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無名の戦士達の死闘

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第七章


第七章

「あの野郎、やりやがったな!」
 バットを手に八木沢に突進しようとする者までいた。皆それを止めるのに必死であった。最早試合どころではなかった。試合は一時中断された。
「ミスターニシモト、俺は絶対に戻って来る」
 マニエルは担架に担ぎ込まれながらニシモトに対して言った。
「すぐに戻る。それまで待っていてくれ」
 彼はそう言うと球場をあとにした。そして病室に八木沢の写真を貼り付け激しい闘志を保ちつつ復帰を誓った。
 マニエルは帰って来ると言った。だがこれによりチームは柱を失った。最早彼は打撃だけでなくチームの精神的な柱でもあったのだ。
 柱を失った近鉄は脆かった。途端に負けはじめた。助っ人一人いなくなっただけでこの有様であった。
 しかもこの時鈴木はいなかった。彼は背筋を痛め二軍で調整していたのだ。
「何でこんなに負けるんだ!これじゃあマニエルが泣いているぞ!」
 ファンは口々にそう言った。それに対して宿敵阪急は六月に入ると地力を見せだし驚異的な追い上げをかけてきた。
「やっぱり強いのう。あの連中には勝てる気がせんわ」
 西宮球場で阪急ナインを目にした近鉄ファンの一人が溜息まじりに言った。彼等はあまりに強かった。
 それに対して近鉄はあまりに強かった。西本もまた愕然としていた。
「仕方ないのう。マニエルおじさんしか頼るもんがおらんかったんや」
 彼は力なく言った。そしてこの試合近鉄は敗れた。あまりにも不甲斐無い敗北であった。
 近鉄ナインは力無く球場を後にする。その後ろから呼び止める声がした。
「おい」
 彼等は振り向いた。そこには加藤がいた。阪急の左の主砲である。
「御前等西本さんの顔に泥塗るつもりかあっ!」
 彼は顔を真っ赤にして怒っていた。
「あんなふざけた試合しとったらこっちが勝ってまうぞ!」
 彼もまた西本に育てられた男である。西本に対する思いは誰にも負けないつもりである。だからそこ無様な試合など見たくはなかったのである。
 近鉄と阪急は西本が作り上げた球団である。言わば同門だ。その彼等が不甲斐無い試合をすることに到底耐えられなかったのだ。
 彼等は西本の志を受け継いでいた。決して卑劣な真似はしない。だからこそ同門である近鉄に対しても全力で立ち向かっていたのである。
 後に加藤は近鉄に入る。そして彼もまた近鉄のユニフォームに袖を通すとはこの時誰も知らなかった。
 二三日には遂に阪急が首位に立った。エース山田が抜群の安定感を発揮しそれを鉄壁の守備陣と強力な打線が援護する。近鉄は絶体絶命の危機に立たされた。
 だが近鉄にも意地があった。二四、二五日の南海戦に連勝したのである。対する阪急は日本ハムに敗れた。これで首位が僅差ながら入れ替わった。そして運命の日がやって来たのだ。
 この試合に勝つか引き分けだと近鉄は前期優勝である。だが負けると阪急が優勝する。戦力からいって後期に優勝するという確証は何もない。いや、阪急が圧倒的に有利になる。近鉄にとっては実に苦しい状況であった。
 それを見ている男がいた。南海の監督広瀬淑収である。
 彼は関西球界にその絶対的な存在感を示した鶴岡一人に見出された男である。それだけに野球に対する想いは強いものであった。そして万全の調子で敵と戦うことを欲していた。
 この三連戦の前に近鉄は後楽園で日本ハムと戦っていた。そして移動日なしで大阪球場にやって来た。近鉄の戦士達は心身共に疲れ果てていた。敗色濃厚であった。
 しかし彼等が大阪に戻って来たその日に雨が降った。だがそんなに大した雨量ではない。しかも試合前には止んでしまった。しかし広瀬は審判達に中止を要請し中止させてもらった。
「監督、何で中止してもらったんですか」
 選手の一人がベンチに戻った彼に対し問うた。
「そうですよ、お客さんも折角楽しみにしてたのに」
「確かにお客さんも大事や」
 広瀬はその言葉に対し言った。
「けれどな、今の近鉄は疲れきっとる。そんな相手に勝ってもそれはほんまに勝ったとは言えんやろ」
「あ・・・・・・」 
 選手達は近鉄側のベンチを見た。彼等の疲労の色は最早隠せない程であった。
「お客さんにはいい試合してこの借りは返す。わし等もプロや、決して手は抜かん」
 広瀬は選手達に対して言った。
「けれど戦うんやったらお互いにベストの状況でやらなあかんやろが」
「はい・・・・・・」
 選手達はその言葉に頷いた。西本は広瀬に無言で礼を言った。
 そして二六日、最後の戦いの幕が開けた。
 
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