箱庭に流れる旋律
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ヴァイオリニスト、隷属する
「んみゅ・・・あれ?ここは・・・?」
「あ、気がつきましたか、倉田さん」
神殿から脱出してしばらく歩いていたら、背中に負ぶっていた倉田さんが目を覚ましました。
何故僕が負ぶっているのかというと、残りの二人はお互いにボロボロで、とても人一人を運べる状態じゃないからです。
「ユイ・・・確か・・・」
「無理に思い出そうとしなくてもいいですよ。もうしばらく休んでいてください」
「ええっと・・・お兄さんは、誰?」
疑問に思って当然だよね。なんせ、目を覚ましたら自分が知らない人におぶられてるんだもん。
「僕は、“音楽シリーズ”の“奇跡の歌い手”ギフト保持者、天歌奏です」
「音楽シリーズ・・・あ!レヴィちゃんは!?」
「自分は後ろにいるっスよ、ユイさん」
僕の挨拶で何かいやなことでも思い出したのか、倉田さんは背中でもぞもぞと動いて風間さんを探し始めた。
すぐに後ろにいた風間さんが返事をしてくれたから良かったけど・・・僕もそんなに力があるほうじゃないから、出来る限り動かないで欲しい。
「よかった~。あの後の記憶が一切なかったから、どうなっちゃったのかと思ったよ~」
「あの人は、ユイさんに何かしてからすぐに立ち去ったっスよ。なので、自分はなんともないっス」
「そっか~。あれ?じゃあ、ユイを助けてくれたのはお兄さん?」
「助けた、なんて言えたもんじゃないですけどね。偶然に偶然が重なっただけで・・・」
「ありがとう、お兄さん!だいすきっ!!」
「おわっ!?」
急に倉田さんに抱きつかれてバランスを崩しそうに・・・というか、実際に崩れたところを風間さんとラッテンさんに支えてもらった。
「はあ・・・全く、ご主人様はもう少し体をお鍛えになったほうがいいのではないですか?」
「ザ・インドア派の僕に言わないでくださいよ・・・。倉田さんも起きましたし、話を聞くためにも一度やすみませんか?」
「休みたいだけなのが見え見えっスね~」
だって休みたいんだし。間違いなく、明日は全身筋肉痛だなぁ・・・
そんな事を考えながら僕は倉庫の中からティーセットを取り出して並べ、皆でお茶をしながら倉田さんの話を聞いた。
♪♪♪
「へえ・・・まさか、他の音楽シリーズにとられるとはな」
そう言いながら、ボクの持ち主は眼下を見下ろしている。
そこには、楽しそうにお茶をしている四人がいた。
「それも、歌い手に取られるとは・・・あのまま狂気に落ちるのを待ってたってのに」
まあいい、といいながら彼は眼下から目を外し、ボクらの横を通り過ぎて歩いていく。
「前の担い手も、奇跡の歌い手とは相容れなかったんだ。こうならざるをえないんだろうよ」
そう言いながら彼はギフトカードを取り出し、その角をなめる。
そこには大量のギフトが記されていたが、ボクが一番目を引くギフトは、間違いなくアレだ。
「いいぜ、歌い手。テメエがもっと多くの“音楽シリーズ”を従えたそのとき、このオレ自ら狩りに行ってやる。“狂気の指揮者”、狂崎 色様がな!!」
彼が歩いていくのに僕以外にここにいた皆がついていったので、ボクももう立ち上がってついて行かないといけない。
でも、名残惜しく最後にもう一度、眼下にいる彼らの姿を見ておきたい、そう思った。
そして、やはり彼ら四人は楽しそうで、同じ“音楽シリーズ”の集まりでも、ボクらとは全く違う、“音楽シリーズ”同士の暖かい繋がりがある。
「・・・いいなぁ、あれ」
ボクも彼らと出会えていたら、あそこには入れたのかもしれないのに・・・今でも、音楽を奏でていられたかもしれないのに・・・
「オイコラ!何してやがる、さっさと来い!」
「・・・イエス、マイマスター」
これ以上遅くなったら何をされるのか分かったもんじゃない。
まだみていようとする目を無理矢理に動かして、ボクは小走りで彼らの元に向かった。
いっそあの四人の元に逃げたかったが、それは迷惑でしかない。いつか、また会えることを願って・・・
♫♫♫
「なるほど、“狂気の指揮者”か・・・それは間違いないのか?」
「ええ。といっても、本人の自称なので、ギフトネームが違う可能性はあるっスけど」
「“音楽シリーズ”が効かなかった以上、向こうも“音楽シリーズ”の担い手であることは間違いないのう。そして、相手を狂わせるギフトももっておる、と」
倉田さんが狂っていたのは、そのギフトが原因だったようだ。
そして、僕が歌ったヒーリングミュージックによってそのギフトを無効化することが出来て、倉田さんが元に戻ったというわけだ。
