魔法少女リリカルなのは ~黒衣の魔導剣士~
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As 05 「成長と嫉妬」
12月12日、平日。俺や高町達は普通に登校し学校生活を過ごした。
高町とテスタロッサは順調に回復した。これは前よりも魔力量が増えたくらいと本人達から聞いているため間違いないだろう。
若いときは成長する速度も早いと聞くし、俺自身も早いほうだと言われたことがある。だがふたりに比べれば魔力量は劣るし、成長速度も遅い。あの少女達は、本当に魔導師としての才能に溢れていると言えるだろう。
放課後を向かえた今、ふたりは修理が終わった相棒達の元へ向かっているはずだ。俺は別行動を取っているのだが、来ないかと誘われはしたのだ。
デバイスについて質問したりできるチャンスであるため、正直に言えば行きたい気持ちもあった。だが今日は俺が買出しをするとシュテルに言ってあったのだ。彼女に行きたいと言えば、「構いませんよ」と簡単に代わってくれたことだろう。
「でも……」
それをやったら、これから先も遠慮せずに言ってしまいそうだ。つい忘れそうになるが、シュテルは仕事でうちに滞在している。レーネさんと同じぐらいに何でも言える関係になりつつあるが、家事は本来俺の仕事だ。あまり甘えないようにしなければ。
「……それに」
クロノからリンディさんのことを頼まれている。
彼から聞いた話では、コア蒐集をできるのは魔導師ひとりにつき一度限り。現在海鳴市にいる魔導師は、俺を含めた小学生組3人にリンディさんだけだ。高町とテスタロッサは一度蒐集されているため、あちらから襲う可能性は低い。
自分から現場に赴いた場合は戦闘になり、流れで蒐集されるということはあるだろうが、俺は協力関係を結んでいるため襲われることはない。
しかし、これは俺以外は知らないことだ。
そのためクロノからは万が一襲撃されたときのことを考えて、できる限りリンディさんの傍にいてほしいと言われている。ひとりよりもふたりのほうが魔力を奪われる可能性が低くなるのと共に、救助がしやすくなるというのが理由だ。
叔母に代わって家事をする俺と、休暇中のリンディさんは主婦仲間と言えるだろう。何度か一緒に買い物もしている。クロノの話がなかったとしても、一緒にいることはそれなりに多かっただろう。
〔ショウ〕
頭の中に声が響く。言うまでもなく念話だ。
念話を送ってきた相手はアルフだ。彼女とリンディさんとは、今日待ち合わせをしている。これからする会話の内容は、それに関することだろう。
〔もう家には帰ったのかい?〕
〔ああ。今向かってるよ。そっちはもう着いてるのか?〕
〔あたしはもうすぐ着くよ。リンディ提督も向かっ……〕
不意にアルフからの念話が途切れた。こちらから念話を送ってみるが、彼女から返事はない。
いったい何が……と思った矢先、周囲にいた人々の姿が消えていることに気づく。それとほぼ同時に、懐に隠れていたファラから結界が張られていると報告が入った。
結界の術式は古代ベルカ式。シグナム達が誰かを襲おうとしているということだ。
今度は誰を、なんて考えるまでもない。この街で蒐集できる対象は俺とリンディさんだけだ。協力関係を結んでいる俺が狙われるわけもなく、またリンディさんは次元震を抑えるほどの実力者だ。シグナム達の今回のターゲットはリンディさんで間違いない。
「マスターどうするの?」
ひょこっと顔を出して問いかけてきたファラに、俺は淡々と返事を返す。
「どうするも何も……リンディさんを守るって選択肢しかないだろ」
俺は管理局の協力者だ。そして、シグナム達との繋がりを知られるわけにはいかない。
彼女達と敵対したくはないが、現状でリンディさんを助けに行かないのは不自然な行動になる。すでにシグナム達の内の誰かと相対しているのならば別だが。
ファラを起動した俺は、リンディさんの魔力反応を探して移動を開始する。
とあるビルの屋上にリンディさんはいた。彼女の前方にはシグナムが剣に手をかけた状態で滞空している。
「ちょっと話いいかしら?」
「……話?」
「闇の書のシステムの一部。自らの意思と実体を持った無限再生プログラム《守護騎士ヴォルケンリッター》」
