問題児と最強のデビルハンターが異世界からやってくるそうですよ?
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Mission3・① ~Community of No Name~
「ジン坊っちゃーン! 新しい方を連れてきましたよー!」
都市を目前にしたダンテ一向。
黒ウサギはその入り口前に立っている少年を見つけると、大きな声で呼びかけた。
ダボダボのローブに身を包み、撥ねた髪が特徴的なその少年は、どこか大人びた雰囲気が出ている。
彼の傍にまでダンテ達は歩み寄ると、少年は黒ウサギに「お帰り」と言葉をかける。
「黒ウサギ、そちらの男性二人と、女性二人が?」
「はいな、こちらの御四人方がそうでございます!」
満面の笑みを浮かべて振り返る黒ウサギ。
その様子を見ると、新しくこの世界にやってきた四人を歓迎するというよりはむしろ歓喜しているようだった。
ダンテはそんな黒ウサギを見て、少し違和感を感じる。
(俺たちみたいな問題児をコミュニティに招けてそんなに嬉しいもんなのかねぇ? 何かしら事情でもあるのか……ま、そんなのどうでもいいことか)
自分を含めこの世界にやってきた四人は、かなりふざけたことを黒ウサギにやりまくった自覚がダンテにもある。
黒ウサギは自分たちを召喚したと言っていたが、まだ自分たちはどれほど有力な人材となるのかを見せていないのに、性格的に問題が多い自分たちをそれほど歓迎してくれることがあるのだろうか?
ギフトを所持している人間たちにオモシロオカシク生活してもらえるように招待するとは言ってたが、ダンテは黒ウサギの言葉をそのまま鵜呑みにしているわけではない。何か裏があるのではないかと薄々気づいてはいた。
だが、ダンテはすぐにそんな考えを頭の隅においやった。
推理するための材料が足りないし、そこで何かしらの事実が発覚したところでダンテには関係がないのだ。
どうせそんなものはこの世界の娯楽をかすませることもありはしない。
そんなことを思っているうちに、どうやら自己紹介をすることになったらしい。
「コミュニティのリーダーをしている、ジン=ラッセルです。齢十一になったばかりの若輩ですが、よろしくお願いします。そちらの四人は?」
「久遠飛鳥よ、そこで猫を抱えているのが」
「春日部耀」
「俺はダンテだ。せいぜい俺らを楽しませてくれよ、ジン」
礼儀正しくお辞儀するジンに、飛鳥や耀もならってお辞儀する。
ダンテは自己紹介すると手を伸ばし、握手を求めた。ジンもそれに応じると、ダンテの背後にいる十六夜『らしきもの』に目線を移す。
「そちらの方は?」
「こちらは逆廻十六夜さんです。ほら、あなたも挨拶なさってください十六夜さん」
十六夜『らしきもの』は黒ウサギにそう言われると、片手をあげて挨拶をした。
『よぉ、よろしくな』
エコーがかかったかのようにひび割れた、不自然な声で。
「……ん?」
「え?」
「あれ?」
「……?」
「あ」
しまった、とダンテは思った。
(そういやこいつ、しゃべったらこんな風な声が出るんだっけか……忘れてたな)
声を出さなければよかったのに、つい『出させてしまった』。
こいつは姿形をそっくりそのまま真似してくれるのだが、声に関してはどうにもエコーがかかってしまうのだ。
黒ウサギが代わりに紹介してくれたのだから、あとはそのまま黙らせておけばよかったのに。自分としたことが、随分と早い段階でポカをやらかしてしまったことだ。
「な、なに? 今の」
「十六夜……さん?」
「どうしたの?」
「? ??」
黒ウサギたちのみならず、初対面のジンにすら違和感を感じられるくらいだ。
もう、ごまかすことはできないだろう。
ダンテは面倒くさそうにがじがじと頭を掻くと、十六夜『らしきもの』に向かって命令する。