「分かった。そのやからが“音楽シリーズ”を集めていることは、私から各コミュニティに伝えておこう」
「スイマセン、色々お任せしてしまって・・・」
「私が依頼したのだし、私は階層支配者。これくらいはして当然だよ」
狂気の指揮者に対する注意報と、今回の事後処理は全て白夜叉さんに任せることになった。
なんでも、コミュニティによっては“音楽シリーズ”のギフト保持者もいるし、いることを隠しているコミュニティもあるそうなので、伝えておく必要があるのだ。
「それでも、“音楽シリーズ”には“音楽シリーズ”をぶつけるしかない。“狂気の指揮者”について直接の対策はおんしらに一任しても良いかの?」
「はい。僕に出来る範囲で、ですけど、やらせていただきます」
「うむ。たのんだぞ。それと、今回の報酬については後日、ノーネームに届けさせよう」
これについてはありがたく受け取っておく。ノーネームがいまだに財政難なのは事実だし。
「で、だ。おんしらはどうするのだ?」
「どうするって・・・自分達で選んでもいいんスか?」
「うむ。おんしらは何も、自分から悪さをしたわけではない。こちらで行動を縛ることは出来んよ」
「だそうっスけど、ユイさんはどうするっスか?」
「んー・・・そうだねえ・・・」
風間さんに尋ねられた倉田さんは、僕に上目遣いで悪戯っぽい笑みを浮かべて・・・
「うんっ。お兄さんについていくよ!」
と、抱きついてきた。
思いっきり、その、む、胸が当たっているんですけど・・・わざとだよね、間違いなく・・・
「い、いいんですか?ノーネームで?」
「うんっ!そう言うわけだから、ユイはお兄さんに隷属するよ!!」
「いや、何で隷属!?」
ついてくるのに、わざわざ隷属する必要なはないですよ!?
「え?だって、ラッテンちゃんが隷属してるから、そう言う風習なのかな、って・・・」
「そんな風習はありませ」
「ええ、そうよ」
「ラッテンさん!?」
「別にいいじゃないですか、ご主人様。そうした方がお互いの霊格も上がるんですし」
正論であるため何も言い返せない。
「・・・分かりましたよ」
「うんっ。じゃあ改めて、“強欲のヴァイオリニスト”倉田ユイは、“奇跡の歌い手”天歌奏に隷属するよっ!」
「はい。“奇跡の歌い手”天歌奏は、その隷属を受けます」
その瞬間、僕と倉田さん、ラッテンさんの霊格が上がった。
もう二回目になるけど、この感覚には慣れそうにないなぁ・・・
「えっと・・・じゃあ、これからよろしくお願いします、倉田さん」
「むー」
倉田さんは頬を膨らませている。何かご不満なようだ。
「・・・何が不満なんですか?」
「ユイのことは倉田さんじゃなくて、ユイって呼んで!」
「じゃあ・・・ユイさん?」
「さん付け禁止!」
「・・・ユイちゃん、で勘弁してください・・・」
これ以上は無理です。
敵とかなら、呼び捨てにも出来るんですけど・・・
「う~ん・・・それならいいよ!」
「ありがとうございます。風間さんはどうしますか、これから?」
「そうっスねえ・・・ユイさんについていくっスよ」
というわけで、といいながら風間さんは僕の前まで来て三つ指を突いて・・・
「自分も奏さんに隷属するっスから、これからよろしくっス」
「いや、何でですか!?風間さんまで隷属する必要は・・・」
「おやおや、自分だけ仲間外れっスか?悲しいっスね・・・」
そう言いながら、目の前でわざとらしく泣きまねをしてくる。
「ああもう!分かりましたよ!風間さんの隷属も受けます!」
「分かっていただけたようで何よりっス」
もう既に二人(レティシアさんを入れたら三人?)いるんだし、今更増えたところで大して変わらない。
そんなヤケクソ気味な気持ちで風間さんの隷属も受けることにした。
「あ、そうそう。自分のこともレヴィでいいっスよ」
「・・・じゃあ、レヴィさんで」
「おやおや、ユイさんのことはさん付けではないのに、自分はさん付けっスか・・・」
「もう泣きまねはいいですから」
なんとなく、さん付けの方がしっくりくるんだけど・・・何を言っても聞かないよね、これは・・・
自分はさん付けなのに・・・
「分かりました。レヴィちゃんでいですね?」
「ええ、それでいいっスよ。なんだかむずがゆいっスけど」
「ならなんで言ってきたんですか・・・」
絶対この人楽しんでるよ・・・僕を弄って・・・
と、そんなこんなで“音楽シリーズ”が一人、ニンジャが一人友達になって、今回の件は終わりました。
ノーネームに帰ったら問題児たちがいなくて少し驚いたり、サーカスをうらやましく思ったりもしました.。
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