リンディさんの発言にシグナムが表情を変えたのと、俺がリンディさんの近くに降り立ったのはほぼ同時だった。俺の姿を視界に納めたシグナムは一瞬目を見開いたが、すぐさま鋭い視線をこちらにも向けてきた。
「ショウくん……どうして」
「簡単に言えば、巻き込まれたか一網打尽にされたってところでしょうね」
「……そうね。狙われるのは私か君しかいないものね」
リンディさんの意識が再びシグナムへと向く。手にカード型のデバイスを持っているのに起動していないのは、先ほど言っていたように話があるからだろう。
リンディさんが会話を試みるのならば、俺は黙って待機するべきだろう。上の立場の人間の決定に従うという意味もあるが、彼女のする会話で得られる情報もあるはずだ。
俺はシグナム達にはやてを助ける術を探すとは言ったものの、あのときは色んな疲労で詳しい話をできなかった。頻繁に連絡を取り合うわけにもいかないため、魔力蒐集と主を守るための存在という情報を頼りにロストロギアが何なのか調べるしかなかった。結果は全く進展なしとしか言えない。
だが今日、ロストロギアの名前が《闇の書》だということ。シグナム達がヴォルケンリッターと呼ばれる存在だということを知ることができた。この情報があれば、情報の検索もしやすくなる。これまでの主がどうなったのかを調べれば、魔力蒐集以外にはやてを治す術が見つかるはずだ。
シグナムは構えはしているものの、一向に剣を抜こうとはしていない。話に応じるようなので、俺は剣の柄に手をかけた状態で周囲を警戒することにした。
「あなた達は闇の書をどうするつもりで蒐集を続けてるの?」
それは、はやてを助けたいから。
リンディさんの問いに対する答えはこの一言に尽きる。だがそれを言うほど、俺もシグナムも愚かではない。シグナムは刹那の間の後、はっきりとした口調で言った。
「我らには、我らの目的と理由があります。あなたに答える理由もない」
「……私が11年前、暴走した闇の書に家族を殺された人間だとしても?」
先ほどよりも少し低めに発せられた言葉に、シグナムの表情が崩れた。彼女を見つめるリンディさんの瞳には、普段は見られない憎しみのような色が見える気がする。
俺はふと前にクロノが父親を亡くしたと言ってたのを思い出した。
クロノが普段と違って必死そうだったのと、リンディさんの瞳に負の感情が見えるのはそういう理由か。だが……それだとシグナム達が仇だということになる。彼女達が人を殺すような真似をするのか?
疑問が脳裏を過ぎるが、クロノから聞いたことの中には過去のある例とは少し変わっている点があるという話もあった。
11年前ということは、俺やはやては生まれていない。シグナム達がはやてと出会ったのは、おそらく今年の夏。過去のシグナム達が今の彼女達のような人柄だったのかは、俺には分からない。主次第では別人のような性格をしていたかもしれない。
「うらあぁぁぁッ!」
緊張感のある静寂を破ったのは少女の声。次の瞬間には、俺達のいたビルに放たれた鉄球が直撃していた。
「シグナム、何ぼぅーとしてやがる!」
「あ、あぁすまない」
声から予想していたとおり、攻撃を仕掛けてきたのはヴィータだったようだ。俺とリンディさんは、煙の中を突っ切って向かい側のビルに着地。
リンディさんは、これ以上の会話は不可能だと判断したのかデバイスを起動させた。白銀の杖が彼女の手の中に現れる。俺も抜剣して構えを取った。
周囲を見渡してみると、シグナムやヴィータの他にもザフィーラと思われる男性の姿が確認できる。
頭数ではこちらが不利。またあちらは全員、一流の腕を持った騎士達だ。たとえ俺が本気で戦闘したとしても、勝てる可能性の高い相手はいない。
「これは……ちょっとやばいかしら」
「ちょっと……じゃないと思うんですけど」
ぼそりと呟かれた独り言に返事をしたそのとき――結界上空に転移反応が現れた。
突如出現したふたつの反応は結界を突き破る。桃色と金色の閃光は螺旋を描きながら地面へと落ちて行った。
舞い上がった土煙が晴れるのと同時に姿を見せたのは、強い意志を瞳に宿したふたりの少女。少女達の手には、前と形状が異なっているパートナー達の姿があった。
〔リンディ提督、ご無事ですか?〕
〔ええ、何とか〕
〔よかった……〕
〔ショウくんも無事?〕
〔ああ〕
〔そっか……〕
高町達と念話している間も俺やリンディさんの意識はシグナム達に向いたままだが、彼女達の意識は高町達のほうへと向いているようだ。
