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恋よりも、命よりも

作者:ぽてと
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決意

戦争は終わった。

あの戦争は、日本に、俺たちに一体何をもたらしたのだろう。
日本は敗北しアメリカの属国となり、個人としては家族や友を失くし、財産を失った。

得たものより失ったものの方が多すぎる。
そんな中、俺は三国一の嫁さんを手に入れた。

「わたるさーん!!ちょっと、こっち来てぇ~!!」

嶺野 白雪。
本名は竜崎 薫だったが、俺にとっては芸名で付き合ってきた期間の方がより長く、また、呼び名としては「リュータン」の方が親しみやすい。実際、普段人前で呼ぶ時は今でも「リュータン」だ。
………ま、それに今の本名は『影山 薫』やしな。俺と結婚したんだから。

「なんや、どないした」
「ファンの方が、お店の前に来てるんやて。せっかくだからな、ウチの旦那さんを紹介しよ、と思って」
「そうか、ほな行こか」
「うん!!」

俺が腕を差し出すと、彼女は嬉しそうにその腕にからみついてきた。
(可愛いなぁ…)
リュータンは、俺と結婚する少し前からずい分「かわいらしく」なった。
それは別に彼女が今まで可愛くなかった、というわけではない。
ただ、彼女は宝塚雪組の『主演男役』であったのだ。

ここ十数年間は特に、「かわいらしい」と言われるよりも、「かっこいい」と言われたい、そう思って生きてきたのではないかと思う。

実際、彼女はそこら辺の男など裸足で逃げ出すくらいに『男らしい』一面がある。
後輩が困っていたら、何はともあれ話を聞く。
時には叱責し、時には励まし、時には一緒になって泣きながら、なんとかして解決策を自分たちで見出していく。
後輩が助けを求めていたら、何が何でも助けてみせようとがむしゃらになって動き出す。
どんな逆境の時でも『タカラジェンヌ』である誇りと『主演男役』である責任を放棄することはない。
まぁ、割と思いこみが激しくて自分本位になりがちな側面もあるんやけど、そこを入れても「ついていきたい」というカリスマ性があるんやな、リュータンには。

だから少し前まではリュータンが『タカラジェンヌ』やなくなることなんて、想像できへんかった。
どころか、『主演男役』でなくなることだって想像できへんかったくらいやし。

それでもいずれ、老いは来る。華の命は短いものだと、花街にいたからこそ身に沁みて実感のあった俺としては、「退団することも視野にいれろ」と言ってみたこともあった。
その頃は本人にも実感がなかったからか、「リュータンは永遠や!」とかなんとか言ってうやむやにされてしまったけれど。

(まさか自分の嫁さんになるとは思わなかったしなぁ…)
と、隣にいるリュータンを見つめながら思う。

「…なに?何かついとる?」
「……や、リュータンの燕尾服も見納めかなぁと思うてな。…しかし今日もカッコええなぁリュータン」
そう。
こいつは何故か今日、結婚披露宴やのにドレスじゃなく燕尾服を着ているのだ。
全てはプロポーズした時にリュータンが、
「結婚式は燕尾服でもええ?披露宴はすき焼き屋でもええ??」
と、泣きじゃくりながら聞いてきたのを(可愛いなぁ)と思いつつ
「ええよ!」
と答えてしまった自分の責任ではあるんだが…。

自分の容姿はそれほど不自由ではないと思いつつも、普段着なれてない燕尾服を着こなせる程の器量かと言われるとそれほどの自信もなく、
従って今まで数え切れない程燕尾服を着てきたリュータンの着こなしと比較されると少し…いやかなり…思う所があるのである。

それでも。
結婚して『乙女』という基準から外れてしまった以上、今日からリュータンは『タカラジェンヌ』ではない。
今のところ、俳優業をする予定もなく、だから今後男装をする必要性もなくなってしまうのだ。
事実上、リュータンの男装は、今日が見納めのはず。

実際、リュータンも少し寂しげに微笑みながらこう答えた。
「ありがと。…そやなぁ、この先燕尾を着る予定なんてないんやな…」
「…寂しいか?なんやったら、宝塚で教師の仕事、もらえるよう口利いてもええんやで?」
寂しそうなリュータンを見て、俺は用意していていつ言おうか迷っていた言葉を口にした。

顔にやけどのキズが残ってしまったリュータンには、今後俳優としての道はほとんど残されていない。
しかし、リュータンの今までの功績を考えれば、それくらいの優遇はされても良いのではないかと思う。
実際、エリの旦那の就職口も俺の口添えだけでなく、エリの今までの功績があったからこその話だったのだ。
まぁ、俺としてはもウチょっと新婚生活を満喫したいと思わないわけでもないんやけど。
だから少し、口にするのを躊躇ったりもした。
…が。