「仕方ねぇな……おい、もういいぜ『ドッペルゲンガー』」
他の者達はダンテの言葉の意味が一瞬わからなかったが、次の瞬間に変化は訪れた。
いきなり十六夜の全身が黒く染まると、人の形をした蠢く影にその姿を変えたのである。
「きゃっ!?」
「わっ!」
「なっ!?」
「ッ!?」
全員がそれぞれ異なる悲鳴をあげるも、ダンテはそれを素面で見続けている。
やがて影はダンテに歩み寄ると、そのままダンテに吸収されるように姿を消した。
「あーあ、もうちょい騙しておけると思ったんだがよ」
つまらなさそうに、ダンテは空を見上げて誰に向かうともなくつぶやく。
本当ならコミュニティの本拠地とやらに行くまで黙っておきたかったのに、何とも中途半端なところで終わってしまったものだからつまらないのだ。
「い……今のはなに?」
「俺の得意な手品の一つだ。アンコールなら受けるが、タネ明かしならキスをいただくぜLady(お嬢ちゃん)?」
「……そう……なら、いいわ」
飛鳥が恐る恐るダンテに訊ねかけるが、ダンテはそんな彼女を茶化すようにしてうやむやに答えた。
飛鳥はツンとした態度で要求を撥ねのけるが、動揺を隠しきれず少し声が震えているのがどうにも可愛らしい。
悪戯の失敗こそしたものの、ダンテはそれを見ただけでも満足だ。
『死影霊ドッペルゲンガー』。五か月前にダンテがテメンニグルの塔を登っていたとき、彼に立ちはだかった悪魔の一人だ。
こいつは戦う相手の姿を真似することができ、能力すらコピーしてしまう上に、闇の中では無敵となってしまうとてもやっかいな強敵だった。
倒すためには光の中へと引きずり出し、そこで弱ったところを徹底的に叩かなければならない。そうこうしているうちにも相手は猛攻撃を仕掛けてくるし、光を当てたとしてもすぐにまた闇に逃げてしまう。相手にするのがとても面倒で、しかも実力が高いときたものだからダンテも苦戦を強いられることとなった。
しかし激闘の末に屈服させた結果、ダンテはドッペルゲンガーを己の手足として使役することができるようになったのだ。
それにより自身の分身を生み出して戦うことを初めとして、ダンテの魔力を供給することで光という弱点を克服しているから今のように別の誰かへと変化させることもできる。
まぁ後者の場合はダンテ自身が近くにいて操作しなければならない上に、新たな欠点が今こうして露呈したわけなのだが……
「え、え、え? あ、あの、十六夜さんは!?」
「イザヨイならとっくに世界の果て目指して行っちまったぞ」
「ええ!? じゃ、じゃあ今の十六夜さんは……偽物!?」
「That’s right♪(正解♪)」
黒ウサギが戸惑いながら訪ねてくるのを、ダンテは笑いを必死に堪えながら歌うように応える。
「なんで止めてくれなかったんですか!?」
「〝止めてくれるなよ″と言われたからな」
「ならどうして教えてくれなかったのですか!?」
「〝黒ウサギには言うなよ″って言われたからな」
「嘘です、絶対嘘です! あなた面白くなりそうだから黙っていただけでしょう!?」
「おや光栄だね、もう俺のことをそこまで理解されてるとはな。そんなに俺は魅力的か?」
黒ウサギはガクリ、と前のめりに倒れる。
どれほど質問しても、満足な返答を得るどころかこちらが一方的に錯乱させられるだけの状況に黒ウサギは頭が痛くなってきた。
本当に黒ウサギはこの銀髪の男が苦手だ。これから上手く付き合っていけるかどうか不安でたまらない。
それに十六夜も十六夜だ、無断で勝手に箱庭の世界をうろつこうとするだなんて。幸い発覚が早かったからここからそう遠く離れた場所にはいないだろうし、目的地もわかっているのだからきっとすぐに見つかると――
(……え? 今ダンテさん、十六夜さんがどこに行ったと言って……!?)
だが、少し遅れて黒ウサギは気づいた。
ダンテは今、とんでもないことを言っていなかったか?
