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アマガミという現実を楽しもう!

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第15話:ラブリー入部









 剣道部の練習を見学しようと許可を求めた俺であったが、残念ながら断念せざるを得なかった。理由は簡単で、俺と共にエロ本を読んでいた徹が、俺と森島の関係を勘違いして勝手に暴走したからである。




 徹は、現在剣道部に所属している期待の変人、もとい新人である。何故コイツが剣道部に入部してしまったかは、俺が持ってきたお宝本の一つに原因があった。小六の頃、俺が学校に持ち込んだ「月刊 和服美人」に道着を着た妙な色気を持つお姉さんにコイツはがっつり惹かれてしまい、以来道着を着て歩くお姉さんがマイブームとなってしまった。剣道部の道着が俺のマイブームに一致する、というインスピレーションが働いて気がついたら入部届けを出してしまったそうだ。部活動を真剣に決めたお兄さん・お姉さん方に土下座して謝ったほうがいいのでは、と思ってしまうような動機である。
 そんなちゃらんぽらんな徹も、今では引退された三年の先輩方の影響で、自身の剣道を続けることへの達成感を感じ続けたいという動機を持って自主的に稽古を続けるようになった。結果として、身体も一回り以上大きくなり、精神としても子どもから少し脱却したような感想を持てた。
 俺は、そんな変わった徹の様子を見て、
(へえ、人間半年揉まれれば変わるものだな)
と感心したものだ。精神的な成長の著しさや肉体の成長は、この若い時期だからこそ見られる特徴の一つだな。羨ましいものだ。




 しかしその後の、待ちわびて道場の中に入ってきた森島の乱入が悪かった。幾分かはこいつも真面目になったが、女の子の話や女の子を目の前にすると、橘や梅原もびっくりの紳士振りを見せてくれるのだ。まして美人かつ転校生の森島はるかである。この紳士が逃す訳がない。
 だが、徹の執拗な質問攻めで森島が困っていたようで、俺の背中に隠れて助けを求める姿を見せてしまったことがいけなかった。そういえば、森島は小学生の頃にスキの裏返しで男の子に虐められた、って設定があったっけな。どうやら、あまりこういう突っ込みには苦手意識があるのかな。徹よ、お前はまだまだ若い、大人になる修行がまだまだ足らぬわ。
 「女にもてる奴は死ねばいい」が口癖であったコイツは、『森島に背中を貸す俺→美人とイチャイチャする男の敵』とでも解釈したのだろうか、俺に呪怨の声を何度も唱えながら竹刀を持って迫ってきやがった。こうなると、こいつは聞く耳を持たなくなるので俺は「お邪魔しましたー!」と大きな声で俺は森島の手を牽いて道場を去ることになった。


















 そういう経緯もあり、俺と森島は輝日南中プールの中の更衣室からプールへ出る渡りに隠れていた。プールの中に入ってこなければ誰にも見つからないはずのこの場所が身を潜めるのに最適ではないか、そう思ったのだ。
 徹にも追い掛け回され、そのためクラスの連中にも発見された俺は、ひたすら鬼ごっこを全力で行うことになった。輝日南中の屋外プール付近に到着した俺は、鍵が掛かってないことに気がつき、水泳部という身分を生かしてプールの中に逃げた。鍵が開いていた理由は何故か分からなかった。
 全力疾走を繰り返した俺の脚は、既に限界を迎えていた。走ってこられたのは、スイマーズハイのランニング版であるランナーズハイに達していたからであった。やけくそになっていたこともあり、
(どうにでもなってしまえ!あはは、走るの楽しいな!)
という心境で走っていたのである。




「大丈夫か?」
「えっ、うん。腿が少し痛いけど平気」


 なんちゅう足だ、俺よりも鍛えられているんじゃないか?と思わせるくらい、森島の顔は汗が浮かんでいるくらいでケロッとしていた。森島って、運動が得意じゃないって言ってなかったか?


「森島さん、って運動得意なの?」
「ううん、男の子に混じって泥だらけになったり山の中に入っていったりしてたけどスポーツは得意じゃないの」


 ああ、原作にそういった内容があったような気がした。確か服を買ってもらっても、よく汚したっていう話だっけな。うん、毎日走り回っている経験があれば、水の中がメインの俺より足腰が強くても違和感は無いかな。…少し悔しいけど。


「う~、目に汗が入っていたいよう」


 ほらほら、汗が目に入って痛いんじゃないのか?目をこすらない、大人になってから目を悪くするぞ。俺はポケットから可愛らしい子犬のキャラがプリントされた自分のハンカチを裏返して額の汗を拭く。


