《SWORD ART ONLINE》ファントムバレット〜《殺し屋ピエロ》
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再び戦場へ
前書き
仙台まで行って受験してきました。
いやー、きつかったですね。ストレスで鼻の下にヘルペスできました。めっさ痛い。
〈8〉
薄暗い部屋の中、俺はぼうっとベットに座り宙を睨んでいた。そうでもしなければ、叫び出したいような衝動に負けてしまうからだ。
ーーあの後、しばらく喫茶店に居た俺は、結局ゲーセンには寄らずにまっすぐ家へと帰った。黙々と道のりを消化する間、頭に残る”しこり”が不快でたまらなかった。義務感と逃避がせめぎ合い、それが生み出す不協和音が頭にガンガンと鳴り響く、そんな感じだ。
『また言えなかった』
ただ数個の単語で構成させれている俺の気持ちは、まだ彼女に伝えられない。ここまでくると、何故そこまで臆病になっているのか自分でも理解できなくなる。
今日がダメなら明日、明日からダメなら明後日、という具合に、次のチャンスを期待しているのがいけないのだろうか。しかし、今回が最後と割り切ったところで、やはり次のチャンスは訪れるだろう。無限ではないにしろ、一つ一つにはそれほど価値がない、ありきたりな日常として。
「ふうぅ……」
堂々巡りの思考に蓋をして、俺は自室で深い溜め息をついた。お世辞にも広いとは言えないスペースに、カチコチと時計の秒針の音が籠もる。こんなことをしているよりか、有意義な時間の使い方は山ほどあるが、今はそのどれもが色褪せている。このどうしようもない苛立ち、自らにに対する怒りを、沈めてくれる事柄があるものだろうか。
不意に堅い金属の感触を掌に感じた。
とっさに思いついたのは、冷たい引き金のそれだ。熱い弾丸を吐き出し、敵を引き裂く鋼の鼓動。ーーそんなはずはない。ここは現実で、《ウージープロ》を操るピエロは”メイソン”以外にあり得ないのだ。ならばこの感触は・・・
「……あっ」
手元に視線を落とした俺は、小さく声を上げた。
無意識のうちに掌に握っていた物は、銀色に光る円環。余りにも、余りにも小さい、仮想空間への入り口だった。
アミュスフィアと呼ばれるゲーム機には《ガンゲイル・オンライン》がインストールしてある。ログインする時に毎度被るこのマシンは、俺の手に収まるのが当然とばかりに鈍く輝いていた。
なるほど、逃避の手段としては中々に上等だ。
顔に自虐的な笑みを張り付かせて、俺は手の中のそれをぎゅっと握りしめた。ーーとくん、とくん。自らの鼓動がマシンの中枢にも血液を送り込み、まるで体と同化していくようだった。
俺は腰抜けだ。どうしようもない臆病者だ。だから、ゲームに強さを求める。愉快で無敵、決して恐れることのない俺の理想の姿ーー
「……出番だぜ、”メイソン”」
ドクン!
