き渡っています。
 そんなニュースやドラマの中でしか見たことのない光景に胸を躍らせながら、私もその一員となるために改札機を潜ろうとしますが、

 ――ピンポンピンポンピンポン

 突然けたたましい音が鳴り響いて、二枚の灰色の板のようなものが私の進路を塞いでしまいました。
 驚いて辺りを見回しますが、隣の改札機を通っていく人達は私のそんな様子を気に留めるような素振りも見せずに悠然と駅の中へと入っていきます。私の後ろにいる人達は、それとは対照的に何故か白い目で私を見つめています。
 どういうことなのでしょうか?他の人達はすんなりと通れるのに……
 あまりの出来事にその場で狼狽(うろた)えていると、何か正常ではないことを察したのでしょうか、警察官のものとよく似た格好をした人がこちらに近付いてきます。
 何かされるのではと私は身構えますが、その人はこの駅で働いている職員さんみたいで、困っている私に何故通れないのか懇切丁寧に説明してくれました。
 何でも、電車に乗るには「キップ」という入場券のようなものが必要で、それがないと今みたいに改札機が閉まってしまうみたいなのです。
 私はその職員さんに「キップ」の買い方を教えてもらって、いざ自動販売機にお金を入れようとしますが、そこで重大なことに気付いてしまいました。
(一体、どこで降りればいいのかしら…?)
 目的地までの料金は上の地図に書かれているらしいのだけれど、一体どれで降りれば桜が丘高校に行けるのか皆目見当もつきません。
 結局困った私は携帯電話を取り出して自宅に電話をかけ、執事の斎藤に桜が丘高校の最寄り駅を聞く羽目になってしまいました。
「電車って難しいわね……」
 苦労の末に「キップ」を買ってようやく駅の中に入れた私は、溜息混じりにそう呟きました。

 ――さて、桜が丘高校へはどの電車に乗ればいいのでしょうか…? 
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