『十六夜は、世界の果てに向かって行った』と。
信じたくない。本当に信じたくない。
しかしこれが真実だとすると、これはとんでもなくまずい状況になってしまったことになる。
「た、大変です! 〝世界の果て″にはギフトゲームのために野放しにされている幻獣が!」
黒ウサギよりも早く、ジンという少年は事の重大さに気が付いたらしい。
慌てた様子で叫ぶジンの言葉に、ダンテ達は首を傾げた。
「幻獣?」
「は、はい! ギフトを持った獣を指す言葉で、特に〝世界の果て″付近には強力なギフトを持った者がいます。出くわせば最後、とても人間では太刀打ちできません!」
「あら、それは残念。もう彼はゲームオーバー?」
「ゲーム参加前にゲームオーバー? ……斬新」
「全くだ、最高に面白いジョークだな」
「まっ――――――――――――たく面白くありませんッ!!」
ジンはどれだけ十六夜が危険なことをしているのかを伝えたいようなのだが、招かれた問題児三人はそれを聞いても肩をすくめるか、楽しそうにケタケタと笑うだけだ。
もうなんなのだろうか、この人たちは。
黒ウサギはため息を吐きつつ立ち上がると、ジンに話しかける。
「はあ…………ジン坊っちゃん、申し訳ありませんが、御三人方のご案内をお願いしてもよろしいでしょうか?」
「わかった。黒ウサギはどうする?」
「問題児を捕まえに参ります。事のついでに――――〝箱庭の貴族″と謳われるこのウサギを馬鹿にしたことを、骨の髄まで後悔させてやります!」
悲しみから立ち上がった黒ウサギは、目に見えるほど濃厚な怒りのオーラを全身から噴出させる。すると艶のある黒い髪が淡い緋色に変わる。
それを見たダンテは興味深そうに黒ウサギを眺めていた。
「へぇ、黒い髪もなかなかだがその色もグッとくるね」
「黙らっしゃい! ダンテさんも同罪です、覚悟しておくのですよ!」
「HA-HA! 覚悟って何だ、告白される覚悟でもしとけってのか!? いいね、だとしたら最高だ!!」
「~~~~ッ!! 一刻ほどで戻ります、皆様はゆっくりと箱庭ライフをご堪能ございませ!」
何を言ってもそのふざけた調子を崩さないダンテに激怒しながらも、黒ウサギは伝えるべきことはちゃんと丁寧語で伝え、文字通り『とび跳ねて』いった。
その速度はさながら弾丸であり、あっという間に彼女はダンテ達の視界から姿を消す。
それを愉快そうに眺めているダンテを、飛鳥と耀は冷めた目で見つめる。
「…………悉く下劣ね、あなた」
「最低」
「おやおや、素直じゃないなお嬢様方は……にしても、箱庭のウサギってのは随分速く跳べるんだな」
「ウサギ達は箱庭の創始者の眷属。力もそうですが、様々なギフトの他に特殊な権限も持ち合わせた貴種です。彼女なら余程の幻獣と出くわさない限り大丈夫だと思うのですが……」
なるほどね、とダンテは少し納得したように頷いた。
最初のドジな登場から、あの人物が本当に俺たち問題児を召喚したのかと思っていたのだが、力は確かにあるらしい。修羅神仏が存在するようなこの世界を創ったヤツの従者というのなら、さぞかし絶大な能力を誇っているのだろう。
戦ってみたい相手が一人増えたな、と考えていたところで、飛鳥が提案をする。
「黒ウサギも堪能くださいと言っていたし、お言葉に甘えて先に入ることにしましょう。エスコートはあなたがしてくれるのかしら?」
「あ、はい。よろしくお願いします」
「おや、俺にはエスコートさせてもらえないのかな?」
これまた冗談であろう一言を投じるダンテだったが、すぐにその答えは耀から返ってきた。
「あなたは品がなさすぎ。信用できない」
「こいつは痛いところを突かれちまった。今度からお上品なふるまい方でも勉強しとくかな」
「そうね。あとは態度を改めること。私たちからの宿題よ」
「確認試験ってことでデートをしてくださるのなら考えてみるよ」