呼応するようにアミュスフィアが脈動したのを最後に、俺は銀の円環を被ってベットに横たわった。低い起動音が鼓膜を振るわし、もろもろの感情がゆっくりと頭から消えていく。
代わりに少女との約束を思い出した。
あの狙撃手、シノンは何をしているのだろう。自分と似ているらしい彼女も、今頃は同じ気分を味わっているのだろうか。
「リンク・スタート」
その一言で、俺の下らない感傷は、虹色の光に包み込まれて消えた。
□ ■ □ ■ □ ■
「もぉ、退屈退屈退屈ぅぅぅぅぅ!」
最高レベルのダンションが存在する街《カリバリー》。そこの酒場は《ガンゲイル・オンライン》のトッププレイヤーのたまり場と化していた。天井や壁に開いた穴から光が差し込み、店内で舞う埃に反射してキラキラと輝く。その中で、冗談のように高い声が響いた。どこか子供っぽい少女の声だ。
当然ヤジの一つや二つは飛んできてもおかしくはない。ここで空気を読まない馬鹿には、そのぐらいの制裁はあってしかるべきだ。しかし、いつまで経っても文句をいうプレイヤーは現れなかった。
それは彼女の実力が、広く周知されている所以だった。
酒場の一番端、少女は大きい椅子に隠れるようにしてジュースを飲んでいた。豪奢な金髪が背中へとこぼれ落ち、人形のように小柄で可愛らしい姿をしている。ふっくらとした血色のいい頬をぷぅっと膨らませ、鮮紅色の瞳を細めるその様は、物語のお姫様さながらだった。銀のベルトのついた漆黒のドレスも、彼女が身につけることでより一層美しく見える。
唯一違和感を覚えるのは、その隣に立てかけられた凶悪な機関銃だった。恐ろしいことに、銃身の大きさが、彼女の座高を軽く上回っている。
重機関銃KVP
本来スコードロン単位で所持する物であり、仮にドロップしても個人では運用できない《ガンゲイル・オンライン》屈指の固定兵装である。114ミリ弾を毎分600発で吐きだし、500メートル先の鋼鉄を引き裂く化け物だ。
だが、彼女のそれには、職人プレイヤーによって高度な改造が施されていた。あろうことか三脚を取り外し、軽機関銃《ミニミ》のグリップとストックが、ちぐはぐに取り付けられているのだ。これでは少女が扱うどころか、大男3人でも撃てたものではない。ここが”現実”であったならば、だ。
仮想空間、ことゲームに関すれば、ステータスの数字が物を言う。彼女の凄まじいSTR--筋力値は、重機関銃を自力で持ち上げ、運用することを可能にさせてしまったのだ。
「リリアンヌちゃん。気持ちは分かるが、ここで騒ぐのは止めてくんない? 無用な争い事が飛んできそうでオッサンは恐い」
リリアンヌ、と呼ばれた少女の頬が、その苦言のせいでさらに膨れあがる。針でつつけば弾けてしまいそうだ。向かい側に座り、彼女の機嫌をさらりと悪化させた張本人は、素知らぬ顔でビールを煽っている。
「うぅー、コヨーテのバカッ! チキンッ! 死んじまえぇ!」
キンキンと反響する罵倒に仰け反りつつも、器用にジョッキを傾け続ける中年の男ーーコヨーテは、それが空になったと知るなり、通りかかったNPCに声をかけた。コヨーテは灰色の髪を後ろに撫でつけ、青い瞳をもったプレイヤーだ。とりたてて特徴のある男ではないが、仮想空間に慣れた佇まいと、静かな迫力をたたえた瞳が、相当な実力者だと物語っていた。
「無視しないでよ! この飲んだくれのトンチキ野郎!」
ガーッと詰め寄るリリアンヌの顎を押さえるコヨーテは、精悍な顔を小揺るぎもさせず、運ばれてきた新しいジョッキを手に取った。
「こらこら、女の子がそんな乱暴な言葉使わないの。だいだい、貧しいオッサンの至福の一時を邪魔しちゃ罰が当たるよ」
「知るか! というか子供扱いしないでよ。もう高校生だって何回も言ってるじゃん!」
「はっはっはー、相変わらずリリアンヌちゃんは合法ロリの道まっしぐらなんだね」
「ふ、っざけないで変態ー!」
ジョッキがたたき落とされ中身が盛大に零れた。コヨーテの悲痛な声を聞きながら、リリアンヌは鼻息荒く椅子に腰を下ろし、むすっとふくれっ面を作った。
