《SWORD ART ONLINE》ファントムバレット〜《殺し屋ピエロ》
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腰抜け
前書き
私立受かったぜ、ひゃっほー
〈7〉
シックな雰囲気の喫茶店。同席する少女は、やはりというか相当に手強かった。
強引に連れてきたのが悪かったのか、はたまた単純に俺が嫌いなのか。じとっと上目遣いでこちらを観察する視線は、その事を心配せずにはいられないほど警戒心に満ちている。まるで人見知りの猫のようだった。
どうすんのよ俺......
素知らぬ顔で向かい側に座りつつ、如何にも喫茶店になれている雰囲気を醸し出しながら、俺は自問した。女子にそこまで苦手意識はないが、ここまで守りの堅い奴は、どんな話題から切り出したらいいのだろう。普段詩乃が図書室に入り浸っていることから推測するに、本が好きなのだな、ということは分かる。さて、そこからどう会話をつなげるべきか。
「あの......」
「なぁ......」
沈黙の数秒を払拭するために、捨て身で挑んだ玉砕戦法も、こんな風に声がぶつかってしまえば、失敗したも同然だった。とっさにどうしたらいいか分からず、俺はちょっと笑って「先どぞー」と言った。なぜこんなに気まずいんだ。
「......どうして、私によくしてくれるの?」
小声ながら、しっかりと通る声で彼女はそう言った。ここを聞かなければには先へ進めない、そんな感じの声だった。
まずは他愛ないことを話して壁から降りてきてもらおう、と考えていた俺は、いきなり茶ぶ台をひっくり返されたような気がして、うっと呻いた。恐い。正直遠藤の非でなくやっかいだ。
「ん~、それは同じクラスメイトとして見逃せないというか? 前から気になってたんだよね朝田のこと......あー、違う違う、そういう意味じゃなくて純粋な興味として」
前から気になってたんだよね、のあたりでさっと顔を青ざめさせた詩乃に、俺は急いで取り繕う言葉を言った。その反応に若干ショックを受けつつ、運ばれてきたきたコーヒーに口をつける。ほっとした様子を見せた彼女も、紅茶に手を伸ばす。取りあえず小休止、みたいな空気が可笑しかった。
「それは、道嵩君があの事件を知っているから?」
再びこちらをみた詩乃が問う。これも核心を突く言葉だ。どうやらこの少女は、やると決めたらなりふり構わないタチらしい。まったくオブラートに包まないその言動に俺は苦笑いした。
「まぁ、そうかな。正直それがなかったら、遠藤にちょっかい出すこともなかったと思う」
「......」
本当はもっと根が深い話なのだが、面と向かって言えるのはこの程度だ。いっそう彼女の警戒心が強くなったのを感じて、こりゃ失敗だったかな、と胸中に呟く。
「......悪いけど、あの事件について道嵩君が知ってる以上の事を私は話せない。なぜなら、貴方が知っていることが”全て”だからよ。遠藤さん達が学校に言いふらしたこと、私は五年前にそのまんま実行した。......それとも感想でも聞きたい?」
青ざめた顔に挑発的な笑みを浮かべて詩乃は言った。早々に険悪になってしまった雰囲気に身をすくめつつ、俺は彼女をじっと見つめた。あまりにも卑屈。当人以外にその苦しみは理解しようもないが、俺には自分をそこまで痛めつけなくてもいいような気がした。
「ちげぇよ。そんな下らないこと期待してるように見えんのか?」
「下らない......」
彼女にとってそれは衝撃だったのだろう、怒りと困惑の表情を行き来したあと、ふっと俯いて自嘲気味に言った。
「......ごめんなさい、折角助けてもらったのに最低ね私。こんなこと言うなんて......やっぱり、私かえーーー」
「俺さ、お前そんなに卑屈にならなくていいと思うよ」
このまま帰られたら元も子もないので、俺は率直な意見で彼女の気を引いた。浮かしかけた腰を下ろし、今日何度目になるか分からない困惑の表情を浮かべた詩乃は、まじまじと俺を見た。
「......卑屈?」
俺は真剣な表情で一つ頷く。
「確かにあの事件のせいで、お前のこと気味悪がる奴もいるよ。嫌になるよな、陰口ばっか叩く奴の姿が視界に入ると。ーーだけど、そんな気にしないって人間だって結構いるんだぜ? 俺みたいにさ」
図々しい、そんなことは百も承知で俺は言葉を続けた。この時点で彼女の表情は強張り、瞳が危険なほどの光を放っていたが、構まっていられないほど俺は本気だった。この際だから思ったことを全部言ってしまえ。
「だから、もっと気張れとか言うつもりはないけど、お前がその気になれば、ちゃんと話を聞いてくれる人間もいるって事だけ覚えていてくれ。......無理に縮こまって自分を殺す必要はねぇよ」
だめだ、これじゃ届かない。
自分の語彙力に対する失望と、手応えのない感触に溜め息をつく。結局俺は何をしたかったんだろう。強引に喫茶店に彼女を引き込み説教じみた話をするなんて、生徒指導の教師よりまだタチが悪い。そもそも彼女に意見する権利なんて俺にはないのだ。
憤慨されても文句の言えない間合いまで侵入してしまったことを感じつつ、ちらりと彼女の表情を盗み見る。次の瞬間、信じられないものを俺は発見した。
ーー朝田詩乃が笑っていた。