「あっ…」
「目を擦るな、痛めるぞ」
「うん」


 何か無邪気な娘の仕草をいちいち注意するお父さんみたいな気分になる。こういう気分や気持ちを父性というのだろうか、それとも保護欲とでも言うのだろうか。う~ん、分からない。
そんなことを考えながら、森島の額や頬の汗をハンカチで拭っていく。


「ほら、出来たから今度は自分でやるんだぞ」
「あ、ありがとう…」
「え?…あ、そうか、すまん」


 森島のぽかんとした顔を見て、自分のやっていることが分不相応なことに気がつき、俺は言葉を濁してごまかそうとした。そうだ、俺は彼女にとっては同級生であって、見知ったおじさんではないのだ。ただの同級生がこんな事をするのは、普通は可笑しな話なのだ。自分の行為をフォローする言葉を言おうとする時、俺と森島のいる場所に近い位置から物音がした。俺は開いた口を閉じ、音源が何かを掴もうとする。
















ペタッ…ペタッ……


(足音!?)
と俺は緩み始めた緊張の糸が再び張り詰めていくのを感じた。が、どうにも身体に力が入らない。壁に身体を預けて、音のするほうをじっと見るだけで精一杯である。自分が奴らに見つかって、ボロ雑巾になる姿を浮かべてげんなりする。


「拓君?こんなところで何をしているの?」
「たっくん、案内は終わったの?」


 足音のする方向には見知った姿を見かけた。俺は味方を見つけ救われた気持ちになり、そこで緊張の糸が切ってしまった。下半身に力が入らず、壁にもたれかかったまま座り込んでしまった。森島、知子、響が何かを言っている気がしたが、俺にはもはや何も聞こえてこなかった。…もう駄目だ、眠い…


















 無理な姿勢で眠ったことと全速疾走を何度も繰り返したせいで、俺は翌日筋肉痛に悩まされることとなった。登校では自転車のペダルを踏むたびに脚が軋み、激痛が全身に走って顔が何度も苦痛を主張するように歪んだ。登校の最中に、何度も響と知子に心配されたものだ。
 教室に入った時は、昨日の騒ぎが嘘のように穏やかでまったりした空気が出迎えてくれた。俺を見て特に騒ぎ立てる奴もなく、俺に対して軽く挨拶したり筋肉痛を心配してくれているくらいだった。身構えていた自分が馬鹿みたいに思えて拍子抜けしてしまったほどに空気が昨日と違ったのだ。
 昨日のことは良く覚えていないが、知子と響の話を聞くことによると、途中で俺は壁にもたれかかったまま気を失い、死んだように眠っていたそうだ。俺が眠っている間に知子は、男子を逆に萎縮させる勢いで追い掛け回し、俺の様子を見せて自分達のした結果が人に迷惑を掛けたことを見せたらしい。後日俺に謝りに来たクラスメイトの一人は、「あの時の川田の威圧感と怒気は半端無かった。殺されるかと思った」という評価を残している。取りあえず、「あいつを怒らせると物凄い恐いから、二度と怒らせないように」とだけ、俺は彼に伝えた。
 起きた時には6時を回っていたくらいだ。着ていた服は、汗まみれの制服から部活のジャージとTシャツに替わっていた。誰かが着替えさせてくれたのだろうか、と知子と響に尋ねると二人は揃って顔を真っ赤にしたことから、おそらく二人が着替えさせてくれたことを推測する。俺の裸なんか部活のレースで見慣れているはずなのに恥ずかしいもんかね。……下着まで替えされていたから、その点が非常に気になったが。
 クラスに入って自分の席の前に注意を向ける。森島がクラスメイトから質問攻めにされたり、夕月・飛羽ペアに茶道部に来ないか、と時期外れの勧誘活動に巻き込まれたりしていた。


「よう、おはよう」


 俺は会話という嵐の中心に近づき、何気なく挨拶をする。森島と周囲の愉快なクラスメート達は、俺の姿を見ると、「うっす」「おはよ」とそれぞれ軽く挨拶を返したり、「昨日は悪かったな」など昨日の出来事で迷惑を掛けたことを謝ったりする。森島は、俺の顔を見ると質問攻めで困っていた顔から、不安の色を浮かべた顔へと変わっていった。何でそんなに顔つきが変わったのか、と疑問に思う。森島から、少し慌てた感じで言葉が発される。


「遠野君、おはよう。え~っと、その、身体は大丈夫なのかな」


 ああ、昨日の騒ぎで迷惑を掛けたことを気にしていたのか。まあ、そんなに気にすることでもないし気負いすぎることはないよ。俺は、森島を気遣い穏やかな様子で声を掛ける。実際は凄いやせ我慢であったが。