「ううん、いらん」

予想を反して、リュータンは首を横に振った。

「…なんでや?宝塚におりたいんやないのか?」
思わずそう訊ねた俺に、リュータンは「未練はないわけじゃないけど」と続けた。
「豪華な衣装も、贅沢な舞台装置も、オーケストラもみ~んな好きやしできたらもういっぺん『宝塚』の舞台にかかわりたいけど…
ウチが続けたかったのは、『舞台俳優のリュータン』で『教師のリュータン』やないんや。もっと言うと、ファンや後輩の中の『雪組トップのリュータン』であった自分を崩しとうないんや。
…だから、燕尾も今日でお終いでかまへんの」
「…そうか。…それもそうやな、リュータンはずっと『雪組トップ』として皆の心の中に残り続けたらええと俺も思うで」

あくまでも、『主演男役』であった自分にこだわりを見せたリュータンの誇り・矜持に改めて感心しながらしみじみと答えた俺に、今度はリュータンはまぶしいばかりの笑顔をみせた。

「せやろ!?さすがわたるさん!!ウチの気持ちホント良く分かってくれるわぁ~!!」
「ああまぁな。なんせ『旦那さま』やしな」
「せやな!!それにな、ウチ、新しい目標もあんねん!!」
「…………………なんや?」

リュータンが元気になったことは喜ばしいが、リュータンが元気になって突っ走りすぎるとロクな事がない。
自分の現在の魅力を忘れて昔の演目を強引にやったこともあった。
すき焼きはこがしすぎるし。
俺とリュータンがくっついたきっかけも、気落ちする俺をリュータンが励ましたり褒め揚げたり、とにかく最大限の魅力で魅了してきたために、すっかりその気になった俺が押し倒してしまった事に起因している。
だから、少し構えて訊ねてみると

「かわいらしいお嫁さんになんねん!!」

と、随分かわいい事を言い出した。

「だってな、エリも『可愛いお嫁さんになります』っていったんやで!?あのエリが。
エリがなれるんやったら、ウチかてなれる、そう思うやろ?ウチかて、かわい~お嫁さんになって、わたるさんと仲のええ夫婦になるんや!!」

と、両手で俺の片腕に絡み付きながら話している。
あー、もう、可愛いな!!

気を抜くとすぐにやけてしまう顔をどうにか立て直し
「ほんなら俺は、『頼りになる旦那さん』にならなあかんな」
と言った。
「かっこいい『タカラジェンヌ』を一人損失させた挙句、かわいらしいお嫁さんを独り占めするんやもんな?」

「?わたるさんはもう『頼りになる旦那さん』やし、ウチはず~っとタカラジェンヌやで?」

「ウチは、ずっと宝塚にいたかった。宝塚から離れるなんて、嶺野白雪やなくなるなんて想像もつかなかった。…顔にやけどが出来て、退団せなあかんと思った時も、退団しても自分は嶺野白雪や~、と思っとったの。
…でもな、わたるさんが「結婚しよう、お前と結婚したいんや」て言ってくれて。なんや、こんな私でも、嶺野白雪でなくてもええんかと思って…。そんな風に思わせてくれるわたるさんが『頼りになる』って思ったからこそ結婚しようって思ったんやで?」
それにな、と、彼女は得意げに続けた。
「ウチは乙女やのうなっても、ずーっと心は『タカラジェンヌ』や。『清く、正しく、美しく』そうあろうと思ったからこそわたるさんが好きになってくれたウチになったんやし、ウチかてわたるさんが好きになってくれたウチが大好きや!
ウチはなーんも変わらん。生きてる場所が舞台からわたるさんの隣になっただけで、やっぱりリュータンは永遠やな!」

ふいに涙が出そうになった。
リュータンが、彼女がそこまで俺の事を信頼してくれている事が、嬉しかった。
今まで、誰にも期待されず、戦争にも行かず、誰一人としてまともに守れなかったこの俺を、リュータンがそこまで想ってくれているだなんて。

「…………せやな、リュータンは永遠や」
「せやろ~!!」
「ずっと俺の可愛いタカラジェンヌや」

赤くなって黙るリュータンの耳元で、俺はささやくように言った。

「幸せになろうな」

嬉しそうに頷く彼女を見ながら、俺は。

幸せな家庭なんて見たこともないようなもの、どうやったらなれるのかなんて想像もつかない。
けど、リュータンと幸せになろう。
幸せに、幸福に生き抜いて人生の最後には
「幸せやった」
と呟ける一生を、自分とリュータンに用意するために、どんな事でもしていこう。

そう、決意した。

そんな、秋の良き日。  
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