「あのふたり、もう魔力が回復したのか。呆れた回復速度だ」
敵対する立場にあるが、それには俺も同意見だ。あのふたりは色々と規格外としか言いようがない。
「それにあのデバイス……」
「何だろうが関係ねぇ! 邪魔するならぶっ叩く!」
「フェイトちゃん!」
「うん!」
次の瞬間。桃色の光と赤色の光、金色と薄紫色の光がそれぞれ接近し始めた。どうやらシグナム達は、新たなデバイスを手にした高町達のほうが脅威だと判断したらしい。
戦闘する覚悟はしていたけど……現状にほっとしてる自分がいるな。戦闘しなくちゃって頭で理解はしていても、心は拒否してるってことか。増援に来てくれた高町達にはふたつの意味で感謝しないといけないな。
「私達は戦いに来たんじゃないの! 話を聞きたいだけなの!」
「笑わせんな! 新型の武装をしてきた奴が言うことか!」
「――っ! この間も今日も、いきなり襲い掛かってきた子がそれを言う!」
競り合っていた高町とヴィータの距離が開ける。ヴィータはすぐさま体勢を立て直した。
「こっちはてめぇにもう用はねぇんだよ!」
ヴィータの手にしているデバイスの形状が変化。推進力を得た彼女の飛行速度は先ほどよりも格段に上昇し、高町へ接近していく。一方高町はビルの上に着地をするのと同時にレイジングハートに声をかけた。レイジングハートから薬莢が排出される。
魔法盾とデバイスが衝突し、凄まじい衝撃音が生じる。
高町の防御は固いが、前回ヴィータはそれを打ち破っている。今回もまた打ち破られるのでは、と思いもしたが、ヴィータのデバイスと魔法盾は拮抗したままだ。高町の防御力の増加に疑問を抱いた俺は、その理由を考え始めた。
「……まさか」
新しい姿になったレイジングハートの姿と魔法の発動前に排出された薬莢。これから導き出されるのは、レイジングハートにカートリッジシステムが搭載されているということだ。おそらくだが、テスタロッサの相棒であるバルディッシュにも追加されていると思われる。
カートリッジシステムは、デバイスのフレームの強度や扱う魔導師の腕が優れていなければ自爆装置以外の何物でもない。
そもそもカートリッジシステムは近代ベルカ式用のものしか現状では存在しないはずだ。ベルカ式に使用されるデバイスはアームドデバイス。強度はストレージやインテリジェントより遥かに上だ。だからこそカートリッジシステムを搭載できると言っていい。修理を担当した技術者は何を考えているんだ……。
「……いや」
いつかはカートリッジシステムを搭載したミッド式のデバイスも登場するだろう。それにおそらく、技術者ではなくデバイス達から自分のマスターを守るために申し出たのだろう。
今日襲撃がなければ、安全管理の下でテストが行われていたはずだ。誰が悪い、おかしいといった考えは間違っている。
もし自分のデバイス――ファラに搭載されていたとしたら……そんな風に考えるだけで背筋が凍る。
高町は今日レイジングハートを受け取ったはずであり、増援のタイミングからしてぶっつけ本番でシステムを試したはず。
俺にはそんなことはできそうにない。ほんのわずかなミスでファラを吹き飛ばすかもしれないのだ。自分の手でファラを傷つけたとしたら……正気を保っていられる自信はない。
「この……!」
「簡単に倒されちゃうわけにはいかない!」
このままではらちが明かないと判断したのか、互いに新たな魔法を発動させたようだ。その証拠に爆煙が生じた。
煙の中を交差するように移動したふたりは上昇していった。戦闘経験が豊富なヴィータのほうが次の行動の決定が早いようで、多数の鉄球を出現させて打ち出す。
それを高町が目視すると、彼女のデバイスから薬莢が連続で排出された。次の瞬間、高町の周囲に二桁に上る魔力弾が生成される。
「アクセルゥゥシュート!」
一斉発射された桃色の魔力弾は、迫り来る鉄球に次々と命中。火花が咲いたかと思うと、一際大きな爆発が発生した。その衝撃は凄まじく、距離の離れたここまで空気の振動が伝わるほどだった。
高町はヴィータに再度話しかける。何を話しているかまでは分からなかったが、ヴィータの顔色に罪悪感のようなものが見えたあたり、高町に真っ直ぐな思いをぶつけられたのだろう。