自慢の灰色にカスタマイズされた迷彩服と、汎用性の高い茶色のアサルトライフルSCAR-Lを水浸しにされ、流石に怒ったコヨーテがリリアンヌを睨みつける。
「ちょっと、何イライラしてるんだいリリアンヌちゃん。最近ずっとそうじゃない」
咎める彼の口調に、リリアンヌは唇をぎゅっと引き結び、あらぬ方向を向いた。そのまま気不味い沈黙を味わうこと数秒。先にリリアンヌの方が口をもごもごさせて謝った。
「ごめん。ちょっとやり過ぎた」
ぶっきらぼうながら、本気ですまないと思っているらしい言葉に、コヨーテも肩の力を抜く。リリアンヌの気分を逆撫でしないように気をつけつつ、コヨーテは慎重に話を切り出した。
「理由を話しくれよ。ほら、僕たちコンビ組んで長いでしょ? 無理にとは言わないけど、打ち明けた方が楽になる事もあるよ? オッサンぐらい生きていると自然と分かるんだなぁ、そういうの」
気楽な声に背中を押され、一つ溜息をついたリリアンヌは、ふかふかのスカートの端を整えつつ、めんどくさそうに言った。
「別に、そんな大層な悩みって訳じゃないの。ただ退屈ーって感じるんだ。私と戦える相手なんて、あなたを含めてもサーバーに10人いないよ。……ホントつまんなくなっちゃたよね、このゲーム。……あの人がいなくなってからは特にさ」
その話にピンとくる所があったらしく、コヨーテは何気ない感じを装って聞いた。
「……えっと間違ってたら悪いんだけど、それってもしかしてメイソンちゃんのこと?」
「……」
フリルをいじり始めたリリアンヌに、コヨーテは如何にも困ったという表情で腕を組んだ。彼女の様子を見るに、全ての発端はそこから始まっているように思えたからだ。
「リリアンヌちゃん……言いたくないけど、彼はきっともうログインしないよ。半年間も音沙汰がないんじゃどうしもない。君がメイソンちゃんのこと好いてたのは知ってるけどさ」
「好きとか、そういうんじゃねーし……」
口先ではそう言いつつも、リリアンヌの顔には朱色が差し、瞳が儚げに瞬きされた。メイソンというプレイヤーは、彼女にとってライバルであり、密かに想いを寄せる相手だったのだ。
きっかけはよく分からない。始めは単純に好敵手としての興味だった。だが、彼と交わした言葉が多くなるうちに、彼の人格に矛盾を感じるようになったのだ。まるで仮面の下には別の人間がいるような違和感。--その正体を知りたいという気持ちが、恋心に変わってしまったのかもしれなかった。
デジタルで構成された仮想空間であっても、人の意識がそこにある限り、生身の感情が発生するのは必然である。困惑しつつも、リリアンヌはそのことに気がついていた。
「……まったく彼も野暮な男だよ。こんな女の子を半年間もほっとくなんて。ピエロだかなんだか知らないけど、戦闘以外はてんでダメなんだから」
「違うよ私が必死に隠してただけ。……でも、まぁそうだね。確かにメイソンってそういうとこあるから、私の事なんて元から眼中にないかも」
沈鬱な雰囲気で黙り込んだリリアンヌを見て、コヨーテも居た堪れない気持ちになった。何を言ったところで根本的な解決にはならない。そのことを知ってコヨーテは悔しく思った。
「そんなことないよ……メイソンちゃん興味ない人とは話もしないじゃん。元気だしてよ。あっ、そうだ! これからフレンドとの約束あるんだけど、君も来る?」
コヨーテは気分を変えるように、わざと明るい口調でそう言った。その好意に気がついたリリアンヌも、多少ぎこちなくではあるが話を合わようとする
「うーん、それもいいか。人数が足りないなら私も何人か呼ぶよ……」
指先の動作でメインメニューを表示。次にフレンドリストを呼び出し、パラパラと流していたリリアンヌの動きが、あるプレイヤーの名前を見た瞬間、不自然に凍り付いた。
そこにあったのはーー
「……嘘」
ルビーを思わせる瞳に涙がたまっていくのを、コヨーテはびっくりして眺めた。