「なら採点は厳しくいくわよ? あとジン君にも付き添わせてもらうわ」
「え、ええ!? 僕もですか!?」
まさか自分にも話を吹っ掛けられるとは思ってもいなかったのだろう。
予想外のことにあたふたと慌てるジンを見て、三人はプッと吹き出して笑う。
「冗談よ、からかってごめんなさいねジン君――さ、それじゃあ箱庭に入りましょう。まずはそうね。軽い食事でもしながら話を聞かせてくれると嬉しいわ」
飛鳥は狼狽するジンの手を取ると、胸を躍らせるような笑顔で箱庭の外門をくぐろうと歩き出す。
********************
飛鳥、耀、ダンテ、ジンの四人は、外門から石造りの道を通って天幕の中へと入っていった。
するどういうことだろう。道を通り抜けると上から眩いばかりの光が照らしだされ、全員の目が白く覆われる。
「……へぇ。外から天幕の中に入ってきたってのに、空にはお天道様か」
ダンテは興味深そうに空を眺めていた。
外から見れば確かにこの場所は天幕によって覆われていたはずだというのに、上は変わらず青い空と白い雲、そして太陽が輝いている。
「……本当だ。外から見たときは箱庭の内側なんて見えなかったのに」
「箱庭を覆う天幕は内側に入ると不可視になるんですよ。そもそもあの巨大な天幕は大洋の光を直接受けられない種族のために設置されていますから」
飛鳥は空を眺めながらジンの解説を聞いていると、ピクリと片眉をつりあげて皮肉そうに言う。
「それはなんとも気になる話ね。この世界には吸血鬼でも住んでいるのかしら?」
「え、いますけど」
飛鳥からの質問に、ジンはなんでもないように応える。
その返答に複雑な気分になったのか、飛鳥は「……そう」と一言だけ呟くとそのまま沈黙する。
吸血鬼などという種族とともに人間が住めるとは思っていなかったのだろう。といってもジン以外は吸血鬼については伝承以外に何も詳しいことは知らないのだが。
一方、ジンの回答を聞いたダンテはというと、
「ほう? そりゃあまたなんとも面白そうだな。美女の吸血鬼でもいるっていうなら是非とも血を吸われてみたいもんだ」
そんなことを愉快そうに言ってのけた。彼も吸血鬼がこんな場所にいるとは思ってもいなかったようだが、飛鳥とは違い嬉々とした様子である。
ちなみに本人の希望としては、かつてテメンニグルの塔で対峙した雷妖婦のような者が出てきてくれば万々歳である。
戦いの最中わざと受けてみたことがあるのだが、あの悪魔の行う死の抱擁はなかなかにいいものだった。本人の姿が美しく艶めかしい女性だったこともあって、刺激は二倍。今となってはいい思い出(?)の一つだ。
……ただの人間が喰らえば一発で即死の攻撃なのだが。
「う、うーん……それは、やめておいた方がいいかと思いますけど……」
ジンは、冗談なのか本気なのかよくわからないダンテの発言に苦笑する。
吸血鬼に血を吸われる。それはただの捕食行為ではなく、人間を鬼へと変貌させる儀式でもある。それはつまり、『人間をやめる』ということに繋がるのだ。
ダンテの素性を知らないジンからすれば、そんな反応をしてしまうのももっともかもしれない。
そんなことを言っていると、耀の抱えていた猫が『ニャア』と鳴いた。
猫の視線の先を見てみると、そこには美しい造形をした噴水の彫像。もう一度、猫は『ニャア』と鳴く。
「うん。そうだね」
すると耀は誰と話していたのか、そんな言葉を呟く。
それはまだこの場にいる誰も聞いたことがない、優しさのこもった声だった。
おや? とダンテが疑問に思ったところで、飛鳥は耀の言葉に反応した。
「あら、何か言った?」
「…………。別に」
だが、耀は先ほどとは打って変わって素気ない返事をする。
少し残念そうな表情をする飛鳥だったが、それ以上は何も追求せずに目の前で賑わう噴水広場へと目を向けた。
そこには白く清潔感の漂うカフェテリアがいくつもあり、多くの人がそこで談笑している。