「少しだけ脚が張ってるだけど大丈夫。特に問題は無いよ」
「そっか、ごめんね。私が迷惑を掛けたばかりに、遠野君に酷い事しちゃったよね」


 だが、「脚が張っている」という俺の言葉に森島の顔は更に暗くなり、森島の口から発されていた声のトーンも下がった。その様子から森島がしょぼんとしている様子が、俺にはっきりと伝わってくる。流石に場の雰囲気をぶち壊すのはよくないし、美人が落ち込んでいる姿を見ているのは、ドラマみたいに絵にはなるが長く見ていると気が滅入ってしまう。


「ああ、いや。まぁその、なんだ、気にしないでくれよ。脚はこんなんなったけど、俺は退屈な日常から抜け出して楽しかったんだ。だから、森島さんが心を痛めなくてもいいんだ」
「本当に?」
「本心からだ」
「そっかそっか、ありがと。…ふふふ」


 森島はほっとしたのか、表情が笑顔に戻っていた。そして笑い出したので、疑問に思った俺は「ん、どうした」と森島に笑い出した理由を尋ねる。


「いや、君って優しいなぁ、って思って。」
「そうか、普通じゃないのか?」


 「優しい」とは元主将や響、知子、それに逢、橘、梅原などから言われてきたが、別に森島に対して其処まで気を回した訳でもない。好きな子をついつい虐めるとか、接し方が分からずぶっきら棒になるなどの子どものような振舞い方をせず、歳の割には大人びた行動が見られるから、その点が優しいと評価されているかもしれない。


「ううん、男の子の中じゃ遠野君みたいな子は初めてだよ。私にとっては」
「ふうん、そんなもんかね」


 そのようなやり取りをしている時、横の席にいる夕月が俺の肩を叩いて呼んでいる。夕月の方を振り向くと、


「おい遠野、ラブコメしてる暇があったらアンタも茶道部として手伝ってくれよ!」
「別にラブコメをしているつもりは俺には無い。…茶道部が森島さんと何か関係があるのか?」
「茶道部への勧誘さ!なんたって森島さんは美人で1年生だ。この人材を逃す部活が他にいるとは思えないね。そこで、アタシ等茶道部が勧誘!」
「先物買い」


 森島はるかという高スペック新人の奪い合いが、体育会系の部活のみならず文化系のそれらを巻き込んで発生する。まだまだ森島の周囲では色んな事件が絶えないのか、という懸念が次第に強くなっていく。
 そんな期待したくない未来を描いている中、森島はじっと俺のほうを見ていた。顎に指を当てて何かを考え事をしているみたいだった。


「ねえ、遠野君」


と、俺は唐突に声を掛けられる。いきなりだったので、生返事を返す。


「あん?」
「水泳部ってどんな活動をしているのかな?」
「…え?」














 この発言が元で、俺は更に頭を抱える事態が発生した。
 テーパーを失敗した俺は、新人戦を1フリ決勝七位、2フリ決勝8位という散々な結果で終えてしまった。その翌週の始め、我らがクラスの美少女が俺達と同じジャージを着て、顧問の横に立って俺達水泳部の部員の前に現れたのだった。


「え~、今日からマネージャーとして入部することになった、1年の森島はるかさんだ。」
(…どうしてこうなった)
「森島はるかです!皆さん、よろしくお願いします!」
(え~っと、色んな部活の見学には連れて行ったはずだけど、何で?)


 口々に部員が何か歓喜の声を上げて騒いでいるのが聞こえるが、俺はその内容を耳に入れる精神的な余裕は無かった。俺はこの事態が起こった理由が分からず、頭は混乱し、額に手を当てて悩み続けていた。
 水泳部に決めた、なんて発言を俺は聞いていなかった。てっきり、「どこも面白そうだけど大変そう」と原作みたく飽きたり面倒だと感じたりして入部しないと思っていた。ああ、山口先輩になんて報告すればいいんだ、クラスの連中は何を思っているんだろうか…。悩みの種が多くなる一方であった。


「拓君」「たっくん」
「はい…」
「後で、どういうことか説明してもらえないかしら」「あとでどういうことか説明してくれない?」


 俺の左と右に並ぶ響と知子に小声で囁かれた。横を向くと、背筋に悪寒が走り、視線が側頭部を貫いているような気がする。
 居た堪れなくなった俺は、逃げるように森島の方に視線を向ける。森島は俺と目が合うと笑顔で手を振っている。さらに側頭部を貫く視線の強度が増したような気がする。ここに更なる悩みの種が増えたことを状況が俺に語っていた。



 口からは「あはは……」と乾いた笑いしか出てこなかった。そして身体からは嫌な汗が出ていることを衣服の湿りから感じる。
(もう、どうにでもなれ)
と、俺はやり場の無い視線を部室の天井に向け、じっと眺めていた。




















(次回へ続く)

 
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