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箱庭に流れる旋律

作者:biwanosin
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歌い手、癒す

 さて、出来ることならヴァイオリニストさんのところまで行きたいんだけど、あの黒い竜がいる以上無理だよね・・・まずはアレからどうにかしないと・・・

「と思いつつも、全力で逃げてるよね、僕・・・」

 そう、全力で逃げ、避けていた。
 元の世界にいるころから全然運動をしてこなかったけど、人間って本当に追い詰められると全力以上の力が出るものだよね・・・

「とはいえ、このまま避け続けても・・・うわ!?」

 今、本当にすれすれだった。ほんの一瞬タイミングがずれてたら、腕がなくなってた・・・
 もうこれ以上は、無理だよね・・・

「仕方ない、賭けに出よう・・・剣の舞」

 多鋭剣のうちラッテンさんに貸した分の余りを全てギフトカードから出して、三振りだけ残してすべて竜にぶつける。
 そうして出来た隙に左足、右足で多鋭剣に乗り、両手で最後の一振りをつかんで一気に竜を乗り越えてヴァイオリニストの元に飛ぶ。

「あー・・・死ぬかと思った・・・歌い手がなにやってるんだろ・・・」

 少し愚痴を漏らすけど、すぐにそれどころじゃないと思い出す。
 そしてヴァイオリニストさんを見るけど・・・僕がここまで来ても、まだこちらを気にも留めない。
 完全に、周りが見えていない。

 それに、狂うように、と言う表現が、この上なくはまっている。

「狂ってるなら・・・癒す、のが一番だよね。・・・ヒーリングミュージック、管弦楽組曲第三番第二曲、エア、アリア」

 パッと思いついたヒーリングミュージックを、歌う。
 この曲は、後にヴァイオリンのG線のみで弾けるように編曲された『G線上のアリア』の方が有名かもしれない。

 そして、音楽シリーズに対して音楽シリーズを使ってもその効果は現れないけど、この曲は、曲自体が人を癒す効果がある、ヒーリングミュージック。
 その効果でより強い感動を与えることが出来れば、きっと・・・
 そう思ってヴァイオリニストさんに近づきながら歌っていると、別の場所で・・・魔物たちに対して、効果が現れ始めた。

 彼らからは狂った様子が消えてきて、力が抜けたようにその場に止まる。
 そして、役目を終えたように消えていく。もしかしたら、ヴァイオリンの音で限界以上に動かされていたのかもしれない。

 そして、後一メートルの位置まで近づいたところで、ヴァイオリニストにも効果が現れ始める。
 ヴァイオリンのリズムが遅くなっていき、本人の動きも遅くなっていく。

 そしてつま先とつま先の間に五センチもなくなったところで、ヴァイオリンの音が完全に止まり、震えながらゆっくりとヴァイオリンを下ろしていく。

「・・・・・・」

 ヴァイオリニストは少しの間棒立ちになったと思ったら全身から黒いもやが抜けて、一筋の涙を流し、僕のほうに倒れてきた。

「おっと・・・気絶してるだけ、か」

 何かあったわけじゃないとわかってホッとし、そのままどうしていいのかも分からず、先ほどまで震えていたのを思い出して抱きしめる。

「ご静聴、ありがとうございました」



♪♪♪



「・・・お二人とも、何をしていたんですか?」

 あの後、どうにか意識の無いヴァイオリニストさんを背負ってラッテンさんのところに向かったら、ボロボロになった二人が、周りがボロボロな空間でにらみ合っていた。

 風間さんも結構きわどい格好になってるけど、ラッテンさんはそのうえを行っている。
 僕もそうだけど、音楽シリーズの持ち主には本番衣装がある人が多いらしく、僕の場合は箱庭に来る直前の本番でも着ていたもの、ラッテンさんは始めて会ったときにきていた露出の高い服。

 今回、僕たちは二人とも本番衣装を着ていたため、ラッテンさんは格好が大変なことになっている。少しは隠すそぶりを見せてください、お願いですから・・・
 余談だけど、衣装には予備もあるため、今後困ることはないだろう。

 よく見ると、力尽きた魔物も結構いたので、レクイエムを歌って成仏させる。

「この忍者、予想以上に強いんですよ・・・音楽シリーズも効きませんし、どうなってるのよ・・・」
「音楽シリーズが効かないって・・・まさか、風間さんも音楽シリーズ持ちだったりします?」
「自分がっスか?いえいえ、自分はそんなもの持ってないっスよ」
「じゃあ、どうして・・・」
「その前に、こっちから質問いいっスか?」

 風間さんに言われたので、どうぞ、と促す。

「では、ユイさんは無事なんっスか?」
「はい、無事ですよ。気絶はしていますが、何か憑いていた物が抜けたみたいでしたし、素人目ではありますけど、脈や呼吸も大丈夫だと思います」
「そうっスか・・・それで、ユイさんをどうするつもりっスか?」
「どうする・・・とは?」

 風間さんの様子からすると、向こうにとってはかなり重要なことらしい。
 本当に警戒しきった目をしてるし・・・

「ユイさんは、ある音楽シリーズのギフト保持者に隷属を迫られ、それを断った結果、ギフトを使われてあんな状態になってたっス。奏さんもそのつもりなら・・・容赦はしないっスよ?」

 そう言って小刀を構える風間さん。
 そんなことがあったんだ・・・確かに、音楽シリーズの持ち主なら音楽シリーズに対してギフトを使える可能性も高い。
 むしろ、それ以外の人間がそんな事を出来る可能性は、ないに等しい。

「で、どうなんスか?」
「特にどうとは決めていませんが・・・この人が合意してくれたら僕たちのコミュニティに来てもらいたいな、とは思っています」
「しなかったら、どうするつもりっスか?」
「そうですね・・・どこか行きたいコミュニティがあるなら、僕の知り合いがいるところなら紹介も出来ますけど」
「無理強いする気はないんスか?ラッテンさんの呼び方、普通ではなかったと思うっスけど?」
「あれは私が勝手にやってるものよ。ご主人様を弄るために」

 やっぱり、そう言う意図なんだよね・・・

「ありませんけど・・・あ、でも」
「なんっスか?」

 しまった、つい漏らしてしまった。
 これ、はっきり言うのは恥ずかしいんだけど・・・

「その・・・友達になって欲しいな、とは思います。一緒に音楽を奏でる人が、ずっと欲しかったので・・・」
「・・・そうっスか」

 僕のそんな台詞で何が変わったのかは分からないけど、風間さんは微笑みながら小刀をしまってくれた。

「それなら、後の判断はユイさんに任せるっス」
「いいんですか?」
「ええ。自分は、あんな状態のユイさんを放っておけなかっただけっスから。奏さんの言葉をどう判断するかは、ユイさん次第っスよ」
「そうですか。ありがとうございます」
「いえいえ。それより、早くここを出た方がいいんじゃないっスか?」

 そう言いながら、風間さんは両耳に手を当てて・・・あ、今抜いたのって耳栓?
 ただの耳栓なら音楽シリーズは防げないと思うけど・・・ここは箱庭だから、完全に音を遮るものもあるのかもしれない。

「それはどういう意味かしら?」
「いえね。ここはユイさんの演奏で出来たっスから、」

 その瞬間、何かが崩れだす、そんな音がしてきた。

「じきに崩れるんじゃないっスかね?」
「何でそんな状況でそんな呑気なんですか!?」
「ご主人様、急いだ方がいいんじゃないです?」

 その後、結局多鋭剣に乗って剣の舞を奏で、どうにか神殿を脱出した。
 
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