いや、どうなのだ? よく観察しないと分からないほどだが、その瞳に柔らかい光が差し込み、唇が安堵したように緩んだ気がした。
内心呆気にとられて動けない俺に、詩乃は少しだけ微笑んで言った。
「......ありがと。そんなこと思ってもみなかった。私、人と関わるの苦手だから......」
再びその表情に暗い影を見て、俺はあわててぶんぶんと手を振った。どういう化学変化が起こったのかは不明だが、彼女は怒っていないらしいのだ。だったら、笑っていてもらうことに越したことはない。
「そんなことねーよ。現に学年屈指の馬鹿と会話できてんじゃねぇか。俺と話せれば大抵の人間とコミュニケーションはとれるぞ」
「屈指の馬鹿って......道嵩君そんな頭悪いの?」
「英文が呪文に思えてくる程度にはな」
口をパカッと開け、わはははは、と無表情に笑うと、今度こそはっきりと詩乃も笑った。声を上げて笑うことのない、どこか堅い笑みだったが、妙にそれが嬉しかった。
「今日もそのことで顧問から怒られてさぁ、ゲーセン行こうとしてた直前だったからまいったぜ」
「へぇ、あそこ通ってるんだ。そう言えば一度も寄ったことなかったな私」
先ほどより大分うち解けた様子で詩乃は言った。意外と話せるじゃん、と笑いつつ俺は前後の状況を忘れ、友達に対するような口調で相づちを打つ。
「うげぇ、ゲーセン寄らないでどこ行ってるんだよお前」
「そりゃスーパーとかCDショップとか......」
「スーパー? あぁ、そういや一人暮らしだっけ。もしかして自炊とかしてるの?」
「うん、申し訳程度だけどね」
「やべぇ、朝田さんマジぱねぇっす」
話しているうちにぎこちなさが消え、すらすらと言葉が口から出てくるようになった。当然だが、俺は彼女について思っていたほど知らなかったらしい。伏せられがちだったように感じられた目は、実は沢山のものを映しており、ロボットのようだと感じられた無機質さは、無駄を嫌う彼女の性格故だった。
途中、俺がポロッと漏らした好きな歌手の名前に詩乃が食い付き、意外な共通点があることにも驚かされた。人は見かけによらない性質を持っているのが常だが、この時ほどそれを実感させられる場面も珍しい。俺はカップが空になっているのも気がつかないで、他愛ないことを詩乃と話した。
その後、彼女が時計を見てから慌てて立ち上がったのは、だいたい30分ぐらいたってからだろうか。俺と言えば、時間の事などまったく気にしていなかったので、剛拳6の武勇伝を急いで止めた。話を聞いていた彼女が、申し訳なさそうに口を開く。
「ご、ごめん。この後ちょっと予定があって......」
「おお、いいよいいよ。むしろ付き合わせて悪かったな。伝票は俺持っとくから安心していいぜ、苦学生?」
大した額じゃないけどな、と肩をすくめると、彼女もふっと表情を緩める。
「うん、今日は......その、いろいろとありがとう。またね」
律儀にそう言った彼女がひらりと身を翻す。急ぎ店から出て行こうとするその背中に、俺は反射的に声をかけていた。
「......なぁ、詩乃」
思わず下の名前で呼んでしまったが、そのことを心配している余裕はない。ちょっと驚いた風にこちらを見た彼女と目を合わせる。表情は平静を保っていたが、その実、内心で俺は激しく動揺していた。
これはチャンスなんじゃないか?
気道がぎゅっとすぼまる感覚を味わった。
考えてみたら、俺は”あのこと”を彼女に伝えるために、この場をもうけたのではなかったのか。以前と違って詩乃とも知り合えたし、ここで話を切り出しても、もう不自然ではないはずだ。俺は気づいていた、高校の入学式で彼女を人目見たときから......
緊張で頭が可笑しくなりそうだ。
ーー言えよ。早く言え!
「......いや、なんでもない。また明日な」
俺はへらっと笑ってパタパタと手を振った。はぐらかすようなこちらの態度に、不思議そうな顔をした詩乃が「うん、それじゃ」と言って、今度こそ店から出て行く。
後に残ったのは強い苛立ちと、空っぽのカップだけだった。
「......」
じんじんと鼻の奥が痛んでくる。今日だけじゃない。今まで何度も機会はあったのだ。
入学式の後、初めて廊下ですれ違った時。
たまたま席が近く、話しかけられる距離に座っていた時。
住むアパートが、自分の家からそう遠くないと気がついた時。
だというのに、これまでろくに話せさえしなかったは、すべて自分の弱さのせいだ。ーー俺は彼女に伝えたいのではなく”伝えなければならない”。しかし、それは同時に俺の罪と後悔を晒しだし、懺悔する瞬間でもあるのだ。そのことが、どうしようもなく恐ろしい。
「......くそっ、またかよ......」
余りの情けなさと虚しさから、絞り出すように呟いたその言葉は、誰もいない椅子にぶつかって消える。俺はぎゅっと目をつぶって歯を食いしばった。一体いつになったら言えるのだろう。
ーーだから、お前みたいな腰抜けは嫌いなんだよ。
ふと、メイソンが嗤った気がした。
後書き
質問、誤字脱字の報告でも構いませんので
感想お持ちしてます(くわっ
読者様のご意見をお聞かせ下さい。今後の参考にしたいのです。
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