ちょうどいいだろう。ここいらでティータイムと洒落込むのも悪くない。
「おすすめのお店はあるかしら?」
「す、すいません。段取りは黒ウサギに任せていたので…………よかったらお好きな店を選んでください」
「それは太っ腹なことね……じゃあ、あそこにしましょう」
四人と一匹は身近にあった〝六本傷″の旗を掲げるカフェテラスに座ることにした。
飛鳥、耀、ジンはそこに置いてあった席へと行儀よく座る。
だが普段からの習慣で、ついダンテは足をテーブルの上にドカッと乗せてしまった。
ジンはダンテの粗暴な態度にポカンとし、飛鳥と耀はジト目で彼を睨みつける。
うっかりしてたというようにダンテは足を下ろした。
「悪いな、いつもの癖なんだ」
「……あなたって人は本当に……いえ、もういいわ……」
特に悪びれる様子もなく、ダンテは三人に告げる。
飛鳥もあきれ果ててしまったのか、ダンテに何も言わずにため息を吐く。
そんなやり取りをしていると、店の奥から注文を聞くために猫耳の少女がやってきてぺこりとお辞儀する。
「いらっしゃいませー。ようこそお越しくださいました」
「Wowワオ、こいつはまたかわいい看板娘が来てくれたもんだな。こいつは当たりの店だぜ」
「ありがとうございます。お客様もその格好、とても似合ってますよ♪」
「おおっと、接客の仕方もしっかりと心得ていらっしゃる。店もいいが、店員だって文句なしだ! 是非とも今度、個人的にお会いしたいもんだね」
すぐさまダンテは調子に乗り出すのだが、隣に座っている飛鳥に軽く肘で叩かれると「また今度な」と言って話を切り上げた。
店員としてもノリノリで楽しかったらしい。頭についている耳がピコピコとかわいらしく動いていた。
「注文はどうなさいますか?」
「えーと、紅茶を三つと緑茶を一つ。あと軽食にコレとコレと……」
『ニャーン』
「ストロベリーサンデー、一つくれ」
「はいはーい、ティーセット四つにネコマンマ、ストロベリーサンデーですね」
「……ん?」
と、猫耳少女はダンテ達の注文を聞き入れたが、少しそこにおかしなところがあった。
ティーセット四つとストロベリーサンデーはいい。しかし、ネコマンマなどこの場にいる誰も頼んでいなかったのだ。
注文を間違えたか? と三人が首をかしげる。
しかしただ一人、耀はその少女を信じられないものでも見るような目で店員に問いただした。
「三毛猫の言葉、わかるの?」
「そりゃーわかりますよー私は猫族なんですから。お歳の割に随分と綺麗な毛並みの旦那さんですし、ここはちょっぴりサービスさせてもらいますよー」
今度は、三人が驚愕して目を見開く番だった。
いったいどういうことなのかと思っていれば、その答えはとても意外なものだった。この店員は、三毛猫の言葉を理解していたのだ。
いや、それ以前に。この会話の流れなら、耀も猫の言葉を理解していたということになる。
店員以外の一同は、みな目を丸くして耀を見つめていた。
『ニャーン!』
「やだもーこちらのお客さんもまたお上手なんだから。いい男の人ばかりで羨ましいですよお二人様♪」
そのまま店員は長い鉤尻尾を振りながら、店の奥へと帰っていく。
その後ろ姿を見送ると、耀は嬉しそうに笑って三毛猫を撫でた。
「……箱庭ってすごいね、三毛猫。私以外に猫の言葉がわかる人がいたよ」
『ニャーン』
「ちょ、ちょっと待って。あなたもしかして猫と会話することができるの?」
飛鳥は動揺した声で耀に訊ねると、耀は無言でコクリと頷いた。これはジンも興味を持ったらしく、質問を続ける。
「もしかして、猫以外にも意思疎通は可能ですか?」
「うん。生きているなら誰とでも話は出来る」
「そいつは羨ましいもんだな。今度レクチャーしてくれるといいね。授業料は何でも言ってくれれば仕事してやるってのでどうだ?」
「無理。教えられないから」
「That’s pity(そりゃ残念)」