「どどど、どうしたの急に。オッサン? オッサンが悪いの?」
「違うバカ。……これ、見て」
震える指先でメニューを可視状態にしたリリアンヌは、コヨーテの肩をぐいと自分の方に引き寄せた。情けないぐらいされるがままの彼は、その細い指がさすものを見て、彼女が泣いた理由を余すことなく理解した。
ここ半年間オフラインになっていた《メイソン》の文字が仄かに発光し、現在彼が《ガンゲイル・オンライン》にログインしていることを示していたのだ。
「き、キターー! 来ましたよリリアンヌちゃん! 彼今ログインしてるよ。さっそくメッセージを送っておきましょ……」
自らのフレンドリストを呼び出したコヨーテを、横合いから「待って!」っとリリアンヌが止める。訝しげに見返すコヨーテを尻目に、彼女はマップをじっと見つめていた。そして微かに頭を振る。
「……今は、止めとこ。アイツお楽しみ中みたいだから」
メイソンの位置情報を示すアイコンは、ここから近いダンション内部で点滅していた。滅多にモンスターを相手にしない彼の性質上、プレイヤーを待ち伏せしているか、もしくは既に戦闘中と見るのが妥当であり、リリアンヌは邪魔をしたくない思ったのだ。コヨーテが呆れ顔で言った。
「戻ってくるなりそれ? まぁ、メイソンちゃんらしいっちゃそうだけど。……じゃあ、もうちょいここで時間を潰すとしましょうか」
コヨーテは浮かしかけた腰を、再び椅子に深々と下ろす。しかし、なぜかリリアンヌの方は、例の物騒な機関銃をよいしょと担ぎ、どうしたと言わんばかりの様子で彼を睨んだ。
「何言ってんの? 行くよ」
「へ? どこに?」
「メイソンのとこに決まってるじゃん」
すたすたと歩き出したドレスの端っこを、コヨーテは何とか捕らえることに成功した。
「いやいや! 彼お楽しみ中だって言ったのリリアンヌちゃんじゃん! 余計なちょっかい出したら、それこそメイソンちゃん怒っちゃうよ」
くるりと優雅にターンしたリリアンヌが、苛立たしげに金髪を掻き上げる。その仕草に見惚れ、思わず手を放してしまったコヨーテに、彼女はマシンガンのような早口で捲し立てた。
「そりゃそうかもしれないけど、私としてはちょっと心配なわけ! だってあのダンジョン《ネメシス》の縄張り状態でしょ。メイソンとあそこのリーダって仲最悪だし、もしパーティーとかち合ったらメイソンだって危ないし」
《ネメシス》というのはサーバー有数の大規模スコードロンである。属国と呼ばれる子飼いのグループまで多数所持している大家族だが、そのリーダと《殺し屋ピエロ》の仲が相当険悪であることは、当時を知るプレイヤーにとって有名な話だ。そしておそらく、メイソンはあのダンションが《ネメシス》のたまり場であることを知らない。
「……ふぅん、なるほど? 要するに、今すぐメイソンちゃんに会いたいってわけね。上手い言い訳を考えたもんだ」
「ちーがーう! ホントに心配なの!」
悔しそうに地団駄を踏むリリアンヌを生暖かい目で観察したコヨーテは、だるそうな体で立ち上がり、大きくのびをした。
「まぁ、オッサンも退屈してた所だ。彼の復活祝いも兼ねて、派手に駆けつけようとしますかね」
久方ぶりにやる気を出したと見える彼は、無精髭をゴシリと撫でて笑った。今にも駆け出したそうにしているリリアンヌが、せっつくように言う。
「いいから早くバギーの準備して! 私の足じゃ日が暮れちゃう」
超重量級の武器を抱えているのだから当然である。そんな彼女にコヨーテは芝居がかった仕草で腰を折り、軽くウインクしながら言った。
「仰せのままに……」
「キモッ」
「うるさいよ!」
ぎゃあぎゃあと喚き合う2人が嵐のように店を飛び出し、後に残された客とNPCは呆然とその背中を見送ったのだった。
後書き
更新が遅くなったことをお詫びしたいと思います。すいませんでした。
最低でも週1で出せるようにがんばります。
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