だがヴィータもはやてのために動いている。ここで何もかも話したり、行動をやめるわけがない。その証拠に、高町に抱いた感情を掻き消すかのように大声を上げながら再度突撃して行った。
「…………」
高町とヴィータの勝負は拮抗しているため、意識をテスタロッサの方へと変える。空中で金色と薄紫色の閃光が、高速で何度も衝突していた。
「ッ……!」
切り返しと同時に複数の魔力弾がシグナムへ向けて放たれる。しかし、シグナムはそれを見切り、無駄のない動きで剣を鞘に納めた。見間違いでなければ、納める間際にカートリッジがリロードされている。
「ふ……!」
抜刀された剣は鞭のように伸び、テスタロッサへ向かっていく。不規則に見える軌道に回避しづらいと思われたのだが、彼女は持ち前のスピードで見事に回避。デバイスを鎌状に変形させ、刀身が戻る前に接近して行く。
「はあぁぁッ!」
「……くっ」
気合と共に最上段から振り下ろされた攻撃は、左手に持たれていた鞘によって防がれた。俺もシグナムのように鞘を持っているが、彼女のような行動はできないだろう。俺と彼女とでは技術に差がありすぎる。
一瞬の拮抗の後、シグナムは鎌を強引に弾いてテスタロッサを呼び込むと、彼女の懐に蹴りを入れた。テスタロッサはすぐさま体勢を立て直したものの、シグナムはすでに刀身を戻し終えている。
「はあぁッ!」
「でやぁッ!」
気合と魔力の乗った一撃が衝突し、魔法同士の衝突に負けないほどの衝撃が生じる。それによって、周辺のビルの窓ガラスが次々に割れた。
「…………ふむ。先日とはまるで別人だな。相当鍛えてきたか……前回は動揺がひどすぎたか?」
「ありがとうございます。今日は落ち着いてますし、剣を扱う子とも特訓してきました」
「なるほど……ヴォルケンリッターが将、シグナムだ。お前は?」
「ぇ……フェ、フェイト・テスタロッサです」
「テスタロッサか……こんな状態でなければ心躍る戦いだっただろうが、今はそうも言ってられん」
シグナムは剣を鞘に納めながら左腰付近に引き付ける。抜刀術で用いられそうな構えだ。
「殺さずに済ませられる自信はない……この身の未熟を許してくれるか?」
「構いません。勝つの……私ですから」
テスタロッサは怯えるどころか、強気な笑みを浮かべてみせた。
本当にこの前とは別人だ。先日と違って動揺がないのも理由なのだろうが、何が彼女をあそこまで強気にするのだろう。
カートリッジシステムの搭載によって戦闘力の差が埋まったから……ってのもあるんだろうけど、それは理由のひとつでしかないよな。特訓したってのもあるだろうけど、シグナムとの技術差が完全に埋まるはずもない。
〔マスター……大丈夫?〕
〔……大丈夫って、俺は戦ってないだろ〕
ファラは何を当たり前のことを聞いてきているのだろう……いや、本当は彼女が何を言いたいのか分かっている。
人は見た目や性格、才能に至るまで違う。俺にできることを高町達ができなかったりするだろうし。高町達ができることを俺はできなかったりするだろう。こんな当たり前のことは、きちんと理解している。
だがそれでも……あの子達の成長速度は異常だ。才能の違いもあるだろうが、それだけではあの速度は説明がつかない気がする。いったい俺と何が違うんだ……。
他人に嫉妬めいた感情を抱くことなんて、両親を亡くしたばかりの時期くらいしかなかった。今それを抱いてしまっているのは、俺が強くなりたいと思ってしまったからなのか。思ってしまったばかりに、自分の無力さを感じてしまっているのか。
そんなことを考えているときだった。
眩い光が戦場を走る。視界はゼロになり回復したときには、シグナム達の姿はなくなっていた。
シグナム達が逃げ切ることを祈る一方で、自分への問いは続くばかり。それが顔に出ていたのか、リンディさんが話しかけてきた。
「ショウくん、あとはクロノ達に任せて戻りましょう」
「……はい」
そのまま解除すれば済むのにも関わらず、俺は必要以上に音を立てて剣を鞘に納めるのだった。
後書き
なのはとフェイトの成長。それは強くなりたいと思い始めたショウにとって、負の感情を抱いてしまうものだった。
だが、そんな感情を忘れてしまうような事態が翌日起きてしまう。それによってショウは、これまで以上に決意を固めるのだった。
次回 As 06 「大切な少女」
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