半分冗談のような会話だが、ダンテとしては半分ほど本気だったりする。
何しろ生きているすべての者達と会話することができる能力なのだ。普通におしゃべりを楽しむのはもちろん、仕事上で情報を集めなければならないときにもこれは重宝する。
今後の仕事の幅が広がるし、楽にもなるのだ。
……今まで言葉の通じなかった悪魔の言葉も聞こえてしまうという嫌なこともあるかもしれないが。
少しワクワクした表情で、今度は飛鳥が耀に問いかける。
「でも、それは素敵ね。じゃあそこに飛び交う野鳥とも会話が?」
「うん、きっと出来…………る? ええと、鳥で話したことがあるのは雀や鷺や不如帰ぐらいだけど…………ペンギンがいけたからきっとだいじょ」
「「ペンギン!?」」
「う、うん。水族館で知り合った。他にもイルカ達とも友達」
耀の言葉を遮るように飛鳥とジンの二人が声を上げた。
ダンテはというと、「……ペンギンって鳥なのか?」などという何ともお馬鹿なことを言っていたが、そこは全員華麗にスルーさせてもらう。
残念な銀髪イケメンは置いておいて、二人が驚いた点は同じだ。空を駆ける野鳥と出会う機会ならそれこそ数多にあるだろうが、まさかペンギンと会話する機会があるとは思ってもいなかったのだろう。
ジンもまた飛鳥と同様に驚愕を隠せないままに口を開く。
「し、しかし全ての種と会話が可能なら心強いギフトですね。この箱庭において幻獣との言語の壁というのはとても大きいですから」
「そうなんだ」
「はい。一部の猫族やウサギのように神仏の眷属として言語中枢を与えられていれば意志疎通は可能ですけど、幻獣たちはそれそのものが独立した種の一つです。同一種か相応のギフトがなければ意思疎通は難しいというのが一般です。箱庭の創始者の眷属にあたる黒ウサギでも、全ての種とコミュニケーションをとることはできないはずですし」
ダンテは途中から難しいことを言い出したジンの話を半分ほど聞いてやめた。ようは、耀のもってるギフトがすごいってことはわかったし、言葉があまり通じないヤツもいるということも理解できた。それでいいだろうと、彼は見切りをつけたのである。
(英語ができりゃあ悪魔とも会話できるってのにな。面倒くさいもんだ)
そんなことをぼんやりと考えていたとき、飛鳥が小さな声でつぶやく。
「そう…………春日部さんは素敵な力があるのね。羨ましいわ」
まるで自分の持つ力を恥じ入るかのようにも聞こえる言葉を言いながら、憂鬱そうに飛鳥は耀に笑いかける。
耀は困ったように頭を掻く。まだ会ってから少ししか時間が経っていないのだが、どうにもその様子は彼女らしくないと彼女は思った。
「久遠さんは」
「飛鳥でいいわ。よろしくね春日部さん」
「う、うん。飛鳥はどんな力を持ってるの?」
何かしらの話題が欲しいと思って、耀は飛鳥に質問を投げかけた。
だが、今度は飛鳥が困ったように苦笑を浮かべる。どうにもこの手の話題はタブーだったらしい。
しまったと思う耀だったが、それよりも早く飛鳥が口を開いた。
「私? 私の力は……まあ、ひどいものよ。だって……」
と、飛鳥が話をしているその途中で。
「おんやぁ? 誰かと思えば東区画の最底辺コミュ〝名無しの権兵衛″のリーダー、ジン君じゃあないですか。今日はオモリ役の黒ウサギは一緒じゃないんですか?」
唐突に、その会話は中断されることになった。
品のない上品ぶった声が、ジンの名を呼ぶ。振り返ると、2mを超える巨体をピチピチのタキシードで包む変な男が、そこに立っていた。
後書き
はい、いったん今回はここで切ります。
もうちょい続けたかったんだけれど、これ以上長くしてお待たせするのもあれなので、ここで区切りました。
何かおかしなことがあったら感想で教えてくださーい。
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